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第12章 珊瑚海海戦
12.16章 米艦隊海上戦闘3
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「ブルックリン」と「フィラデルフィア」に引率された駆逐艦隊は、東方に進んだ後に、日本艦隊と並行になるように南方に向けて一斉回頭していた。もちろん日本の巡洋艦と駆逐艦隊の雷撃を妨害するためだ。
「ブルックリン」艦長のコンプトン大佐は、まず日本艦隊に向けて魚雷の発射を命令した。10隻の駆逐艦から約80本の魚雷が日本艦隊に向けて射出された。大佐には、米軍の魚雷にとっては、日本艦隊はまだ遠すぎるとわかっていた。しかし、雷撃のチャンスは今しかないと考えて、手前の巡洋艦と駆逐艦に向けて発射することを決断したのだ。被害を受けた時の危険性除去の意味もある。
魚雷発射後に、数分待ってから、コンプトン大佐は、後続の駆逐艦に爆雷投射を命じた。既に投射の方向や、時間間隔は指示してある。
日本艦隊の方向に向けて、それぞれの駆逐艦が艦尾から10発以上の爆雷をMk.6爆雷投射機で射出していった。いわゆるK砲と呼ばれる投射機から火薬を利用して、舷側から時間の間隔を少し開けて1発ずつ爆雷を順番に飛ばしてゆく。発射薬の白い煙を引いて爆雷が艦尾側面からやや離れた海面に着水した。しばらくして、海面下に沈んだ爆雷が、信管を作動させて爆発した。軽巡と駆逐艦の東側に、爆発の水柱が直線的な列状になって立ち上った。複数の駆逐艦が同様に爆雷を投下したため数km以上の水柱が壁のように立ち並ぶことになった。
水柱が落ちても、水中爆発で撹乱された海水は、音波が伝搬しにくい状態が続いていた。そこに突っ込んだ酸素魚雷は、乱れた海中の状態を艦艇の航跡と誤認した。米艦隊の手前で航跡を横切ったと認識した魚雷は折り返して戻っていった。更に、再度撹乱された海域を横切ると折り返すように回頭して、爆雷が爆発したあたりを中心にして魚雷のジグザグ航走が始まった。
総計92本の魚雷のうちの7割近くが、米艦隊の爆雷投下作戦により狙いをそらされた。それでも、海水が乱れたところを横断しなかった30本程度の魚雷はそのまま米艦隊に向かっていた。
爆雷が爆発した列を抜けた魚雷は、真っ先に米艦隊の東側の軽巡洋艦と駆逐艦に向かうことになった。しかも、爆雷を投下していない軽巡の側面は、魚雷が欺瞞されるような海水の擾乱の密度は低くなっていた。東側の「ブルックリン」「フィラデルフィア」、それに駆逐艦の「グウィン」「アンダーソン」「ウォーデン」が魚雷に船腹をさらしていた。
「ブルックリン」の左舷に1本が命中した。同時に中央の「フィラデルフィア」には2本が命中した。更に航跡をたどってきた魚雷が「アンダーソン」と「ウォーデン」の船体中央部に命中した。命中した魚雷の水柱がそれぞれの艦から立ち上った。
日本海軍の九三式酸素魚雷は、航空魚雷の45センチ径に比べて一回り以上大きい61センチの直径だった。そのため、780kgの弾頭は他国の魚雷と比べてもかなり強力だった。重量級の炸薬が爆発したために、「フィラデルフィア」と「グウィン」「アンダーソン」「ウォーデン」は、水面下に巨大な破孔が開口して左舷から沈み始めた。
一方、日本の重巡と水雷戦隊も無傷ではなかった。日本艦に向けて米軽巡の6インチ(15.2cm)砲弾が連続して命中した。魚雷が命中するまでの短い時間にもかかわらず、米軍と英軍の軽巡はそれぞれが10門以上の数の多さを利用して、日本の巡洋艦に砲弾を命中させた。「最上」に3発、「三隈」と「鈴谷」はそれぞれ2発の6インチ弾を被弾した。「由良」と「村雨」「五月雨」「野分」「舞風」には、5インチ(12.7cm)砲弾が1発ないし2発命中していた。いずれの艦もまだ航行に支障はないものの、「最上」は4番砲塔が射撃不能になった。「三隈」と「鈴谷」も対空砲や上構の一部が破壊された。駆逐艦も煙突や上構が破壊された。
続いて、米軍の発射した魚雷が、ぎりぎり射程範囲内で巡洋艦と駆逐艦に襲い掛かった。「三隈」と「熊野」の左舷にそれぞれ1本が命中した。「村雨」と「野分」「嵐」にも1本が命中した。左舷からの浸水により、機関にも被害を受けて「三隈」と「熊野」は速度を落として隊列から外れていった。一方、「村雨」と「野分」「嵐」にとっては、1本の魚雷も大きな被害を与えた。「村雨」と「嵐」は左舷に傾斜して沈み始めた。「野分」は艦首部を魚雷で吹きとばされたが、何とか浸水を止めることに成功した。大きく速度を落として、右舷へと回頭していった。米軍の魚雷は、巡洋艦と駆逐艦までは届いたが、ここまでが射程ぎりぎりで、東方の日本戦艦には達することはなかった。
一方日本の酸素魚雷は、爆雷の列から後方に外れて進んだ約10本が、米戦艦の縦列に達していた。爆雷の列よりも後ろを航行していた「インディアナ」と「ウェスト・ヴァージニア」が、結果的に魚雷の進路上に位置することになった。
「インディアナ」が左舷に1本を被雷するとやや遅れて、後方の「ウェスト・ヴァージニア」にも1本が命中した。直後に、航跡を横切って戻った魚雷が、「インディアナ」の右舷に1本、「ウェスト・ヴァージニア」の艦尾に1本命中した。既に航空機の攻撃により被害を受けていたこの戦艦は、魚雷の爆発により残っていた機関も全て停止した。速度が落ちて、惰性だけで進むことになった「ウェスト・ヴァージニア」は艦隊からどんどん遅れ始めた。
第七戦隊司令官の西村少将は、「最上」の艦橋から雷撃の結果を注視していた。想定外の駆逐艦の爆雷投下に思わず大声で叫んだ。
「あの水柱はなんだ? その後の戦艦への魚雷の命中数が異常に少ないぞ」
横に立っていた参謀の北村中佐にも理由がわからない。
「理由はわかりませんが、駆逐艦が一斉に爆雷を投下したようです。爆雷の爆発が魚雷の誘導に影響を与えたようです。水中爆発に魚雷が欺瞞されたのかも知れません」
西村少将には巡洋艦や駆逐艦が砲撃と魚雷により被害を受けた報告が上がっていたが、再度攻撃を決断した。
「効果が不十分だ。戦闘海域を全速で抜けたら、次発装填してもう一度雷撃するぞ」
米軍で魚雷の欺瞞対策を実行した護衛の軽巡と駆逐艦の一部は被雷して後方に取り残されて、側面は残った駆逐艦だけになっていた。スプルーアンス少将が東側の護衛の強化を命じた。
「艦隊の前後の駆逐艦を東側に向かわせろ。それ以外の方面の護衛がおろそかになってもかまわん、とにかく日本の魚雷から艦隊を防衛するんだ」
「最上」と「鈴谷」「由良」が率いた5隻の駆逐艦が魚雷の再装填を済ませて北東から戻ってきた。
米軍の駆逐艦隊は、軽巡洋艦が被雷したために、トゥルー大佐が指揮する駆逐艦「ハンマン」が駆逐艦隊の先頭になって航行していた。縦列になった9隻の駆逐艦は、北方から巡洋艦隊と駆逐艦隊が接近してくるのを発見していた。トゥルー大佐は日本駆逐艦の再装填機構についての知識はなかったが、巡洋艦の右舷側の魚雷が残っていることは認識していた。
「爆雷投下を準備せよ」
戦艦の砲撃戦のおかげで水中の聴音は不可能になっていたが、彼我の位置関係から魚雷を発射したものとして、大佐は爆雷投下を決断した。
「左舷に向けて爆雷を投下せよ」
「ハムマン」に続いて、「ヒューズ」「モリス」「ウォーデン」など後続の駆逐艦も爆雷投下を開始した。正確なタイミングで爆雷を投下したわけではなかったが、それでも一部の航跡追尾魚雷は爆雷の水柱爆発に欺瞞された。日本の水雷戦隊は64本の魚雷を発射した。しかし、半数以上の魚雷が米戦艦の列には届かなかったのだ。
戦艦列の手前で爆雷を投下した「モリス」と「フェルプス」に魚雷が命中した。
駆逐艦が投下した爆雷の間を縫って、米戦艦の列に到達したのは、約20本の魚雷だった。
まず、縦列の先頭を航行していた重巡「ニューオーリンズ」が左舷に2本を被雷した。次いで、重巡の後方で、「サウスダコタ」の左舷からは1本の水柱が立ち上った。弾頭の爆圧により、今までの応急処置が無効になって、魚雷の命中カ所以外からも、再び浸水が始まって喫水が深くなってゆく。
「マサチューセッツ」には2本が命中した。船体中央部から浸水が始まって、どんどん速度が落ちてゆく。速度を落とし始めていた「インディアナ」にも艦尾に1本が命中した。もともと戦艦の後方を航行していた重巡「ヨーク」は、今まで攻撃を受けることがなかった。しかし、後落しつつある「インディアナ」の側方を通過している時点でこの重巡にも2本が命中した。
「サウスダコタ」には、「大和」の4発の砲弾が降り注いで、既に満身創痍だった。「マサチューセッツ」には、「武蔵」が3発を命中させた。「インディアナ」には、目標を変更した「陸奥」が2発を当てていた。
米戦艦の列から大きく遅れた「ウェスト・ヴァージニア」は、全ての機関が損傷して海上に停止してゆっくりと沈み始めていた。
……
「武蔵」艦長の有馬大佐は信じられないような報告を受けていた。
「本当に火薬庫に浸水しているのか? 命中した弾丸は舷側の装甲板が完全に防いだのじゃないのか? 防御区画内の火薬庫にまで被害が及ぶのは、にわかに信じられないぞ」
後部艦橋から被害を報告していたのは副長の加藤中佐だった。
「舷側装甲板が40センチ砲弾を阻止したのは事実です。装甲板も貫通されていません。しかし、装甲板の下端あたりでの爆発の圧力と衝撃により、厚さの違う装甲板の接手の部分が破損してその内側の縦隔壁にも亀裂を発生させたようなのです。装甲板の間の隙間と隔壁の亀裂から海水が浸水というか漏水しています。浸水しているのは、第3砲塔の中甲板火薬庫です」
「第3砲塔の砲撃への影響はあるのか?」
「砲塔下部のバーベット内にも弾薬はあるので、当面は砲撃が継続できます。しかし、長期間の戦いになると砲弾が欠乏するでしょうね」
「そうか。わかった。帰ったら、浸水原因の追究が必要だな。装甲板で弾丸を防御しても、重要区画が浸水するならば、話しにならん。船としての改良が必要だ」
実際、舷側装甲板の接手部分の強度不足と装甲板取り付け部の歪みに対する支持構造の弾性不足は、「大和」型共通の設計上の弱点だった。有馬大佐の報告は帰国後に艦政本部で取り上げられたが、被害ヶ所の修理のみで構造の改善は行われなかった。舷側装甲全てを取り外して、内部を構造変更する作業が余りにも大規模な工事になるため見送られたのだ。
……
高須司令は、水雷戦隊の魚雷攻撃と合わせて、第一戦隊の接近を指示した。
「魚雷が命中したようだ。このまま一気に距離を詰めて残敵を掃討する。なお海上に停止して降伏する艦は攻撃するな。オーストラリアの方向に逃げてゆく艦を優先せよ」
高須司令が命じた時点で、「インディアナ」は海上に停止して、喫水もかなり増加して沈み始めていた。「ブルックリン」や「ニューオーリンズ」などの巡洋艦も浸水が増加して沈んでいた。
残っていた「サウスダコタ」と「マサチューセッツ」には、「大和」と「武蔵」からの46cm弾が降り注いでいた。既に、これらの戦艦は沈み始めていたが、船体が巨大なゆえに水没までに時間を要しているだけだった。
軽巡の「ダイドー」と「サンディエゴ」は速度を落としてオーストラリア大陸に向けて南西に進んでいた。しかし、上空の零観は航行している艦艇を見逃さなかった。第一戦隊の司令部に通報すると共に、上空から吊光弾を落とした。軽巡は、「陸奥」と「最上」から撃たれた。
夜明け前には、全速で南下した駆逐艦と一部の巡洋艦を除いて、米艦隊に残っている艦艇はなくなっていた。
高須中将は、夜明けには深追いを止めて艦隊の北上を命じた。全速で航行していた一部の駆逐艦には燃料の補給が必要になっていた。しかも、中将はオーストラリアを刺激しないために、連合艦隊の司令部から大陸の領海には入るなと命令されていた。
「ブルックリン」艦長のコンプトン大佐は、まず日本艦隊に向けて魚雷の発射を命令した。10隻の駆逐艦から約80本の魚雷が日本艦隊に向けて射出された。大佐には、米軍の魚雷にとっては、日本艦隊はまだ遠すぎるとわかっていた。しかし、雷撃のチャンスは今しかないと考えて、手前の巡洋艦と駆逐艦に向けて発射することを決断したのだ。被害を受けた時の危険性除去の意味もある。
魚雷発射後に、数分待ってから、コンプトン大佐は、後続の駆逐艦に爆雷投射を命じた。既に投射の方向や、時間間隔は指示してある。
日本艦隊の方向に向けて、それぞれの駆逐艦が艦尾から10発以上の爆雷をMk.6爆雷投射機で射出していった。いわゆるK砲と呼ばれる投射機から火薬を利用して、舷側から時間の間隔を少し開けて1発ずつ爆雷を順番に飛ばしてゆく。発射薬の白い煙を引いて爆雷が艦尾側面からやや離れた海面に着水した。しばらくして、海面下に沈んだ爆雷が、信管を作動させて爆発した。軽巡と駆逐艦の東側に、爆発の水柱が直線的な列状になって立ち上った。複数の駆逐艦が同様に爆雷を投下したため数km以上の水柱が壁のように立ち並ぶことになった。
水柱が落ちても、水中爆発で撹乱された海水は、音波が伝搬しにくい状態が続いていた。そこに突っ込んだ酸素魚雷は、乱れた海中の状態を艦艇の航跡と誤認した。米艦隊の手前で航跡を横切ったと認識した魚雷は折り返して戻っていった。更に、再度撹乱された海域を横切ると折り返すように回頭して、爆雷が爆発したあたりを中心にして魚雷のジグザグ航走が始まった。
総計92本の魚雷のうちの7割近くが、米艦隊の爆雷投下作戦により狙いをそらされた。それでも、海水が乱れたところを横断しなかった30本程度の魚雷はそのまま米艦隊に向かっていた。
爆雷が爆発した列を抜けた魚雷は、真っ先に米艦隊の東側の軽巡洋艦と駆逐艦に向かうことになった。しかも、爆雷を投下していない軽巡の側面は、魚雷が欺瞞されるような海水の擾乱の密度は低くなっていた。東側の「ブルックリン」「フィラデルフィア」、それに駆逐艦の「グウィン」「アンダーソン」「ウォーデン」が魚雷に船腹をさらしていた。
「ブルックリン」の左舷に1本が命中した。同時に中央の「フィラデルフィア」には2本が命中した。更に航跡をたどってきた魚雷が「アンダーソン」と「ウォーデン」の船体中央部に命中した。命中した魚雷の水柱がそれぞれの艦から立ち上った。
日本海軍の九三式酸素魚雷は、航空魚雷の45センチ径に比べて一回り以上大きい61センチの直径だった。そのため、780kgの弾頭は他国の魚雷と比べてもかなり強力だった。重量級の炸薬が爆発したために、「フィラデルフィア」と「グウィン」「アンダーソン」「ウォーデン」は、水面下に巨大な破孔が開口して左舷から沈み始めた。
一方、日本の重巡と水雷戦隊も無傷ではなかった。日本艦に向けて米軽巡の6インチ(15.2cm)砲弾が連続して命中した。魚雷が命中するまでの短い時間にもかかわらず、米軍と英軍の軽巡はそれぞれが10門以上の数の多さを利用して、日本の巡洋艦に砲弾を命中させた。「最上」に3発、「三隈」と「鈴谷」はそれぞれ2発の6インチ弾を被弾した。「由良」と「村雨」「五月雨」「野分」「舞風」には、5インチ(12.7cm)砲弾が1発ないし2発命中していた。いずれの艦もまだ航行に支障はないものの、「最上」は4番砲塔が射撃不能になった。「三隈」と「鈴谷」も対空砲や上構の一部が破壊された。駆逐艦も煙突や上構が破壊された。
続いて、米軍の発射した魚雷が、ぎりぎり射程範囲内で巡洋艦と駆逐艦に襲い掛かった。「三隈」と「熊野」の左舷にそれぞれ1本が命中した。「村雨」と「野分」「嵐」にも1本が命中した。左舷からの浸水により、機関にも被害を受けて「三隈」と「熊野」は速度を落として隊列から外れていった。一方、「村雨」と「野分」「嵐」にとっては、1本の魚雷も大きな被害を与えた。「村雨」と「嵐」は左舷に傾斜して沈み始めた。「野分」は艦首部を魚雷で吹きとばされたが、何とか浸水を止めることに成功した。大きく速度を落として、右舷へと回頭していった。米軍の魚雷は、巡洋艦と駆逐艦までは届いたが、ここまでが射程ぎりぎりで、東方の日本戦艦には達することはなかった。
一方日本の酸素魚雷は、爆雷の列から後方に外れて進んだ約10本が、米戦艦の縦列に達していた。爆雷の列よりも後ろを航行していた「インディアナ」と「ウェスト・ヴァージニア」が、結果的に魚雷の進路上に位置することになった。
「インディアナ」が左舷に1本を被雷するとやや遅れて、後方の「ウェスト・ヴァージニア」にも1本が命中した。直後に、航跡を横切って戻った魚雷が、「インディアナ」の右舷に1本、「ウェスト・ヴァージニア」の艦尾に1本命中した。既に航空機の攻撃により被害を受けていたこの戦艦は、魚雷の爆発により残っていた機関も全て停止した。速度が落ちて、惰性だけで進むことになった「ウェスト・ヴァージニア」は艦隊からどんどん遅れ始めた。
第七戦隊司令官の西村少将は、「最上」の艦橋から雷撃の結果を注視していた。想定外の駆逐艦の爆雷投下に思わず大声で叫んだ。
「あの水柱はなんだ? その後の戦艦への魚雷の命中数が異常に少ないぞ」
横に立っていた参謀の北村中佐にも理由がわからない。
「理由はわかりませんが、駆逐艦が一斉に爆雷を投下したようです。爆雷の爆発が魚雷の誘導に影響を与えたようです。水中爆発に魚雷が欺瞞されたのかも知れません」
西村少将には巡洋艦や駆逐艦が砲撃と魚雷により被害を受けた報告が上がっていたが、再度攻撃を決断した。
「効果が不十分だ。戦闘海域を全速で抜けたら、次発装填してもう一度雷撃するぞ」
米軍で魚雷の欺瞞対策を実行した護衛の軽巡と駆逐艦の一部は被雷して後方に取り残されて、側面は残った駆逐艦だけになっていた。スプルーアンス少将が東側の護衛の強化を命じた。
「艦隊の前後の駆逐艦を東側に向かわせろ。それ以外の方面の護衛がおろそかになってもかまわん、とにかく日本の魚雷から艦隊を防衛するんだ」
「最上」と「鈴谷」「由良」が率いた5隻の駆逐艦が魚雷の再装填を済ませて北東から戻ってきた。
米軍の駆逐艦隊は、軽巡洋艦が被雷したために、トゥルー大佐が指揮する駆逐艦「ハンマン」が駆逐艦隊の先頭になって航行していた。縦列になった9隻の駆逐艦は、北方から巡洋艦隊と駆逐艦隊が接近してくるのを発見していた。トゥルー大佐は日本駆逐艦の再装填機構についての知識はなかったが、巡洋艦の右舷側の魚雷が残っていることは認識していた。
「爆雷投下を準備せよ」
戦艦の砲撃戦のおかげで水中の聴音は不可能になっていたが、彼我の位置関係から魚雷を発射したものとして、大佐は爆雷投下を決断した。
「左舷に向けて爆雷を投下せよ」
「ハムマン」に続いて、「ヒューズ」「モリス」「ウォーデン」など後続の駆逐艦も爆雷投下を開始した。正確なタイミングで爆雷を投下したわけではなかったが、それでも一部の航跡追尾魚雷は爆雷の水柱爆発に欺瞞された。日本の水雷戦隊は64本の魚雷を発射した。しかし、半数以上の魚雷が米戦艦の列には届かなかったのだ。
戦艦列の手前で爆雷を投下した「モリス」と「フェルプス」に魚雷が命中した。
駆逐艦が投下した爆雷の間を縫って、米戦艦の列に到達したのは、約20本の魚雷だった。
まず、縦列の先頭を航行していた重巡「ニューオーリンズ」が左舷に2本を被雷した。次いで、重巡の後方で、「サウスダコタ」の左舷からは1本の水柱が立ち上った。弾頭の爆圧により、今までの応急処置が無効になって、魚雷の命中カ所以外からも、再び浸水が始まって喫水が深くなってゆく。
「マサチューセッツ」には2本が命中した。船体中央部から浸水が始まって、どんどん速度が落ちてゆく。速度を落とし始めていた「インディアナ」にも艦尾に1本が命中した。もともと戦艦の後方を航行していた重巡「ヨーク」は、今まで攻撃を受けることがなかった。しかし、後落しつつある「インディアナ」の側方を通過している時点でこの重巡にも2本が命中した。
「サウスダコタ」には、「大和」の4発の砲弾が降り注いで、既に満身創痍だった。「マサチューセッツ」には、「武蔵」が3発を命中させた。「インディアナ」には、目標を変更した「陸奥」が2発を当てていた。
米戦艦の列から大きく遅れた「ウェスト・ヴァージニア」は、全ての機関が損傷して海上に停止してゆっくりと沈み始めていた。
……
「武蔵」艦長の有馬大佐は信じられないような報告を受けていた。
「本当に火薬庫に浸水しているのか? 命中した弾丸は舷側の装甲板が完全に防いだのじゃないのか? 防御区画内の火薬庫にまで被害が及ぶのは、にわかに信じられないぞ」
後部艦橋から被害を報告していたのは副長の加藤中佐だった。
「舷側装甲板が40センチ砲弾を阻止したのは事実です。装甲板も貫通されていません。しかし、装甲板の下端あたりでの爆発の圧力と衝撃により、厚さの違う装甲板の接手の部分が破損してその内側の縦隔壁にも亀裂を発生させたようなのです。装甲板の間の隙間と隔壁の亀裂から海水が浸水というか漏水しています。浸水しているのは、第3砲塔の中甲板火薬庫です」
「第3砲塔の砲撃への影響はあるのか?」
「砲塔下部のバーベット内にも弾薬はあるので、当面は砲撃が継続できます。しかし、長期間の戦いになると砲弾が欠乏するでしょうね」
「そうか。わかった。帰ったら、浸水原因の追究が必要だな。装甲板で弾丸を防御しても、重要区画が浸水するならば、話しにならん。船としての改良が必要だ」
実際、舷側装甲板の接手部分の強度不足と装甲板取り付け部の歪みに対する支持構造の弾性不足は、「大和」型共通の設計上の弱点だった。有馬大佐の報告は帰国後に艦政本部で取り上げられたが、被害ヶ所の修理のみで構造の改善は行われなかった。舷側装甲全てを取り外して、内部を構造変更する作業が余りにも大規模な工事になるため見送られたのだ。
……
高須司令は、水雷戦隊の魚雷攻撃と合わせて、第一戦隊の接近を指示した。
「魚雷が命中したようだ。このまま一気に距離を詰めて残敵を掃討する。なお海上に停止して降伏する艦は攻撃するな。オーストラリアの方向に逃げてゆく艦を優先せよ」
高須司令が命じた時点で、「インディアナ」は海上に停止して、喫水もかなり増加して沈み始めていた。「ブルックリン」や「ニューオーリンズ」などの巡洋艦も浸水が増加して沈んでいた。
残っていた「サウスダコタ」と「マサチューセッツ」には、「大和」と「武蔵」からの46cm弾が降り注いでいた。既に、これらの戦艦は沈み始めていたが、船体が巨大なゆえに水没までに時間を要しているだけだった。
軽巡の「ダイドー」と「サンディエゴ」は速度を落としてオーストラリア大陸に向けて南西に進んでいた。しかし、上空の零観は航行している艦艇を見逃さなかった。第一戦隊の司令部に通報すると共に、上空から吊光弾を落とした。軽巡は、「陸奥」と「最上」から撃たれた。
夜明け前には、全速で南下した駆逐艦と一部の巡洋艦を除いて、米艦隊に残っている艦艇はなくなっていた。
高須中将は、夜明けには深追いを止めて艦隊の北上を命じた。全速で航行していた一部の駆逐艦には燃料の補給が必要になっていた。しかも、中将はオーストラリアを刺激しないために、連合艦隊の司令部から大陸の領海には入るなと命令されていた。
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