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第13章 東太平洋の戦い
13.1章 太平洋各国の情勢
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オーストラリア首相のカーティン氏は、イギリス艦隊とアメリカ艦隊が日本海軍と戦った結果について、それぞれの国から正式な報告を受け取ったわけではなかった。連合軍が大きな被害を受けたという戦闘の一報が知らされた程度だ。
それでも、艦隊が目的地としていたブリスベンには、一部の小型艦やひどく損傷した艦を除いて、大型艦は到着していないという事実はわかる。ケアンズやタウンズビルなどの珊瑚海に面している港湾にも、これらの艦隊に所属していた艦艇は寄港していなかった。
「しかし、ひどい結果になったな。空母も戦艦もほとんど撃沈されたということか。これでは、我が国が日本に宣戦布告するなど論外だ。むしろ今まで以上に、日本と良好な関係を維持する必要があると考えるがどうかね?」
エバット外務大臣にとっては想定内の質問だった。オーストラリアにとって、非常に重要な方針に対する疑問だ。
「我が国はまだ日本と国交を断絶しておらず、戦争状態でもありません。そのため、首都キャンベラには日本の大使館がまだ存続して職務を遂行しています。オーストラリア国内では、日本人の外交官は監視対象で、国内旅行や軍施設への接近など一部の行動は制限していますが、軟禁や逮捕はしていません。大使館の日本人を通して日本政府と意見調整することは十分可能です。全く個人的な見解ですが、我々が関係改善を希望するならば、日本人は我が国の要望にある程度は応えてくれるものと思います。どうも、私には日本が侵略的な作戦を意図的に控えているような気がしてなりません」
「私も君の意見に賛成だ。日本人は我々の期待を裏切らないと思っているぞ。すぐにも日本の外交官と会って、日本政府の意向を聞いてくれ。我が国が日本に対して中立的立場を維持するならば、我々を直接攻撃しないとの保証が欲しい」
「わかりました。すぐにでも確認します。この行動はイギリスとアメリカには当面秘密としますか?」
「日本の意思を確認することが先決だ。日本との中立的関係を維持できるか否か方向性が見えてこなければ、イギリスにもアメリカにも何も言えない。日本側が受け入れる条件をまずは確認しなければならない。残された時間はあまりないが、妥結のための内容も調整するのだ。こちらが、ある程度までは譲歩するのもやむを得ない」
「わかりました。このチャンスに日本と交渉しなければ、我々は太平洋の戦争に巻き込まれます。すぐにも行動を開始します」
「日本と妥結できる可能性が見えたならば、早い時期にイギリスとアメリカに交渉の状況をリークする。これらの国には、やむを得ず決断したという主旨を理解してもらう必要がある。これは、あくまでも太平洋での我々の行動に関する交渉だ。欧州の戦いから離脱すると思われないように注意してくれ。日本にもその点は主張する必要がある。日本政府と合意に達したならば外部に対して声明を出す。我が国の立場を早期に公表することにより、連合国とも日本とも敵対関係となることを避けることが私の最大の目標だ」
……
1942年10月、副大統領のヘンリー・ウォレスは米科学界の総元締めともいうべき科学研究開発局長のバニーバー・ブッシュと共に、ニュージャジー州のベル研究所を訪れていた。
研究所では、日本海軍の魚雷に搭載されていた機能不明の電子機器を入手して、3カ月前から分析を開始していた。
ウォレス氏はあいさつもそこそこに、結果について説明を求めた。
「おおむね、日本製の電子機器の機能が判明したとのことだね。さっそく説明してもらおうか?」
机の上のガラス製ケースには、魚雷の内部に収められていたアルミ製の外箱や内部の基板、そこから取り外した樹脂で固められた小さな部品が並べられていた。ハワイに帰投した巡洋艦から回収された魚雷に内蔵されていた装置だ。
最初に説明を始めたのは、研究員のショックレー博士だった。ガラスの上の、黒い樹脂製の部品を指さしながら説明を始めた。
「機器内部から外したこの部品は、半導体を材料に使った増幅器です。半導体としてのシリコン材に特定の物質を混ぜて、内部で電子が移動しやすいように工夫しています。その結果、固体素子にもかかわらず真空管に十分匹敵する増幅が可能になっています。同様にシリコン半導体による整流機能を有する素子も使われていました」
「ずいぶん小さな素子だが、同じ機能を真空管で実現するとしたらかなり大きくなってしまうんだろうな?」
「ええ、この10インチ(25.4cm)程度の箱の中身を真空管で作ろうとすれば、この机一杯に部品を並べてもまだ足りないでしょう。実は我々も3年ほど前から、半導体による増幅器の研究をしています。これらの部品は、我々の研究をさらに進歩させた素子です。従って、部品の材料や内部構造、電子の動きについては、ほぼ解析できています」
「それで、この装置全体では一体どういう機能を実現しているのだ? そもそもなぜ魚雷の誘導が可能になるのか、わかったのかね?」
この日の打ち合わせのために、ペンシルベニア大学からわざわざやってきたノイマン博士が答えた。
「これは、小型のコンピュータです。内部では、あらかじめ処理する内容を記憶しておいて、2進数により演算しています。我々も真空管を利用して類似の装置を開発していますが、それよりもはるかに高性能な計算機を実現しています。一連の命令群を磁気を利用した記憶部に入力しておいて、計算結果に従って舵を動かすための信号を出力して魚雷を誘導しています。おそらく魚雷の先頭部に海中の状態を感知するセンサがあって、そこからの入力を計算して、その結果により魚雷の向きや速度を制御しているのでしょう」
「私は、合衆国のために同じものを作ってくれと要求したいのだが、どれほどの期間が必要かね?」
科学者たちは顔を見合わせた。半導体研究者のショックレーは、この質問を予想していた。
「我々の研究所でも、半導体による増幅器はあと一歩のところまできています。日本人が作った実物を解析して、我々の研究から改善すべきポイントを絞って修正すれば、半年以内に実験室で半導体増幅器は完成できるでしょう。工場生産の準備については、並行して我々が指示する設備を準備してください。金に糸目をかけなければ、1年以内に工場で生産を開始できると思います。部品については、高純度シリコンの生産が既にデュポン社で始まっていますので、その点での大きな問題はないはずです」
続いてノイマン博士が答えた。
「私たちは、真空管によるコンピュータの研究をしてきましたが、部品が半導体になっても基本構造は変わりません。しかもこの日本製の計算機の回路構成を参考にできます。半導体部品さえ大量に使えるのであれば、半年程度で自国製コンピュータの開発は可能です」
今まで黙って聞いていたブッシュ氏が口を開いた。
「半導体と計算機を合わせて、1年半程度の時間が必要だと理解した。君たちが、現在使っている数倍の研究資金を国として準備しよう。研究や実験を助ける作業者も望む人数をそろえるぞ。それで、その期間を半年に縮めてくれ」
既に研究の目途がついているショックレー博士は、快諾した。
「我々の研究所では、日本製の半導体を参考にして、特性を改善した実験素子の作成に取り組んでいます。日本人の素子を参考にして今月中にも改良した素子の実験を始める予定ですよ。すぐにも実験成果は出てくるでしょう。別のお願いがあります。この半導体素子は間違いなくノーベル賞級の大発明です。将来、この発明に対して日本人が権利を主張する可能性は極めて高いと思います。その時はアメリカ政府としての対応をお願いしたい」
ウォレス副大統領が答えた。
「いいだろう。日本人の発明だということは、発明者の権利も含めて認めよう。日本人がノーベル賞候補になったとしても、我が国は受賞を邪魔しないと約束する。しかも、これからは半導体と計算機の開発には、国家として十分な予算をかける。見方によっては、近接信管に匹敵する資金を投入して開発することになるだろう」
……
会議が一段落すると、ウォレス副大統領とブッシュ氏、それにノイマン博士が会議室に残った。この会議の開催が通知された時に、ノイマン博士から、限られた人員で話をしたいと副大統領に申し入れがあったのだ。
ノイマン博士がまずは説明を始めた。
「具体的な状況はいくらかご存じかも知れませんが、コンピュータの開発は我が国だけでなく各国が進めています。間違いなく、イギリスや日本、ドイツも同様の装置を研究しています。我々の手元にあるのは半導体素子による小型誘導装置ですが、これでも立派なコンピュータです。この誘導装置の技術を、この部屋くらいの大型装置に応用した場合を想像してください」
副大統領もすぐに博士が言わんとしていることに気づいた。
「とんでもなく、性能の優れたコンピュータが実現できるはずだ。しかも用途に合わせて、小型から大型まで何種類も作ることが可能だろう。何しろこんな小型のコンピュータを既に作っているのだからな。そう考えると、日本人が高性能の大型コンピュータを手にしているのは確実だな」
「その通りです。我々が研究していたコンピュータは完成前に既に時代遅れになりました。こんな魚雷の誘導装置が実現できるならば、その技術を利用した大型の高性能コンピュータも間違いなく生産可能です。それを前提とすると、我が国が重要なコンピュータの利用目的としていたことも、日本人は既に実行しているに違いありません。少なくとも私のところには、暗号解読とマンハッタン計画、弾道計算、各種兵器の開発などに、コンピュータを利用したいという具体的な要求が来ています。特に暗号解読とマンハッタン計画への応用は要注意です」
「なるほど、機密情報が絡んでいるのだな。君が関係者以外の人払いを要求した意味がやっとわかったよ。高性能のコンピュータが実現できれば、暗号解読に利用するのは日本人にとっても必然だろう。我が国の負け戦の原因に情報流出が疑われているが、暗号については注意が必要だな。実は、3年くらい前から日本の暗号は、非常に難解になって我が国では解読できなくなっている。裏にコンピュータが利用されていると想定すると、つじつまが合いそうだ。もう一つの研究については、コンピュータが果たす役割は大きいのかね? 私はマンハッタン計画の細部については承知していないのだが」
「私は数学と化学の学位を持っています。核分裂を工業的に利用するためには、非常に大規模な計算が必要なようです。高度な理計算が可能な高性能コンピュータがあれば、間違いなく計画の加速要因になるでしょう」
ウォレス副大統領は話を聞いていて顔色が変わっていた。
「すぐに、大型コンピュータの開発を加速する。ペンシルベニア大の開発チームはその中心になってくれ。現状では、君のチームは陸軍の資金で研究をしているのだな。国家の重要プロジェクトとして格上げする。計算機に関係する研究者も全国から集めよう。ブッシュ君、至急コンピュータ研究者の手配をしてくれ」
……
合衆国の太平洋での次の行動をどのようにするかの議論をしたいとの名目で、キング大将もホワイトハウスに呼び出されていた。
執務室に入ってゆくと、既にルーズベルト大統領の正面にハル国務長官が座っていた。ハル長官は、国務省の役人に事前調査させていたために、大統領が冷静になった理由を知っていた。
今回の珊瑚海の戦いは、もともとイギリスからの要望を受けて、アメリカが参加を決断したといういきさつがある。大統領は、戦いのきっかけを作ったイギリスと稚拙な作戦を実行した海軍に責任があるという論理で議会や国民に説明しようと決めたのだ。大統領にとっては、戦いの結果を自分以外に背負う者がいれば良いのだろう。国民が納得するか否かは別だが、大統領の精神的安定には効果があるはずだ。
「過ぎたことを、あれこれ言っても仕方ない。今後の太平洋における我が国の行動方針について諸君の意見を聞かせて欲しい。最初は、オーストラリアとニュージーランドの件だ。これらの国の決定に対しては、我々にはどうしようもないのだろうな」
国務長官はちらりと、キングの方を向いてから話し始めた。
「はい、艦隊の派遣が完全に失敗したのですから、我が国から、2つの国家に要求できることはほとんどありません。これらの国は中立的立場を維持するでしょう。日本とは戦わないという条件に加えて、太平洋で日本と戦っている国家に対する軍事支援の禁止を要求されています」
「日本と交戦中の国とは、宣戦布告した国家のことだな。現状では我が国とイギリス、カナダだと考えて良いのか?」
「ええ、ソ連は日本と独自に不可侵条約を締結しているので除外されます。インドシナと東インドも母国とは別に中立的立場を表明しているので、今のところ含まれません。中国の国民党政府はそもそも日本と結構な額の武器取引をしていたので、敵対しないと意思表示しています。ヨーロッパの国家も積極的に日本に宣戦布告していません。最後まで残るのは、アメリカとイギリス、カナダとなります」
「それで、軍事支援禁止条項とはどのような内容なのかね?」
「まずは、自国領土から軍隊の退去です。我が国もオーストラリアとニュージーランド領土内から軍を引き上げる必要があります。この領土にはニューギニアやマリアナ諸島、フィジー、サモアも含まれます。今後は、我々も日本も原則として軍艦の寄港ができません。無理に港に入れば、『アドミラル・グラーフ・シュペー』と同じ扱いになりかねません。更に日本との交戦国とオーストラリアとニュージーランドの間の軍事物資の貿易が禁止されています。また、オーストラリアとニュージーランドの輸送船が、南洋諸島など日本が指定した太平洋地域を航行する場合は、日本への事前通告により許可を得ることが必要となっています。表向きは海上戦闘の可能性があるエリアで、交戦国以外の犠牲を防止すると言っていますが、日本が望まない地域への物資輸送を規制するためだと思われます」
「つまり、中立を示した国家経由で、フィリピンやグアム、ウェークに物資を運ぶなということか。中立を宣言するならば、日本と交戦している国を間接的に支援するような物資輸送をやめろということだな」
「オーストラリアもニュージーランドもこの条項に合意しています。現状では、我が国はこれらの国の決定を尊重せざるを得ません。しかし、これらの国家が日本と同盟関係になるわけではありません。ヨーロッパの戦いでは、連合国としてふるまうことに、大きな変化はないことは強調しておきます」
「彼らが、日本と戦いたくないという理由はわかるが、日本側はどんな理由でこれを受け入れたのだろうか? 分析はできているのか?」
「太平洋での資源の入手と海上輸送の安定化、それに我々交戦国に対する規制効果です。2カ国と日本の間の貿易は以前と変わらないことがほぼ決まっています。つまり、従来と同様に日本はいろいろな資源や物資を輸入できます。輸入品には日本が欲するタングステンやコバルトなどのレアメタルや銅などが含まれています。しかも、パラオやトラック、マーシャルなどの中部太平洋の諸島は、日本の輸送船は容易に寄港できるようになります。仏印や東インドとの貿易も太平洋の輸送路に依存するので、日本の民間船はかなり助かるでしょう。もちろん我々に対しては、物流や貿易を抑制する効果があります」
キング大将が意見を述べた。
「連合国として太平洋で艦隊を編制する場合、オーストラリアの艦艇は頼りにできません。しかし、オーストラリア海軍は、それほど大きな戦力ではありません。我々と共に戦う友軍が減ることになりますが、影響の範囲は限定的です。むしろ、フィリピンやグアム、ウェーク島などへの物流が規制される影響の方が大きいかも知れません」
「現在の状況では、日本に対する作戦はかなり制限されると承知している。海上輸送の課題も含めて、その範囲で現状の我が国にとって、望ましい軍事行動は何か?」
全員がキング長官の方に顔を向けた。
「当面の間は守勢に徹します。日本は、今のところ我が国の領土を占領するような動きは見せていません。しかし潜水艦による輸送船の攻撃は活発化しています。既にハワイとミッドウェーに向かう輸送船が、6隻沈められています。合衆国が必要とする輸送路を残存兵力で守ることになります」
「まさか、太平洋の全ての輸送路を防衛対象にできるわけではないだろうね?」
「輸送路として優先するのはハワイとミッドウェー、その先のグアムとフィリピンです」
「フィリピンは、我が国よりもむしろ日本に近いが大丈夫なのか? 我々は、兵力をフィリピンから引き上げるつもりはないぞ」
「フィリピンはシンガポールと中部太平洋経由のルートが主要な輸送路となっていました。しかし、中部太平洋の輸送は、日本からの格好の攻撃対象となります。但し、輸送船団の護衛に関しては、油槽船を改造した4隻の空母を始め、貨物船を母体にした護衛空母が多数完成しています。半数はイギリスに渡って大西洋の護衛作戦に従事していますが、残りの護衛空母は太平洋の貨物輸送を確保するために使用できます。しかも日本軍の魚雷の誘導法については、スプルーアンスが解明してくれました。これからは対策が可能となっています」
「日本軍の誘導魚雷に関する報告書を見た。なんでも船の航跡を追尾する機構を有しているようだな」
「ええ、誘導法がわかったので、回避のための装備を緊急で開発中です。実験が成功すれば、これから海軍艦艇に追加装備してゆくことになります」
「それはいい報告だな。我々の艦隊が受けたかなりの被害は魚雷が原因だろう。それを封じられれば、効果は大きいだろう。それで、我が軍は太平洋で何らかの攻勢はできないのか? 日本に対して、何もしないというのはあり得ないだろう」
「まずは、艦隊の再建が先決です。建造中の空母や戦艦が完成すれば、太平洋で日本軍に対抗できるはずです。1943年中旬を過ぎれば、有力な機動部隊を編制できる大型艦が完成するでしょう」
「潜水艦による作戦以外は、当分の間は守勢になって、しばらく待つ必要があるのは理解した。ところで海軍の人事はどうするのかね? まさか責任者がそのままというわけにはいかんだろう」
「太平洋艦隊の責任者であるキンメル大将には退いてもらいます。後任は航海局長のニミッツを考えています」
「冷静なニミッツについては、以前リーヒ提督からも評判を聞いたことがあるぞ。よかろう。直ちにハワイの太平洋艦隊司令部に赴任するように伝えてくれ」
「わかった。いずれにしても我々は太平洋ではしばらく様子見だ。日本軍は海上から我が軍を攻撃をしても、ハワイやフィリピンなどの領土に侵攻する意図はないだろう。それを前提にして、日本軍の攻撃目標になりそうなところを選んで重点的に守るのだ。それ以外はドイツとの戦いと海上戦力の回復に注力する。ヨーロッパの戦いは、ヒトラーの帝国が崩壊しない限り終わることはないぞ」
さすがにルーズベルトが示した方針に逆らえる人間はその場にいなかった。ハル国務長官は、合衆国が何らかの賠償を行って、日本の交易を保証すれば、あの国は休戦交渉に応じる可能性があると考えていたが、それを口にすることはなかった。
大統領が、キング長官から手渡された資料を閉じて机の上に置いた。海軍の話題は終わったとの意思表示だ。
……
海軍軍人と入れ替わるように、ウォレス副大統領が、報告書を持って執務室にやってきた。
「これが科学者との打ち合わせの内容です。日本人は間違いなく非常に高度な電子技術を有しています。日本人の開発成果を参考にして半導体素子とコンピュータの開発を加速させる判断をしました。それにもう一つ、既に関係者には通知を出しましたが、我が国の暗号は極めて高い確率で日本に解読されているでしょう」
「電子技術が高度になると、暗号の解読も可能だということなのか? もう少し詳しく教えてくれ」
「日本海軍の魚雷が内蔵していたのは、誘導用のコンピュータです。それを極めて小型にまとめているのです。その優れた技術を応用して大型コンピュータを作れば、想像もできないほどの高い性能の装置を実現できます。一方、我が国の科学者は、暗号を解読するために巨大なコンピュータを開発することを目標としています。しかし、日本が、魚雷の誘導装置の技術を応用すれば、コンピュータの性能は我々が目標とする性能よりも非常に高いと推定できます。昨日面談した科学者は、それだけの性能のコンピュータであれば、暗号の解読は十分に可能だと予測しています」
「つまり、日本では非常に高性能のコンピュータが開発済みで、それを使いこなして暗号を解読していると推定しているのだな。高度なコンピュータが開発済みだと考える証拠が、魚雷に搭載されていた小型の誘導用装置というわけだ」
「その通りです。我が国も、高性能なコンピュータを一刻も早く実現することが必要です。そのための方策も含めて、我が国の半導体とコンピュータの研究体制を整備しますよ。大型コンピュータが完成すれば、暗号だけでなくマンハッタン計画や大規模な計算を必要とする様々な分野で活用が可能です」
「重要性は理解した。君の考えに基づいて、研究を加速してくれ。大型コンピュータによる暗号解読の可能性は、国務長官と陸海の両長官に伝えてくれ。コンピュータ開発とは別に、暗号だけは大至急変更する必要がある。暗号機も新しい機器が必要だろう」
それでも、艦隊が目的地としていたブリスベンには、一部の小型艦やひどく損傷した艦を除いて、大型艦は到着していないという事実はわかる。ケアンズやタウンズビルなどの珊瑚海に面している港湾にも、これらの艦隊に所属していた艦艇は寄港していなかった。
「しかし、ひどい結果になったな。空母も戦艦もほとんど撃沈されたということか。これでは、我が国が日本に宣戦布告するなど論外だ。むしろ今まで以上に、日本と良好な関係を維持する必要があると考えるがどうかね?」
エバット外務大臣にとっては想定内の質問だった。オーストラリアにとって、非常に重要な方針に対する疑問だ。
「我が国はまだ日本と国交を断絶しておらず、戦争状態でもありません。そのため、首都キャンベラには日本の大使館がまだ存続して職務を遂行しています。オーストラリア国内では、日本人の外交官は監視対象で、国内旅行や軍施設への接近など一部の行動は制限していますが、軟禁や逮捕はしていません。大使館の日本人を通して日本政府と意見調整することは十分可能です。全く個人的な見解ですが、我々が関係改善を希望するならば、日本人は我が国の要望にある程度は応えてくれるものと思います。どうも、私には日本が侵略的な作戦を意図的に控えているような気がしてなりません」
「私も君の意見に賛成だ。日本人は我々の期待を裏切らないと思っているぞ。すぐにも日本の外交官と会って、日本政府の意向を聞いてくれ。我が国が日本に対して中立的立場を維持するならば、我々を直接攻撃しないとの保証が欲しい」
「わかりました。すぐにでも確認します。この行動はイギリスとアメリカには当面秘密としますか?」
「日本の意思を確認することが先決だ。日本との中立的関係を維持できるか否か方向性が見えてこなければ、イギリスにもアメリカにも何も言えない。日本側が受け入れる条件をまずは確認しなければならない。残された時間はあまりないが、妥結のための内容も調整するのだ。こちらが、ある程度までは譲歩するのもやむを得ない」
「わかりました。このチャンスに日本と交渉しなければ、我々は太平洋の戦争に巻き込まれます。すぐにも行動を開始します」
「日本と妥結できる可能性が見えたならば、早い時期にイギリスとアメリカに交渉の状況をリークする。これらの国には、やむを得ず決断したという主旨を理解してもらう必要がある。これは、あくまでも太平洋での我々の行動に関する交渉だ。欧州の戦いから離脱すると思われないように注意してくれ。日本にもその点は主張する必要がある。日本政府と合意に達したならば外部に対して声明を出す。我が国の立場を早期に公表することにより、連合国とも日本とも敵対関係となることを避けることが私の最大の目標だ」
……
1942年10月、副大統領のヘンリー・ウォレスは米科学界の総元締めともいうべき科学研究開発局長のバニーバー・ブッシュと共に、ニュージャジー州のベル研究所を訪れていた。
研究所では、日本海軍の魚雷に搭載されていた機能不明の電子機器を入手して、3カ月前から分析を開始していた。
ウォレス氏はあいさつもそこそこに、結果について説明を求めた。
「おおむね、日本製の電子機器の機能が判明したとのことだね。さっそく説明してもらおうか?」
机の上のガラス製ケースには、魚雷の内部に収められていたアルミ製の外箱や内部の基板、そこから取り外した樹脂で固められた小さな部品が並べられていた。ハワイに帰投した巡洋艦から回収された魚雷に内蔵されていた装置だ。
最初に説明を始めたのは、研究員のショックレー博士だった。ガラスの上の、黒い樹脂製の部品を指さしながら説明を始めた。
「機器内部から外したこの部品は、半導体を材料に使った増幅器です。半導体としてのシリコン材に特定の物質を混ぜて、内部で電子が移動しやすいように工夫しています。その結果、固体素子にもかかわらず真空管に十分匹敵する増幅が可能になっています。同様にシリコン半導体による整流機能を有する素子も使われていました」
「ずいぶん小さな素子だが、同じ機能を真空管で実現するとしたらかなり大きくなってしまうんだろうな?」
「ええ、この10インチ(25.4cm)程度の箱の中身を真空管で作ろうとすれば、この机一杯に部品を並べてもまだ足りないでしょう。実は我々も3年ほど前から、半導体による増幅器の研究をしています。これらの部品は、我々の研究をさらに進歩させた素子です。従って、部品の材料や内部構造、電子の動きについては、ほぼ解析できています」
「それで、この装置全体では一体どういう機能を実現しているのだ? そもそもなぜ魚雷の誘導が可能になるのか、わかったのかね?」
この日の打ち合わせのために、ペンシルベニア大学からわざわざやってきたノイマン博士が答えた。
「これは、小型のコンピュータです。内部では、あらかじめ処理する内容を記憶しておいて、2進数により演算しています。我々も真空管を利用して類似の装置を開発していますが、それよりもはるかに高性能な計算機を実現しています。一連の命令群を磁気を利用した記憶部に入力しておいて、計算結果に従って舵を動かすための信号を出力して魚雷を誘導しています。おそらく魚雷の先頭部に海中の状態を感知するセンサがあって、そこからの入力を計算して、その結果により魚雷の向きや速度を制御しているのでしょう」
「私は、合衆国のために同じものを作ってくれと要求したいのだが、どれほどの期間が必要かね?」
科学者たちは顔を見合わせた。半導体研究者のショックレーは、この質問を予想していた。
「我々の研究所でも、半導体による増幅器はあと一歩のところまできています。日本人が作った実物を解析して、我々の研究から改善すべきポイントを絞って修正すれば、半年以内に実験室で半導体増幅器は完成できるでしょう。工場生産の準備については、並行して我々が指示する設備を準備してください。金に糸目をかけなければ、1年以内に工場で生産を開始できると思います。部品については、高純度シリコンの生産が既にデュポン社で始まっていますので、その点での大きな問題はないはずです」
続いてノイマン博士が答えた。
「私たちは、真空管によるコンピュータの研究をしてきましたが、部品が半導体になっても基本構造は変わりません。しかもこの日本製の計算機の回路構成を参考にできます。半導体部品さえ大量に使えるのであれば、半年程度で自国製コンピュータの開発は可能です」
今まで黙って聞いていたブッシュ氏が口を開いた。
「半導体と計算機を合わせて、1年半程度の時間が必要だと理解した。君たちが、現在使っている数倍の研究資金を国として準備しよう。研究や実験を助ける作業者も望む人数をそろえるぞ。それで、その期間を半年に縮めてくれ」
既に研究の目途がついているショックレー博士は、快諾した。
「我々の研究所では、日本製の半導体を参考にして、特性を改善した実験素子の作成に取り組んでいます。日本人の素子を参考にして今月中にも改良した素子の実験を始める予定ですよ。すぐにも実験成果は出てくるでしょう。別のお願いがあります。この半導体素子は間違いなくノーベル賞級の大発明です。将来、この発明に対して日本人が権利を主張する可能性は極めて高いと思います。その時はアメリカ政府としての対応をお願いしたい」
ウォレス副大統領が答えた。
「いいだろう。日本人の発明だということは、発明者の権利も含めて認めよう。日本人がノーベル賞候補になったとしても、我が国は受賞を邪魔しないと約束する。しかも、これからは半導体と計算機の開発には、国家として十分な予算をかける。見方によっては、近接信管に匹敵する資金を投入して開発することになるだろう」
……
会議が一段落すると、ウォレス副大統領とブッシュ氏、それにノイマン博士が会議室に残った。この会議の開催が通知された時に、ノイマン博士から、限られた人員で話をしたいと副大統領に申し入れがあったのだ。
ノイマン博士がまずは説明を始めた。
「具体的な状況はいくらかご存じかも知れませんが、コンピュータの開発は我が国だけでなく各国が進めています。間違いなく、イギリスや日本、ドイツも同様の装置を研究しています。我々の手元にあるのは半導体素子による小型誘導装置ですが、これでも立派なコンピュータです。この誘導装置の技術を、この部屋くらいの大型装置に応用した場合を想像してください」
副大統領もすぐに博士が言わんとしていることに気づいた。
「とんでもなく、性能の優れたコンピュータが実現できるはずだ。しかも用途に合わせて、小型から大型まで何種類も作ることが可能だろう。何しろこんな小型のコンピュータを既に作っているのだからな。そう考えると、日本人が高性能の大型コンピュータを手にしているのは確実だな」
「その通りです。我々が研究していたコンピュータは完成前に既に時代遅れになりました。こんな魚雷の誘導装置が実現できるならば、その技術を利用した大型の高性能コンピュータも間違いなく生産可能です。それを前提とすると、我が国が重要なコンピュータの利用目的としていたことも、日本人は既に実行しているに違いありません。少なくとも私のところには、暗号解読とマンハッタン計画、弾道計算、各種兵器の開発などに、コンピュータを利用したいという具体的な要求が来ています。特に暗号解読とマンハッタン計画への応用は要注意です」
「なるほど、機密情報が絡んでいるのだな。君が関係者以外の人払いを要求した意味がやっとわかったよ。高性能のコンピュータが実現できれば、暗号解読に利用するのは日本人にとっても必然だろう。我が国の負け戦の原因に情報流出が疑われているが、暗号については注意が必要だな。実は、3年くらい前から日本の暗号は、非常に難解になって我が国では解読できなくなっている。裏にコンピュータが利用されていると想定すると、つじつまが合いそうだ。もう一つの研究については、コンピュータが果たす役割は大きいのかね? 私はマンハッタン計画の細部については承知していないのだが」
「私は数学と化学の学位を持っています。核分裂を工業的に利用するためには、非常に大規模な計算が必要なようです。高度な理計算が可能な高性能コンピュータがあれば、間違いなく計画の加速要因になるでしょう」
ウォレス副大統領は話を聞いていて顔色が変わっていた。
「すぐに、大型コンピュータの開発を加速する。ペンシルベニア大の開発チームはその中心になってくれ。現状では、君のチームは陸軍の資金で研究をしているのだな。国家の重要プロジェクトとして格上げする。計算機に関係する研究者も全国から集めよう。ブッシュ君、至急コンピュータ研究者の手配をしてくれ」
……
合衆国の太平洋での次の行動をどのようにするかの議論をしたいとの名目で、キング大将もホワイトハウスに呼び出されていた。
執務室に入ってゆくと、既にルーズベルト大統領の正面にハル国務長官が座っていた。ハル長官は、国務省の役人に事前調査させていたために、大統領が冷静になった理由を知っていた。
今回の珊瑚海の戦いは、もともとイギリスからの要望を受けて、アメリカが参加を決断したといういきさつがある。大統領は、戦いのきっかけを作ったイギリスと稚拙な作戦を実行した海軍に責任があるという論理で議会や国民に説明しようと決めたのだ。大統領にとっては、戦いの結果を自分以外に背負う者がいれば良いのだろう。国民が納得するか否かは別だが、大統領の精神的安定には効果があるはずだ。
「過ぎたことを、あれこれ言っても仕方ない。今後の太平洋における我が国の行動方針について諸君の意見を聞かせて欲しい。最初は、オーストラリアとニュージーランドの件だ。これらの国の決定に対しては、我々にはどうしようもないのだろうな」
国務長官はちらりと、キングの方を向いてから話し始めた。
「はい、艦隊の派遣が完全に失敗したのですから、我が国から、2つの国家に要求できることはほとんどありません。これらの国は中立的立場を維持するでしょう。日本とは戦わないという条件に加えて、太平洋で日本と戦っている国家に対する軍事支援の禁止を要求されています」
「日本と交戦中の国とは、宣戦布告した国家のことだな。現状では我が国とイギリス、カナダだと考えて良いのか?」
「ええ、ソ連は日本と独自に不可侵条約を締結しているので除外されます。インドシナと東インドも母国とは別に中立的立場を表明しているので、今のところ含まれません。中国の国民党政府はそもそも日本と結構な額の武器取引をしていたので、敵対しないと意思表示しています。ヨーロッパの国家も積極的に日本に宣戦布告していません。最後まで残るのは、アメリカとイギリス、カナダとなります」
「それで、軍事支援禁止条項とはどのような内容なのかね?」
「まずは、自国領土から軍隊の退去です。我が国もオーストラリアとニュージーランド領土内から軍を引き上げる必要があります。この領土にはニューギニアやマリアナ諸島、フィジー、サモアも含まれます。今後は、我々も日本も原則として軍艦の寄港ができません。無理に港に入れば、『アドミラル・グラーフ・シュペー』と同じ扱いになりかねません。更に日本との交戦国とオーストラリアとニュージーランドの間の軍事物資の貿易が禁止されています。また、オーストラリアとニュージーランドの輸送船が、南洋諸島など日本が指定した太平洋地域を航行する場合は、日本への事前通告により許可を得ることが必要となっています。表向きは海上戦闘の可能性があるエリアで、交戦国以外の犠牲を防止すると言っていますが、日本が望まない地域への物資輸送を規制するためだと思われます」
「つまり、中立を示した国家経由で、フィリピンやグアム、ウェークに物資を運ぶなということか。中立を宣言するならば、日本と交戦している国を間接的に支援するような物資輸送をやめろということだな」
「オーストラリアもニュージーランドもこの条項に合意しています。現状では、我が国はこれらの国の決定を尊重せざるを得ません。しかし、これらの国家が日本と同盟関係になるわけではありません。ヨーロッパの戦いでは、連合国としてふるまうことに、大きな変化はないことは強調しておきます」
「彼らが、日本と戦いたくないという理由はわかるが、日本側はどんな理由でこれを受け入れたのだろうか? 分析はできているのか?」
「太平洋での資源の入手と海上輸送の安定化、それに我々交戦国に対する規制効果です。2カ国と日本の間の貿易は以前と変わらないことがほぼ決まっています。つまり、従来と同様に日本はいろいろな資源や物資を輸入できます。輸入品には日本が欲するタングステンやコバルトなどのレアメタルや銅などが含まれています。しかも、パラオやトラック、マーシャルなどの中部太平洋の諸島は、日本の輸送船は容易に寄港できるようになります。仏印や東インドとの貿易も太平洋の輸送路に依存するので、日本の民間船はかなり助かるでしょう。もちろん我々に対しては、物流や貿易を抑制する効果があります」
キング大将が意見を述べた。
「連合国として太平洋で艦隊を編制する場合、オーストラリアの艦艇は頼りにできません。しかし、オーストラリア海軍は、それほど大きな戦力ではありません。我々と共に戦う友軍が減ることになりますが、影響の範囲は限定的です。むしろ、フィリピンやグアム、ウェーク島などへの物流が規制される影響の方が大きいかも知れません」
「現在の状況では、日本に対する作戦はかなり制限されると承知している。海上輸送の課題も含めて、その範囲で現状の我が国にとって、望ましい軍事行動は何か?」
全員がキング長官の方に顔を向けた。
「当面の間は守勢に徹します。日本は、今のところ我が国の領土を占領するような動きは見せていません。しかし潜水艦による輸送船の攻撃は活発化しています。既にハワイとミッドウェーに向かう輸送船が、6隻沈められています。合衆国が必要とする輸送路を残存兵力で守ることになります」
「まさか、太平洋の全ての輸送路を防衛対象にできるわけではないだろうね?」
「輸送路として優先するのはハワイとミッドウェー、その先のグアムとフィリピンです」
「フィリピンは、我が国よりもむしろ日本に近いが大丈夫なのか? 我々は、兵力をフィリピンから引き上げるつもりはないぞ」
「フィリピンはシンガポールと中部太平洋経由のルートが主要な輸送路となっていました。しかし、中部太平洋の輸送は、日本からの格好の攻撃対象となります。但し、輸送船団の護衛に関しては、油槽船を改造した4隻の空母を始め、貨物船を母体にした護衛空母が多数完成しています。半数はイギリスに渡って大西洋の護衛作戦に従事していますが、残りの護衛空母は太平洋の貨物輸送を確保するために使用できます。しかも日本軍の魚雷の誘導法については、スプルーアンスが解明してくれました。これからは対策が可能となっています」
「日本軍の誘導魚雷に関する報告書を見た。なんでも船の航跡を追尾する機構を有しているようだな」
「ええ、誘導法がわかったので、回避のための装備を緊急で開発中です。実験が成功すれば、これから海軍艦艇に追加装備してゆくことになります」
「それはいい報告だな。我々の艦隊が受けたかなりの被害は魚雷が原因だろう。それを封じられれば、効果は大きいだろう。それで、我が軍は太平洋で何らかの攻勢はできないのか? 日本に対して、何もしないというのはあり得ないだろう」
「まずは、艦隊の再建が先決です。建造中の空母や戦艦が完成すれば、太平洋で日本軍に対抗できるはずです。1943年中旬を過ぎれば、有力な機動部隊を編制できる大型艦が完成するでしょう」
「潜水艦による作戦以外は、当分の間は守勢になって、しばらく待つ必要があるのは理解した。ところで海軍の人事はどうするのかね? まさか責任者がそのままというわけにはいかんだろう」
「太平洋艦隊の責任者であるキンメル大将には退いてもらいます。後任は航海局長のニミッツを考えています」
「冷静なニミッツについては、以前リーヒ提督からも評判を聞いたことがあるぞ。よかろう。直ちにハワイの太平洋艦隊司令部に赴任するように伝えてくれ」
「わかった。いずれにしても我々は太平洋ではしばらく様子見だ。日本軍は海上から我が軍を攻撃をしても、ハワイやフィリピンなどの領土に侵攻する意図はないだろう。それを前提にして、日本軍の攻撃目標になりそうなところを選んで重点的に守るのだ。それ以外はドイツとの戦いと海上戦力の回復に注力する。ヨーロッパの戦いは、ヒトラーの帝国が崩壊しない限り終わることはないぞ」
さすがにルーズベルトが示した方針に逆らえる人間はその場にいなかった。ハル国務長官は、合衆国が何らかの賠償を行って、日本の交易を保証すれば、あの国は休戦交渉に応じる可能性があると考えていたが、それを口にすることはなかった。
大統領が、キング長官から手渡された資料を閉じて机の上に置いた。海軍の話題は終わったとの意思表示だ。
……
海軍軍人と入れ替わるように、ウォレス副大統領が、報告書を持って執務室にやってきた。
「これが科学者との打ち合わせの内容です。日本人は間違いなく非常に高度な電子技術を有しています。日本人の開発成果を参考にして半導体素子とコンピュータの開発を加速させる判断をしました。それにもう一つ、既に関係者には通知を出しましたが、我が国の暗号は極めて高い確率で日本に解読されているでしょう」
「電子技術が高度になると、暗号の解読も可能だということなのか? もう少し詳しく教えてくれ」
「日本海軍の魚雷が内蔵していたのは、誘導用のコンピュータです。それを極めて小型にまとめているのです。その優れた技術を応用して大型コンピュータを作れば、想像もできないほどの高い性能の装置を実現できます。一方、我が国の科学者は、暗号を解読するために巨大なコンピュータを開発することを目標としています。しかし、日本が、魚雷の誘導装置の技術を応用すれば、コンピュータの性能は我々が目標とする性能よりも非常に高いと推定できます。昨日面談した科学者は、それだけの性能のコンピュータであれば、暗号の解読は十分に可能だと予測しています」
「つまり、日本では非常に高性能のコンピュータが開発済みで、それを使いこなして暗号を解読していると推定しているのだな。高度なコンピュータが開発済みだと考える証拠が、魚雷に搭載されていた小型の誘導用装置というわけだ」
「その通りです。我が国も、高性能なコンピュータを一刻も早く実現することが必要です。そのための方策も含めて、我が国の半導体とコンピュータの研究体制を整備しますよ。大型コンピュータが完成すれば、暗号だけでなくマンハッタン計画や大規模な計算を必要とする様々な分野で活用が可能です」
「重要性は理解した。君の考えに基づいて、研究を加速してくれ。大型コンピュータによる暗号解読の可能性は、国務長官と陸海の両長官に伝えてくれ。コンピュータ開発とは別に、暗号だけは大至急変更する必要がある。暗号機も新しい機器が必要だろう」
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