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第13章 東太平洋の戦い
13.4章 東太平洋潜水艦作戦2
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北方で「伊17」が攻撃を開始した頃、輸送船団の反対側から別の潜水艦が接近していた。ハワイの南方海域で警戒していた巡潜乙型の「伊26」は、船団の位置情報を得て、直ちに東北東に移動を開始した。他の潜水艦よりも南方に位置していた「伊26」は、結果的に米船団の南西方向から近づくことになった。潜水艦から見れば北東方向から輸送船団がやってくることになる。
「複数の爆発音を探知。北北東方向です。多数の連続した水中爆発です。小型爆雷のように聞こえます。魚雷ではありません。初めて聞く音です」
聴音手からの報告を受けて、「伊26」艦長の横田中佐は、航海長と水雷長に話しかけた。
「どうやら先行した友軍の潜水艦が船団の北側から攻撃を開始したようだな。小型爆雷であれば、米艦隊からの反撃に苦戦しているのかも知れない。我々も攻撃するぞ」
航海長の山中大尉が、海図を示して説明を始めた。
「本艦の現在位置に対して、50度から60度の方位に米船団が航行しています。船団は、西へと進んでいるので、我々の北側を通過してゆくことになります。もう少し待っていれば真南から攻撃可能な位置関係になるはずです」
水雷長の今井大尉は早期に攻撃すべきとの意見だった。
「米軍の護衛艦は、北側から攻撃を受けて、その方向を捜索しているはずです。船団の護衛が北側に吊り上げられている現状では、南側の我々に対する警戒は比較的手薄になっていると考えられます。この機会に、あまり長く待たずに攻撃を開始すべきです」
「魚雷は命中するかな? まだ15海里(28km)以上の距離があるぞ」
「九五式魚雷は三型改になって射程を延伸して、誘導装置も今までの実戦結果に基づいて計算機内の情報を更新しています。今回の攻撃では、魚雷が蛇行するように航路を事前設定します。蛇行している途中で艦船の航跡を探知すれば、その後は航跡誘導で命中するはずです。多数の輸送船が航行している船団でなければ、通用しない攻撃法ですが、現状では有効だと考えます」
水雷長は、もう少し魚雷に設定できる項目が増えれば攻撃法の幅が、更に広がるに違いないと思っていた。時間の経過と共に魚雷の航路を自在に変化させたり、航行する方向だけでなく速度も緩急をつけるような機能追加だ。しかし、今は望んでも仕方がない。魚雷の周期的な回頭を事前に設定することで対応するしかない。
水雷長の言葉を聞いて、横田中佐もすぐに決断した。
「我が艦はこのまま東北東に進む。13海里(24km)まで接近したら潜望鏡で確認だ。状況次第だが、そこで攻撃すべきか判断する」
艦長は自分の言葉通り、「伊26」の潜望鏡を上げて海上を確認した。横田中佐は、海上を2列で接近してくる7隻の艦船を発見した。しかし最前方の1隻は護衛の駆逐艦だ。その後方に6隻の輸送船が続いていた。
「北東25度に駆逐艦1、更にその後方に貨物船6。いや、遠方に煙が見えたから、後方にはもっと多くの輸送船が続いているはずだ」
潜望鏡を降ろして艦長がふり返ると、水雷長は首を縦に振った。雷撃に同意しているのだ。
「この距離ならば、駆逐艦がやってくる前に逃げられるだろう。2本残して、4門発射で輸送船を攻撃する。少しずつ角度を変えて撃て」
13海里の距離で「伊26」が魚雷を発射した。
先頭の駆逐艦は、すぐに魚雷発射音を探知した。
「複数の魚雷発射音。方位は南西。輸送船の方向に向かって行きます」
この時、駆逐艦「スペンス」で指揮を執っていたのは、第46駆逐隊指揮官のオースティン中佐だった。発射音の探知報告を受けて、次々と命令を発した。
「南西方向からやって来ているのは、先般の攻撃とは別の潜水艦だ。まずは発射された方向に向かう。護衛空母に哨戒機の飛来を要請せよ。おそらく、これからも魚雷を撃ってくるはずだ。我々が狙われたならば、まずは回避する。しかし、その後は追い詰めて攻撃するぞ」
魚雷発射直後に「伊26」は海中を全速で西へと進んで位置を変えていた。横田艦長は、速度を落としてから潜望鏡を上げるように命令した。先頭の駆逐艦の行動を見極めたいという要求を抑えられなかった。
「駆逐艦が南西に方向を変えて速度を増している。我々を追いかけるつもりだ」
横田艦長は、駆逐艦が1隻ならば、残った魚雷で狙うことを考えていた。魚雷が外れても全速で回避行動をとるはずだ。その間に南に退避するつもりだった。
しかし、横田艦長にとって想定外だったのは、輸送船団後方を航行していたもう1隻の駆逐艦が向かってきたことだ。船団の南西側で護衛していた駆逐艦「サッチャー」が、メリル少将から命令されて駆け付けてきたのだ。
聴音手が駆逐艦の接近を報告した。
「2隻の艦艇が、南下してきます。おそらく20ノットは出ています」
その頃には、最初に発射した4本の魚雷は輸送船団の中をサインカーブのような曲線を描きながら航走していた。各魚雷の航路は同一ではなく、ばらばらな方向に蛇行していた。計算機を内蔵しているからこそ可能な事前の設定に従った動作だ。蛇行を繰り返した魚雷は、最終的に3隻の貨物船の航跡を横断すると船体に命中した。もちろん、水雷防御など何もない貨物船にとって、1本の魚雷でも致命傷だ。すぐに浸水が対処不可能な量になって、沈み始めた。
「伊26」は3隻の貨物船を沈めたが、2隻の駆逐艦から追いかけられることになった。横田中佐は、駆逐艦の接近を潜望鏡により確認していた。
「追いかけてくる駆逐艦が2隻に増えたぞ。一旦、回避する。魚雷は何本発射可能か?」
水雷長の今井大尉が小声で報告した。4本の魚雷を発射した直後に、再装填をしていた。
「6門の発射準備が完了しています」
「了解だ。いざとなったら駆逐艦に反撃する」
「スペンス」は、魚雷発射音を探知した方向に進むと、ためらわずにアクティブソナーで探針を始めた。後方からやってきた「サッチャー」も同様の行動を開始する。上空には護衛空母の「スワニー」を発艦した2機のTBFアベンジャーが飛行してきた。
潜水艦の聴音手が駆逐艦の接近を報告する。
「南東と南方の2方向から、2隻の艦艇が接近中。双方共に探針音を発信しています。このまま接近してくれば、間違いなく探知されます」
水雷長と航海長が艦長の顔を見た。判断を待っているのだ。
「2隻に追い回されたら、逃げるのは難しいだろう。駆逐艦に向けて反撃するぞ」
今井大尉も反撃すべきとの意見だった。
「今までの魚雷ならば逃げることしかできませんが、我々の魚雷は最新型の誘導魚雷です。6本をうまく使えば反撃は十分可能だと思います」
「聴音手、駆逐艦の方向を正確に計測してくれ。5分後に潜望鏡を上げる」
横田艦長が潜望鏡で海上を見ると、駆逐艦が接近してくるのが見えた。
「距離は13,000m、2隻の駆逐艦。方位はそれぞれ15度と27度だ。それぞれの駆逐艦に3本発射する。連続で攻撃するぞ」
「伊26」は、北東から接近する駆逐艦に対して左舷の斜め前方から攻撃することになった。前方から接近する目標は、側面から狙う場合に比べて目標の投影面積が小さくなる。しかも前方からでは、船尾の航跡が捉えにくい。それでも位置を変更している時間の猶予はない。
今井大尉は、魚雷発射の諸元を魚雷方位盤に入力しながら確認した。
「3本を15度の目標、更に3本を27度の目標に設定。最初の発射は15度の目標。東西に蛇行させます」
艦長は、水雷長の今井大尉の発言を聞いて、過去に検討していた攻撃法をすぐに思い出した。誘導魚雷が配備された時に、様々な攻撃法について水雷長と研究したことがあるのだ。検討項目の中には、駆逐艦に正対した場合の攻撃法も含まれていた。
「ああ、その設定で構わない。時間がないぞ。まず3本を発射」
3本の魚雷が発射されると、「伊26」は艦首をわずかに右舷側に振った。すぐに、次の3本の魚雷を発射した。
「伊26」が発射した6本の魚雷は、わずかに方向を変えて2隻の駆逐艦を目指して進んでいった。
「スペンス」の聴音手は魚雷発射音を探知した。
「本艦の前方11時方向から魚雷発射。雷数3以上、おそらく本艦と『サッチャー』を狙っています」
「取り舵だ。魚雷に艦首を向けろ。欺瞞弾の発射準備。魚雷が接近したら発射する」
2隻の駆逐艦はわずかに艦首を左舷側に向けて真正面から魚雷に向かう隊形になった。反航していっても、さすがに艦首に魚雷が直撃するようなことはない。3本の魚雷が「スペンス」に向かってゆるく蛇行するように航走してきた。「伊26」の水雷長は、魚雷を左右に回頭させることにより、駆逐艦の航跡に入ってから、艦尾に向けて誘導させようと考えていたのだ。
同様に「スペンス」の西方を航行していた「サッチャー」の後方に向けて2本の魚雷が航走していった。残りの1本は、設定が外れたのか「サッチャー」よりもはるかに後ろを東方に走って行ってしまった。
「スペンス」の聴音手は、推進音を発しながら接近してくる酸素魚雷の方位を的確に捉えていた。
「2本の魚雷が艦の前方から右舷に向けて接近してきます。更に1本が左舷を通過見込み。魚雷の航走音が微妙に変化しています」
オースティン中佐は、魚雷欺瞞弾の射出を命じた。ぎりぎりまで、発射を待っていたのはソナーによる測位情報をできる限り多く得るためだ。
「魚雷の音が変わって聞こえるのは、航走する方向が変化しているからだろう。方位が変わるのはおそらく、誘導魚雷だ。魚雷欺瞞弾を発射しろ。欺瞞弾が爆発する前に、潜水艦が魚雷を発射した方向を確定してくれ。しばらく音響測定はできなくなるぞ。『サッチャー』にも無線で潜水艦の方位を問い合わせてくれ。2隻の駆逐艦への魚雷発射は日本潜水艦の失策だ」
「スペンス」は、魚雷がすれ違う前に左舷と右舷の双方に向けて艦尾の迫撃砲から欺瞞弾を発射した。「サッチャー」もそれを見習うように艦尾から欺瞞弾を発射した。
駆逐艦後方に向かっていた魚雷は、欺瞞弾が爆発して立ち上った水柱の列に突っ込むと、その中でジグザグに走り出した。しばらくして列から飛び出すと、西方の何もない方向に走っていった。
聴音手が測位した魚雷の発射方位が、オースティン中佐に報告された。
「よしっ、『サッチャー』にも発射音が聞こえた方位を問い合わせろ。2隻から測定情報が得られれば、2つの方位が交差しているところが潜水艦の位置だ」
それぞれ東西に異なる位置から、発射音が聞こえた方向を測定すれば、距離がわからなくても位置がわかる。海図に引いた2直線が交差するところから大体の位置が判明した。2隻の駆逐艦の位置関係や測定した方位角が精密でないので、概略の位置となったのが欠点だ。
欺瞞弾の爆発で海中が撹乱している間に、中佐は全速でその地点への進出を命じた。
「どうせしばらくは音響探知できない。一気に潜水艦に接近するぞ」
判明した位置に前進してゆくと、上空から1機のTBFアベンジャーが降下してきた。低空で海面上に発煙弾を投下する。哨戒機が、潜水艦の潜望鏡が白い波を立てているのを発見して目印を投下したのだ。
「TBFがマークした位置は、2直線の交差位置から30ヤード(27m)も離れていません」
「正確に位置を確定できたと考えて間違いないだろう。発煙弾に向けてすすむ。艦首を195度に向けよ。ヘッジホッグによる攻撃を準備」
2隻の駆逐艦は、被疑地点に達すると、10ノットに速度を落として、QCソナーで海中の潜水艦探知を始めた。すぐに努力は報われた。
「185度に潜水艦からの反射音。距離1,700ヤード(1,554m)」
「探知方向に艦首を向けろ。5分進んでからヘッジホッグを発射」
艦長の命令により、5分後に「スペンス」の艦首発射機から、24発の対潜弾が発射された。海上に円形に着水したが、何も起こらなかった。潜水艦に直撃していないのだ。すぐに、北東方向から接近してきた「サッチャー」がやや南側の海域にヘッジホッグを発射した。
対潜弾が着水してから、しばらくすると海中から多数の水柱が立ち上った。爆発の様子は「スペンス」の艦橋からも良く見えた。
「命中したな。浮遊物を確認してくれ。あの爆発ならば、撃沈確実だとは思うが、念を入れて確認する」
爆発地点からは激しく気泡が噴き上がってきた。同時に重油の輪が広がってきた。
……
護衛の駆逐戦隊指揮官のバーク大佐にも、南から日本潜水艦が攻撃して来たことが報告された。
「北方に潜水艦が現れたと思ったら次は南からの攻撃か。どうやら、我々の船団を狙っているのは多数の潜水艦のようだ。そうだとすれば、これからも四方から攻撃されてもおかしくないぞ」
「チャールズ・オースバーン」艦長のレイノルズ中佐は、輸送船に命中した魚雷が、発射から命中まで長時間かかっていることに気が付いていた。
「発射してから命中までの時間が長いことから、かなり遠距離から攻撃してきています。オースティン中佐は潜水艦をうまく追い詰めましたが、貨物船には、欺瞞弾は搭載されていません。日本軍の潜水艦は輸送船に接近しなくても、遠方から攻撃可能だと考えねばなりません」
苦々しい顔をしながら、バーク大佐は答えた。
「わかっている。護衛の駆逐艦には魚雷欺瞞弾の装備がかろうじて間に合ったが、輸送船は違う。我々は、接近してくる潜水艦を船団のかなり外側で防がない限り、被害が発生することになるぞ」
説明するまでもなく、彼は、自分の発言内容がかなり実行困難なことを理解していた。
「複数の爆発音を探知。北北東方向です。多数の連続した水中爆発です。小型爆雷のように聞こえます。魚雷ではありません。初めて聞く音です」
聴音手からの報告を受けて、「伊26」艦長の横田中佐は、航海長と水雷長に話しかけた。
「どうやら先行した友軍の潜水艦が船団の北側から攻撃を開始したようだな。小型爆雷であれば、米艦隊からの反撃に苦戦しているのかも知れない。我々も攻撃するぞ」
航海長の山中大尉が、海図を示して説明を始めた。
「本艦の現在位置に対して、50度から60度の方位に米船団が航行しています。船団は、西へと進んでいるので、我々の北側を通過してゆくことになります。もう少し待っていれば真南から攻撃可能な位置関係になるはずです」
水雷長の今井大尉は早期に攻撃すべきとの意見だった。
「米軍の護衛艦は、北側から攻撃を受けて、その方向を捜索しているはずです。船団の護衛が北側に吊り上げられている現状では、南側の我々に対する警戒は比較的手薄になっていると考えられます。この機会に、あまり長く待たずに攻撃を開始すべきです」
「魚雷は命中するかな? まだ15海里(28km)以上の距離があるぞ」
「九五式魚雷は三型改になって射程を延伸して、誘導装置も今までの実戦結果に基づいて計算機内の情報を更新しています。今回の攻撃では、魚雷が蛇行するように航路を事前設定します。蛇行している途中で艦船の航跡を探知すれば、その後は航跡誘導で命中するはずです。多数の輸送船が航行している船団でなければ、通用しない攻撃法ですが、現状では有効だと考えます」
水雷長は、もう少し魚雷に設定できる項目が増えれば攻撃法の幅が、更に広がるに違いないと思っていた。時間の経過と共に魚雷の航路を自在に変化させたり、航行する方向だけでなく速度も緩急をつけるような機能追加だ。しかし、今は望んでも仕方がない。魚雷の周期的な回頭を事前に設定することで対応するしかない。
水雷長の言葉を聞いて、横田中佐もすぐに決断した。
「我が艦はこのまま東北東に進む。13海里(24km)まで接近したら潜望鏡で確認だ。状況次第だが、そこで攻撃すべきか判断する」
艦長は自分の言葉通り、「伊26」の潜望鏡を上げて海上を確認した。横田中佐は、海上を2列で接近してくる7隻の艦船を発見した。しかし最前方の1隻は護衛の駆逐艦だ。その後方に6隻の輸送船が続いていた。
「北東25度に駆逐艦1、更にその後方に貨物船6。いや、遠方に煙が見えたから、後方にはもっと多くの輸送船が続いているはずだ」
潜望鏡を降ろして艦長がふり返ると、水雷長は首を縦に振った。雷撃に同意しているのだ。
「この距離ならば、駆逐艦がやってくる前に逃げられるだろう。2本残して、4門発射で輸送船を攻撃する。少しずつ角度を変えて撃て」
13海里の距離で「伊26」が魚雷を発射した。
先頭の駆逐艦は、すぐに魚雷発射音を探知した。
「複数の魚雷発射音。方位は南西。輸送船の方向に向かって行きます」
この時、駆逐艦「スペンス」で指揮を執っていたのは、第46駆逐隊指揮官のオースティン中佐だった。発射音の探知報告を受けて、次々と命令を発した。
「南西方向からやって来ているのは、先般の攻撃とは別の潜水艦だ。まずは発射された方向に向かう。護衛空母に哨戒機の飛来を要請せよ。おそらく、これからも魚雷を撃ってくるはずだ。我々が狙われたならば、まずは回避する。しかし、その後は追い詰めて攻撃するぞ」
魚雷発射直後に「伊26」は海中を全速で西へと進んで位置を変えていた。横田艦長は、速度を落としてから潜望鏡を上げるように命令した。先頭の駆逐艦の行動を見極めたいという要求を抑えられなかった。
「駆逐艦が南西に方向を変えて速度を増している。我々を追いかけるつもりだ」
横田艦長は、駆逐艦が1隻ならば、残った魚雷で狙うことを考えていた。魚雷が外れても全速で回避行動をとるはずだ。その間に南に退避するつもりだった。
しかし、横田艦長にとって想定外だったのは、輸送船団後方を航行していたもう1隻の駆逐艦が向かってきたことだ。船団の南西側で護衛していた駆逐艦「サッチャー」が、メリル少将から命令されて駆け付けてきたのだ。
聴音手が駆逐艦の接近を報告した。
「2隻の艦艇が、南下してきます。おそらく20ノットは出ています」
その頃には、最初に発射した4本の魚雷は輸送船団の中をサインカーブのような曲線を描きながら航走していた。各魚雷の航路は同一ではなく、ばらばらな方向に蛇行していた。計算機を内蔵しているからこそ可能な事前の設定に従った動作だ。蛇行を繰り返した魚雷は、最終的に3隻の貨物船の航跡を横断すると船体に命中した。もちろん、水雷防御など何もない貨物船にとって、1本の魚雷でも致命傷だ。すぐに浸水が対処不可能な量になって、沈み始めた。
「伊26」は3隻の貨物船を沈めたが、2隻の駆逐艦から追いかけられることになった。横田中佐は、駆逐艦の接近を潜望鏡により確認していた。
「追いかけてくる駆逐艦が2隻に増えたぞ。一旦、回避する。魚雷は何本発射可能か?」
水雷長の今井大尉が小声で報告した。4本の魚雷を発射した直後に、再装填をしていた。
「6門の発射準備が完了しています」
「了解だ。いざとなったら駆逐艦に反撃する」
「スペンス」は、魚雷発射音を探知した方向に進むと、ためらわずにアクティブソナーで探針を始めた。後方からやってきた「サッチャー」も同様の行動を開始する。上空には護衛空母の「スワニー」を発艦した2機のTBFアベンジャーが飛行してきた。
潜水艦の聴音手が駆逐艦の接近を報告する。
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「距離は13,000m、2隻の駆逐艦。方位はそれぞれ15度と27度だ。それぞれの駆逐艦に3本発射する。連続で攻撃するぞ」
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今井大尉は、魚雷発射の諸元を魚雷方位盤に入力しながら確認した。
「3本を15度の目標、更に3本を27度の目標に設定。最初の発射は15度の目標。東西に蛇行させます」
艦長は、水雷長の今井大尉の発言を聞いて、過去に検討していた攻撃法をすぐに思い出した。誘導魚雷が配備された時に、様々な攻撃法について水雷長と研究したことがあるのだ。検討項目の中には、駆逐艦に正対した場合の攻撃法も含まれていた。
「ああ、その設定で構わない。時間がないぞ。まず3本を発射」
3本の魚雷が発射されると、「伊26」は艦首をわずかに右舷側に振った。すぐに、次の3本の魚雷を発射した。
「伊26」が発射した6本の魚雷は、わずかに方向を変えて2隻の駆逐艦を目指して進んでいった。
「スペンス」の聴音手は魚雷発射音を探知した。
「本艦の前方11時方向から魚雷発射。雷数3以上、おそらく本艦と『サッチャー』を狙っています」
「取り舵だ。魚雷に艦首を向けろ。欺瞞弾の発射準備。魚雷が接近したら発射する」
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同様に「スペンス」の西方を航行していた「サッチャー」の後方に向けて2本の魚雷が航走していった。残りの1本は、設定が外れたのか「サッチャー」よりもはるかに後ろを東方に走って行ってしまった。
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「2本の魚雷が艦の前方から右舷に向けて接近してきます。更に1本が左舷を通過見込み。魚雷の航走音が微妙に変化しています」
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「魚雷の音が変わって聞こえるのは、航走する方向が変化しているからだろう。方位が変わるのはおそらく、誘導魚雷だ。魚雷欺瞞弾を発射しろ。欺瞞弾が爆発する前に、潜水艦が魚雷を発射した方向を確定してくれ。しばらく音響測定はできなくなるぞ。『サッチャー』にも無線で潜水艦の方位を問い合わせてくれ。2隻の駆逐艦への魚雷発射は日本潜水艦の失策だ」
「スペンス」は、魚雷がすれ違う前に左舷と右舷の双方に向けて艦尾の迫撃砲から欺瞞弾を発射した。「サッチャー」もそれを見習うように艦尾から欺瞞弾を発射した。
駆逐艦後方に向かっていた魚雷は、欺瞞弾が爆発して立ち上った水柱の列に突っ込むと、その中でジグザグに走り出した。しばらくして列から飛び出すと、西方の何もない方向に走っていった。
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「よしっ、『サッチャー』にも発射音が聞こえた方位を問い合わせろ。2隻から測定情報が得られれば、2つの方位が交差しているところが潜水艦の位置だ」
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「命中したな。浮遊物を確認してくれ。あの爆発ならば、撃沈確実だとは思うが、念を入れて確認する」
爆発地点からは激しく気泡が噴き上がってきた。同時に重油の輪が広がってきた。
……
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苦々しい顔をしながら、バーク大佐は答えた。
「わかっている。護衛の駆逐艦には魚雷欺瞞弾の装備がかろうじて間に合ったが、輸送船は違う。我々は、接近してくる潜水艦を船団のかなり外側で防がない限り、被害が発生することになるぞ」
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マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
超量産艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
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