電子の帝国

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第13章 東太平洋の戦い

13.9章 ダッチハーバー空襲1

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 航空参謀の淵田少佐は、攻撃隊には30機の護衛戦闘機を随伴させることを考えていた。ところが、電子関係の参謀になったばかりの石黒大尉が計算機の出力を持ってやってきた。
「これをみてください。計算機が米軍の迎撃戦闘機の予測を変えてきました」

「青軍からの攻撃に対して、赤軍の迎撃機が軍令部の想定からかなり増えているな。どういうわけだ?」

「原因は夜間の爆撃機です。我々を攻撃してきたのは50機を超えてたと思われます。夜間攻撃してきた機数を前提として、計算機が赤軍の推定戦力を増加させたのです。しかも、珊瑚海の戦闘で登場した2,000馬力級エンジンの戦闘機を警戒しています。同じような大馬力エンジンを搭載した新型機が今回も登場する可能性も指摘していますよ」

 夜間に攻撃してきた爆撃機は、軍令部の事前情報よりもかなり多かった。それを前提に、計算機は赤軍の航空部隊が想定よりも強力だと推定を修正したのだ。すぐに淵田少佐は、自分が考えていた護衛戦闘機の規模から強化しなければ、アメリカ軍の迎撃により攻撃隊の被害が増えるだろうと想像できた。

 しばらく航空参謀は考え込んでいた。計算機の出力通りに戦闘機の数を大幅に増加した編制とするならば、攻撃隊の準備はかなりの範囲でやり直しになる。しかしある程度は戦闘機の数を増やさなければならない。結局、彼は根本的ではなく、可能な範囲での中間的な対策を採用することに決めた。

 航空参謀は、山口司令の方に向き直った。
「護衛戦闘機の数を増加させます。私が考えていた護衛の数では、迎撃により攻撃隊は大きな被害を受けることになるでしょう。しかし、ここで編制を大幅に変更すると発進時刻が遅れてしまいます。しかも空母の飛行甲板上から一度に発艦できる限度もあるので、単純に機体の数を増やせません。計算機の出力のような抜本的な編制の変更ではありませんが、後続で第二次攻撃隊から戦闘機を引き抜きます」

 山口長官は、抜本的な変更ではないとの発言を聞いて眉毛をピクリと動かしたが、結局反対しなかった。
「いいだろう。空母上で準備ができている戦闘機を割り当ても良いから、攻撃隊の護衛戦闘機を増やしてくれ。発艦の方法は専門家にまかせる」

 少佐が説明したのは、追加の戦闘機を後追いで発進させる案だった。まずは当初予定の第一攻撃隊を発進させる。その後すぐに、準備中の第二次攻撃隊の中から追加の戦闘機を抽出して発艦させる。烈風ならば、爆装の攻撃隊よりも抵抗が小さいので、燃料消費を抑えた巡航速度で飛行しても追いつける。目標の手前で攻撃隊に合流できれば問題ないはずだ。

 しかもこの方法ならば、最初に飛行甲板に並べる機体の数を増やす必要もない。カタパルトを装備しない日本空母は、所定の滑走距離を前方に確保しなければ発艦できない。つまりむやみに飛行甲板に並べる攻撃隊の数を増やせば、滑走に必要な飛行甲板の長さが足りなくなってしまうのだ。

 まずは30機の烈風が護衛する計画通りの攻撃隊が発進した。その20分後には追加の22機の戦闘機隊が追いかけていった。

 第一次攻撃隊:烈風 52機(そのうち22機は後追い)、彗星 27機、天山 18機、偵察型天山 4機

 日本の攻撃隊は、ウムナック島とウナラスカ、アクタン島の海域を目指して、北北東に向けて飛行していた。

 ……

 アメリカ軍は、日本軍が空襲してくることをあらかじめ予期していた。夜間爆撃を撃退して、艦隊の被害はほぼないはずだから、日本軍がここで攻撃を中止する理由は何もない。夜明け前から、最高レベルの警戒状態に移行していたフォートグレン基地とダッチハーバー海軍基地のレーダーが60マイル(97km)以上の距離で日本軍の編隊を探知した。

 アラスカ方面の戦闘機隊司令官のミード大佐は、すぐに戦闘機隊の発進を命令した。

 カービィ少佐が率いる戦闘機隊は、ウムナック島のフォートグレン基地を離陸した後に、基地からの誘導に従って基地から南南西に向けて飛行していた。彼が搭乗していたのは、陸軍でも配備が始まったばかりのP-47だ。珊瑚海の戦いで、ジーク(零戦)の後継機であるサム(烈風)が登場したので、それに対抗するために西岸の主要基地から優先して新型の機体の配備が始まっていた。

 新型のP-47は、30機が編隊を組んで上昇していった。後方には36機のP-40が続いている。

 日本軍の偵察型天山は、搭載した電子機器により米軍に電波妨害をかけていたが、既に米軍はそれを経験済みだった。特定の周波数だけを発信してくる日本機には、周波数を変えれば対抗できる。幅広い周波数で妨害できないのは、機載の電子機器の限界だ。米陸軍のレーダーも海軍からもたらされた情報により、日本の妨害電波を避けて処理する機能を追加していた。

 地上のレーダーにより誘導された米戦闘機隊は、迷わずに日本の攻撃隊に向かってきた。もともとカービィ少佐の予定では、性能が優れるP-47が日本軍の戦闘機と交戦するつもりだった。その間にP-40が爆撃隊を攻撃しようという作戦だ。

 目の前の状況は、彼の目には、おおむね想定した通りのシナリオで戦闘が進んでいるように思われた。攻撃隊の前方を飛行していたP-47とほぼ同数の烈風が速度を増して向かってきたのだ。同数のサムであれば、P-47はいい戦いができるはずだ。

「前方からサム(烈風)がやってくる。サンダーボルト隊はサムと戦え。P-40の編隊は後方の爆撃機を攻撃せよ。繰り返す。相手はジーク(零戦)ではない。我々の相手はサムだ」

 カービィ少佐は気が付かなかったが、攻撃隊の後方から追っかけで飛行してきた烈風の編隊が合流してきた。米軍基地のレーダーには後方の戦闘機隊も映っていたが、航空機の機種までは判定できない。やや爆撃機の数が多いようにしか見えない。

「伊勢」戦闘機隊の新郷大尉は、先行して発艦した30機が迎撃の戦闘機と渡り合うので、追っかけでやってきた22機の戦闘機は護衛として爆撃隊の近くから離れないように命令していた。乱戦になれば、空戦から抜け出してくる敵戦闘機を完全には阻止できないだろう。あるいは、別行動の戦闘機隊が存在している可能性も高い。それに備えるためには、一部の戦闘機は爆撃隊の近傍で護衛すべきだと彼は考えていた。

 戦闘機隊長の新郷大尉にとっても、P-47は初めて見る機体だった。外見からもエンジンの大きさがわかる。胴体に比べてやや小さい主翼の大きさからも速度優先の機体に見える。
「見たこともない新型戦闘機だ。あの胴体の太さは、間違いなく大馬力の発動機を備えた重量級の機体だ。新型戦闘機に注意せよ」

 P-47は排気タービンが駆動する過給機を下腹部に備えていた。このおかげで、高度9,000mでも425マイル/時(684km/h)で飛行できた。戦闘が始まった高度6,000mでも405マイル/時(652km/h)で飛べる。同じ高度で640km/hを発揮できる烈風よりもわずかに高速だった。急降下時の突っ込みも大馬力と機体の重量を生かしてかなり優秀だった。しかし、旋回性能と上昇力は大幅に烈風が優れていた。

 カービィ少佐は、レーダーから日本編隊の高度情報をあらかじめ得ていたから、P-47隊をそれよりもやや高いところまで上昇させていた。新郷大尉は接近してくる米戦闘機隊を見て、意図に気が付いたが遅かった。攻撃隊から離れて高度を確保できない護衛戦闘機の弱点を突かれた形だ。

 P-47が降下攻撃を仕掛けることにより、戦闘が始まった。速度の優位性を生かして、P-47は烈風を追いかけていった。

 左翼側に旋回しながら、新郷大尉は叫んでいた。
「米戦闘機は、降下で加速している。急旋回でかわせ。速度は相手の方が早いようだ。急降下では逃げられないぞ」

 この言葉を冷静に聞いていた搭乗員の烈風は、急旋回で後方に迫ったP-47の射撃を回避した。旋回が遅れたり、急降下で逃げようとした烈風はP-47から射撃された。烈風は操縦席の防弾鋼板と燃料タンクへの消火器が装備されていたが、8挺の12.7mmの火力が上回った。早くも、数機の烈風が煙を引きながら墜落していった。

 急旋回でP-47の攻撃を回避した新郷大尉の機体を攻撃したP-47は、後方を旋回して追いかけてきた。
(こいつ、経験が少ないな。ここは、速度が低下するような旋回で深追いせずに、高速降下して態勢を立て直してから攻撃すべきだ)

 新郷機は左急旋回で、P-47の後方に機首を向けた。P-47の旋回よりもかなり小さな半径でぐんぐんまわり込むと、P-47は突然翼を翻して急降下の態勢に入った。しかし、もう遅い。後方から接近した新郷機がP-47の背面に向かって射撃した。機首から操縦席にかけて機銃弾が命中すると、銃弾が爆発して機体の外板や風防が飛び散った。P-47は炎も出さずにまっすぐ墜ちていった。

 既に、烈風とP-47は激しい空戦になっていた。反撃を受けて墜落してゆくP-47も見える。

 空戦を続けるうちに、カービィ少佐はP-47の降下性能が日本機よりもかなり優れていることを発見した。少佐も旋回能はP-47の弱点だと考えていたが、想定通り日本軍機はかなり優れているようだ。
「急降下で回避すれば、サムは追随できない。旋回戦に巻き込まれると後ろに浸かれる。ダイブ攻撃とズーム上昇に徹しろ」

 隊長の命令に従って、P-47は急降下性能を生かして、烈風との空戦を有利に運ぼうとする。しかし、降下してから上昇に移って速度が低下した瞬間を、ベテランが搭乗した烈風は見逃さなかった。翼面荷重の小さな烈風は、P-47よりもかなり急激に機首を上げて上昇することができた。つまりP-47より速度が遅くても時間当たりの上昇率は、烈風が優れていて有利な高度をとれた。

 カービィ少佐は戦闘域の外で高度を確保してから、再びサムの上空から降下攻撃を仕掛けた。下方のサムは旋回で回避しようとしたが、少しばかり機動開始が早すぎた。まだ距離があるので、上空から機首の向きを変えるだけで容易に追従できた。少佐は烈風の背中に向けて2回射撃することができた。2度の射撃によりバラバラと多数の銃弾が命中すると墜落していった。

(日本軍機の防弾はお粗末だと聞いていたが、さすがに改善しているようだな。新型の戦闘機は一撃では撃墜できないということか)

 攻撃隊前面の空戦は、当初はP-47が優位に戦いを進めていたが、次第に乱戦に推移していった。

 爆撃隊の上空には後追いで飛行してきた22機の烈風が合流していた。この編隊と、P-47隊の後方を飛行していた米戦闘機との空戦が始まった。米陸軍で多数が配備されていたP-40との空戦は日本軍にとって想定事項だった。

 P-40よりも高性能の烈風だったが、36機の米戦闘機を全て圧倒することはできなかった。烈風隊が阻止できなかった10機のP-40が爆撃隊に向かってきた。しかも急降下で前方の空戦を離脱したP-47も数機が後方に続いている。

 日米戦闘機の空戦の様子を観察していた彗星爆撃隊の高橋少佐は、すぐに決断した。米軍戦闘機の数が多いように見える。このまま烈風に邪魔されない米軍の戦闘機が攻撃してくれば、大きな被害が生じるだろう。
「あらかじめ決めた小隊は爆弾を捨てて、米戦闘機を阻止せよ。相手はP-40だ」

「了解」
 吉野一飛曹は、隊長からの命令に手短に返事をしながら爆弾倉を開いた。目前に迫ってくる米戦闘機が見えている。足元の投下安全装置のレバーを押し下げてから、躊躇なくスロットルを内側に強く倒して爆弾を投下した。

「我々は、10時方向の液冷戦闘機を攻撃する。空冷の大型戦闘機は、彗星よりもかなり高速だ。その相手は烈風に任せる」

 身軽になれば、彗星はこの高度で310ノット(574km/h)以上で飛行することができた。一方、6,000mの高度では高空性能が改善されたP-40でも、最大速度は350マイル/時(563km/h)だった。彗星に対してはやや劣速となる。一方、彗星は13mm固定機銃が2門と劣勢だったが、相手が単座機のP-40であれば被害を与えられる。

 吉野機を含む12機の彗星は旋回しながら、8機編隊のP-40に狙いを定めた。彗星が降下しながらP-40に向かって機銃を打ちながら突入すると、思わぬところからの反撃にあった米戦闘機は翼を翻して回避しようとした。まっすぐ急降下しようとしたP-40は13mm弾を食らうことになった。垂直降下であれば、零戦とは違って彗星の方が得意なのだ。彗星隊の襲撃によりP-40は四散していった。攻撃してくる米軍戦闘機の数を減らせれば、彗星としては目的を達成できたことになる。

 それでも、烈風との戦闘に巻き込まれなかった3機のP-47と4機のP-40が天山の編隊に取り付いて攻撃してきた。米戦闘機は降下攻撃で天山を撃墜した。天山は、今までの戦いの実績から防弾装備を追加していたが、セミインテグラルタンクの脆弱性は完全には解決していなかった。攻撃された天山は、炎や黒煙を噴き出して次々と墜落してゆく。前方の空戦を抜けてきた烈風に米戦闘機が追い払われる前に、9機の天山が撃墜されていた。

 被害を出しながらも、日本の攻撃隊は、ウナラスカ島を中心とした複数の島が眼下に見えるところまでやってきた。

 15機の彗星が、島嶼の西南西に位置するウムナック島の陸軍基地に接近していった。この島の中央部には、陸軍航空隊のフォートグレン基地が存在していて、迎撃の戦闘機もこの飛行場を離陸してきていた。飛行場周囲の高射砲と対空機銃は鉄板でカバーされていたが、雪や寒さを避けることが目的であった。防御用の装甲板ではないため、彗星の13mm機銃弾でも薄板のカバーを簡単に貫通できた。

 P-40との空戦のために身軽になった吉野一飛曹の部隊は、地上すれすれに降下して対空砲を銃撃していた。直線的に降下していた2機の彗星がボフォース40mm機関砲の直撃を食らって空中で飛散した。それでも執拗に繰り返される銃撃により、高射砲陣地と機銃座は順次沈黙していった。

 その間に10機の彗星が、3本の滑走路を目標として、50番爆弾(500kg)を次々と投下した。3本全ての滑走路に数発の爆弾が投下されて全てが使用不能になる。滑走路には、マーストンマットと呼ばれる穴あき鉄板が敷き詰められていたが、爆弾が爆発するたびに何枚ものマットが空中に巻き上げられた。

 飛行場への攻撃に続いて、5機の彗星が基地の司令部らしき建築物を攻撃した。管制塔の基部に爆弾が直撃して、ガラガラと音を立てて倒壊した。航空機の格納庫にも爆弾が投下された。爆弾が命中した格納庫は1弾で屋根と扉が外側に吹き飛んだ。内部に収納していた機体から炎が噴き上がる。

 9機の天山の編隊は、ウナラスカ島に隣接していたアマクナク島のダッチハーバー海軍基地の施設を爆撃した。湾に面した格納庫には、数機のPBYカタリナが駐機されていたが、格納庫と共に破壊された。三階建ての建物と長方形の建築物がいくつも連なった工場のような施設も爆撃された。その横の大きな直方体のビルに爆弾が命中すると、周囲の建物も一緒に吹き飛ぶような大爆発が起こった。

 ダッチハーバー海軍基地内には、魚雷を保管して、組み立てて調整してから潜水艦に補給する施設があった。その魚雷組み立てビルに爆弾が命中したのだ。港に隣接した基地の施設はこの爆発でほぼ壊滅した

 P-47との戦闘で燃料タンクが損傷した1機の烈風は、アクタン島と呼ばれるダッチハーバー東北東の小さな島の湿地帯に不時着をしようとしていた。上空からは平らな草原に見えたために、脚をおろして着陸を試みた。しかし、湿地帯の柔らかな土壌のぬかるみにタイヤがはまり込んでゆっくりと裏返しになって沼地の上を滑って止まった。機体の損傷はあまり大きくなかったが、ひっくり返った衝撃で風防の上半分がつぶれて、搭乗員の命も奪った。結果的に、操縦員が機体に放火して破壊することもなく、損傷の少ない烈風がアメリカ領土に放置されることになった。

 後にアメリカ軍により回収されたこの機体は、「アクタンサム」と命名されて飛行可能な状態に修復された。米軍が初めて入手した日本の高性能戦闘機として、米本土に運ばれて徹底的に試験がくり返されることになる。

 帰投する烈風の中で、新郷大尉はかろうじて爆撃目標の攻撃はできたが、戦闘機隊の護衛は失敗だったと感じていた。半数の天山が撃墜されたのは想定以上の被害だ。
(やはり、あの新型戦闘機の影響が大きいな。今の烈風ではかなり手ごわい相手だ。しかも我々は、機数で劣勢だった。珊瑚海の戦いの様に最初の交戦は戦闘機だけで、相手航空隊の殲滅を優先すべきだったかもしれない。作戦上の課題もあるだろう)
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