電子の帝国

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第13章 東太平洋の戦い

13.11章 ダッチハーバー空襲3

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 六航戦司令部に攻撃隊から戦果が上がってきた。すぐに、攻撃後に偵察型天山が上空から確認した情報も伝えられる。さっそく、内容を整理して、首席参謀の伊藤中佐が状況を説明した。
「米軍の基地や港湾への攻撃については、おおむね計画通りの戦果です。海軍基地では備蓄していた弾薬が爆発したようです。湾内から脱出しようとしている駆逐艦と潜水艦、貨物船を攻撃して撃沈ないし大破させました。但し、米陸軍が駐留している港湾の近くのフォートメアーズ基地はまだ無傷です。攻撃後にこの基地の背後に電探が残っているのも発見しました。また埠頭の荷役施設や倉庫もそのまま残っています」

 山口少将が気にかけていたことを質問した。
「航空基地の状況はわかっているか? 2つの基地を攻撃したはずだ。計画通りに破壊できていれば、これからは敵の航空機の活動は水上機を除けば大幅に低下するはずだ」

 淵田少佐が手元のメモを見ながら説明する。
「第一次攻撃隊が攻撃したフォートグレン飛行場をあらためて天山が偵察した結果、滑走路は使用不可になりましたが、建物は若干残っているようです。燃料タンクも秘匿されていて、残っていると思われます。しばらくは使用不可ですが、短期間で回復すると推定します。北東に離れているフォートランダル基地は、滑走路と基地の建物を破壊して火災が発生しました。格納庫脇にあった燃料タンクも破壊したようです。こちらは復旧に時間がかかるでしょう」

「それが事実だとすると、今日と明日に限れば、米軍の航空戦力はほとんど無視できると考えてよいのだな?」

「ええ。警戒は必要ですが、米軍の爆撃機はしばらく飛行できないと考えています。偵察型天山はダッチハーバー上空の米軍機はほとんど見られなくなっていると報告してきています。航空基地攻撃の影響だと推定します。但し、基地の誘導路など、残存している平坦な土地を利用して、戦闘機が離着陸できる可能性は残っています。大型爆撃機は正規の滑走路が使えなければ、空き地での運用は困難でしょう」

 淵田少佐が攻撃隊について報告した。
「第一次攻撃隊の機体を再び補給して、第三次攻撃隊の準備を開始しています。なお、戦闘機は出撃中の烈風が戻らないと、20機弱しか護衛につけられません」

 山口司令は、逡巡していた。
「まだ、ダッチハーバー周辺には残っている基地や施設がある。むろん第三次攻撃隊は出撃させる。先ほどの淵田君の説明によれば、我が艦隊に爆撃機が攻撃してくる可能性はかなり少ないだろう。万が一攻撃してきてもこちらには防空艦がある。可能性は少ないが、生き残った戦闘機が攻撃してくれば被害は甚大だ。攻撃隊には護衛が必要だと考える」

 会話をしている最中に、鮫島参謀がやってきた。
「ダッチハーバーの北側を偵察していた天山が艦隊を発見しました。ベーリング海の中央部を目指して十隻程度の輸送船と巡洋艦、駆逐艦が西側に航行しています」

「西から南西に迂回して、アッツ島を始めとするアリューシャンの各基地への補給を意図しているのかもしれんな。それともカムチャッカ半島方面への輸送船か。いずれにしても米艦隊の攻撃を優先せよ。第三次攻撃隊を出すとして距離は大丈夫なんだろうな?」

 航空参謀の淵田少佐が山口少将の前に進み出てきた。
「我が艦隊は今も北上していますので、発見した部隊が北上してダッチハーバーから離れようとしても距離が開くことはありません。航行中の艦船への攻撃ですから、横須賀で積み込んできた対艦噴進弾を使用したいと思います。遠隔から攻撃できれば、対空砲による損害を軽減できるでしょう」

 山口司令は、実戦で効果が証明されていない兵器の使用を一瞬ためらった。しかし、新兵器もどこかで使わなければ、検証はできない。厳しい状況で使用を開始するよりも、今のような状況で使ってみることが望ましいはずだと思い直した。

「いいだろう。対空誘導弾も初めて使ったのだ。対艦誘導弾も使ってみようじゃないか。それにしても計算機の予想が当たったな」

「衣笠」の計算機は、事前にダッチハーバー東北東のウニマク海峡を抜けてベーリング海へと航行する輸送船の存在を予想していた。冬季は北極圏から南下する流氷に注意する必要があるが、北太平洋よりも航路が短い。しかも戦争が始まってからは、日本軍から攻撃される危険性も低くなる。更に、アリューシャン方面に配備された軍艦による護衛の可能性も指摘していたのだ。

 ……

 山口司令の決断に従って、六航戦から第三次攻撃隊が発進した。
 第三次攻撃隊:烈風 25機、彗星 21機、天山 9機、偵察型天山 3機

 第三次攻撃隊が、ウナラスカ島の北方に到達すると、貨物船の部隊は護衛の艦艇が南方に縦列となって西北西に航行していた。やはり航空基地に被害を与えた結果、アリューシャン上空に侵攻しても、米戦闘機は迎撃してこなかった。

 輸送船に随伴していたのは、軽巡「リッチモンド」と駆逐艦「コグラン」「デイル」だった。本来、駆逐艦は4隻の編制だが、2隻はタッチハーバー湾内で攻撃されてしまった。もちろん南方の日本機動部隊からの攻撃を警戒していた。

 先頭の軽巡「リッチモンド」に座乗したリッグス大佐は日本軍が接近してくると報告を受けていた。

「レーダーが日本軍機の接近を探知しました。方位215度、距離40マイル(64km)です」

「この距離ならば、10分もしないうちに上空にやってくるぞ。全艦対空戦闘を準備せよ。射程に入り次第、射撃を開始してかまわん」

 しかし、リッグス大佐が想定したよりもかなり早く日本軍の攻撃が始まった。

 艦攻の攻撃隊長だった市原大尉は、上空から水平線に艦船が見えてきた20海里(37km)の距離で攻撃を命令した。まだ、対空砲の射程よりも遠いので、攻撃隊は射撃を受けていない。
「対艦誘導弾攻撃を準備せよ。偵察型天山は電波放射を開始」

 左翼側に広く広がって飛行していた電子機器を搭載した3機の偵察型天山が軽くバンクする。腹部の電探アンテナとは別に右翼下に搭載したポッドから電波の照射が始まった。発信電波の反射波は、腹部の逆探で受信できる。
「電波照射開始。反射波受信中」

 返事を聞いて、市原大尉は発射を命令した。
「天山は準備完了次第、対艦誘導弾を発射せよ」

 大尉の命令を聞きながら偵察員の磯野飛曹長は、誘導弾の発射準備をしていた。噴進弾の始動レバーを引くと、誘導弾後部胴体に仕掛けられた火薬カートリッジに点火した。火薬の燃焼ガスがタービンジェットのタービン翼を回転させて、噴進式エンジンを始動した。誘導弾の後部に開口した噴射口から炎が噴き出した。エンジンの運転状態を示すランプが赤から緑に変化した。もちろん、エンジンの回転数は低く制御されていて、暖気運転の状態だ。

 次いで噴進弾の受信電波確認用のスイッチを倒すと、偵察員席に追加されたメータの針が動いた。受信電波の強度は、誘導可能な強さに達していることを確認した。

 準備ができたことを、市原大尉に報告する。
「誘導弾の起動完了。誘導電波の受信中」

 大尉がすかさず返事をした。
「了解だ。対艦誘導弾を投下せよ」

 磯野飛曹長が管制器の投下レバーを引っ張るとガコンと音がして、誘導弾が艦攻の腹部から切り離された。投下と同時にタービンロケットの回転数が増加して、誘導弾の加速が始まった。噴射口から噴き出す炎は青白くなって後方に伸びていく。

 市原機とほぼ同じ操作により、9機の天山が胴体下に懸架した誘導弾を発射した。やや寸詰まりにした魚雷型の胴体に先端を切り落とした三角翼を有する機体の飛行が始まった。やや機首を下げながら、9機の飛翔体が北側の米艦隊に向けて飛行していった。

 投下されたのは、対空誘導弾に次いで開発された対艦誘導弾だ。総重量1,060kgの主翼を有する機体を推力500kgのタービンロケットが約450ノット(833km/h)で飛行させる。空対艦の誘導弾は、航空機から投下することが前提なので、地上発射式と異なり固体式の上昇用ロケットは重量を軽減するために装備していない。

 3機の偵察型天山が、先頭を航行している巡洋艦とその後ろの駆逐艦に機上の発信器により、マイクロ波を照射していた。わずかに電波の周波数を変えているので、それぞれの周波数を受信するように設定した誘導弾が異なる目標に向けて飛翔することになった。

 4機の誘導弾は、先頭の巡洋艦からの反射電波を受信して飛行していった。飛行体が接近して行くと、巡洋艦から5インチ高角砲と40mm機関砲の射撃が始まった。「リッチモンド」は、左舷側に4基の単装3インチ砲を指向した。同様に2基の連装40mmが左舷から飛行してくる誘導弾に向けて射撃を開始した。

 しかし小型で飛行速度の速い誘導弾には、対空砲火は全く命中しなかった。巡洋艦に向けて降下した誘導弾は2発が命中して1発が左舷への至近弾となった。

 電波反射の大きな艦橋の側面に1発が突っ込んだ。内部で400kgの弾頭が爆発すると、艦橋の反対側まで爆圧と破片が貫通して、左右に巨大な破孔が生じた。5インチ(127mm)装甲で防御された艦橋内部の司令塔だけは無事だったが、それ以外の内部構造は激しく破壊された。

 もう1発が後部煙突の基部に命中した。爆発により、後部煙突が右舷側に吹きとばされると共に後部マストが爆発により倒壊した。左舷側の5インチ連装砲塔も爆圧で横倒しになった。同時に高角砲弾が誘爆して、後部機関室に損害が拡大した。更に、砲弾の誘爆により船体後部に火災が発生する。

 但し、2インチ(51mm)装甲版による水平防御が船体下部への被害を防いだため、機関部への影響はなかったが、前後の艦橋への被害により主砲も対空砲も統制された射撃が不可能になった。もちろんMk.37砲射撃指揮装置もレーダーも完全に破壊された。

 縦列先頭から3番艦に相当する駆逐艦「コリガン」にも電波が放射された。3発の誘導弾が、駆逐艦からの反射波を受信して突進していった。4門の5インチ砲(12.7cm)砲が全力で撃ち始めるが命中しない。

 最初に1発が艦橋中央部に命中した。噴進弾は、内部に突入すると一瞬の後に350kg弾頭を爆発させた。なんの装甲もない駆逐艦の艦橋は2割ほどの基部を残して上部が吹き飛んだ。続いて、1発が左舷直近の海水面に斜めに突進したが、そのまま喫水線下の舷側に命中して爆発した。海面下への命中により、実質的に魚雷命中と同じ被害が発生した。爆圧により後部煙突下方の船体の左舷側に亀裂が開口して缶室と機関室への浸水が始まった。

 誘導弾を搭載した天山は、まだ2機残っていた。被害を受けずに対空砲を撃ち始めた駆逐艦「ベイリー」が誘導弾の目標になった。

 船体前部に1発が命中すると艦橋前方の2つの砲塔が吹き飛んで、5インチ弾薬の誘爆が始まった。艦橋も前面から爆圧を受けて操艦が不可能になった。次の1発は後部煙突に直撃して煙突が吹き飛ぶと共に船体に穴が開いた。後部缶室が破壊されて船体後部でも火災が始まった。

 巡洋艦と駆逐艦が攻撃されて、艦隊の対空砲火は、砲塔側の照準で個別に射撃する少数の高角砲と機関銃だけになった。24機の彗星が獲物を求めて艦隊上空に侵入していく。

 軽巡洋艦「リッチモンド」は装甲防御のおかげで、半数の機関部は無事だったが、艦橋の被害により適切な回頭ができなかった。5機の彗星が急降下して3発の50番(500kg)爆弾を命中させた。水平装甲の2インチ鋼板では、50番を防御できない。2発の爆弾は、船体中央部の水平装甲を貫通して船体内で爆発した。前方と後方双方の機関部が破壊されると共に、舷側の亀裂からも浸水が始まった。1発は艦尾近くに命中して船体を縦に貫通してから海中で爆発した。船底に巨大な破孔が生じて大量の浸水が始まった。

 3機の彗星が速度を落としていた「コリガン」を狙って2発を命中させた。次に3機の彗星が火災を生じた「ベイリー」を目標として1発を命中させた。50番が内部で爆発すると、駆逐艦の船体では爆圧により外板に亀裂が発生する。亀裂から浸水が始まって喫水が増えてゆく。浸水を止めることが不可能になり、2隻双方に総員退避が出た。

 残っていた9隻の輸送船には14機の彗星が攻撃して、それぞれ1発以上の50番を命中させた。

 第三次攻撃隊が攻撃を終了した時には、3隻の護衛艦艇と7隻の輸送船は全て大きな被害を受けて着底しつつあった。

 彗星爆撃隊の高橋少佐は、攻撃の結果を見極めるためにしばらく海上を旋回していた。やがて、後席通信員の野津少尉に命令した。
「『衣笠』の司令部に戦果を報告してくれ。巡洋艦1と駆逐艦2撃沈。続いて、輸送船6を撃沈。残った巡洋艦1隻も沈みつつある。3隻の輸送船も喫水がかなり増えている」

 山口少将の司令部は、この報告を受けて残った島内の施設に向けて第四次攻撃隊を発進させた。

 第四次攻撃隊:烈風 20機、彗星 15機、天山 20機、偵察型天山 3機

 攻撃隊の一部は、無傷で残っていたウナラスカ島のフォート・メアーズ陸軍基地の建物を爆撃した。次に、爆撃を受けてもまだ浮かんでいた2隻の輸送船を攻撃して引導を渡した。更に、爆撃が不徹底だったダッチハーバーの荷揚げのクレーンや倉庫などの港湾施設を攻撃した。

 ……

 一旦、日が暮れると六航戦は南下して、アリューシャン列島から離れた。翌日になると再び、ダッチハーバーの港湾施設と陸軍企図を攻撃した。一部の攻撃隊は、復旧作業に着手していたフォートグレン飛行場を再び攻撃した。

 航空攻撃を実施している間に、艦隊についてきた敷設艦の「沖島」と「津軽」が全速で北上していた。「沖島」は夜間になって、ウナラスカ島の東北東に存在するウニマク海峡に約600個の九五式機雷を敷設した。同様に「津軽」は、ウナラスカ島西南西方向の海峡に機雷をばらまいた。

 山口司令に機雷の敷設が計画通りに完了したとの報告が上がってきた。
「ある程度、機雷の効果はあるだろう。しかし、長期に渡り有効だとは考えにくい。しかも、アリューシャン列島はウナラスカ島近傍の海峡を通らなくても遠回りをすれば航行は可能だ」

 伊藤参謀も同じ意見だ。
「機雷は、手間と時間をかければ掃海できます。米軍も我が軍の艦艇が海峡に機雷を設置する可能性は想定して、掃海具くらいは準備しているでしょう、それでもしばらくは、この地域の輸送に支障が出ることは間違いありません。輸送が遅れれば、米軍基地の回復もそれだけ遅延します」

 機雷の敷設を終わらせた山口艦隊は、南下して日本に向かった。事前の偵察により、アリューシャ列島の他の島には強力なアメリカ軍の軍事施設や基地が存在しないことを確認していたのだ。
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