電子の帝国

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第17章 外伝(ドイツ本土防空編)

17.4章 ドイツ夜間防空戦4

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 ハリス中将は、自信をもって次の作戦の準備を始めていた。ロストックでは、爆撃成果は必ずしも満足するものではなかったが、被害は大きく減少した。彼は、イギリス空軍として実行してきた各種対策は間違っていないと証明されたと考えていた。

 次の作戦では爆撃機を1,000機以上に増やして、レーダーの妨害と航法支援を更に充実させれば、被害は更に減少して戦果が拡大すると信じていた。中将は精力的に作戦に参加できる爆撃機を集めてきた。しかも今までの作戦では、双発機が爆撃隊に残っていたのに対して、四発大型機の比率を大幅に増加させた。

 今までの被害データから、防御武装が充実しているうえにエンジンの冗長度の高い四発機は被撃墜が少ないと明らかになっていた。1,000機以上の数をそろえられれば、電波妨害による混乱に加えて、ドイツの防空システムそのものが飽和するに違いない。そうなれば、爆撃機の損失率は、今までよりも劇的に減少するはずだ。

 イギリス空軍の爆撃機軍団(Bomber Command)は、作戦開始時期はやや遅れたものの、1942年6月中旬を実行予定日として、1,000機以上の爆撃機がケルンを攻撃すると決定した。ハリス中将の計算によれば、3日間連続で爆撃すれば、大都市のケルンであっても地図から消滅するはずだった。

 ……

 5月末の時点で、ドイツ軍は次の目標に対する複数の情報を得ていた。一つは、暗号解読による目標と時期に関する情報だ。二つ目は、ドイツ上空で脱出して捕虜としたイギリス空軍士官から得た情報だ。集まった情報を分析すると、カムフーバーの司令部は、次の目標がルール工業地帯のケルン又はエッセンだろうと判断していた。

 イギリスの攻撃目標が想定できたので、対空砲も含めて都市の周囲を重点として準備を進めていた。物理的な兵力の準備に加えて、ロストックに対する迎撃作戦の反省から、電波妨害に対しても対策を進めなければならない。

 海岸の捜索レーダーについては、妨害を受けにくかったヤークト・シュロスとヴァッサーマンへの更新を進めていた。ヒンメルベットで戦闘機の誘導に使われているウルツブルグに関しても、周波数を切り替えられるウルツブルグリーゼへの更新を加速させた。

「新型レーダーへの置き換えはどうなっているか? 次の攻撃が始まれば、必ずイギリス軍は大規模な電波妨害を仕掛けてくるぞ」

 レーダーの配備状況を確認していたホフマン大佐が答えた。
「もともと、旧式となったフライヤを新型レーダーに更新する予定だったので、それを加速しています。ウルツブルグに関しても同様に新型への置き換えを進めています。しかし、短期間で全てのレーダーを新型には交換できません。その代わりに妨害を受けた局は隣接局の情報を受けとれるように通信機能を強化しています」

「他局のレーダーの情報を教えてもらうとして、それは本当に役に立つのかね?」

「ヒンメルベット局は、カバーエリアが重なるように多数が配備されています。隣接局からのレーダー情報が得られるならば、ある程度は有効なはずです」

 いくつかの基地では新型レーダーへの置き換えと通信回線接続が進展したが、短時間で全てを更新するのはさすがに不可能だ。カムフーバー中将もそれ以上は追及せずに話題を変えた。

「高射砲に対する対策は大丈夫なのか? ロストックでは管制レーダーが妨害を受けてまともに射撃できなかった部隊がかなりあった、高射砲部隊のレーダーは数が多いから、今から全てを新型機に置き換えるわけにはいかないぞ」

 ディール少佐が、待っていましたとばかりに答えた。彼自身が限られた時間で考案した夜間爆撃法を説明した。
「今までは測位をするレーダーとその配下の高射砲隊を固定的に決めて、通信ケーブルで接続していました。一方、既存の高射砲部隊間には相互に連絡がとれるように通信網が存在しています。相互に接続している通信回線を利用して、高射砲部隊間でレーダーの測距データをやりとりできるように改良しました」

 もともと高射砲部隊は4門から5門を1群として、レーダーと射撃指揮装置を配置していた。管制用のレーダーを全て新型にできればいいが、それは短時間では困難だ。そこで、レーダーと高射砲隊の間に電気的に接続替えができるスイッチを挿入して、切り替えれば近郊の部隊のレーダーと接続できるようにしたのだ。

 この結果、複数の高射砲部隊の中で、使用可能なレーダーが1基でも残っていれば、そこからの距離や方位などのデータを通信回線で接続した高射砲部隊で使えるようになった。レーダーと高射砲の位置が離れていれば、視差(パララックス)の違いによる補正が必要となる。この照準補正については、個々の高射砲隊の計算機は妨害を受けないので、射撃指揮装置の機能を利用して、仰角や方位を修正すればよい。

 この方法を採用すれば、妨害を受けると多数の高射砲が、レーダーが測距した同一の目標に指向する。その点は、多数が短時間で攻撃して撃墜後は、次の目標に素早く変更するという運用でほぼ解消できると判断した。

「もう一つ、新たな戦闘法を編み出しました。爆撃機を早い段階で攻撃するために空中の警戒機から戦闘機を最後まで指揮する方法です。前回の迎撃戦でもFw200コンドルのレーダーは妨害電波の影響を受けませんでした。しかも、海上飛行中のような早い段階では、イギリス軍は金属箔を散布していません。爆撃機が搭載している金属箔の量は有限ですからね。それを逆手に取るのです」

 新たな攻撃法はヴィルデ・ヤークト(野生の狩猟)と名付けられていた。まず、レーダー搭載のFw200の配下に8機から12機の夜間戦闘機隊を配置する。複数のレーダーと通信機能を備えたFw200が、北海上空のような金属箔の散布が始まる前の空域に進出して、配下の戦闘機を目標まで誘導するのだ。もちろん、各戦闘機に対応した数の誘導員がFw200に搭乗することになる。

 Fw200からの指示のおかげで、地上のヒンメルベット局からの誘導がなくても、要撃が可能となる。しかも、イギリス本土を飛び立った爆撃編隊が海上に出たところで、攻撃できるので、大陸上空に侵入する前から、長時間戦闘することが可能になる。

 ……

 ドイツ空軍は入手した情報に基づいて、交代でKG200のFw200索敵機を北海上空で哨戒させていた。そのため、6月15日の夜になってイングランド東方の基地から続々と爆撃機が発進すると、まだ先頭の部隊がイギリス本土上空を飛行しているうちから探知できた。

 カムフーバーは夜間戦闘部隊に対しては、イギリスの爆撃編隊を探知次第、出撃してよいとの命令を発していた。そのため、ヴィルデ・ヤークトの部隊と一部の夜間戦闘機隊は探知情報が入った直後に離陸していった。

 オランダのユトレヒト近郊の基地から、ヴィルデ・ヤークト作戦部隊が離陸した。4機のFw200がオランダの北側に向けて上昇を始めた。それらの機体が率いていた38機の夜間戦闘機は、イギリスの爆撃機がオランダ海岸に達するかなり前の北海上空で接敵できた。

 NJG2のレント大尉は、レーダー装備のJu88C型に乗り換えて出撃していた。Bf110よりも長時間飛行できるJu88は、海上を飛行する作戦には都合がよい。しかも今日は、Fw200と組んだおかげで、かなり早いうちから爆撃機を発見できた。さっそく、Fw200から連絡が入る。

「本機のレーダーは使用可能だ。敵編隊は、方位300度。高度は4,500mから5,000m」

 レント大尉は無線のスイッチを隊内系に切り替えた。
「こちらはレントだ。我々は、引き続き北北西に向けて飛行する。接敵次第、攻撃を開始するぞ」

 続いて、Fw200の誘導員から連絡が入ってきた。
「イギリス軍機とそちらの編隊の双方がレーダーに映っている。電波妨害が始まったが、レーダーの設定変更により妨害を回避した。方位290度に飛行してくれ。10分で会敵できるはずだ」

 レント中隊が飛行してゆくと、レーダー手のノックス軍曹が探知を報告してきた。
「前方、11時方向。距離は8kmもありません。現状、機載レーダーは使用可能」

 大尉は、ほっとしていた。
「金属箔をばらまかれれば、Fug240に偽の反射がでてくる。注意していてくれ」

 今のところは想定通りだ。こんなところから妨害用の金属箔の散布を始めれば、肝心のドイツ上空では底をついてしまうだろう。

 ノックス軍曹の指示に従って、飛行してゆくと夜空を背景にして四発機のシルエットが見えてきた。接近しても今のところは、防御機銃で反撃する様子がない。
(こんなに早いうちから攻撃されるとは、考えていないのだろう。敵機は油断しているぞ)

 大尉のJu88は、そのまま爆撃機の下方から接近してから、機首をやや上方に向けると一撃で撃墜した。墜ちてゆく機体の確認もそこそこに北北西に飛行すると、ベルリンレーダーが次の機体を探知した。これも四発機だった。雲の切れ間から、見えた機体はおそらくランカスターだろう。連続してレント大尉は3機の爆撃機を撃墜した。隊内無線でも、ハリファックスを撃墜したとの報告が連続して上がってきた。中隊の他の機体も無事に接敵して、攻撃しているということだ。
(今日は、四発機ばかりだぞ。イギリス空軍もそれだけ本気だということか)

 ……

 カムフーバー中将の司令部には、イギリスを飛び立って南東方向に飛行してくる爆撃隊の情報が次々と入ってきた。

 オペラハウス地下の中央指揮室では、壁面の地図に敵機を示す多数の赤色の三角が映し出されていた。それに対して、オランダの北側から青色の三角が迎え撃つように北上していた。オランダとベルギー上空にも離陸した友軍機を示す青色三角が追加されてゆく。左側のやや小さなスクリーンにはヴィルデ・ヤークト作戦に参加しているNJG1とNJG2の中隊が北海で戦闘中と表示が変わった。離陸して上空待機の夜間戦闘機隊の表示もどんどん増えてゆく。

 ホフマン参謀長が、迎撃状況の説明を始めた。
「敵機の編隊は想定を上回る大規模な編隊です。既に北海上空では戦闘が始まっています。我が軍の地上局ではイギリス軍機からの妨害電波を受信しています。但し、こちらもレーダーの周波数を変えているので、今のところ大きな混乱にはなっていません。金属箔はまだ未使用のようです。大陸上空に侵入してから散布するつもりでしょう」

「我が軍の対策は有効なようだな。こちらもやりかえすぞ。地上局からイギリスの航法誘導電波を妨害せよ。ところで、敵の爆撃隊の規模はどの程度かわかるか?」

「計算機も時間と共に推定数を増加させています。今までは敵機を500機と予測していましたが、その後の探知情報により推定値を増やしています。我が国が今まで経験したことのない大規模な攻撃を受けていると考えて間違いありません」

 会話の間にもメインスクリーンに投影されていた敵機を示す赤の三角形がかなり増えていた。ついに、イギリス沿岸からオランダ上空まで切れ目なく続く縦列のようになった。

 カムフーバー中将はスクリーンを見ながらしばらく考えていたが、顔を上げて命令した。
「未曾有の大編隊が攻撃してくることをオランダ、ベルギー、北部ドイツの基地に直ちに伝えよ。加えてドイツ南方やフランスの航空団にも出撃を要請してくれ。これより、1,000機規模のイギリス軍機が攻撃してくるとの前提で迎撃作戦を展開する。全領土の夜間戦闘機を出撃させてもかまわん。ドイツ国家としての全力で攻撃を阻止する」

 地下の指揮室は、既に報告や命令が行き交っていたが、中将の命令を各部隊に伝えるために一気に騒がしくなっていった。

 ……

 司令部からの命令により、各地の夜間戦闘機隊が離陸した。これらの夜間戦闘機に対しては、地上のヒンメルベット誘導局が誘導する予定だ。夜間戦闘機群は、ブルージュとアムステルダムを結ぶ線上を最初の迎撃ラインに設定して飛行していた。迎撃ラインから内側に侵入した爆撃機を攻撃するつもりだ。

 爆撃隊は、オランダの沿岸から大陸に侵入すると、ウィンドウの散布を始めた。爆撃機の数が多いので、拡散した金属箔の雲はどんどん大きくなっていった。

 司令部にも本格的なレーダーの妨害が始まったことが通知された。
「金属箔の散布が始まりました。爆撃機の数が多いので金属箔の雲が大きくなっています。ベルギーからオランダ、北部ドイツのヒンメルベット誘導局が影響を受けています」

「新型のウルツブルグリーゼならば、目標を探知できるはずだ。各誘導局は、妨害を回避するための方法を知っているはずだな? 状況を確認してくれ」

 前回の爆撃で、イギリス爆撃機が去った後も、ばらまいた金属箔がたくさん地上に落ちていた。ドイツ軍はそれを参考にして同じものを作ると、自分たちのレーダーに対して、妨害実験を行った。実験を繰り返して、金属箔からの影響を最小化するためのレーダーの動作設定も割り出していた。

「計画通りならば、7割のヒンメルベット局は誘導機能を維持できるはずです。妨害を受けた局も通信機能を強化しているので、レーダーを妨害されても、近隣局からの情報である程度は運用が可能でしょう」

 カムフーバー中将は、ある程度という言葉に引っかかったが、あえて質問はしなかった。何事にも限界は存在するのだ。

 1,000機を超えるイギリス爆撃隊に対して、デュッセルドルフなどの北ドイツの基地を離陸した夜間戦闘機が迎撃に加わった。この時のドイツ全土で本土防衛に配備されていた夜間戦闘機兵力は約170機のBf110と120機のJu88だった。夜戦全部隊には機載レーダーへの設定変更が周知されていた。レーダー手が適切に操作すれば、自力による目標の探知は可能なはずだ。ルール地方の爆撃に対して、出撃可能な全ての夜間戦闘機が離陸しようとしていた。

 ……

 シュナウファー少尉は、レーダーの機能を維持しているヒンメルベット局から誘導を受けることができた。地上局と話した感触では、多数の爆撃機が侵攻してきているようだが、前回ほどには誘導局は混乱していないと感じた。電波妨害で使えなくなったレーダーが多数存在しているならば、誘導を拒否される戦闘機が発生するだろう。しかし、無線を聞いている限りはそんな混乱は生じていないようだ。

 自分の任務とは、無関係な雑念を振り払って、戦闘に集中しようと夜空に注意を向けた。そろそろ、自分の機体のレーダーで探知が可能になるはずだ。彼の頭の中を見透かしたように、ルンペルハルト伍長が探知を報告してきた。
「レーダーに反応が出ました。方位320度、距離は14km、相手は複数の大型機です」

 もちろん、ベテランの伍長は、イギリスの妨害を避けるようFuG240の設定を変えている。何も言わないが、金属箔によりレーダーは影響を受けているはずだが、設定変更により真の目標を探知できたということだ。

 少尉機は、爆撃編隊の東側に回り込んで、西へと進んでいった。少尉のBf110は、爆撃機の側面から接近することになった。爆撃機の左翼側から下方にもぐりこむと、南方へと旋回して爆撃機の下方を並進することになった。飛行姿勢を安定させてから、斜め上方のランカスターに対して、操縦席後方に新たに装備されたシュレーゲ・ムジークと名付けられた斜め銃を発射した。腹部に斜め銃の20mm弾が命中したランカスターは、ぐらりと傾くとそのまま墜ちていった。

「ルンペルハルト、このシュレーゲ・ムジークの威力は絶大だぞ。我が軍の全ての夜間戦闘機に装備すべきだ」

 会話をしている間にも爆撃機の流れに沿って飛行していた少尉のBf110は、次の機体の下方に潜っていた。このランカスターは、Bf110に気づいて尾部銃座から反撃してきた。しかし、Bf110はほぼ同時に、20mm斜め銃でラカスターの後部胴体めがけて反撃した。機銃弾が機体後部に命中すると、銃座はすぐに沈黙した。巨大な四発機は、機銃弾の爆発により、水平尾翼が折れるとゆっくりと裏返しになって墜ちていった。

 シュナウファー少尉は、3機目の爆撃機に対しては、やや高度を上げて斜め上方から接近していた。斜め銃の銃弾が無くなったので、前方機銃で攻撃するためだ。

 しかし、このランカスターからの反撃は少尉の想像を上回った。四発機の尾部銃座と胴体上部の合計6門の7.7mm機銃の銃口がちかちかと光った。Bf110は2門の20mmと機首の4門の7.9mmでこれに反撃した。見事に機銃弾が命中するとランカスターは左翼付け根から炎を噴き出した。ぐらりと傾いて墜ちてゆく。一方、シュナウファー中尉機も左翼のエンジンに命中弾を受けて火災が発生した。

 ルンペルハルト伍長が大声で叫んでいる。
「左翼エンジン発火。あっ、消火剤の噴射で消えました」

 シュナウファー少尉もエンジンの計器を見ていて左エンジンが停止したことがすぐにわかった。消火器が作動して、周囲の燃料タンクから発火しなかったのが幸いだ。
「すぐに帰投するぞ。心配するな。右エンジンは正常だ。着陸は可能だ」

 ……

 いたるところでイギリスの爆撃機はドイツ空軍の戦闘機から攻撃を受けていた。ハリス中将の期待を裏切って、電波妨害を受けたにもかかわらず、9割以上のヒンメルベット地上局は、ドイツ軍機を誘導できていた。多数の戦闘機に対して的確な誘導ができているのは、計算機がはたしている役割も大きい。

 ヒンメルベット局の計算機相互の通信機能により、レーダーが探知した情報は自動的に交換可能となっていた。その結果、妨害によりウルツブルグレーダーが機能しない局の計算機は、隣接した複数局から探知情報を取得して、あたかも自局情報のような表示ができた。もともと、レーダーの覆域はある程度重なるように冗長性をもたせているので、近隣局さえ生きていれば、かなりの情報を得られた。

 これが、実際には7割のレーダーしか動作していないにもかかわらず、9割のヒンメルベット局が、夜間戦闘機を誘導できた理由だった。オペラハウスの計算機もヒンメルベット誘導局の計算機と接続しているので、Fw200警戒機からの情報も含めて、3割程度の探知不能のレーダーが存在していても、戦闘域全体の状況を把握することができた。

 その結果、司令部の大型計算機は、有効なレーダー局と飛行中の友軍機、加えて探知したイギリスの爆撃機の位置と数を欠けることなく表示できていた。戦闘機隊の迎撃指揮官はこの計算機の情報を基にして、部隊全体に命令を発していた。敵機の数に対して、友軍機が劣勢の空域があれば、それを補うように指示することも可能だった。多数の計算機をネットワークで接続した迎撃システムの効果は想定以上だった。

 シュナウファー少尉のように爆撃機から反撃を受けた機体もあったが、会敵できたほとんどの戦闘機は複数の爆撃機を撃墜していた。しかもイギリス軍が期待した妨害電波やウィンドウによる混乱はわずかに生じたが期待ほどでもなかった。迷走した夜間戦闘機も存在したが、8割以上はイギリス軍の爆撃機を攻撃できた。全力でイギリス空軍を迎撃するというカムフーバーの作戦は成功だった。

 ……

 ドイツ軍戦闘機の攻撃を抜けて、爆撃機がオランダ国境からケルンへと近づいてゆくと、今度は高射砲の射撃が激烈になった。ドイツにとって、重要な地域であるルール地帯の西方からデュッセルドルフ、ケルンまでの地帯には強力な対空砲火が配備されていた。しかも事前に得た爆撃目標の情報から、高射砲搭載の軍用列車をいくつもケルン北方に移動していた。ドイツ空軍はあらかじめ鉄道で移動可能な貨車に多数の高射砲とレーダー、計算機を搭載して、移動可能な高射砲中隊を準備していたのだ。

 従来は、数門の高射砲を一組にして、レーダーと計算機が射撃を管制していた。しかし、ウィンドウで使用できないレーダが発生すると、通信機能により測距情報の入手先を切り替えることができた。結果的に機能を保っている新型レーダーの配下に10門以上の高射砲が接続されることになった。これらの高射砲部隊は、レーダーが探知した同一の目標に照準を合わせるので、狭い空域に10門以上の高射砲の射撃が集中することになった。

 一方、イギリス空軍は、今回の作戦から多数のパスファインダー機を導入したので、誘導機の後方には、離れずに爆撃機群が密接編隊で続いていた。

 密接な編隊により、電波反射が大きくなった空域に多数の高射砲の集中射撃が始まった。しかも砲弾は全て近接信管となっていた。次々と編隊の中で近接信管が砲弾を爆発させた。砲弾が作った球形の爆炎が編隊の中に出現した。その球形に接触した爆撃機は次々と墜落していった。

 イギリス空軍の爆撃機は、今までもドイツ軍の高射砲から射撃を受けた経験があった。しかし、ケルン北方では、狭いエリアに200門を超える高射砲が待ち構えていた。レーダーに管制されて近接信管を撃ちだす高密度の対空砲火は、イギリス空軍機にとっても全く未経験な地獄の業火のような激しさだった。次々に空中爆発する対空砲火の爆炎を恐れて、途中で爆弾を投棄して引き返す爆撃機が続出した。しかも、一度、対空砲による防空空域に足を踏み入れた爆撃隊は、猛烈な砲火で80機以上が撃墜された。

 予想外に、激しいドイツ軍の反撃を受けてイギリスに戻ってこれたのは、約650機に過ぎなかった。途中での不時着機も含めて、約400機が墜落したことになる。作戦直後に上空を通過したモスキートによる偵察で判明したのは、目標としたケルンの市街地内に着弾した爆弾は10%以下だということだった。

 さすがにハリス中将も、このような結果に対して大規模都市爆撃を正当化することは不可能になった。このような結果が出て、誰も彼の主張を信じなくなった。そもそも出撃可能な機体が半減したため、当面の攻撃作戦は物理的にも不可能だった。

 結果的に、ハリス中将は左遷されて、夜間爆撃作戦は中止された。イギリス空軍は、ドイツの防空能力を再認識せざるを得なかった。ヨーロッパ上空におけるドイツの防空力はかなり強力で、夜間であろうと戦闘機に護衛されない爆撃機は、長く生き残れないことは明らかだった。

 一方、イギリス空軍のスピットファイアは大型の落下式増槽を装備しても、行動半径は400kmに達しなかった。これでは、オランダとベルギーの一部までは到達可能だがドイツ本土への侵攻は不可能だ。モスキートのような高速爆撃機を除いて、大規模な爆撃作戦は不可能だ。

 戦闘機に護衛されない爆撃隊は、壊滅的な被害を受ける。しかも攻撃目標への破壊効果も十分ではない。物理的な機体の被害も大きいが、ドイツ上空で被害を受ければ、脱出した搭乗員は生きていてもイギリス本国には戻ってこない。人的損害が膨れ上がれば、その補充は簡単ではない。一人前の搭乗員の育成にはそれなりに時間がかかるのだ。3回の爆撃作戦だけで、合計して500機を超える損害が発生していた。500組の搭乗員の損失は決して無視できる数字ではない。ドイツ夜間爆撃作戦は、イギリス空軍にとってしばらくの間は鬼門となった。
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