電子の帝国

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第17章 外伝(ドイツ本土防空編)

17.7章 アメリカ陸軍航空隊の戦い2

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 アメリカの生産力は強大だ。1942年9月末までには多数の機体と搭乗員がアメリカ本土からやってきた。これで、イギリスにやってきた機体は累計300機を越えた。今までの戦いでの損失を補てんして、整備や修理中の機体を除外してもB-17とB-24を合わせて150機以上の爆撃隊の編制が可能となった。

 スパーツ少将は、増援部隊の訓練も十分だと考えて、大規模な爆撃作戦の再開を決断した。彼は、フランス領リールの製鉄所を爆撃目標と決めて、10月9日を作戦の実行日と定めた。爆撃作戦に参加するのはB-17とB-24を合わせて178機となった。たとえ半数でも目標に爆弾を投下できれば、巨大な工場であっても壊滅できるだろう。

 アメリカ本土からは、イギリス製の装置を参考にして生産したドイツ軍のレーダーに欺瞞電波を発信する電波妨害機器も届いた。コピーに近い装置だったが百機近くの機体に装備できた。約半数の機体に搭載できれば、効果は十分に期待できるだろう。

 一方、コンピュータによる暗号解読とイギリス本土内での諜報情報から、ドイツ軍は近々連合軍の大規模な空襲があることを察知していた。第3航空艦隊の司令部は、沿岸のレーダー基地とレーダー搭載のFw200には、警戒を厳とするように注意を喚起した。

 スパーツの作戦が開始されて、イギリスから多数の爆撃機が離陸を開始した。イングランド南東の基地から爆撃隊が上昇した時点で、早くもFw200の空中警戒機が編隊を探知した。

 アメリカの爆撃隊は、ドーバー海峡上空からドイツ軍の長距離捜索レーダーに対する妨害電波の放射を開始した。しかし、ほとんどのドイツ軍の沿岸基地のレーダーは対策済みの新型に更新されていた。イギリス軍が電波妨害を始めてから、既に3カ月以上の時間が経過していた。類似の妨害電波では、ドイツ軍のレーダーは混乱しなかった。

 空中警戒機からの情報とフランス沿岸に配備したレーダーからの探知情報は、多数の爆撃機がイギリスから南下を開始したことを示していた。

 第3航空艦隊司令部のイギリス南部とフランス、ベルギー、オランダ、北部ドイツを表示する巨大な地図上にいくつもの赤い矢印が表示された。爆撃目標はまだ確定できないが、南東に飛行しているのでフランス北部あるいはベルギー、オランダだろうと推定はできる。3航艦司令部は、直ちに、ドイツ本土を防衛しているJG2とJG26に対して迎撃を命令した。

 ガーランドからの要求により、これらの戦闘団には新型戦闘機の配備が進んでいた。おかげで、3航艦参謀長のコーラー少将は、まずは新型機の部隊を優先して、連合軍の護衛戦闘機に向かうように指示した。従来機の武装を強化した部隊には、連合軍戦闘機を回避しつつ爆撃編隊を優先して攻撃するように命令を発した。

 コーラー少将は、カムフーバー中将の航空軍団司令部に、第3航空艦隊の戦闘機が出撃したことを通報するのを忘れなかった。アメリカ爆撃隊の詳細情報まではいちいち伝達しないが、計算機が接続されている夜間戦闘部隊の指揮室には3航艦と同じ情報が映し出されているはずだ。第12航空軍団の司令部は、NJG1とNJG2の出撃を命じた。

 司令部から命令を受けて、I/JG2(第2戦闘航空団/第1飛行隊)の中隊を率いたビューリゲン大尉も北部フランスに向けて離陸していた。今まで爆撃機を攻撃した時とは、装備が大きく変わっていた。大尉が希望していたメッサーシュミットの新型機が配備されたのだ。Bf109Fから、大きく性能が向上したMe309Bならば、新型のスピットファイアにも十分対抗できるはずだ。

 しかも、Me309Bは、Bf109Fと共通部の多い実質的な発展型だった。そのために、機種転換訓練を長時間実施しなくとも、Bf109Fに慣れていたほとんどのパイロットは短時間で乗りこなすことができた。低速の安定性や主脚の頑丈さはBf109から改善されていたので、むしろ離着陸は容易になっていた。おかげで、JG2に配備が始まってから数回の訓練で戦闘に参加できるようになっていた。しかも、大尉が最も望んでいたBf109Fから武装の強化が実現していた。2挺の13mm機銃とエンジン軸内も含めて3挺の20mm機銃(MG151/20)を装備することとなり、従来のBf109Fから大きく攻撃力が強化された。

 司令部の命令に従って、ビューリゲン大尉の編隊は爆撃編隊の上空に向かっていった。イギリスの戦闘機は密集編隊ではなく、広く爆撃機の上空をカバーするように飛行していた。スピットファイアは、Fw190と遭遇することを想定して、最新型のⅨ型に更改されていた。しかし、現れたドイツ軍戦闘機はFw190より更に高性能だった。

 Me309Bの編隊がイギリスの戦闘機群に襲い掛かった。Me309Bは速度性能でスピットファイアⅨよりも30km/hは高速だった。しかも、Bf109の血を引き継いで、急旋回でもフラットスピンに入るなどの悪い癖がなかった。つまり、失速ギリギリでの急旋回も可能だということだ。

 キングカム少佐は、前回の闘いでひどい目にあった機首の長いフォッケウルフを警戒していた。新型のフォッケウルフは最新型スピットファイアよりも速度も上昇力も優れていて、恐るべき相手だった。しかし、意外にも前方から攻撃してきたのは、細い胴体が特徴のメッサーシュミットだった。少し安堵しながら、中隊所属機に注意を促した。
「前方からメッサーの編隊だ。心配するな。メッサーならば、我々の機体の方が性能は優れている。訓練の成果を生かせば大丈夫だ」

 しかし、少佐の言葉とは異なり、すぐに、スピットファイアⅨがメッサーシュミットに押され始めた。メッサーシュミットは速度を生かしてイギリス戦闘機の後方から追いつけるのに比べて、スピットファイアⅨは一度後方につかれると、なかなか引き離すことができなかった。

 視力の良いボーモント軍曹が、ドイツ軍機の正体に気づいて、無線で叫び始めた。
「我々が戦っているのは新型戦闘機だ。機首の形と主翼の大きさが今までのメッサーとは違う。相手が高性能機と思って戦わないと、ひどい目にあうぞ」

 軍曹が言葉を発した時点で、飛行しているスピットファイアⅨは10機近く、機数が減って、更に同数がMe309Bから追い立てられていた。既に、爆撃機を護衛することよりも自分自身の身を守ることが最大の目的になりつつあった。

 ……

 ほぼ同じころ、JG26のFw190Dは、B-24の編隊を護衛していたP-38との戦闘を開始していた。P-38は高度7,000mでの最大速度は650km/hであり、Fw190Dから30km/h以上は低速だった。もちろん双発機はフォッケウルフに運動性能ではかなわない。つまり、P-38は空中戦になったら新型のフォッケウルフ戦闘機には全く歯が立たないということだ。

 プリラー少佐は、自信をもってアメリカの双発戦闘機との空中戦を開始した。P-38であれば、ドイツ軍も相手の特徴はだいたいわかっている。自分たちの機体が速度も上昇力も優れているとわかっていたからだ。

「相手はライトニングだ。速度を落とすな。落ち着いて戦えば我々が有利だ」

 少佐自身も、指示しながら、既にP-38の後方につけていた。P-38は急降下に入ろうとするが、優速のFw190Dはあっという間に距離を詰めた。一連射で20mm弾が数発命中すると、右翼とエンジン上で爆発した。プリラー少佐は、墜ちてゆく機体を確認もせずに既に次の機体に機首を向けていた。

 空中戦でフォッケウルフにより後方から迫られて、射撃を受けているのは圧倒的に双発戦闘機だった。アメリカ第8航空軍が投入した双発戦闘機は、ドイツの新型機が登場したヨーロッパの空では既に時代遅れになりつつあった。

 ……

 地上局から誘導された別の戦闘機隊が上昇してきた。司令部の指示に従って爆撃機への攻撃を優先する部隊だ。

 B-17のコンバットボックスに取りついたのは、JG2のFw190A編隊だ。ライエ大尉は無事に部隊に戻って新しい機体に搭乗していた。亜酸化窒素(笑気ガス)を使用したGM-1出力増強装置とR2改修により30mm機関砲を搭載した機体が増えたおかげで、部隊全体での爆撃機に対する攻撃力は強化されていた。

 JG2司令部のマイヤー少佐から大尉にわざわざ連絡が入ってきた。
「そのまま前進してくれ。11時方向に爆撃隊が見えるはずだ。なお、Me309Bの部隊がスピットファイアと交戦中だとの連絡があったぞ」

 R2改修で30mmを装備したFw190は、自重も空気抵抗も増加していた。エンジン出力を増加できるGM-1パワーブーストを使用しても、戦闘機との空戦では、かなり不利だ。それを知っている少佐が、わざわざ護衛のスピットファイアから攻撃を受ける可能性が少なくなっていることを連絡してきたのだ。

 大尉も普通より丁寧に返事をした。
「遠方に四発機の密集編隊を確認。これより突撃を開始。連絡に感謝します」

 JG2のFw190Aの編隊はB-17編隊の西側を飛行して、側方から編隊の後ろへと抜けていった。大尉は、爆撃編隊の後方で緩く上昇しながらUターンすると、B-17の編隊に向かっていった。16機編隊の戦闘機中隊(シュタッフェル)は全て30mm機関砲を装備していた。後方のやや高い高度から攻撃を開始すると、大火力のFw190Aからの攻撃にはB-17の防弾も無力だった。あっという間に8機の爆撃機が黒煙を噴き出して墜ちていった。

 しかし、これはアメリカの爆撃隊が受けた被害の始まりだった。ライエ大尉の中隊は旋回して再び後方に回り込むと、弾薬がある限り攻撃を繰り返した。しかし、次々と黒煙を引いて高度を下げてゆくのは、B-17ばかりではなかった。強力なB-17の防御機銃から反撃されて相打ちのようになって墜落してゆくFw190Aも含まれていた。大尉自身も友軍機がB-17の火箭にからめとられて炎を噴き出すのを目撃していた。それでも攻撃の手を緩めることはなかった。既に30mm弾は撃ち尽くしていたが、主翼付け根の20mm機銃にはまだ弾薬が残っていた。20mmでも多数を命中させれば、B-17を撃墜できる。

 JG2の重武装機が攻撃している間に、夜間戦闘機として配備されていたNJG1(第1夜間戦闘航空団)のBf110が戦闘に加わった。イギリス軍の夜間爆撃が減少していたこともあり、急遽離陸してきたのだ。もちろん護衛の戦闘機は、昼間戦闘機が相手をしていることは連絡を受けていた。

 連合軍の戦闘機を避けるような攻撃法が可能となったのも、地上からの誘導が的確だったおかげだ。アメリカの爆撃機は3群に分かれて飛行していた。当初はその上空をスピットファイアが護衛していた。それそれの護衛戦闘機隊に対しては、地上からの誘導によりFw190DとMe309Bが戦闘していた。細かな誘導により、無駄のない迎撃作戦を可能としていた。

 Bf110の部隊は後方を飛行していたB-24の編隊に向かっていった。NJG1のシュナウファー中尉は、アメリカの爆撃機と戦うのは始めてだった。しかし、夜間でも昼間でも攻撃法には、それほど差異はないだろうと爆撃機に接近していった。

 後席のルンペルハルト伍長がわざわざ注意してくる。
「10時方向、我が隊のBf110が銃撃を受けています」

 言われなくても、シュナウファー中尉もB-17の胴体上部と尾部の銃座から、友軍機が射撃された瞬間を目撃していた。ランカスターから反撃を受けた経験のある中尉にはBf110が攻撃された理由がよくわかった。
「漫然と直線的に接近したのだ。それに、夜間攻撃のつもりで不用意に距離を詰めすぎた」

 シュナウファー中尉は、B-24に向けて斜めに滑りながら接近していった。すぐに、伍長が距離を告げた。夜間戦闘機の利点は、レーダーにより実際の距離が正確に把握できることだ。
「1,000mを切りました」

 目標は大きく見えるが、1,000mではまだ遠い。射撃したいのを我慢して、更に接近した。敵機の尾部銃座から曳光弾が飛んでくるのがわかる。機体を左右に滑らせて回避する。旋回戦に弱い双発機であっても、特殊飛行をこなせる戦闘機なのだ。機体を蛇行させて射撃を回避するくらいはできる。

「500mに達しました」

 命中を期待できる距離だ。伍長の声を聞いて、中尉は思い切り引き金を引いた。射撃を2度行ってから、左旋回しながら離脱した。もちろん、手ごたえはある。旋回しながらも、後方を見ていたルンペルハルト伍長が叫んだ。
「左翼のエンジンが脱落して炎を噴き出しています。機首を下げています」

 さほど安定性のよくないB-24は、これだけ大きな被害を受けては、長くは飛んでいられないだろう。

 そのまま、降下しながら前方を飛行していた別のB-24の下に一気にもぐりこんだ。降下速度を生かして急接近すると、斜め上の機体をシュレーゲムジークで攻撃した。前部胴体下面で爆発が起こると、黒煙を噴き出しながらそのまま機首を下げて墜ちていった。

 ……

 NJG2のレント大尉もアメリカ爆撃隊の要撃に駆り出されていた。大尉のJu88には、新しい装備が追加されていた。R4Mと名付けられた重量4kgの無誘導ロケット弾だ。この小型弾を両翼下の木製ラックに12発ずつ、合計24発搭載して、爆撃機に向けて一斉発射する前提だった。24発のロケット弾は、1,000mの距離で約30mの範囲に大型機を包み込むように広がるように弾道が調整されていた。直径55mmの弾頭は、1弾の命中でも四発機を撃墜できる威力がある。しかも高射砲弾と同じく、装備した近接信管は至近弾になっても弾頭を爆発させる。

 大尉の中隊のJu88は、B-24編隊の斜め後方から横に広がって接近するとそれぞれがロケット弾を発射した。12機のJu88が総計280発以上のロケット弾を発射した。緩い山なりに飛行していったR4Mロケット弾は、爆撃機の編隊のあちこちで20発以上が爆発した。グラリと傾いて12機のB-24が墜落していった。1弾の爆発で上方のB-24が撃墜されたおかげで、下方の爆撃機に接触して2機が道連れになって墜ちてゆく。

 想定外のロケット弾攻撃により、B-24の編隊は大混乱に陥った。コンバットボックスが崩れたB-24の編隊に、Ju88が突撃していった。

 ……

 ドイツ軍戦闘機の攻撃を切り抜けて、爆撃機が目標に接近すると、今度は対空砲火がアメリカの爆撃隊を出迎えた。目標に接近した時点で、アメリカ軍爆撃機はウィンドウを散布した。しかし、ウィンドウによる妨害を経験していたドイツ軍の高射砲部隊は対策済みで、あまり効果はなかった。

 フランス北部の高射砲陣地は105mm砲を中心として、まだ配備の途中だった。それでもレーダー照準により、近接信管の砲弾を撃ちだす30門以上の高射砲が爆撃機の進路上に布陣していた。目の前で爆発する対空砲弾により、目標よりも手前で投弾する機体が続出した。アメリカで訓練を受けたばかりの新米搭乗員にとっては、ヨーロッパの戦場はあまりに厳しかった。3割の機体が目標のリールに達することなく手前で投弾してしまった。しかも上空は晴れではあったが、断雲の多い天候だった。一部の機体は、ノルデンによる爆撃照準を雲に邪魔された。

 イギリスを離陸した178機の爆撃機のうち再び戻ってこれたのは、112機だった。しかも着陸できた機体であっても、約60機が二度と作戦に使えないほどの被害を受けていた。

 ……

 ガーランドは第3航空艦隊司令部を訪問していた。先般のアメリカ軍の大規模爆撃に対する迎撃作戦の結果を分析するためだ。3航艦参謀長のコーラー少将が説明を始めた。

「まず目標の被害について説明します。目標となった製鉄所の半径2Km圏内には、約500発の爆弾が投下されました。使用されたのは、ほとんどがアメリカが500ポンド(227kg)と呼んでいる汎用爆弾です。照準がバラついたおかげで製鉄所の施設内には約70発が弾着しました。当日の上空の雲により精密照準に誤差が生じたのだと推定しています。工場の復旧については、詳細は調査中ですが、おそらく4カ月程度で再稼働可能だと考えています」

「なるほど、曇り空に救われたというわけですか。500発の半分が工場内に落ちていれば、被害は甚大になったでしょうね」

 ガーランドは続けて、JG2のエーザウ中佐の方に向き直った。戦闘機隊による迎撃戦の説明をしてくれということだ。
「JG2とJG26のほとんどと、加えて夜間戦闘機隊の機体が迎撃に上がりました。我が軍は護衛戦闘機との戦いと爆撃機の防御機銃により22機が損害を受けています。敵の戦闘機と爆撃機に対してはおそらく80機以上を撃墜しています」

「今回の迎撃作戦は効果的だったと思うかね?」

 これには、JG26司令のシェプフェル中佐が答えた。

「我が軍の戦闘機隊に対する目標の割り当ては、適切だったと思います。高性能の新型機が護衛戦闘機を駆逐しなければ、我が方の被害はもっと拡大していたでしょう。ほとんどの武装強化型の戦闘機は護衛戦闘機に邪魔されることなく爆撃機への攻撃が可能でした。また夜間戦闘機隊の攻撃も有効だったと聞いています。特に双発戦闘機が発射した小型ロケット弾は一撃でB-17を撃墜しています。追加装備を加速させるべきです。なお、これからの連合軍はかなり護衛戦闘機を強化してくるでしょう。我が軍もそれに対応できる柔軟な割り当て法の確立が必要です」

 これはまさに、ガーランドが知りたい内容だった。
「戦闘機の性能に応じた役割分担は、上手くいったということだな。ロケット弾については夜戦でも使えると聞いている。生産を拡大するようにドイツ航空省から要求しよう。今後は連合軍の戦闘機が増えてくるというのは私も同じ意見だ」

「ロケット弾に加えて、フォッケウルフとメッサーシュミットの新型機はかなり優勢に戦えました。もっと配備数の増加を希望します」

「もちろん、新型機を増やすように航空省に要求する。新型機と言えば、ハインケルの双発ジェット戦闘機の開発が進展しているとのことだ。エンジンの開発に計算機を使ったおかげで、高回転時に燃焼が不安定になるという問題が解決したようだ。快調な時には、時速800kmで飛べると聞いたぞ。近々、私も試乗してこようと思っている。全く新しい形態のエンジンを搭載した機体がどこまで使いものになるか確認してくるつもりだ」

 戦闘航空団の指揮官はガーランドの能力を信頼していた。全く新たな形式のエンジンであっても、ガーランドが、実際に使いものになるかどうか確認するのであれば安心だろう。
「本当に、そんなに高性能であれば部隊配備を急いでください。優れた戦闘機であれば、どれほどあっても困ることはありません」

 ……

 スパーツ少将は、第8航空軍の参謀を集めてこれからの作戦について検討していた。参謀のキャッスル少佐が、作戦後の状況について説明した。

「イギリス本土の基地に着陸できた爆撃機は112機でした。しかも被害を受けて使いものにならない機体が58機です。護衛のP-38も18機が撃墜されています。このほかにイギリス空軍のスピットファイアが12機、未帰還です」

 これ以上は説明しなくてもわかるだろうと、少佐は解説を一時的に止めた。スパーツ少将も爆撃作戦の実行がこれ以上は無理だとわかった。
「被害を減らすためのきわめて有効な対策がない限り、今後の爆撃作戦は実行不可能ということだな。合衆国本国に新型戦闘機の配備を要求している。候補はP-47サンダーボルトだ。時速430マイル(692km/h)程度は出るときている」

「スピットファイアよりも優速であれば、期待ができますね。我々には、優れた戦闘機が絶対に必要です。それを入手できない限り、次の作戦はあり得ません」

 第8航空軍司令部は、リールの作戦後にはロリアン軍港やドイツ本土への爆撃作戦を計画していた。もちろん、これほど大きな被害を受ければ作戦を無期延期せざるを得ない。

 しかも、損害に対してアメリカ本土から機材の補充は順次行われたが、失われた搭乗員は機械のようにはいかなかった。今回のような損失率が続くならば、爆撃機の搭乗員はあっという間に底をつくだろう。それ以前に搭乗拒否が起こるかもしれない。

 今回の作戦の結果について、スパーツ少将は陸軍航空軍司令官のアーノルド大将に報告した。大将の意見も似たようなものだった。
「高性能の戦闘機が全行程で随伴できない限り、爆撃隊の作戦は大きく制限すべきだ。リール作戦のような損失率が続くならば第8航空軍そのものが消滅してしまうぞ。来年の中旬あたりまでは、損害を減らすべく慎重な作戦に徹してくれ。その頃には、新型の戦闘機と新型の爆撃機を準備すると約束する」

 スパーツ少将はこの大将の意見に従うと決めた。高性能戦闘機と爆撃機がイギリスにやってくるまでは、作戦は大幅に縮小せざるを得ない。近距離の目標に対して、多数の戦闘機の護衛をつけられる場合以外は全て中止せざるを得なくなった。

 ドイツ軍にとっては、イギリス空軍の夜間爆撃に続いてアメリカ軍の昼間爆撃も実質的に撃退したことで、一息つくことができた。アメリカ軍は新型機を準備するが、ドイツ軍もまた新たな迎撃手段を準備していた。
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