電子の帝国

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第20章 中部太平洋作戦

20.1章 技術者たちの戦争

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 ペンシルベニア大学では、もともと電子工学分野の研究がさかんだった。その中でもノイマン博士の研究室では、真空管の使用を前提としたディジタルコンピュータの基礎研究をしていた。そんな、研究成果が形になる前にもたらされたのが、日本の魚雷に搭載されていた超小型のコンピュータだった。

 ノイマン博士は素直に、日本の2進数を基礎としたコンピュータが非常に進歩していて、実用的にも暗号処理や科学演算など様々な分野で活用できると認めて、日本製コンピュータの先進性を進言した。副大統領のウォレスが積極的に活動した効果もあって、アメリカ政府は、この分野で一刻も早く実用的なコンピュータを完成させることを重点目標とした。ノイマンとウォレスが会談した1942年10月には、アメリカ政府は全力でコンピュータ開発を援助することを決断した。

 ペンシルベニア大学の研究室では日本の計算機技術を参考にして、新たなコンピュータの開発が始まった。ノイマン博士は、設計者のエッカートとプログラム担当のモークリーという優秀な研究者を開発チームに加えて開発を加速させた。コンピュータを実現するために必要な部品や周辺機器は政府の名前を使って特急で要求できた。しかも演算回路で使用する半導体については、政府の要求を受けたベル研究所が強力に開発を前進させていた。

 早くも、1943年2月にENIACと名付けられたディジタル式コンピュータの1号機が完成した。並行して、アクタン島で鹵獲した「サム(烈風)」のジャイロ照準器に内蔵された小型計算機の分析が進んでいた。その結果に基づいて、ただちに演算部が改修された。当初は、科学や技術分野への利用を想定して四則演算とAND、OR等の論理演算が命令の中心だったが、条件分岐や外部からの割り込み機能を追加して、コンピュータの実用的な価値は大いに高まっていった。

 1943年3月末になって、科学研究開発局のブッシュ局長がペンシルベニア大学にやってきた。ノイマン博士のチームがコンピュータの開発を本格化してからは、定期的に打ち合わせを開催していたおかげで、今では自分の勤務先のように、各種施設の場所もわかっている。今日も案内もされていないのに、いつもの会議室にやってきて待っていた。

「しかし、これほど早く、コンピュータの改良が進むとは驚きだな。今年の1月にENIACの1号機が稼働を始めてから、翌月には早くも性能を向上させるための変更を実施した。それに続いて、今月は早くも2度目の改善だ」

「改善というよりも、我々のコンピュータの問題点を解決しているのですよ。性能向上のサイクルが短いのは、政府の資金により、優秀な設計者を大幅に増強したおかげです。それに加えて、ベル研究所で半導体が早期に使えるようになりました。今回は物理的な回路の変更により外形が変わっていますが、コンピュータの理論的な基本構造(アーキテクチャ)は、1号機から変わっていません。つまり今までと同じプログラムを利用することが可能です。今回の新型機は、電子回路に対する半導体の適用範囲を拡大しました。そのおかげで、小型化しつつ性能を一桁は向上させています」

「既に君たちの設計したコンピュータは、我が国の各地に設置されて、利用が開始されている。暗号処理以外にも、科学計算や設計などいくつかの分野で適用されつつある。加えて、大型機と並行して開発していた超小型機についてだが、魚雷に搭載して誘導実験が成功したよ。これで、我が国の海軍も日本軍と同じように、頭脳を内蔵した誘導型の兵器を使える」

 ノイマン博士は、アメリカ海軍が航跡追尾魚雷の開発を最優先事項と決めた時に、内蔵するデジタルコントローラの開発を支援した。その過程で、コンピュータというよりも、実時間処理に特化したコントローラと呼ぶべき装置を隅々まで分析していた。

 アメリカ海軍も陸軍も、無人で動き回る物体を誘導できる小型コントローラの価値に気づいていた。魚雷に限らず、自律的に目標に向かってゆく制御が可能になるならば、応用範囲は限りなく広い。しかも、それを実現するための機器の部品は、高価ではない電子部品なのだ。量産工場さえ整備すれば、いくらでもコントローラが生産できるはずだ。この時期、陸軍も海軍もさかんに空中を飛行する誘導爆弾の研究をしていた。この装置を使えば、間違いなく実用化が加速するだろう。

「もう一つの進捗ですが、研究室の新型機を使って、部分的ですが日本軍の暗号が読めるようになりました。我々のコンピュータはおそらく日本よりも遅れていますが、時間をかければある程度は解読ができています」

「それはいいことを聞いた。信号情報局のフリードマン長官に知らせよう。解読してほしい電文が必ずあるはずだ」

「戦略情報局(OSS)もコンピュータを導入することになっているが、まだ十分使いこなせるようなオペレータがいないからな。当面は君たちに頼ることになりそうだ」

 しかし、フリードマン長官から送付されてきた電文を解析すると、ノイマンたちは自分たちの見通しが甘かったことを理解した。その電文はノイマン博士たちの解読文と同様に、2進数で表現された情報を暗号化していた。しかし、わかったのはそれまでで、暗号自身の解読は全くできなかった。

 わざわざペンシルベニア大学までやってきた信号情報局の暗号担当のローレット氏に、ノイマンたちの最新型で分析した結果を報告していた。
「間違いなくこの電文は新しい演算則に従って暗号化されています。しかも、今までよりもかなり複雑な演算式を適用しているように思われます」

「暗号が新しくなっているということですね。しかも新型のコンピュータでも容易に解読できないほどに複雑化したということですか?」

「ええ、日本は、コンピュータにより、暗号を解読される危険性に気づいているのだと思います。我が国とドイツがコンピュータを使っていることは確実に知っているでしょうからね。それを意識して、わざわざ新しい暗号に変えてきたのです。おそらく今後も暗号を定期的に変えるでしょう。どんな暗号でも長く使い続ければ、コンピュータにより、解読されると知っているのです」

 ……

 昭和18年(1943年)2月になって、海軍技術研究所の大型計算機施設では、新型機が稼働を開始していた。その装置は、陸海軍共同で開発されてきた大型計算機の正常進化型として、「オモイカネ五型」と名付けられた。四型は、艦載が可能であることという条件がついたために、大きさと消費電力が性能向上の足枷になった面があった。それに対して五型では、制限を外して装置規模と消費電力が大きくなることも気にせず、性能向上を最優先にして開発されたために、前世代から性能が大きく向上していた。

 新型機を試験していると、小倉少佐が、目黒の海軍技術研究所の計算機棟を訪問してきた。
「望月少佐、今日は新型の大型機が稼働を開始したと聞いて相談に来ました」

 目の前の計算機を見てさっそく違いに気づいた。
「これまでの演算部に相当する計算機架の横に、新しい架がいくつか追加されていますね? それで全体が大きくなっています」

 さすがに、基板を満載している複数の架が追加されているのはすぐにわかったようだ。
「現在では、魚雷や誘導弾の制御部に内蔵している小型計算機が新しい世代になって、かなり高性能化しています。その小型計算機を、512基まとめて高速の情報転送路に接続したのがこの装置です。多量の計算を行うときに、本来の演算回路に代わって、この外付けの装置が並行して計算を実行します」

「小型計算機では、1台の性能はそれほど高くないと思いますが、それで有効に使えるのですか?」

「今までの使用実績を分析すると、科学計算や技術開発では、同じ演算を非常に多くの回数繰り返す使い方がかなり多いのです。入力する数値を変えて、行列演算のように同一の数式で繰り返し計算するのです。そのような場合に、この外付け並列演算部が役に立ちます。最大、512回の計算が1回で終わるのですからね。もちろん、繰り返し処理の多い暗号処理でも大いに活用できますよ」

「もう一つ横の、背の低い箱には何が入っているのですか? アクリル板で仕切られた内部で円筒状の物体が回転しているようですね」

「これは新型の強磁性体を塗布したドラム式の記憶部です。今までの磁気リングを利用した記憶部よりもはるかに大量の情報を記憶できます。それでいて磁気テープよりも高速に任意の情報を索引して読み書きできます」

「それと、この部屋に入って気になっていたのが音です。最新型の計算機は近づくと、やたらブーン、ブーンをうるさいのですがどうしてですか?」

「回路の動作速度を上げてゆくと、消費電力はどんどん上昇します。そのおかげで装置の発熱量も増加しています。そのままでは発熱で回路を構成する素子が故障しますので、風力で強制的に冷却する機構を強化しました。今までも、高温になる演算部などには電動モーターで回すファンを取り付けていましたが、使用数を大幅に増加しました。この装置では架内の各段に8基のファンを追加して、基板の下方から上方に空気を吸い込んでいます。ファンの上方には斜めの整流板を追加して、温まった空気を後方に排気しています。高速で回転するファンが音を発しているのです」

 小倉少佐は、大きく進歩した新型計算機の説明を聞いてさかんに感心していた。そこで自分が、わざわざ目黒の海軍科学研究所までやってきた理由を思い出した。

「実は、軍令部としてお願いするためにやってきました。アメリカ軍が、昨年末ごろから、新式の暗号を使い始めました。この新暗号音解読をしばらく試みて来ましたが、いまだに我々も陸軍の参謀本部も成功していません。それで、技研で最先端の新型計算機の試運転が始まったと聞いてお願いにやってきました。最新の計算機を活用すれば米軍の新式暗号であっても、解読が可能ではないかと期待していますよ」

「確かに、今までと同じ計算であれば、この『オモイカネ五型』であれば、数十分の一くらいの時間で計算を終わらせることができるでしょう。しかし、まだ安定稼働していません。最高性能で計算することはできますが、数日に一度は異常状態になって初期化して、再起動をさせるような状況です」

「米軍新暗号に対しては、軍令部の計算機では、全くお手上げです。新型機が数日間稼働するならば、その間に計算結果が出るでしょう。ぜひともお願いします。数学者などの暗号の研究者については、既に軍令部で協同作業をしているので、すぐにも派遣することが可能です」

 ここまで頼まれたら、引き受けるしかないだろう。望月少佐が私の方を向いた。
「筧大尉、軍令部第四部と協力して米軍の新暗号の解読作業に着手してくれ。真田少将には私から話をしておくから、すぐに作業を始めてくれ。解読作業に対してうまい作戦はあるか?」

「軍令部の大型計算機でも解読できないとなると、米軍は、機械式の暗号機の使用を止めたのだと思います。我々と同様に暗号処理に計算機を使っているのでしょう。そう考えると、簡単に暗号を解読できないのも納得できます」

「言われてみればなるほどと思いました。相手が計算機を使っているならば、こちらはもっと高性能の仕掛けを使わないといけませんね。解読途中の新型暗号文については芝の情報研究所の計算機に入っています」

 我々はさっそく、「オモイカネ五型」を使ってアメリカ軍が使用している暗号の解読作業に着手した。

 ……

 グラマン社が次期戦闘機の開発に着手したのは、1940年9月だった。開発番号G-50と呼ばれた新型戦闘機は、早くも1941年1月には、海軍のモックアップ審査を受けることができた。この頃、アメリカ海軍はヨーロッパで始まった戦いを分析していた。彼らの結論は、今まで以上に戦闘機の防弾を強化して、消火装置など被弾時の対策が必要だということだった。

 海軍の審査官は、各種装備の搭載が必要だという前提で、グラマンの戦闘機を吟味すると、機体がやや小さいと感じた。海軍は、機体をやや大きくして、防弾装備を十分備えるように要求した。

 設計を途中で変更した新型艦戦は、XF6F-1として1942年6月には試作1号機が完成した。しかし、初期の試験飛行が進む以前に、太平洋で始まった戦争が本機の運命を大きく変えた。
 日本上空に侵攻したF4Fが戦った日本軍機は、ジーク(零戦)をはじめとして、オスカー(隼)とトージョー(鍾馗)、ジャック(雷電)だった。いずれの戦闘機もF4Fをかなり上回る性能だった。

 日本との実戦でF4Fの性能不足は決定的になった。その結果を受けて、海軍は次期艦戦への要求条件を一夜で変えた。XF6Fよりも大幅に高性能の戦闘機でなければ戦場で生きていけないのは自明になった。

 アメリカ海軍の航空局長であるタワーズ少将は、ニューヨーク州のグラマンのオフィスを訪れていた。

 グラマン社の社長であるリロイ・グラマンも太平洋の戦いでアメリカ海軍が大敗したことは知っていた。海軍の上層部が、わざわざグラマンまでやってきた理由は想像できたが、あえて質問した。

「それで本日は、どの様な目的で、わざわざ我が社までやってきたのでしょうか?」

「ご存じのように、今月になって我が海軍は日本軍との間で非常に厳しい戦いを経験した。その戦いで、我々が出会った日本の戦闘機は想像以上に高性能だと判明した。特に、日本本土上空で戦ったトージョー(鍾馗)とジャック(雷電)の速度は、時速390マイル(627km/h)を上回っていると想定される。実戦で判明した日本戦闘機の性能を前提として、我々は次期艦戦の計画を見直さなければならない」

「なるほど、試作機が完成した現状のXF6Fでは、日本軍機に勝てないから設計を変更してくれということなのですね」

「理解が早くて助かる。我々の要求は、できる限り小型の機体に2,000馬力級のエンジンを搭載することだ。F6Fとして、既に設計した資産はできる限り流用して、3カ月で設計を変更して1942年9末までには設計変更後の機体を完成させてほしい」

 さすがに、想像以上に厳しい要求にグランマンの社長も驚いた。しかし、従わないわけにはいかない。この機会を逃せば、大幅に先行しているヴォート社のF4Uが大量生産されるだけだ。しかも、ダグラスやブリュースターなど、海軍が要求すれば次期戦闘機の開発に手を上げる会社はいくらでもいるだろう。

 社長は自分の盟友でもあり、F6Fの設計主任のジェイク・スワーブルの顔を見た。
「完成したばかりのR-2600を搭載したXF6Fはそのまま試験を実施して必要なデータを取ります。その間に、機体の小型化設計を進めます。エンジンについては、それほど大きな変更をせずとも2,000馬力のR-2800に変更できると思います」

 リロイ・グラマンは、その場で海軍の要求に従ってF6Fの設計を変更すると決断した。決定が遅れればそれだけ時間が無くなるだけだ。
「いいでしょう。ただちに設計変更に着手します。しかし我々からもお願いがあります。それはエンジンの性能向上です。現行のR-2800はオクタン価の高いガソリンを使って、水噴射を併用すれば、1割くらいはすぐに性能が向上するはずです。エンジンの改良について、海軍から強力に要求してほしいのです。もう一つ、現時点でグラマンが開発中のF7Fには影響が出ます。よろしいですね」

「もちろんエンジンのメーカにも出力を増加させる要求を既に出している。プラット・アンド・ホイットニー(P&W)に対してもR-2800の水メタノール噴射と2段過給機の装備を要求済みだ。F7Fの開発についても優先度を下げる。我々にとって必要なのは、F4Fの後継機だ」

 結局、試作機が完成して初飛行を待つばかりだったXF6Fは、飛ぶ前から失格の烙印を押されることになった。主任設計者のスワーブル技師は、最初から新規設計は行わずに、機体の基本構造を維持したまま胴体と翼の大きさを縮小した。脚周りや操縦席の艤装など機体の大きさに無関係な部分は小さな改修でXF6Fの設計を引き継いだ。

 早くも、機体規模を一回り小型化した機体はYF6Fと命名されて、1942年10月に完成した。この頃には、日本の新型戦闘機として登場したサム(烈風)が400マイル/時(644km/h)を超える驚異的な性能と旋回性能を両立させた機体だと判明していた。海軍の危機感は最高潮に達しており、海軍航空局はF6Fの開発を支援するために、担当者をグラマンに常駐させていた。試験機も20機を一気に発注して、短期間で試験飛行を終える計画を立てていた。

 結果的に、グラマンの小型化開発は成功だった。2,000馬力のR-2800を搭載したYF6Fは、4回目の試験飛行で410マイル/時(660km/h)を超えた。グラマンにとって幸いだったのは、先行している戦闘機や爆撃機がR-2800を使用していたおかげで、エンジンに関するトラブルがほとんど解決済みだったことだ。エンジンが好調であれば、試験のかなりの部分は順調に進む。

 海軍は、試験の完了を待たずにYF6FをF6F-2(XF6FがF6F-1)として3,000機を発注した。

 グラマンはYF6Fの試験と並行して、新型エンジンに載せ替えた次のタイプの開発を始めていた。プラット・アンド・ホイットニー社(P&W)が、100オクタンを超えるガソリンの使用を前提として、水・メタノール噴射を追加した改良型エンジンを完成させたのだ。まだ試作エンジンだったが、YF6Fは、すぐに性能向上型として試験を開始した。この試験機は、軽荷重だったが、5回目の飛行で431マイル/時(693km/h)を記録した。海軍は、生産ラインで組み立て中だった30機のF6F-2を除いて、すぐに発注を改良型のF6F-3に変更した。

 F6F-3の諸元 (カッコ内はF6F-1)
 ・全幅:12.2m (13.1m)
 ・全長:9.55m (10.2m)
 ・全高:3.4m (3.4m)
 ・翼面積:26.9㎡ (31.0㎡)
 ・自重:3.37t (3.84t)
 ・正規全備重量:4.76t (5.28t)
 ・発動機:R-2800[2,200hp] (R-2600[1,700hp])
 ・プロペラ:3翅プロペラ 3.98m (3.8m)
 ・最高速度:430mi/h[692km/h] (365mi/h[587km/h])
 ・武装:12.7mm×6 (なし)

 F6Fの開発目途が立った後も、リロイ・グラマンは、開発の手を緩めるつもりはなかった。他社の戦闘機に圧倒的に優位な次期戦闘機を開発するのだ。P&W社が1940年末から開発を開始した3000馬力級エンジンが、1942年中旬には飛行試験に移行していた。既に彼のところには、この4列構成の28気筒空冷の化け物のようなエンジンが、1942年末には試験を完了するだろうとの報告が入ってきていた。F6Fの開発と並行して、新エンジンを搭載した艦上戦闘機の開発を命じた。F6Fの開発で遅れが出始めていた双発のF7Fの開発が更に遅延するのはやむを得ない。F7Fは、もともと超大型の空母でなければ運用できないような特殊な機体なのだ。

 零戦よりもわずかに大きな機体に3000馬力超のR-4360エンジンを搭載した驚異的な戦闘機は、海軍も開発を了承してF8Fベアキャットと命名された。

 一方、ライバルのF4Uコルセアも2段過給器を備えて、圧縮比を改善した性能向上型R-2800を搭載したF4U-4の試験が完了して生産を進めていた。しかも、グラマンと同様に、次の性能向上型として、R-4360の搭載型の開発にも着手していた。

 ……

 1943年3月になって、カリフォルニアのノースロップ社に陸軍士官がやってきた。

「はじめまして、陸軍作戦分析委員会のバンデンバーグです。パナマで目撃された日本軍の新型攻撃機の写真なのですが、いったいどんな航空機なのか、正体を確認したくてやってきました」

 バンデンバーグ大佐は、4枚の写真を取り出した。2枚は夜間に撮影した写真の中から、目的の機体が照明弾に照らされた瞬間を選んで拡大したものだった。細部はわからないが、ブーメランのような形状のシルエットが映し出されていた。それはジャック・ノースロップにとってはおなじみの形状だった。残りの3枚は、墜落した機体の一部だった。主翼の約4割は失われていたが、全体の形状を推定するには十分だった。

「間違いありません。私たちが以前から開発している全翼形式の機体とほぼ同じです。こちらの写真には後方で光の反射が映っていますので、翼後方で2基のプロペラがプッシャー式に回っていますね。おそらく翼中央部の内部に液冷式のエンジンを2基搭載しているのでしょう。しかも中央翼下面の扉が開いています。操縦席の下に爆弾倉があるのだと思います。それと、機体の反射を見ると、特別な塗装が塗られているようですね」

「特殊塗装という君の想定は間違っていないでしょう。墜落した機体から採取した塗装については、別の専門家が分析しています。尾翼が何もないのですが、飛行の安定性については、問題が生じないのですね? 突然スピンするような弱点は考えられませんか?」

 ノースロップ氏はやや、むっとした表情で答えた。
「主翼に後退角のついたこの形状ならば、安定した飛行が可能ですよ。後方で回転するプロペラのジャイロ効果もありますので、スピンに陥ることもなく飛行できることは、私たちの実験機で実証されています」

 バンデンバーグ大佐もノースロップが全翼機の試験を以前から行っていることは調べてきていた。
「全翼機という形態でも、機体形状を工夫すれば航空機として成立するということですね。ところで、全翼機の形状はレーダーに対して電波の反射が少なくなるということは事実ですか? 墜落した機体からプロペラが木製だったことが判明しています。我々は、機体の形状と表面の特殊塗装と合わせて電波反射を大きく減少させるための対策だと考えています」

「私は電磁気学の専門家ではありませんよ。但し、全翼機は胴体も尾翼もないので、一般論として電波反射面積がかなり小さいのは事実です。特に飛行してくる機体を正面からレーダーで捕捉する場合を考えると、かなり映りにくいと思います。我が社は既に全翼の試作機を飛ばせています。その試験機を使えば、実際にレーダーに対する反射性能を実験することも可能ですよ」

「それはいい案ですね。実験機が存在するならば、是非見せてください」

 打ち合わせが終わった後に、バンデンバーグ大佐の一行はノースロップが試作した3機の全翼機を見学することができた。N-9Mと名付けられた機体は、全翼型の主翼後方に2基のプロペラを備えていて、外見としては日本軍機に近い。

 帰りがけに、バンデンバーグ大佐は意味深な言葉を残していった。
「わざわざ足を運んだ甲斐がありました。陸軍として試験機を実験用に購入すると思います。それと、開発中のB-35ですが、陸軍航空軍(USAAF)から開発の優先度を上げるような通知がくると思います。まあ、航空軍の上層部が私の報告を受け入れられたらという条件付きにはなりますが」

 しばらくして、大佐の言葉通り、2機のN-9Mを試験機として陸軍航空軍が購入するとの通知があった。更に、4発エンジンを備えた全翼爆撃機のB-35の開発を大幅に加速するよう要求があった。もちろん開発資金も増加された。陸軍は大型機の開発を短期間で完了させるために、ノースロップにダグラスと組むことを要求していた。ダグラスはノースロップよりも大きな会社だ。設備も設計人員も多く保有している。B-35の開発プロジェクトとしては、ノースロップが基本設計を実行して、細部にかかわる部分はダグラスが設計することになった。

 特異だったのは、初期の設計時点から、B-35の電波特性研究をデュポンとウェスタン・エレクトリック、ハネウェルのチームが開発支援するとのことだ。こちらのチームと協力して、レーダーに捉えにくい爆撃機を実現せよとの指示が追加されていた。加えて電波反射の計算にはコンピュータを利用するように指定されていた。もちろん全翼機自身の設計にコンピュータを使うこともできる。これに伴い、さっそくノースロップの工場にノイマン研究室で開発されたコンピュータが設置されることになった。
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