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第20章 中部太平洋作戦
20.4章 マリアナ沖海戦1
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ハワイの太平洋艦隊司令部のニミッツ長官からキング大将に連絡が入ってきた。
「日本海軍は我々がリークした情報に反応して、作戦の準備を開始しました。ヤマモトの艦隊は間違いなく全力で出撃するものと思われます。加えて、北太平洋の島嶼で陸海軍合同の上陸演習を実施しています」
「どうやら我々の北太平洋で作戦を実行するという欺瞞工作に反応したのだろう。諜報情報として、私のところにもアリューシャン列島を目標として上陸訓練を開始したとの情報が入っているぞ。確かに日本軍がアリューシャンを占領してしまえば北太平洋の交通には大きな障害になるから、納得できる作戦目標だ。我々もアリューシャンを手放すわけにはいかない。北太平洋の島に日本軍が上陸するならば、それは放置できない。アリューシャンへの侵攻も阻止する必要がある」
「グアム島への作戦を延期することは不可能ですか? 南北で並行して作戦を実施するとなると、我々は艦隊を分割しなければなりません。日本がアリューシャンに侵攻するならば、全力でそれを攻撃すべきだと思います」
合衆国艦隊司令長官のキングにもミニッツの言いたいことはよくわかった。
「グアム作戦を要求したのはスターリンだ。それを延期すれば、アメリカとソ連の関係にも影響を及ぼすだろう。既にこの作戦は、大統領が承認した政治的な作戦になっているのだ」
ニミッツ大将はしばらく黙っていたが、意を決して話し始めた。
「日本軍がアリューシャン列島で攻勢を仕掛けるというのは、オーストラリアから通知された情報ですよね。日本がオーストラリアやニュージーランドに対して情報を与えれば、我が国にそれが漏れるというのは、かなり容易に想定できます。私は、意図的に日本が情報を漏らしてきたと考えています。つまり、北太平洋を侵攻するという我々のおとり作戦をわかった上で、それを逆手に取った欺瞞作戦を仕掛けてきているという推定です」
ニミッツは会話の途中で、会議室に入ってきたレントン中佐からメモを受け取った。もちろん、重大な内容でない限り、中佐も会議途中で入ってくるようなことはない。一瞥して、すぐに顔色が変わる。
「太平洋艦隊情報参謀のレントン中佐の暗号解読情報です。ヤマモトの艦隊は南方作戦のための物資を調達しています。北方向けの装備は限られた艦艇のみにして、主力の空母は南方で行動することを前提とした準備を開始したとのことです」
「その情報はどこからもたらされたのかね? 信用してよいのか?」
「出所は、信頼できるところです。ペンシルベニア大学のコンピュータチームからの情報です。我が国もコンピュータによる日本軍暗号の解読を、かなり強力に推進していました。コンピュータはしばらく前から本格的に稼働していますので、その成果として解読できた情報です。但し、日本軍は定期的に暗号を更新するようになっているので、来週になれば再び解読は不可能になるでしょう」
キング長官は少し考え込んでいた。
「アリューシャンへの侵攻が日本の欺瞞ならば、我々の艦隊を北方に向けるのは不可能だ。日本海軍が全力でグアムの輸送船団を攻撃するならば、我々もそれに対抗する必要がある。暗号解読の結果が確かならば、むしろ我々はグアムに主力を向けなければならない」
「私は、暗号解読の結果と他国に対する日本の行動の不自然さから、北太平洋の攻略は日本のおとり作戦だと考えます」
キング長官とニミッツ大将は作戦についてどのようにすべきか話し合った。最終的にキングもグアムに向けた艦隊兵力を重視することに賛成した。コンピュータによる暗号解読結果を信じることにしたのだ。
「これで、我々の推定が間違っていれば、間違いなく二人とも左遷だな」
「ええ、それでも中途半端に北と南に兵力を二分割すれば、兵力を分散させるという日本海軍の思うつぼです。一つにかけるしか、我々にとっての勝機はありません」
日本軍のダッチハーバー攻撃以降、アリューシャン列島に配備されている兵力は大幅に強化されていた。それを前提とすれば、日本軍が上陸作戦を実施しても時間稼ぎくらいはしてくれるだろうという読みもある。
……
第3潜水隊司令部からの指示に従って、「伊21」がミッドウェーとウェークの中間線あたりの海域に展開してから数日が過ぎていた。アメリカ艦隊がハワイ方面から西へと進んでくるのを警戒して、ほかにも10隻以上の潜水艦が南北に列状に並ぶように、哨戒線を構築しているはずだ。
今までは木材などの漂流物が引っかかっただけだったが、哨戒任務についてから、6日後の5月24日になってついに本物の艦隊を探知した。
「逆探に感あり。短波長電波。周波数はアメリカ艦隊の電探に該当します。方位は北北東」
電探の電波を探知したということは、このまま海上を航行していれば電探に発見されるということだ。但し、逆探が電波を受信しても、その反射波が送信側で検知されるまでにはまだ少し余裕がある。目標で反射した電波が送信側に届くまでにも電波は弱くなるからだ。
稲田艦長は、まずは自分の目と耳で確認しようとした。
「見張り員、北北東に何か見えないか? 聴音員、音響では探知できるか?」
しかし、誰からも発見の報告はなかった。艦長はいくつかの可能性について考えていた。自分がアメリカ軍の司令官の立場であれば、この海域では潜水艦を警戒するはずだ。見張りが何も見つけられないのに電探の電波を受信したということは、航空機の可能性が高い。ミッドウェー島か空母かはわからないが、潜水艦を警戒して哨戒機を発進させることは十分考えられる。
「潜航する。このままでは、哨戒機に発見されるおそれがある。戦闘配備だ」
しばらくして、聴音手が報告した。
「かなり遠いですが、爆雷のような水中爆発音を探知。方位は、北東」
後ろで聞いていた、岡本航海長が小さな声で艦長に話しかけてきた。
「爆雷音だとすると、友軍の潜水艦が攻撃されているのかもしれません」
稲田中佐もさもありなんと思って、黙ってうなずいた。しばらくして聴音手が再び報告した。
「複数の航行音を探知。北東。強度は弱い」
「わかった。我が艦の北側を通り抜けようとしているのだな。距離はまだ遠いということか」
しばらくして、稲田中佐は潜望鏡で確認することにした。報告するにしても、米艦隊の編制を把握しておきたい。
「潜望鏡深度まで浮上。海上の艦隊を確認する」
ゆっくりと海中を上がっていった「伊21」は、一度だけ潜望鏡を海面に上げた。艦長はぐるりと周囲を確認してから、東北から北の範囲に潜望鏡を向けて詳しく観察した。
すぐに潜望鏡を下げる。
「急速潜航。100mまでだ」
航海長と水雷長が黙って艦長を見ている。
「北東方向に巡洋艦1、駆逐艦2、更に遠方に空母2、戦艦1。空母は艦橋後方に煙突のある大型艦だ。東方の遠方には艦船の煙が見えた。後方に艦隊がまだ続いているということだ」
ごくりとのどを動かして、水雷長の大野大尉が話しかけた。
「大規模な機動部隊ですね。このままやり過ごすのですか?」
「ああ、本格的な艦隊に間違いない。残念だが、我々の任務は索敵だ。敵機動部隊の報告を優先する。しかも雷撃するには酸素魚雷でもいささか遠すぎる」
「伊21」は、2時間程やり過ごした後に、浮上してからアメリカ艦隊発見を報告した。視認したのは2隻の空母だったが、聴音から後続艦にも大型の4軸艦が複数含まれているのは確実だったので、2つの輪形陣が西に向かっているとして報告した。
……
本土の基地から硫黄島の千鳥飛行場へと移動していた深山は、連日東南方向の海上へと飛行していた。もちろん本土から飛来したのは1機だけではない。硫黄島基地には、千鳥と元山の2ヶ所の飛行場を拡張した時に格納庫や航空機の整備機器も配備していた。更に、多数の機体を運用できる量の燃料や物資を備蓄していた。たとえ、二桁の深山が配備されても運用可能な本格的な基地に変わっていたのだ。
潜水艦からの探知情報により、マリアナ諸島方面への米艦隊の来襲が確実となった。先手を打って敵艦隊を発見すべく、硫黄島を発進する索敵機の数を倍増して、想定海域への哨戒を実施していた。5月27日も8機の深山が硫黄島からウェークとビキニを頂点とした三角形を含む扇型の海域を捜索していた。
偵察装備で爆弾倉内に増槽を装備した深山は、3,000海里(5,556km)以上の航続距離を有する。ウェーク島の北方海域から南方までの遠距離哨戒ができた。さすがに米軍の戦闘機が配備されているウェークの近傍は避けているが、南方のブラウン環礁やビキニ環礁のあたりまで捜索が可能だった。
近藤中尉の偵察装備の深山は、ビキニ環礁の北側まで進出していた。命令された哨戒域の南端近くで、探していた相手に出くわした。
「電探に感あり。北東25海里(46km)」
「北東に機首を向けよ。戦闘機が来るかもしれん。各銃座は周囲を警戒」
機首の爆撃手席から、双眼鏡を使って前方を捜索していた新井一飛曹が叫んだ。
「前方に、複数の艦艇。巡洋艦2、空母3、駆逐艦多数が見えます」
中尉もすぐに言われた方向に水上艦隊を見つけた。確かに空母が3隻見える。海上を確認している間に後方からも、更に1隻の空母が東方から現われた。並んで航行していると大きさの違いがよくわかる。その中の3隻は明らかに大型空母だ。
「大艦隊じゃないか。それも2つの輪形陣だ。すぐに、アメリカ機動部隊発見を打電してくれ」
打電を始めたところで、電探員の江原上飛曹が叫んだ。
「対空電探が航空機を探知。20海里(37km)。11時方向からこちらに接近してきます」
反射的に近藤中尉は退避を命令した。
「全エンジン水噴射。北西に機首を向けよ」
深山は、急旋回で北西に機首を向けた。偵察型深山は、電子制御の排気タービン付きの誉エンジンに水・メタノール噴射を併用したおかげで、最大速度は320ノット(593km/h)以上の速度に達していた。これでも戦闘機の方が優速だが、距離を詰めるまでには、10分以上かかるだろう。
すぐに、電探の探知を裏付けるように、後部銃座から報告が上がってきた。
「後方に戦闘機の編隊を視認。こちらに向かってきます」
深山はエンジン全開で、どんどん北東へと飛行していた。再度報告が上がってくる。
「戦闘機が遠ざかります。母艦に戻るようです」
近藤中尉はため息をついた。かなり、危ないところだった。直衛機が艦隊からあまりに離れるのを、ためらったおかげで救われた。中尉は、気持ちを切り替えて新たに命令を発した。それは、機内の全員が想定していた命令だった。
「基地に大至急連絡だ。艦隊の進む方向と編制を通報せよ」
……
ニミッツ長官は、コンピュータによる解読情報を信じていた。他の情報とも論理的に整合するからだ。そのため、日本の主力艦隊はアリューシャンではなく、ほぼ確実にマリアナ諸島に進出してくると考えていた。日本艦隊の進出を警戒するために、ハワイからミッドウェー経由でウェーク島まで海軍機を進出させていた。
ウェーク島まで進出した24機のTBFアベンジャーは、ローテーションを組んで島の西北西から南西方向の海域への偵察を開始した。ハワイを出港した友軍の艦隊が西へと進んで来る前から、日本艦隊がやってくる可能性を想定して、ウェークの西方海域の偵察を行っていた。その中の1機が小笠原方面から南下してくる第二航空艦隊の一部をレーダーで探知した。その情報はすぐにハワイの太平洋艦隊司令部に通報された。もちろん、太平洋を航行している友軍艦隊にも転電された。
……
新たな連合艦隊旗艦となった「大淀」は、横須賀から小笠原諸島近海まで南下してきていた。緊張した面持ちで黒島大佐が、索敵の報告にやってきた。
「潜水艦からの報告と索敵機の通報を合わせると、少なくとも北と南の2つの機動部隊が西に進んでいると判断できます。それぞれの部隊は2つの輪形陣を構成していて、3隻から4隻の空母を伴っているようです。これとは別に、グアムへの物資を輸送する船団が、護衛の艦艇も含んで後方を航行しているはずですから、少なくとも3つの大きな部隊が西へと中部太平洋を航行していると想定すべきです。我々のアリューシャ方面への誘引作戦にもかかわらず、アメリカ海軍は大兵力を中部太平洋に向けたことになります」
山本長官はすぐに決断した。
「グアム方面への侵攻が本命だったと考えて間違いないな。米軍が大規模な機動部隊を仕向けてきたならば、それをたたく。二航艦は、北の機動部隊に向かえ。南の艦隊は一航艦が攻撃せよ」
「長官、おそらくアメリカ艦隊は全力で向かってきています。真の主力同士の決戦になると考えます。督戦しますか?」
「もちろんだ。太平洋の制海権は、我が国が握っているということをアメリカに思い知らせてやるのだ。この戦いで我々が勝利すれば、それだけ米国との休戦は近くなるはずだ。米艦隊の情報とともに、私の言葉を伝えてくれ。硫黄島の深山も攻撃準備だ」
「硫黄島では20機以上の深山が展開しています。ほとんどの機体が作戦可能な状況になっているはずです」
「我々の艦隊とアメリカ軍が戦闘を開始する前に、後顧の憂いを断っておきたい。グアムの兵力への攻撃には、硫黄島の兵力に加えて小沢君の艦隊はあてにできるだろう?」
「一航艦は、マリアナ諸島に沿って南下する計画で、航行しています。現在は、硫黄島の南南東300海里(556km)あたりでしょう」
周りの参謀たちは黙り込んで、ごくりと唾を飲み込んだ。山本大将も意図的にゆっくりと命令した。
「諸君、中部太平洋の戦いの幕開けだ。一航艦と硫黄島の部隊にグアム攻撃を命令せよ。グアム島の次の目標はアメリカの2つの機動部隊だ。二航艦と一航艦にそれぞれ相手をする機動部隊を伝達せよ」
……
第一航空艦隊に連合艦隊司令部の命令が伝達された。電子参謀の武市少佐が解読したばかりの命令文を持ってきた。
「小沢中将、連合艦隊からの電文です。敵艦隊と戦う前に、グアムの基地を無力化せよとのことです。硫黄島の爆撃機も作戦に参加予定です」
「硫黄島の陸攻隊が爆撃に行っても、グアムの戦闘機が迎撃してくるだろう。戦闘機が上がってくれば、深山でも被害はばかにならないぞ」
小沢司令はしばらく、自分の言ったことを考えていた。
「なるほど、爆撃機だけの攻撃とならないように、我々にも作戦参加を指示してきたのか」
既に、参謀長の三和大佐も気づいていた。
「我々への要求は露払いですね。爆撃隊の被害が大きくならないように、グアムの戦闘機隊の足を止めろということです」
「そうであるならば、電探に探知されず隠密行動で接近できる機体がうってつけだな。奇襲攻撃により、航空基地の航空機を殲滅するぞ。作戦を成功させるためには、我々が先行する必要がある。ただちに攻撃の準備だ。三和大佐、深山がわずかに遅く攻撃するように硫黄島の爆撃隊と作戦時刻を調整してくれ」
一航戦の「赤城」と「加賀」に加えて五航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」から、36機の銀河が発進した。
……
1943年5月25日の早朝にグアム島は、日本軍機の攻撃を受けた。この島には北端と中部にそれぞれ小規模な飛行場が建設されていた。アメリカ合衆国が戦争を始めて以来、飛行場の拡張と基地の近代化は懸案事項であり続けたが、今まで思うように進んでいなかった。
太平洋の戦いで負け続きのアメリカ海軍は、日本の潜水艦や水上艦から攻撃を受けて、グアムへの物資輸送は思うようにはかどらなかった。そもそも物資の供給を艦隊やハワイ、ミッドウェーなどに優先せざるを得ないという事情もある。ウェークですら十分に補給を受けているとは言い難い。
しかも、アメリカはフィリピンを維持する必要があった。今のところ、太平洋の戦いには、たいした役割を果たしていないフィリピンには1万人を超える部隊が駐留している。スポンジのように本土からの物資を吸収し続けるフィリピンの存在が、太平洋の他のアメリカ統治地域に影響を与えていた。そんな理由で、グアム基地の拡張も配備された機体も、理想的な状態にはほど遠い中途半端な状態で止まっていた。基地の拡張が完了していないので、そもそも大型機が配備できていない。
グアム北端の北飛行場上空に飛行してきた奇妙な形の航空機には日の丸が描かれていた。銀河は爆弾倉内に3発の25番(250kg)爆弾を搭載していた。真っ先に滑走路手前の格納庫と駐機場に出ていた数機のP-38とP-40が狙われた。滑走路と周辺の倉庫にも爆弾が落ちた。基地周囲の燃料タンクも攻撃目標となった。赤い炎とともに真っ黒な煙が立ち上った。
同時期にグアム中部のアガナ飛行場にも、銀河が飛来して攻撃を始めていた。この基地では航空機を分散して配置していたが、爆弾防御ができる掩体壕の建設が間に合っていなかった。そのため近くに爆弾が落ちただけで航空機は破壊された。
グアム島守備隊の司令官であったマクミラン大佐にもすぐに報告が上がった。
報告をしてきた通信兵に怒鳴ったがどうにもならない。
「いったい、レーダーは故障しているのか? どうして、日本軍機を発見できなかったのか?」
「編隊による攻撃だったにもかかわらず、レーダーに反応が出なかったとのことです」
大佐は、基地から反撃を命じたが、完全に奇襲を受けた基地は、対空砲の射撃をする間もなく攻撃された。滑走路もやられたため、隠蔽していた戦闘機が残っていても数日間は離陸が不可能になった。
銀河の攻撃が終わってしばらくしてから高空を飛来してきたのが深山だった。北飛行場には、12機が飛来して合計48トンの爆弾を投下した。滑走路を中心として着弾した爆弾は基地を穴だらけにするとともに、まだ残っていた基地の格納庫や建物をバラバラにしてしまった。
グアム中央部のアガナ基地は、11機の深山により爆撃された。北飛行場と同じような被害を受けて、当面の間、基地としての活動は不可能になった。
……
二航艦を指揮している山口長官は、計算機搭載艦の「衣笠」を旗艦としていた。
前方を航行する第六航空戦隊は「伊勢」「日向」「扶桑」の3隻の空母を主力としていた。六航戦の空母の護衛には修理が完了した「金剛」と「霧島」「高雄」が随伴していた。「金剛」は「霧島」や「榛名」に続いて、誘導弾を搭載した防空戦艦に改修されていた。
更に二航艦には第四航空戦隊が所属していた。中心となる空母戦力は、「隼鷹」「飛鷹」「瑞鳳」「龍驤」だった。護衛には誘導弾搭載艦に改修された「榛名」と「比叡」「鳥海」が護衛していた。「比叡」も既に、誘導弾搭載艦への改造工事が終わっている。
山口中将が六航戦を先行させていたのは、3隻の空母に戦艦の船体が利用されていたからだ。これらの艦艇は、装甲板や多重の水雷防御区画を有する戦艦としての船体はそのままにして、空母に改修されたため、容易に沈むことはないと考えられた。
しかし、船体上部に追加された艦載機の格納庫と飛行甲板は工期短縮と重心上昇を避けるために、装甲防御されていなかった。従って、爆弾を1発、被弾しただけでも発着艦が不可能になる可能性がある。飛行甲板に穴が開けば、沈没しなくても空母としては戦力喪失だ。それでも、商船改造の「隼鷹」や「飛鷹」よりも格段に沈みにくいはずだ。
山口中将は、連合艦隊司令部からの命令を受ける前から、当然のようにミッドウェー南方からウェークを超えて西に進んでくる北側の機動部隊と戦うつもりだった。
「ところで、米艦隊の兵力をどの程度だと想定するかね?」
当然の質問だ。参謀長の伊藤中佐も、相手の兵力はかなり気になっていた。
「我々に向かってくる艦隊では、3隻の空母が目撃されています。計算機は、未発見の空母が存在していると推定しています。これは、南の別艦隊との戦力的なつり合いを考えた結果です。しかも、そのうちの2隻は大型空母だと判明しています。諜報情報にあった『ヨークタウン』型を上回る大型空母です。艦隊編制を基にして、計算機は米軍の艦載機数を、およそ280機から320機と推定しています」
「うむ、私も楽観的な考えはしない方が良いと思うぞ。米軍機の数を300機以上と想定することにより、作戦を考えよう」
新たに電子参謀に任命された石黒少佐が計算機の打ち出した用紙を持ってやってきた。
「計算機の想定している作戦案です。やはり、我が軍が保有する機材と誘導兵器の優位性を最大限生かした作戦になっています」
山口長官は、しばらく電子参謀の説明を聞いていた。
「銀河の編隊には、護衛は不要なのだな」
「ええ、電探に発見されないという特性を生かして、独立して行動します。但し、艦隊に接近すれば全翼機でも人間の目では発見されますので、別働の戦闘機隊を異なる方角から向かわせます。意図的に電探に発見されて、米軍の護衛戦闘機をそちらに誘引する作戦です。四航戦の攻撃隊は、銀河からやや遅れて突入します。誘導弾を使用することにより、危険な空域の飛行時間をできる限り減少させます。それと索敵機には天山に加えて銀河も出撃すべきと出ています」
「索敵をさせれば、敵の電探に発見されることなく、状況を報告できるということか」
山口中将は、石黒少佐が差し出した計算機が印字した用紙をしばらく読んでいた。
「作戦案を了承するぞ。しかし、このまま計算機が進歩すると、人間が考えることはほとんどなくなりそうだな」
伊藤参謀が強くうなずいた。
「私のような、参謀職が真っ先にお役御免になりますな。計算機よりもいい作戦を立案できなければ、まあそれもやむなしでしょうか」
「それも未来の話だろう。今は、参謀諸君の働きに大いに期待しているぞ。人間でなければできないことは数多くあるはずだ」
想定外の山口長官のまじめな言葉に、その場にいた司令部要員は全員が納得した。
潜水艦の報告から北側の艦隊が航行してくる概略位置は判明していた。その報告も参考にして、二航艦は、東から南南東の想定海域に20機偵察型天山と爆弾倉に増槽を装備した12機の銀河を発艦させた。索敵機の発艦作業が終了した直後に、入れ替わるように、三航戦の前方を航行していた「榛名」の電探が敵味方不明機を探知した。
「長官、『金剛』の電探が方位110度にアメリカ軍機を捉えました。逆探も反応しているので、電探を搭載した航空機です。電探により、我々も見つかった可能性が高いと思われます」
間もなく、上昇していった烈風改により日本艦隊に接近してきたTBFアベンジャーは撃墜された。しかし、撃墜される前に通信文を発信したのが、「榛名」からも傍受された。日本艦隊の位置を通報したと考えて間違いないだろう。友軍の偵察機が発した電文を受信した別のTBFが北東方向から飛行してきた。直衛の烈風改が向かうも、接近する前に逃げられてしまった。
「先手を取られたかもしれません。米海軍のアベンジャーに見つかりました。雷撃機に電探を搭載した機体です。艦載機なのか、島嶼の基地から飛来したのか不明です。ウェーク島には飛行場が設営されています。大型機の離着陸は難しいはずですが、単発機であれば十分運用できるはずです」
「過ぎたことは仕方がない、我々もできる限り早く敵艦隊の所在を特定するのだ」
……
第38.1任務群(TF38.1)のキンケイド中将に日本軍の動きを示す報告が入ってきていた。
参謀のウィルソン大佐が最新の状況を報告していた。
「我々の艦隊の近くから発信された無線を受信しています。残念ながら解読はできませんが、日本軍潜水艦の電文に間違いありません。南方の38.2任務群は4発機のリズ(深山)に発見されたとの報告があります。我々の動きは日本側に把握されていると考えるべきでしょう」
「これだけの大艦隊が行動しているのだ。グアムに接近するまで、発見されないとは考えられないだろう。ヤマモトは必ず仕掛けてくるはずだ。十分警戒してくれ」
キンケイド中将は、ハワイを出発する時、ニミッツ提督から日本軍は米軍のおびき出し作戦に気づいている兆候があると警告を受けていた。それが事実だと証明されつつあった。
しばらくして、ハワイの太平洋艦隊司令部から暗号電が入ってきた。
「オアフの司令部からです。ウェークを発信した偵察機が日本艦隊を発見しました。座標と艦隊編制についても情報があります。少なくとも4隻の空母を確認しています。しかも『コンゴウ』型と思われる戦艦が空母を護衛しています。しかし、我が艦隊からはまだ450マイル(724km)の距離があります」
「とにかく、攻撃隊の準備だ。全速で西に進んで、距離を詰めるぞ」
第38.1任務群は、西へと侵攻しながら偵察機を発艦させた。敵艦隊の情報は多ければ多いほどいい。距離を詰める間にも、偵察機により艦隊編制や位置に関して正確な情報を集めようとした。しかも、攻撃隊を偵察機が誘導できるならば、多少距離が離れていても攻撃可能となるからだ。中将は、先手を取って日本艦隊に攻撃隊を発進させることを考えていた。
キンケイドの艦隊は、多数の空母を2群の輪形陣に分けて航行していた。前方の艦隊には新鋭空母の「エセックス」と「レキシントンⅡ」が中心に位置していた。空母の周囲を新型戦艦の「アイオワ」に加えて重巡「ルイビル」、軽巡「モントビリア」「クリーブランド」、それに加えて多数の駆逐艦が護衛していた。キンケイドは通信能力の高い「アイオワ」を旗艦にしていた。
後方の艦隊は空母「レンジャー」と巡洋艦の船体を利用した軽空母の「インディペンデンス」が中心になっていた。周囲を護衛するのは、戦艦「アラバマ」と重巡「ボストン」「ペンサコラ」だった。
ウェークの偵察機が報告してきた座標が正確だったために、空母を発艦した偵察仕様のTBFアベンジャーもすぐに日本艦隊を発見できた。そのおかげで、日本艦隊の編制もすぐに通報されてきた。
航空参謀のモルトン大佐がキンケイドに攻撃隊の編制を説明しているところに、偵察機からの通報が入ってきた。
「2機のTBFが日本艦隊の位置を報告してきました。日本の機動部隊は、5隻以上の空母を2群に分けています。護衛艦には、複数の戦艦と巡洋艦が含まれています。1機のTBFは連絡が途切れたので、撃墜されたようです」
周りの参謀は、キンケイドの判断を待っていた。報告された位置からすると攻撃隊の飛行距離は410マイル(660km)程度だ。アメリカ艦隊が西に進み、日本艦隊が南東に航行しているので、時間とともに距離は縮まるだろう。
「やや距離があるが、攻撃隊を発進させる。先行している偵察機に誘導させてくれ。新型機の配備が進んだので、今までのように日本軍機に簡単にはやられないだろう」
4隻のアメリカ空母は、合計して108機の第一次攻撃隊を発進させた。
第一次攻撃隊:F6Fヘルキャット 24機、F4U-4コルセア 24機、SB2Cヘルダイバー 52機、TBFアベンジャー 8機
新たに配備されたF6Fヘルキャットのエンジンは水噴射付きのP&W2800だった。初期型から進歩したこの18気筒エンジンは、2,200馬力を発揮して。F6F-3を430マイル/時(692km/h)で飛行させた。改良型のF4U-4も2段過給機の18気筒エンジンで446マイル/時(718km/h)を達成していた。TBFアベンジャーには、レーダーと各種電子機器を搭載した偵察にも使われる機体が含まれていた。侵攻した後の速やかに日本艦隊を見つけるためと電子戦に対応するためだ。
長い期間の試験を終えて新たに配備された、SB2Cヘルダイバーは急降下爆撃機だったが、2000lb(907kg)までの爆弾に加えて、Mk.13魚雷も搭載できた。急降下爆撃機に魚雷も搭載できるので、運用の柔軟性は格段に向上している
……
二航艦の山口中将に米軍偵察機に接触されたとの報告が上がった。
「我が艦隊に複数の偵察機が接近してきました。1機は上空の戦闘機が撃墜しましたが、他は逃げられています。目撃報告によると、撃墜した機体はアベンジャーとのことです」
「索敵機が複数接近してくるということは、米軍との距離が詰まってきたということだな。間もなく米軍攻撃隊がやってくるぞ。最近の新型機は巡航速度が向上している。戦闘の展開がどんどん早くなっているから注意が必要だ」
「もちろん、その意見も参考にして、直衛の戦闘機を配備させますよ」
続いて、山口中将が待っていた報告が入ってきた。天山に各種電探を搭載した偵察機が米機動部隊を発見して、位置と編制を送ってきたのだ。
「我が艦隊から100度の方向、350海里(648km)に、西と東に2群に別れた艦隊を発見しました。空母4と戦艦2、巡洋艦多数が輪形陣を構成しています。潜水艦が発見した艦隊が西進してきたと推定します。我々が東進しているのに対して、米艦隊が西進しているので、距離はどんどん縮まっています」
山口中将はすぐに攻撃隊発進を命じた。
「攻撃隊は発艦だ。米軍から攻撃を受ける前に艦載機を発進させよ」
3隻の改装空母からなる第六航空戦隊は第一次攻撃隊を発進させた。「伊勢」型や「扶桑」は戦艦の船体の大きさを生かして、220mの長さで35mという幅広の飛行甲板を有していた。この広い飛行甲板のおかげで、攻撃隊の主力として銀河の運用が可能だった。作戦はパナマでも実行した銀河の攻撃隊と迎撃機を誘引する別行動の戦闘機隊の組み合わせだ。
六航戦第一次攻撃隊:銀河 40機
一次攻撃隊別働隊:烈風改 24機(全て単座型)、偵察型天山 4機(戦闘機隊の誘導)
しばらくして後方の第四航空戦隊からも攻撃隊が発進した。四航戦の空母は船体規模の制限から、攻撃機として流星を搭載していた。
四航戦第一次攻撃隊:烈風改 24機(単座型 14機、複座型 10機)、流星 24機、偵察型天山 4機
複座型の烈風は、今までの戦闘経験から電探を使用した夜間戦闘に加えて、烈風改に準ずる飛行性能から昼間でも十分通用することから有効性が見直されていた。しかも単座型の烈風改と同様のハ-43エンジンを装備して、355ノット(657km/h)の速度まで出せるようになっていた。まだ、戦闘機として十分通用する性能を確保していた。それに加えて、複座型烈風には新規配備の対空誘導弾を搭載しており、強力な戦力になると期待されていた。
第38.1任務群は、第一次攻撃隊の発進を完了させると、すぐに第二次攻撃隊の発艦準備を開始した。空母の戦いの原則に従って、格納庫から爆弾や魚雷を搭載し航空機を一掃するためだ。飛行甲板への被弾を考えると、危険物である弾薬とガソリンを積んでいる機体をできる限り早く発艦させて格納庫を空にしておきたい。
第二次攻撃隊:F6Fヘルキャット 24機、F4U-4コルセア 20機、SB2Cヘルダイバー 46機、TBFアベンジャー 30機
第二次攻撃隊もすぐに西方の日本艦隊に向けて飛行を開始した。
やや遅れて、西北西の日本艦隊も攻撃隊を発進させた。先に米軍の偵察機に発見された第二航空艦隊は急いで発艦させなければ、爆撃隊が艦内に残っている間に攻撃を受ける可能性がある。日本艦隊もまた空母の戦い方の原則に従っていた。
六航戦第二次攻撃隊:銀河 32機
四航戦第二次攻撃隊:烈風改 20機(単座型 12機、複座型 8機)、流星 20機、偵察型天山 4機
「日本海軍は我々がリークした情報に反応して、作戦の準備を開始しました。ヤマモトの艦隊は間違いなく全力で出撃するものと思われます。加えて、北太平洋の島嶼で陸海軍合同の上陸演習を実施しています」
「どうやら我々の北太平洋で作戦を実行するという欺瞞工作に反応したのだろう。諜報情報として、私のところにもアリューシャン列島を目標として上陸訓練を開始したとの情報が入っているぞ。確かに日本軍がアリューシャンを占領してしまえば北太平洋の交通には大きな障害になるから、納得できる作戦目標だ。我々もアリューシャンを手放すわけにはいかない。北太平洋の島に日本軍が上陸するならば、それは放置できない。アリューシャンへの侵攻も阻止する必要がある」
「グアム島への作戦を延期することは不可能ですか? 南北で並行して作戦を実施するとなると、我々は艦隊を分割しなければなりません。日本がアリューシャンに侵攻するならば、全力でそれを攻撃すべきだと思います」
合衆国艦隊司令長官のキングにもミニッツの言いたいことはよくわかった。
「グアム作戦を要求したのはスターリンだ。それを延期すれば、アメリカとソ連の関係にも影響を及ぼすだろう。既にこの作戦は、大統領が承認した政治的な作戦になっているのだ」
ニミッツ大将はしばらく黙っていたが、意を決して話し始めた。
「日本軍がアリューシャン列島で攻勢を仕掛けるというのは、オーストラリアから通知された情報ですよね。日本がオーストラリアやニュージーランドに対して情報を与えれば、我が国にそれが漏れるというのは、かなり容易に想定できます。私は、意図的に日本が情報を漏らしてきたと考えています。つまり、北太平洋を侵攻するという我々のおとり作戦をわかった上で、それを逆手に取った欺瞞作戦を仕掛けてきているという推定です」
ニミッツは会話の途中で、会議室に入ってきたレントン中佐からメモを受け取った。もちろん、重大な内容でない限り、中佐も会議途中で入ってくるようなことはない。一瞥して、すぐに顔色が変わる。
「太平洋艦隊情報参謀のレントン中佐の暗号解読情報です。ヤマモトの艦隊は南方作戦のための物資を調達しています。北方向けの装備は限られた艦艇のみにして、主力の空母は南方で行動することを前提とした準備を開始したとのことです」
「その情報はどこからもたらされたのかね? 信用してよいのか?」
「出所は、信頼できるところです。ペンシルベニア大学のコンピュータチームからの情報です。我が国もコンピュータによる日本軍暗号の解読を、かなり強力に推進していました。コンピュータはしばらく前から本格的に稼働していますので、その成果として解読できた情報です。但し、日本軍は定期的に暗号を更新するようになっているので、来週になれば再び解読は不可能になるでしょう」
キング長官は少し考え込んでいた。
「アリューシャンへの侵攻が日本の欺瞞ならば、我々の艦隊を北方に向けるのは不可能だ。日本海軍が全力でグアムの輸送船団を攻撃するならば、我々もそれに対抗する必要がある。暗号解読の結果が確かならば、むしろ我々はグアムに主力を向けなければならない」
「私は、暗号解読の結果と他国に対する日本の行動の不自然さから、北太平洋の攻略は日本のおとり作戦だと考えます」
キング長官とニミッツ大将は作戦についてどのようにすべきか話し合った。最終的にキングもグアムに向けた艦隊兵力を重視することに賛成した。コンピュータによる暗号解読結果を信じることにしたのだ。
「これで、我々の推定が間違っていれば、間違いなく二人とも左遷だな」
「ええ、それでも中途半端に北と南に兵力を二分割すれば、兵力を分散させるという日本海軍の思うつぼです。一つにかけるしか、我々にとっての勝機はありません」
日本軍のダッチハーバー攻撃以降、アリューシャン列島に配備されている兵力は大幅に強化されていた。それを前提とすれば、日本軍が上陸作戦を実施しても時間稼ぎくらいはしてくれるだろうという読みもある。
……
第3潜水隊司令部からの指示に従って、「伊21」がミッドウェーとウェークの中間線あたりの海域に展開してから数日が過ぎていた。アメリカ艦隊がハワイ方面から西へと進んでくるのを警戒して、ほかにも10隻以上の潜水艦が南北に列状に並ぶように、哨戒線を構築しているはずだ。
今までは木材などの漂流物が引っかかっただけだったが、哨戒任務についてから、6日後の5月24日になってついに本物の艦隊を探知した。
「逆探に感あり。短波長電波。周波数はアメリカ艦隊の電探に該当します。方位は北北東」
電探の電波を探知したということは、このまま海上を航行していれば電探に発見されるということだ。但し、逆探が電波を受信しても、その反射波が送信側で検知されるまでにはまだ少し余裕がある。目標で反射した電波が送信側に届くまでにも電波は弱くなるからだ。
稲田艦長は、まずは自分の目と耳で確認しようとした。
「見張り員、北北東に何か見えないか? 聴音員、音響では探知できるか?」
しかし、誰からも発見の報告はなかった。艦長はいくつかの可能性について考えていた。自分がアメリカ軍の司令官の立場であれば、この海域では潜水艦を警戒するはずだ。見張りが何も見つけられないのに電探の電波を受信したということは、航空機の可能性が高い。ミッドウェー島か空母かはわからないが、潜水艦を警戒して哨戒機を発進させることは十分考えられる。
「潜航する。このままでは、哨戒機に発見されるおそれがある。戦闘配備だ」
しばらくして、聴音手が報告した。
「かなり遠いですが、爆雷のような水中爆発音を探知。方位は、北東」
後ろで聞いていた、岡本航海長が小さな声で艦長に話しかけてきた。
「爆雷音だとすると、友軍の潜水艦が攻撃されているのかもしれません」
稲田中佐もさもありなんと思って、黙ってうなずいた。しばらくして聴音手が再び報告した。
「複数の航行音を探知。北東。強度は弱い」
「わかった。我が艦の北側を通り抜けようとしているのだな。距離はまだ遠いということか」
しばらくして、稲田中佐は潜望鏡で確認することにした。報告するにしても、米艦隊の編制を把握しておきたい。
「潜望鏡深度まで浮上。海上の艦隊を確認する」
ゆっくりと海中を上がっていった「伊21」は、一度だけ潜望鏡を海面に上げた。艦長はぐるりと周囲を確認してから、東北から北の範囲に潜望鏡を向けて詳しく観察した。
すぐに潜望鏡を下げる。
「急速潜航。100mまでだ」
航海長と水雷長が黙って艦長を見ている。
「北東方向に巡洋艦1、駆逐艦2、更に遠方に空母2、戦艦1。空母は艦橋後方に煙突のある大型艦だ。東方の遠方には艦船の煙が見えた。後方に艦隊がまだ続いているということだ」
ごくりとのどを動かして、水雷長の大野大尉が話しかけた。
「大規模な機動部隊ですね。このままやり過ごすのですか?」
「ああ、本格的な艦隊に間違いない。残念だが、我々の任務は索敵だ。敵機動部隊の報告を優先する。しかも雷撃するには酸素魚雷でもいささか遠すぎる」
「伊21」は、2時間程やり過ごした後に、浮上してからアメリカ艦隊発見を報告した。視認したのは2隻の空母だったが、聴音から後続艦にも大型の4軸艦が複数含まれているのは確実だったので、2つの輪形陣が西に向かっているとして報告した。
……
本土の基地から硫黄島の千鳥飛行場へと移動していた深山は、連日東南方向の海上へと飛行していた。もちろん本土から飛来したのは1機だけではない。硫黄島基地には、千鳥と元山の2ヶ所の飛行場を拡張した時に格納庫や航空機の整備機器も配備していた。更に、多数の機体を運用できる量の燃料や物資を備蓄していた。たとえ、二桁の深山が配備されても運用可能な本格的な基地に変わっていたのだ。
潜水艦からの探知情報により、マリアナ諸島方面への米艦隊の来襲が確実となった。先手を打って敵艦隊を発見すべく、硫黄島を発進する索敵機の数を倍増して、想定海域への哨戒を実施していた。5月27日も8機の深山が硫黄島からウェークとビキニを頂点とした三角形を含む扇型の海域を捜索していた。
偵察装備で爆弾倉内に増槽を装備した深山は、3,000海里(5,556km)以上の航続距離を有する。ウェーク島の北方海域から南方までの遠距離哨戒ができた。さすがに米軍の戦闘機が配備されているウェークの近傍は避けているが、南方のブラウン環礁やビキニ環礁のあたりまで捜索が可能だった。
近藤中尉の偵察装備の深山は、ビキニ環礁の北側まで進出していた。命令された哨戒域の南端近くで、探していた相手に出くわした。
「電探に感あり。北東25海里(46km)」
「北東に機首を向けよ。戦闘機が来るかもしれん。各銃座は周囲を警戒」
機首の爆撃手席から、双眼鏡を使って前方を捜索していた新井一飛曹が叫んだ。
「前方に、複数の艦艇。巡洋艦2、空母3、駆逐艦多数が見えます」
中尉もすぐに言われた方向に水上艦隊を見つけた。確かに空母が3隻見える。海上を確認している間に後方からも、更に1隻の空母が東方から現われた。並んで航行していると大きさの違いがよくわかる。その中の3隻は明らかに大型空母だ。
「大艦隊じゃないか。それも2つの輪形陣だ。すぐに、アメリカ機動部隊発見を打電してくれ」
打電を始めたところで、電探員の江原上飛曹が叫んだ。
「対空電探が航空機を探知。20海里(37km)。11時方向からこちらに接近してきます」
反射的に近藤中尉は退避を命令した。
「全エンジン水噴射。北西に機首を向けよ」
深山は、急旋回で北西に機首を向けた。偵察型深山は、電子制御の排気タービン付きの誉エンジンに水・メタノール噴射を併用したおかげで、最大速度は320ノット(593km/h)以上の速度に達していた。これでも戦闘機の方が優速だが、距離を詰めるまでには、10分以上かかるだろう。
すぐに、電探の探知を裏付けるように、後部銃座から報告が上がってきた。
「後方に戦闘機の編隊を視認。こちらに向かってきます」
深山はエンジン全開で、どんどん北東へと飛行していた。再度報告が上がってくる。
「戦闘機が遠ざかります。母艦に戻るようです」
近藤中尉はため息をついた。かなり、危ないところだった。直衛機が艦隊からあまりに離れるのを、ためらったおかげで救われた。中尉は、気持ちを切り替えて新たに命令を発した。それは、機内の全員が想定していた命令だった。
「基地に大至急連絡だ。艦隊の進む方向と編制を通報せよ」
……
ニミッツ長官は、コンピュータによる解読情報を信じていた。他の情報とも論理的に整合するからだ。そのため、日本の主力艦隊はアリューシャンではなく、ほぼ確実にマリアナ諸島に進出してくると考えていた。日本艦隊の進出を警戒するために、ハワイからミッドウェー経由でウェーク島まで海軍機を進出させていた。
ウェーク島まで進出した24機のTBFアベンジャーは、ローテーションを組んで島の西北西から南西方向の海域への偵察を開始した。ハワイを出港した友軍の艦隊が西へと進んで来る前から、日本艦隊がやってくる可能性を想定して、ウェークの西方海域の偵察を行っていた。その中の1機が小笠原方面から南下してくる第二航空艦隊の一部をレーダーで探知した。その情報はすぐにハワイの太平洋艦隊司令部に通報された。もちろん、太平洋を航行している友軍艦隊にも転電された。
……
新たな連合艦隊旗艦となった「大淀」は、横須賀から小笠原諸島近海まで南下してきていた。緊張した面持ちで黒島大佐が、索敵の報告にやってきた。
「潜水艦からの報告と索敵機の通報を合わせると、少なくとも北と南の2つの機動部隊が西に進んでいると判断できます。それぞれの部隊は2つの輪形陣を構成していて、3隻から4隻の空母を伴っているようです。これとは別に、グアムへの物資を輸送する船団が、護衛の艦艇も含んで後方を航行しているはずですから、少なくとも3つの大きな部隊が西へと中部太平洋を航行していると想定すべきです。我々のアリューシャ方面への誘引作戦にもかかわらず、アメリカ海軍は大兵力を中部太平洋に向けたことになります」
山本長官はすぐに決断した。
「グアム方面への侵攻が本命だったと考えて間違いないな。米軍が大規模な機動部隊を仕向けてきたならば、それをたたく。二航艦は、北の機動部隊に向かえ。南の艦隊は一航艦が攻撃せよ」
「長官、おそらくアメリカ艦隊は全力で向かってきています。真の主力同士の決戦になると考えます。督戦しますか?」
「もちろんだ。太平洋の制海権は、我が国が握っているということをアメリカに思い知らせてやるのだ。この戦いで我々が勝利すれば、それだけ米国との休戦は近くなるはずだ。米艦隊の情報とともに、私の言葉を伝えてくれ。硫黄島の深山も攻撃準備だ」
「硫黄島では20機以上の深山が展開しています。ほとんどの機体が作戦可能な状況になっているはずです」
「我々の艦隊とアメリカ軍が戦闘を開始する前に、後顧の憂いを断っておきたい。グアムの兵力への攻撃には、硫黄島の兵力に加えて小沢君の艦隊はあてにできるだろう?」
「一航艦は、マリアナ諸島に沿って南下する計画で、航行しています。現在は、硫黄島の南南東300海里(556km)あたりでしょう」
周りの参謀たちは黙り込んで、ごくりと唾を飲み込んだ。山本大将も意図的にゆっくりと命令した。
「諸君、中部太平洋の戦いの幕開けだ。一航艦と硫黄島の部隊にグアム攻撃を命令せよ。グアム島の次の目標はアメリカの2つの機動部隊だ。二航艦と一航艦にそれぞれ相手をする機動部隊を伝達せよ」
……
第一航空艦隊に連合艦隊司令部の命令が伝達された。電子参謀の武市少佐が解読したばかりの命令文を持ってきた。
「小沢中将、連合艦隊からの電文です。敵艦隊と戦う前に、グアムの基地を無力化せよとのことです。硫黄島の爆撃機も作戦に参加予定です」
「硫黄島の陸攻隊が爆撃に行っても、グアムの戦闘機が迎撃してくるだろう。戦闘機が上がってくれば、深山でも被害はばかにならないぞ」
小沢司令はしばらく、自分の言ったことを考えていた。
「なるほど、爆撃機だけの攻撃とならないように、我々にも作戦参加を指示してきたのか」
既に、参謀長の三和大佐も気づいていた。
「我々への要求は露払いですね。爆撃隊の被害が大きくならないように、グアムの戦闘機隊の足を止めろということです」
「そうであるならば、電探に探知されず隠密行動で接近できる機体がうってつけだな。奇襲攻撃により、航空基地の航空機を殲滅するぞ。作戦を成功させるためには、我々が先行する必要がある。ただちに攻撃の準備だ。三和大佐、深山がわずかに遅く攻撃するように硫黄島の爆撃隊と作戦時刻を調整してくれ」
一航戦の「赤城」と「加賀」に加えて五航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」から、36機の銀河が発進した。
……
1943年5月25日の早朝にグアム島は、日本軍機の攻撃を受けた。この島には北端と中部にそれぞれ小規模な飛行場が建設されていた。アメリカ合衆国が戦争を始めて以来、飛行場の拡張と基地の近代化は懸案事項であり続けたが、今まで思うように進んでいなかった。
太平洋の戦いで負け続きのアメリカ海軍は、日本の潜水艦や水上艦から攻撃を受けて、グアムへの物資輸送は思うようにはかどらなかった。そもそも物資の供給を艦隊やハワイ、ミッドウェーなどに優先せざるを得ないという事情もある。ウェークですら十分に補給を受けているとは言い難い。
しかも、アメリカはフィリピンを維持する必要があった。今のところ、太平洋の戦いには、たいした役割を果たしていないフィリピンには1万人を超える部隊が駐留している。スポンジのように本土からの物資を吸収し続けるフィリピンの存在が、太平洋の他のアメリカ統治地域に影響を与えていた。そんな理由で、グアム基地の拡張も配備された機体も、理想的な状態にはほど遠い中途半端な状態で止まっていた。基地の拡張が完了していないので、そもそも大型機が配備できていない。
グアム北端の北飛行場上空に飛行してきた奇妙な形の航空機には日の丸が描かれていた。銀河は爆弾倉内に3発の25番(250kg)爆弾を搭載していた。真っ先に滑走路手前の格納庫と駐機場に出ていた数機のP-38とP-40が狙われた。滑走路と周辺の倉庫にも爆弾が落ちた。基地周囲の燃料タンクも攻撃目標となった。赤い炎とともに真っ黒な煙が立ち上った。
同時期にグアム中部のアガナ飛行場にも、銀河が飛来して攻撃を始めていた。この基地では航空機を分散して配置していたが、爆弾防御ができる掩体壕の建設が間に合っていなかった。そのため近くに爆弾が落ちただけで航空機は破壊された。
グアム島守備隊の司令官であったマクミラン大佐にもすぐに報告が上がった。
報告をしてきた通信兵に怒鳴ったがどうにもならない。
「いったい、レーダーは故障しているのか? どうして、日本軍機を発見できなかったのか?」
「編隊による攻撃だったにもかかわらず、レーダーに反応が出なかったとのことです」
大佐は、基地から反撃を命じたが、完全に奇襲を受けた基地は、対空砲の射撃をする間もなく攻撃された。滑走路もやられたため、隠蔽していた戦闘機が残っていても数日間は離陸が不可能になった。
銀河の攻撃が終わってしばらくしてから高空を飛来してきたのが深山だった。北飛行場には、12機が飛来して合計48トンの爆弾を投下した。滑走路を中心として着弾した爆弾は基地を穴だらけにするとともに、まだ残っていた基地の格納庫や建物をバラバラにしてしまった。
グアム中央部のアガナ基地は、11機の深山により爆撃された。北飛行場と同じような被害を受けて、当面の間、基地としての活動は不可能になった。
……
二航艦を指揮している山口長官は、計算機搭載艦の「衣笠」を旗艦としていた。
前方を航行する第六航空戦隊は「伊勢」「日向」「扶桑」の3隻の空母を主力としていた。六航戦の空母の護衛には修理が完了した「金剛」と「霧島」「高雄」が随伴していた。「金剛」は「霧島」や「榛名」に続いて、誘導弾を搭載した防空戦艦に改修されていた。
更に二航艦には第四航空戦隊が所属していた。中心となる空母戦力は、「隼鷹」「飛鷹」「瑞鳳」「龍驤」だった。護衛には誘導弾搭載艦に改修された「榛名」と「比叡」「鳥海」が護衛していた。「比叡」も既に、誘導弾搭載艦への改造工事が終わっている。
山口中将が六航戦を先行させていたのは、3隻の空母に戦艦の船体が利用されていたからだ。これらの艦艇は、装甲板や多重の水雷防御区画を有する戦艦としての船体はそのままにして、空母に改修されたため、容易に沈むことはないと考えられた。
しかし、船体上部に追加された艦載機の格納庫と飛行甲板は工期短縮と重心上昇を避けるために、装甲防御されていなかった。従って、爆弾を1発、被弾しただけでも発着艦が不可能になる可能性がある。飛行甲板に穴が開けば、沈没しなくても空母としては戦力喪失だ。それでも、商船改造の「隼鷹」や「飛鷹」よりも格段に沈みにくいはずだ。
山口中将は、連合艦隊司令部からの命令を受ける前から、当然のようにミッドウェー南方からウェークを超えて西に進んでくる北側の機動部隊と戦うつもりだった。
「ところで、米艦隊の兵力をどの程度だと想定するかね?」
当然の質問だ。参謀長の伊藤中佐も、相手の兵力はかなり気になっていた。
「我々に向かってくる艦隊では、3隻の空母が目撃されています。計算機は、未発見の空母が存在していると推定しています。これは、南の別艦隊との戦力的なつり合いを考えた結果です。しかも、そのうちの2隻は大型空母だと判明しています。諜報情報にあった『ヨークタウン』型を上回る大型空母です。艦隊編制を基にして、計算機は米軍の艦載機数を、およそ280機から320機と推定しています」
「うむ、私も楽観的な考えはしない方が良いと思うぞ。米軍機の数を300機以上と想定することにより、作戦を考えよう」
新たに電子参謀に任命された石黒少佐が計算機の打ち出した用紙を持ってやってきた。
「計算機の想定している作戦案です。やはり、我が軍が保有する機材と誘導兵器の優位性を最大限生かした作戦になっています」
山口長官は、しばらく電子参謀の説明を聞いていた。
「銀河の編隊には、護衛は不要なのだな」
「ええ、電探に発見されないという特性を生かして、独立して行動します。但し、艦隊に接近すれば全翼機でも人間の目では発見されますので、別働の戦闘機隊を異なる方角から向かわせます。意図的に電探に発見されて、米軍の護衛戦闘機をそちらに誘引する作戦です。四航戦の攻撃隊は、銀河からやや遅れて突入します。誘導弾を使用することにより、危険な空域の飛行時間をできる限り減少させます。それと索敵機には天山に加えて銀河も出撃すべきと出ています」
「索敵をさせれば、敵の電探に発見されることなく、状況を報告できるということか」
山口中将は、石黒少佐が差し出した計算機が印字した用紙をしばらく読んでいた。
「作戦案を了承するぞ。しかし、このまま計算機が進歩すると、人間が考えることはほとんどなくなりそうだな」
伊藤参謀が強くうなずいた。
「私のような、参謀職が真っ先にお役御免になりますな。計算機よりもいい作戦を立案できなければ、まあそれもやむなしでしょうか」
「それも未来の話だろう。今は、参謀諸君の働きに大いに期待しているぞ。人間でなければできないことは数多くあるはずだ」
想定外の山口長官のまじめな言葉に、その場にいた司令部要員は全員が納得した。
潜水艦の報告から北側の艦隊が航行してくる概略位置は判明していた。その報告も参考にして、二航艦は、東から南南東の想定海域に20機偵察型天山と爆弾倉に増槽を装備した12機の銀河を発艦させた。索敵機の発艦作業が終了した直後に、入れ替わるように、三航戦の前方を航行していた「榛名」の電探が敵味方不明機を探知した。
「長官、『金剛』の電探が方位110度にアメリカ軍機を捉えました。逆探も反応しているので、電探を搭載した航空機です。電探により、我々も見つかった可能性が高いと思われます」
間もなく、上昇していった烈風改により日本艦隊に接近してきたTBFアベンジャーは撃墜された。しかし、撃墜される前に通信文を発信したのが、「榛名」からも傍受された。日本艦隊の位置を通報したと考えて間違いないだろう。友軍の偵察機が発した電文を受信した別のTBFが北東方向から飛行してきた。直衛の烈風改が向かうも、接近する前に逃げられてしまった。
「先手を取られたかもしれません。米海軍のアベンジャーに見つかりました。雷撃機に電探を搭載した機体です。艦載機なのか、島嶼の基地から飛来したのか不明です。ウェーク島には飛行場が設営されています。大型機の離着陸は難しいはずですが、単発機であれば十分運用できるはずです」
「過ぎたことは仕方がない、我々もできる限り早く敵艦隊の所在を特定するのだ」
……
第38.1任務群(TF38.1)のキンケイド中将に日本軍の動きを示す報告が入ってきていた。
参謀のウィルソン大佐が最新の状況を報告していた。
「我々の艦隊の近くから発信された無線を受信しています。残念ながら解読はできませんが、日本軍潜水艦の電文に間違いありません。南方の38.2任務群は4発機のリズ(深山)に発見されたとの報告があります。我々の動きは日本側に把握されていると考えるべきでしょう」
「これだけの大艦隊が行動しているのだ。グアムに接近するまで、発見されないとは考えられないだろう。ヤマモトは必ず仕掛けてくるはずだ。十分警戒してくれ」
キンケイド中将は、ハワイを出発する時、ニミッツ提督から日本軍は米軍のおびき出し作戦に気づいている兆候があると警告を受けていた。それが事実だと証明されつつあった。
しばらくして、ハワイの太平洋艦隊司令部から暗号電が入ってきた。
「オアフの司令部からです。ウェークを発信した偵察機が日本艦隊を発見しました。座標と艦隊編制についても情報があります。少なくとも4隻の空母を確認しています。しかも『コンゴウ』型と思われる戦艦が空母を護衛しています。しかし、我が艦隊からはまだ450マイル(724km)の距離があります」
「とにかく、攻撃隊の準備だ。全速で西に進んで、距離を詰めるぞ」
第38.1任務群は、西へと侵攻しながら偵察機を発艦させた。敵艦隊の情報は多ければ多いほどいい。距離を詰める間にも、偵察機により艦隊編制や位置に関して正確な情報を集めようとした。しかも、攻撃隊を偵察機が誘導できるならば、多少距離が離れていても攻撃可能となるからだ。中将は、先手を取って日本艦隊に攻撃隊を発進させることを考えていた。
キンケイドの艦隊は、多数の空母を2群の輪形陣に分けて航行していた。前方の艦隊には新鋭空母の「エセックス」と「レキシントンⅡ」が中心に位置していた。空母の周囲を新型戦艦の「アイオワ」に加えて重巡「ルイビル」、軽巡「モントビリア」「クリーブランド」、それに加えて多数の駆逐艦が護衛していた。キンケイドは通信能力の高い「アイオワ」を旗艦にしていた。
後方の艦隊は空母「レンジャー」と巡洋艦の船体を利用した軽空母の「インディペンデンス」が中心になっていた。周囲を護衛するのは、戦艦「アラバマ」と重巡「ボストン」「ペンサコラ」だった。
ウェークの偵察機が報告してきた座標が正確だったために、空母を発艦した偵察仕様のTBFアベンジャーもすぐに日本艦隊を発見できた。そのおかげで、日本艦隊の編制もすぐに通報されてきた。
航空参謀のモルトン大佐がキンケイドに攻撃隊の編制を説明しているところに、偵察機からの通報が入ってきた。
「2機のTBFが日本艦隊の位置を報告してきました。日本の機動部隊は、5隻以上の空母を2群に分けています。護衛艦には、複数の戦艦と巡洋艦が含まれています。1機のTBFは連絡が途切れたので、撃墜されたようです」
周りの参謀は、キンケイドの判断を待っていた。報告された位置からすると攻撃隊の飛行距離は410マイル(660km)程度だ。アメリカ艦隊が西に進み、日本艦隊が南東に航行しているので、時間とともに距離は縮まるだろう。
「やや距離があるが、攻撃隊を発進させる。先行している偵察機に誘導させてくれ。新型機の配備が進んだので、今までのように日本軍機に簡単にはやられないだろう」
4隻のアメリカ空母は、合計して108機の第一次攻撃隊を発進させた。
第一次攻撃隊:F6Fヘルキャット 24機、F4U-4コルセア 24機、SB2Cヘルダイバー 52機、TBFアベンジャー 8機
新たに配備されたF6Fヘルキャットのエンジンは水噴射付きのP&W2800だった。初期型から進歩したこの18気筒エンジンは、2,200馬力を発揮して。F6F-3を430マイル/時(692km/h)で飛行させた。改良型のF4U-4も2段過給機の18気筒エンジンで446マイル/時(718km/h)を達成していた。TBFアベンジャーには、レーダーと各種電子機器を搭載した偵察にも使われる機体が含まれていた。侵攻した後の速やかに日本艦隊を見つけるためと電子戦に対応するためだ。
長い期間の試験を終えて新たに配備された、SB2Cヘルダイバーは急降下爆撃機だったが、2000lb(907kg)までの爆弾に加えて、Mk.13魚雷も搭載できた。急降下爆撃機に魚雷も搭載できるので、運用の柔軟性は格段に向上している
……
二航艦の山口中将に米軍偵察機に接触されたとの報告が上がった。
「我が艦隊に複数の偵察機が接近してきました。1機は上空の戦闘機が撃墜しましたが、他は逃げられています。目撃報告によると、撃墜した機体はアベンジャーとのことです」
「索敵機が複数接近してくるということは、米軍との距離が詰まってきたということだな。間もなく米軍攻撃隊がやってくるぞ。最近の新型機は巡航速度が向上している。戦闘の展開がどんどん早くなっているから注意が必要だ」
「もちろん、その意見も参考にして、直衛の戦闘機を配備させますよ」
続いて、山口中将が待っていた報告が入ってきた。天山に各種電探を搭載した偵察機が米機動部隊を発見して、位置と編制を送ってきたのだ。
「我が艦隊から100度の方向、350海里(648km)に、西と東に2群に別れた艦隊を発見しました。空母4と戦艦2、巡洋艦多数が輪形陣を構成しています。潜水艦が発見した艦隊が西進してきたと推定します。我々が東進しているのに対して、米艦隊が西進しているので、距離はどんどん縮まっています」
山口中将はすぐに攻撃隊発進を命じた。
「攻撃隊は発艦だ。米軍から攻撃を受ける前に艦載機を発進させよ」
3隻の改装空母からなる第六航空戦隊は第一次攻撃隊を発進させた。「伊勢」型や「扶桑」は戦艦の船体の大きさを生かして、220mの長さで35mという幅広の飛行甲板を有していた。この広い飛行甲板のおかげで、攻撃隊の主力として銀河の運用が可能だった。作戦はパナマでも実行した銀河の攻撃隊と迎撃機を誘引する別行動の戦闘機隊の組み合わせだ。
六航戦第一次攻撃隊:銀河 40機
一次攻撃隊別働隊:烈風改 24機(全て単座型)、偵察型天山 4機(戦闘機隊の誘導)
しばらくして後方の第四航空戦隊からも攻撃隊が発進した。四航戦の空母は船体規模の制限から、攻撃機として流星を搭載していた。
四航戦第一次攻撃隊:烈風改 24機(単座型 14機、複座型 10機)、流星 24機、偵察型天山 4機
複座型の烈風は、今までの戦闘経験から電探を使用した夜間戦闘に加えて、烈風改に準ずる飛行性能から昼間でも十分通用することから有効性が見直されていた。しかも単座型の烈風改と同様のハ-43エンジンを装備して、355ノット(657km/h)の速度まで出せるようになっていた。まだ、戦闘機として十分通用する性能を確保していた。それに加えて、複座型烈風には新規配備の対空誘導弾を搭載しており、強力な戦力になると期待されていた。
第38.1任務群は、第一次攻撃隊の発進を完了させると、すぐに第二次攻撃隊の発艦準備を開始した。空母の戦いの原則に従って、格納庫から爆弾や魚雷を搭載し航空機を一掃するためだ。飛行甲板への被弾を考えると、危険物である弾薬とガソリンを積んでいる機体をできる限り早く発艦させて格納庫を空にしておきたい。
第二次攻撃隊:F6Fヘルキャット 24機、F4U-4コルセア 20機、SB2Cヘルダイバー 46機、TBFアベンジャー 30機
第二次攻撃隊もすぐに西方の日本艦隊に向けて飛行を開始した。
やや遅れて、西北西の日本艦隊も攻撃隊を発進させた。先に米軍の偵察機に発見された第二航空艦隊は急いで発艦させなければ、爆撃隊が艦内に残っている間に攻撃を受ける可能性がある。日本艦隊もまた空母の戦い方の原則に従っていた。
六航戦第二次攻撃隊:銀河 32機
四航戦第二次攻撃隊:烈風改 20機(単座型 12機、複座型 8機)、流星 20機、偵察型天山 4機
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