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第20章 中部太平洋作戦
20.6章 マリアナ沖海戦3
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アメリカ機動部隊の南側にレーダーピケット艦として配備されていた「フィッチ」が全翼機を発見したとの報告は、すぐに第38.1任務群の司令部に上がった。キンゲイド中将は、上空の護衛戦闘機を日本編隊の迎撃に向けると共に、レーダーに映りにくい航空機に対する監視を厳重にするように各艦に通知した。
遠距離では電波反射が少ない銀河も、接近すればレーダーで探知される可能性が増加する。艦隊の南西側を航行していた「アイオワ」のレーダー手は、小さな反射波を見逃さなかった。戦艦の高いマスト頂部に装備されているSK-2レーダーは他の艦艇よりも条件が良好だった。しかも、経験豊かなレーダー手は、ノイズの中からいくつかの小さな反射波を飛行中の物体だと判断して報告した。
艦隊司令部からの指示により、一旦、北方に飛行していた上空警戒のF4Uが、西南方向から低高度を飛んでくる矢じり型の機体に向けて戻り始めた。
「アイオワ」のCIC(戦闘指揮所)では、艦長のマクリー大佐がキンゲイド中将に向かって叫んでいた。
「間もなく、日本軍のフランシスは、対空砲の射程範囲に入ります」
キンケイド長官には、艦長の言いたいことが良く分かった。戦闘機の攻撃を先に行うのか、それとも対空砲の射撃を開始するのか判断してくれと言っているのだ。対空砲を射撃するならば、すぐにも上空の友軍機を退避させなければならない。
キンケイドは、マクリー艦長に向けて片手を広げた。
「5分だ。上空の戦闘機隊に5分間の時間を与える。その間に日本軍機を攻撃してくれ。5分経過したら対空砲の射撃開始だ」
主任参謀のウィルソン大佐と航空参謀のモルトン大佐が、走っていった。艦隊の各艦と上空の戦闘機隊に司令部の決定を伝えなければならない。
F4Uに搭乗していたボイントン少佐は、操縦席の中で毒づいていた。
(いったい、司令部の連中は何をしているんだ。日本軍のおとりに引っかかって、上空を右往左往したのは我々なんだぞ)
しかし、少佐の部隊は、短時間でできるだけのことはやった。とにかく下方に見えてきた機体への攻撃態勢をとった。今頃になって、防空指揮官は5分間だけは、攻撃を許可するなどと言ってきた。
「ボイントンだ。我々に与えられた時間は5分だ。それ以降は対空砲の射撃が始まる。5分が過ぎたら艦隊の上空から退避せよ」
ボイントン機は、話しながらも背面になって低空を飛行する全翼機を眼下に見ながら垂直降下すると、日本軍機のやや後方で急激に機体を引き起こした。猛烈なGがかかると同時に主翼端が、水上機の白い筋を引いた。奇妙な形の双発機の後方でうまく機首を水平に戻すと、6挺の12.7mm機銃で射撃した。全翼機の右翼あたりで、破片が飛び散る。もう一度射撃すると炎が噴き出して、海面に向けて墜落していった。
他にも誰かが、日本軍機を撃墜したようだ。無線でフライイングブーメランを撃墜したと叫んでいるのが聞こえてきた。
……
江草少佐の目の前にアメリカ艦隊が見えてきた。後席の石井少尉が声を上げた。
「左翼側に煙が立ち上っています」
少佐は、東西に広がって飛行していた編隊から東側の友軍機がやられたのだとすぐにわかった。しかもよく見ると二筋の煙が見える。敵味方はわからないが、2機以上が撃墜されたということだ。
発見されたのは確実なので、これ以上の無線封止は意味がない。江草少佐は、アメリカ艦隊への突入命令を発した。
「無線封止を解除する。全機、突撃せよ」
銀河は高度を下げると、対空砲火を避けるために機体を激しく左右に滑らせながら、輪形陣を構成している艦艇の間の隙間を通り抜けようと飛行していった。その時、上空からF4Uの編隊が急降下してきた。高速で急降下してきたF4Uから攻撃された六航戦を発進した銀河の第一次攻撃隊は、4機が撃墜された。一撃だけで、F4Uの編隊は南方へと遠ざかってゆく。
残った36機の銀河のうちの22機が前方の「エセックス」と「レキシントンⅡ」を中心とした輪形陣に向かっていった。
輪形陣の南東方向を航行していた軽巡「モントビリア」は、艦首の前方から輪形陣内部に向けて飛行してくるフランシス(銀河)を発見して、5インチ(127mm)砲の射撃を開始した。激しく高射砲弾を打ち上げるが、レーダー測距に誤差が出て、狙いは不正確だった。低空飛行する全翼機の小さなレーダー反射では、海面からの背景電波に紛れてしまって、正確な測距ができないのだ。
しかし、江草機の北側でやや高い位置を飛行していた銀河は、「アイオワ」の射撃に捕まった。高射砲弾が至近で爆発して墜落してゆく。作戦を開始するにあたって、アメリカ艦隊には電波を利用した近接信管が配備されていた。近接信管を取り付けた5インチ砲弾は、照準さえ正確ならば撃墜確率が従来よりも飛躍的に高くなっていた。
一方、日本側も兵器の性能を改善していた。銀河が搭載していたのは最新型の九一式魚雷改六だった。従来の航跡誘導魚雷は、アメリカ海軍が使用した小型爆雷により欺瞞されることが多かった。それへの対策として、艦船の航跡を感知する音圧探知器を、より低周波の圧力変動が探知できるように変更して、更に航跡の有無を判定する計算機プログラムも改善した。それでも、海中で爆発する欺瞞弾に対しての対策は完全ではなかった。本質的に海水を攪拌して音波の伝搬を妨害するのは、欺瞞弾も艦船の推進器も降下は同一なので完全な区別は困難だ。
更なる改良として、遠距離雷撃を可能にするために、事前設定によるプログラム走行した後に、航跡誘導を有効化できるように制御を変更した。加えて、九一式魚雷に内蔵する空気量を増加させて、射程を約10kmに延長した。改修により魚雷の重量が980kgに増加したが、搭載する機体機も天山や銀河、流星といった高馬力の新型機に変わっていたために大きな問題にはならなかった。
遠方に上部が平らになった空母のシルエットが見えてきてから、しばらくして江草機は魚雷を投下した。まだ、空母までは、5海里(9.26km)程度の距離があるだろう。通常の航空魚雷ならば、考えられないような遠距離雷撃だ。しかし、新型の航跡誘導魚雷であれば命中を期待できるはずだ。
高度を下げながら輪形陣に肉薄する過程で6機の銀河が撃墜されていた。銀河と言えども、雷撃可能な距離まで接近するにはかなり危険が伴う。輪形陣中央の空母に向けて、16本の魚雷が投下された。魚雷投下後にも2機が炎を噴き出して海面に激突する。
「エセックス」には、6本の魚雷が向かっていった。舷側に追加されていたヘッジホッグ発射機を改造した24連装の発射機から半数ずつタイミングをずらせて小型爆雷を弾頭とした欺瞞弾が発射された。空母の左舷側で欺瞞弾が爆発すると縦列になった水柱が立ち上る。欺瞞弾が爆発した海域を通過した魚雷のうちの2本は、偽の航跡を追尾し始めたが、残りは騙されずに進路を変えなかった。
魚雷のうちの1本は、空母の航跡を横切って、戻ってくると右舷の中央部に命中した。更に1本が航跡を探知して方向転換を繰り返すと、右舷側の船体後部に命中した。2本は空母の艦首よりも前方を走り去った。
大型空母の「エセックス」級は、舷側の水雷防御区画には4層の縦隔壁を有していた。これは日本の大型空母も含めて、ほとんどの大型艦の水雷防御が3層であることを考えるとかなり重防御と言える。最初に船体中央部に命中した1本は、3層の防御隔壁を破って水雷防御区画に浸水を引き起こしたが、最も内側の隔壁は破れなかった。そのため、船体内部の缶室も機械室も被害は発生しない。しかし、続いて1本が同じく右舷側のやや後方に命中すると、既に被害を受けていた3層に加えて、4層目の隔壁も水中の爆圧に耐え切れずに亀裂が発生した。防御区画が破られて、右舷の缶室と後部機関室への浸水により、1軸の推進器が停止した。
推進器が1基停止して浸水により喫水が増したが、それでも「エセックス」は24ノットで航行できた。しかも左舷に注水して傾斜を回復した後は、航空機の運用も可能になった。
「レキシントンⅡ」はそれ程、運が良くなかった。10本の魚雷がこの空母に向かっていった。すぐに左舷側から魚雷の欺瞞弾を発射した。3本が小型爆雷の爆発を航跡と誤認したが、残りの7本は空母を目指していった。2本が航跡を抜けて回頭してから、右舷船体後部に命中した。更にもう1本が、大回りしてから戻ってきて右舷中部に命中した。続いて、遅れて航跡を2度通過した1本が艦尾最後部に命中した。
3本の命中により右舷で浸水が始まったが、それへの防止処置を始めた直後に艦尾に1本が命中した。これにより、艦尾と右舷の浸水は急激に増大して、それを防止する対処は完全に不可能になった。「レキシントンⅡ」は船体後部の機関室と缶室全てに浸水して、右舷にどんどん傾斜すると共に艦尾が沈み始めた。反対舷への注水により傾斜は修正されたが、大量の浸水による艦尾の沈み込みは回復できなかった。しかも、3基の推進器が停止したため、海上を8ノットでのろのろと進む状態になった。
後方の艦隊は、空母「レンジャー」と「インディペンデンス」を中心とした輪形陣だった。2隻の空母に向けて、戦闘機の迎撃を潜り抜けた14機の銀河が侵入した。しかし、戦艦「アラバマ」と重巡「ボストン」からの激しい対空放火を受けて1機が撃墜された。更に1機が40mm機関砲弾の直撃を受けて飛散した。生き残った銀河が、内側の空母に向けて8本の魚雷を投下した。
前方を航行していた「レンジャー」を狙ったのは、5本の魚雷だった。魚雷投下の報告を受けて、すかさず小型爆雷を一斉に左舷から投射したため、1本が偽の航跡に向けて方向転換した。4本が「レンジャー」の後方を通過して、そのうちの2本が右舷側船体の中央部に命中した。1万数千トンという限られた船体に十分な水雷防御区画を設けることは不可能だった。3本の魚雷の爆発により、缶室と機械室への大規模な浸水が始まった。右舷への傾斜の復旧は不可能となり、速度も10ノット以下に低下した。
後方の「インディペンデンス」には、3本が向かっていった。巡洋艦を改造したこの空母は、スマートな船体を生かして、右舷への急回頭で魚雷から距離をとろうとした。同時に小型爆雷を両舷から投射した。1本の魚雷が爆雷を航跡と間違えて大きく外れた。1本は艦首よりも前方を通過した。残った1本が、艦の後方の航跡を横切ってから戻ってきた。右舷後部に1本が命中した。「インディペンデンス」は、船体側面に2層の水雷防御区画を備えているだけだった。爆発した450kgの魚雷弾頭の威力は、2層の防御力よりもはるかに勝っていた。大きな破孔が機関室まで開口して浸水が始まった。あっという間に半数の推進器が停止して、速度が20ノット以下に低下してゆく。
空母の南西方向を航行していた戦艦「アラバマ」も雷撃目標になった。4本が投下されたが、欺瞞弾により1本を回避した。1本は艦首寄り前方を通り過ぎた。しかし、後方を通過した2本が回頭してきて、右舷の中央付近に連続して命中した。新型のサウスダコタ級戦艦は舷側を4層の防御区画が守っていた。その結果、最初の1本は、4層の水雷防御が防御できた。しかし、2本目の爆圧を完全には吸収できず缶室に浸水が発生した。右舷への傾斜はすぐに回復したが、速度を23ノットまで落とさざるを得なかった。
……
二航艦の艦載機により米艦隊が攻撃を受けている頃、四航戦を発進した部隊が、東北東から接近していた。攻撃隊長の阿部大尉は、六航戦の戦闘機隊と銀河隊がそれぞれ北西と南西方向から接近すると知らされていた。従って、東方の護衛戦闘機は手薄になっているだろうと期待していた。
攻撃隊に随伴していた電探搭載の天山が、米艦隊を探知した。阿部大尉のところに、連絡が入ってくる。
「方位250度、35海里(65km)に米軍の輪形陣が2隊。空母を含む艦艇。妨害電波を放射します」
こちらの電探が艦隊を探知したということは、向こうも探知できるということだ。
「米軍戦闘機に注意せよ」
指示を受けて編隊を護衛していた烈風改の編隊が、アメリカ軍戦闘機を警戒してやや高度を上げながら前方へと出てゆく。
第38.1任務群の北方側を護衛していたF6Fの部隊は、艦隊の北西方向から接近した烈風改の部隊を追いかけて北上していた。しかし、北東側から日本編隊が接近してくるとの通報を受けて、全速で東へと飛行していた。当初は20機の部隊だったが、烈風改との戦闘により被害を受けたり、弾薬を撃ち尽くした機体が脱落して、F6Fは16機に減少していた。
マッキャンベル中佐は、今まで対戦してきたサムの戦闘機隊が攻撃機を伴わない陽動の部隊だと気がついていた。つまり、東方の部隊こそが本当の攻撃隊のはずだ。東に飛行してゆくと日本軍の編隊が見えてきた。案の定、爆撃機を伴った編隊が現れた。正面から見てもよくわかる特徴的な逆ガル翼の機体は、爆撃機のグレース(流星)だ。
しかし、爆撃機に攻撃を仕掛ける前に上空から護衛のサム(烈風)が降下してきた。中佐はこの戦闘機が単純なサムではなく改良型だと想定していた。中佐は、今までの空戦で、サムの性能が向上していることがわかった。明らかにレポートで読んだサムよりも高性能だ。友軍のF4Uはエンジンの改良で、今年になって性能を向上させているが、日本軍機も同じことは可能だろう。
戦闘機隊を指揮していた宮部大尉は、天山からアメリカ軍の戦闘機が飛行してくるという警告を受けていた。その結果、烈風改の編隊は高度をとって待ち構えていた。胴体の太いグラマンが、流星帯に向けて接近してくると、優位な上空から降下攻撃を仕掛けた。宮部大尉は、実戦では単独機による名人技のような空戦よりも、これからは編隊での戦いが必要とされることを認識していた。そのため、部下にも常に編隊による集団戦闘を訓練させてきた。六航戦の第一次攻撃隊は、14機の単座型烈風改に加えて10機の複座型烈風改が護衛していた。
先行した10機の複座型烈風改が、爆撃隊に接近してくるグラマンの編隊に向けて20発の空対空誘導弾を発射した。
緩降下してきたサムの編隊がロケット弾を発射するのを中佐は目撃した。中佐は白煙を引いて飛んでくるミサイルが、危険な新兵器だと瞬時に判断した。中佐は、大声で叫んでいた。
「あのミサイルは危ないぞ。全力で回避しろ!」
しかし、急降下で逃げた6機のF6Fを除いて、10機の周囲でミサイルの近接信管が次々と爆発した。8機のF6Fが主翼や胴体をバラバラにして墜落してゆく。2機が黒煙を噴き出しながらも、高度を下げていった。ふらふらと飛んでいるが空戦は明らかに無理だ。
混乱している中佐機の上方から、単座型の烈風改が降下してきた。8機が2群に分かれて後方の2機のF6Fを囲むように攻撃してきた。烈風改の降下速度はF6Fよりも優速だった。日本軍戦闘機は、頭上から降下すると、あっさりと2機を撃墜した。
……
要撃してきたグラマン戦闘機を烈風改が排除すると、流星の編隊は輪形陣に向けて突撃を開始した。両翼に下げていた2基の増槽型の小型容器を投下した。容器は、空中で二つに割れると多量の金属箔をばらまいた。まるで、それが合図になったかのように、艦隊の南側を護衛していた巡洋艦と駆逐艦が激しく対空砲を撃ち始めた。金属箔の効果がどれほどあるのかわからないが、空中で爆発する高射砲弾の密度がやや薄くなった。それでも2機の流星が煙を噴き出して、海面に墜ちてゆく。
流星の編隊は、あらかじめ決めていた通り、半数の編隊に分かれた。12機が西側の輪形陣に、残りの10機が東の艦隊に向かった。
西の艦隊に向かっていた阿部大尉に、電探搭載天山から待っていた連絡がされた。
「艦隊中央の大型艦に電探電波を照射中。反射波を受信した」
即座に、阿部大尉は大声で叫んだ。
「誘導弾を発射せよ! 誘導弾発射だ」
命令すると同時に、心の中で作戦の進展が予定通りであることを確認していた。
(今のところは、作戦通りだ。危険を冒して輪形陣の内側までわざわざ入っていく必要はない。後は誘導弾の性能を信じるだけだ)
12機の流星が爆弾倉から三式対艦誘導弾を発射した。対艦誘導弾は、北太平洋のダッチハーバー攻撃で使用された試作機がいくつかの変更を経て制式化されたものだ。大量生産にあたって、機載電探のパルス波を受信可能として、連続電波による妨害への耐性も付加させていた。更に、推進器のタービンロケットを改良して燃費を改善していた。そのおかげで搭載燃料を削減して、1トンから重量を増加することなく、弾頭を400kgから500kgに強化していた。
レーダーの反射波を受信して12発の三式対艦誘導弾のうちの10発が、2隻の空母を目標にして飛行していった。輪形陣の東側から侵入した誘導弾を高射砲と機関砲の激しい弾幕が迎えた。5インチ(12.7cm)砲弾は全て近接信管だったが、470ノット(870km/h)を超える速度と機体の小ささのおかげで、ほとんど命中しなかった。それでもまぐれのような確率で、ボフォース40mm弾が1発の誘導弾に命中した。
魚雷の被害でまともな回避行動もとれない「レキシントンⅡ」には、4発の誘導弾が飛行していった。浸水による傾斜のために、思うように対空射撃もできない。「レキシントンⅡ」の艦尾付近に1発が命中した。急降下で命中した誘導弾の500kg弾頭は、格納庫下の2.5インチ(64mm)装甲板をかろうじて貫通したが、その下の1.5インチ(38mm)鋼板で阻止された。鋼板防御により船体下部の機関内での爆発は防がれたが、格納庫と飛行甲板は大きく破壊されて火災が発生した。船体中央部に命中した1発は、格納庫下面から煙路に突入して爆発した。爆圧は煙路からボイラーへと広がって、全てのボイラーが被害を受けた。「レキシントンⅡ」は、全推進器が停止して海上を漂流するだけになった。
「エセックス」には、6発の誘導弾が飛んでいった。ダンカン艦長は、北東から飛行してくる誘導弾に対して、艦尾を向けて遠ざかろうとした。偶然だったが、電探に対して艦尾を向けることで電波の反射面積は縮小した。そのために、6発のうちの4発が狙いを外した。最終的に、艦の前半部に1発が、更に後部に1発が命中した。弾頭が格納庫下の2.5インチ装甲を貫通して爆発したために、前部エレベーターが吹き飛んだ。後部への命中弾は、飛行甲板を山模様に盛り上げて、後部格納庫で火災が発生を発生させた。艦の後部から、激しく黒煙が立ち上り始めた。
東側の後方輪形陣に向けては、流星が10発の誘導弾を発射した。輪形陣内部を空母に向けて飛行する間に1発が対空砲の弾幕で撃墜された。
輪形陣の防空艦を通り抜けた誘導弾は、まず2発が「インディペンデンス」に命中した。誘導弾は前部と後部にそれぞれ1発が命中した。装甲のない飛行甲板を簡単に破ってから、格納庫下部甲板の2インチ(51mm)装甲板も貫通すると、機関室と缶室内部で爆発した。機関が破壊されると共に、爆圧により魚雷の浸水防止対策が全て無効になってしまった。飛行甲板に大きな破孔が生じると共に、魚雷による浸水が再び始まって右舷に傾斜が始まった。このため、「インディペンデンス」は海上をのろのろと進むだけになって、艦載機の運用は完全に不可能になった。
続いて、「レンジャー」には、3発が命中した。排水量の制約から装甲板による水平防御を持たないこの空母は、誘導弾を全く防げなかった。そのため、船体内部の缶室や機関室内に達して3発の500kg弾頭が爆発した。爆圧により飛行甲板が盛り上がると共に、右舷側側面の魚雷による破孔が拡大して大規模な浸水が始まった。機関室内で大規模な火災も発生した。海上に停止して、急速に右舷に傾き始めたこの空母の寿命はもはや長くないことは、誰の目にも明らかになった。艦長のロウ大佐は、既に艦を救う手立てはなくなったと判断して総員退去を命じた。
……
アメリカ艦隊の空母が大きな被害を受けている間に、アメリカ軍の第二次攻撃隊が日本艦隊に接近していた。第二次攻撃隊は、第一次攻撃隊が出発してから、1時間程度で出発していた。従って、アメリカ軍の攻撃隊は1時間の差で日本艦隊に接近していった。
日本軍は、電探搭載の天山が烈風改を誘導していた。第二次攻撃隊が24機のF6Fと20機のF4Uにより護衛されていたのに対して、補給を終わらせて上空を飛行していたのは、82機の烈風改だった。最初の迎撃戦で被害を受けたり故障により数が減っていたのだ。
戦闘機の戦いは、30機余りの複座型の烈風改の攻撃により始まった。烈風改が、対空誘導弾で18機を撃墜して編隊をバラバラに崩した。その後は単座型の烈風改が突進して残っていた戦闘機を追い回した。
護衛の戦闘機を追い払うと、残った爆撃隊のSB2Cは日本軍戦闘機から狙われるだけの標的になった。46機のSB2Cも50機以上の戦闘機に追い回されては、長く飛び続けることはできなかった。
一方、第二次攻撃隊の最後尾を飛行していた22機のTBFアベンジャーの編隊は、早いうちから雷撃のために高度を下げていった。結果的に、SB2Cの編隊が日本軍戦闘機を引き付けるおとりとなって、低高度の雷撃機は、しばらくの間は探知されることなく飛行できた。天山が装備した電探も低空を飛行する航空機の探知は得意ではなかった。
南南東から低空で飛行してくる雷撃機の編隊を最初に発見したのは、四航戦の東側で先頭を航行していた「榛名」だった。パゴダマストの頂部にアンテナを設置した対空電探は、位置の高さを生かして他の艦艇よりも早期にアメリカの雷撃機を探知できた。
電探員から、「榛名」艦長の石井大佐に報告が上がってきた。
「艦長、15海里(28km)、方位100度に敵編隊、高度は100m程度」
石井大佐は、報告を聞いて一瞬言葉が詰まった。
「……近いではないか! 誘導弾の発射準備。続いて、四航戦の司令部に通知」
「榛名」は他の同型艦と同様に、後部主砲を撤去して船体後部に艦載の誘導弾を搭載していた。
すぐに、艦尾のカタパルトから誘導弾の発射が始まった。「榛名」は電波照射アンテナを4基備えており、同時に4発の誘導弾を異なる目標に誘導することが可能だった。既に敵機がかなり接近していることもあって、同時に別々の4目標を狙った。
すぐに、海上で3つの爆炎が発生した。3機の雷撃機が破片をまき散らしながら海上に墜ちてゆくのが見える。既に、カタパルト上には次の誘導弾が装填されていた。電波照射を次の目標に切り替えると、続いて4発の誘導弾が発射された。
砲術長の越野中佐は、誘導弾が爆発するよりも早く、対空砲の射撃を命じていた。既に、高角砲の射程に敵機は入っていたのだ。
「右舷高角砲、射撃開始」
改装時に搭載された10cm連装高角砲が低高度の目標に狙いをつける。接近してくる雷撃機を射界に収めた3基6門の高角砲が猛然と射撃を開始した。この時、「榛名」の後方を航行して四航戦の南東側を護衛していたのは乙型駆逐艦の「若月」だった。4基の連装砲を右舷に向けて、すぐに射撃を開始した。
14門の10cm高角砲が、毎分200発を超える速度で、短時間で雷撃機前面に弾幕を張った。たちまち6機のTBFが煙を噴きながら海上に突入してゆく。
……
TBFアベンジャーの編隊を率いていたウォルドロン少佐は、今まで自分たちは幸運すぎたのだということを悟っていた。攻撃隊の最後尾を低空飛行していた雷撃隊にとって、実質的に護衛の戦闘機と多数の爆撃隊があたかも盾の役割を果たしてくれた。そのおかげで、日本軍戦闘機に発見されて攻撃されることもなく、日本艦隊に接近できていた。
しかし、幸運はいつまでも続かなかった。噂に聞いていた日本軍の誘導弾が、TBF編隊に向けて発射されたのだ。少佐の機からも、白煙とオレンジ色の炎を引きながら戦艦の艦尾から誘導弾が発射されたのを見ることができた。
「誘導弾だ。高度を下げろ。海面ぎりぎりを飛行するんだ」
しかし、高度を下げてゆく途中で、編隊の中で3発の誘導弾が爆発した。続いて、編隊の中でいくつもの高射砲弾の爆炎が浮かび始めた。海上の戦艦と駆逐艦がチカチカとオレンジ色の光を放っている。あの光の数だけ自分たちが対空砲で撃たれているのだ。高射砲の射撃に気をとられていると再び誘導弾が飛来してきた。
22機だった飛行隊は半数以下に減っていた。それでも、ここで方向転換しても激しい対空砲の中では全滅に近い被害を受けるだろう。つまり、行くも帰るも地獄というわけだ。
少佐は、まだ少し遠いと思ったが、雷撃を決断した。魚雷を投下する前に撃墜されては元も子もない。
「全機、よく聞け、雷撃実施!」
まだ飛行を続けていた10機が魚雷を投下した。中には煙を吐いている機体もあったが、よろめきながらも10本の魚雷が日本艦隊に向けて進み始めた。
「榛名」の防空指揮所から対空戦闘の指揮をしていた越野中佐は、胴体の太い雷撃機から海中に向けて魚雷が落とされたのを見ていた。明らかに艦隊の空母を狙っているようだが、投下位置が遠い。
「あれじゃあ、遠すぎる。空母が回頭すれば命中しないぞ」
それを後ろで聞いていた石井艦長が、話しかけてきた。
「そうとも言えないぞ。米軍は航跡追尾を欺く小型爆雷を既に使っている。言い換えれば、我々の魚雷の秘密を解明したということだ。アメリカの技術力ならば、同じような魚雷を作ることも可能だ。事実、魚雷を改良したとの情報も諜報機関から入っているようだ」
「それで、我が艦隊にも欺瞞用魚雷の装備を急いだのですね。私は当面、使う場面なんてないと思っていましたよ」
航跡追尾魚雷の前提で考えれば、投下位置は無謀な距離ではない。艦長は砲術長の反応を確認することもなく、伝声管に向けて叫んでいた。
「四航戦司令部に通知。10本以上の魚雷が空母に向かいつつあり。大至急通報しろ」
石井大佐が心配した通り、米海軍のMk13は改良型のMod4になって、日本海軍の誘導部を参考にしてウェークホーミング機能を追加していた。そもそもウォルドロン少佐の編隊が、第一次ではなく第二次攻撃隊に組み込まれたのも新型魚雷の調整に手間取ったからだ。
通報を受けて、空母「隼鷹」の南方を航行していた「鳥海」がするすると空母の南東側に進み出てきた。「鳥海」艦長の有賀大佐も防空指揮所から魚雷投下の瞬間を見ていた。魚雷の向かってゆく先は空母だとすぐにわかった。
「右舷側4門、魚雷型欺瞞弾の発射準備」
「鳥海」の右舷側から4本の魚雷が発射された。深度を深くとった魚雷は、巡洋艦から南西へと進みだした。しかも、30ノット弱に速度を抑えている。魚雷は炸薬の代わりに大量の水素化カルシウムを充填していた。頭部にあけた穴から海水が入り込むと水素化カルシウムの反応が始まった。化学反応により水素ガスが大量に発生すると、胴体中央のバルブが開いて海中に気体を吐き出し始めた。水素ガスは細かな気泡となって海中に拡散していった。
魚雷型欺瞞弾が航走した後方には、大量の気泡が膜状に広がっていた。水素ガスの幕は、細かな気泡を発生させながら海面に向けて上昇していった。4本の航走する欺瞞弾が4重のガスの幕を海中に作り出した。「鳥海」の魚雷により艦隊中央部から西側の空母の方向に向かっていたウォルドロン隊の投下した約半数の航跡追尾魚雷は、艦隊の側面に形成された水素ガスの幕を横切ることになった。魚雷が通過するときに大量の気泡が頭部を包み込んだ。外部からの音圧を気泡が遮ることにより、疑似的に航跡を横切った時の音波が受信できない状態を作り出した。ほとんどの魚雷は、気泡のカーテンを航跡と誤認識して、空母よりもはるかに手前で回頭した。
同時に「瑞鳳」の南側の駆逐艦「若月」も4本の魚雷型欺瞞弾を射出していた。艦隊前方の東側に向かっていた魚雷が妨害された。
しかし、この方法では欺瞞用の魚雷から噴き出す水素ガスの噴出時間が限られているのが難点だった。その欠点を補うために、時間をずらして4本の欺瞞弾を発射したのだが、水素化カルシウムの反応が終わりに近づいて、水素の気泡が少なくなった場所があった。気泡の少ない「鳥海」と「若月」の間の海域を通過した魚雷は欺瞞されなかった。
3本が、欺瞞弾の水素発生が弱くなった隙間を通過した。その結果、欺瞞されなかった魚雷は、艦隊の中央部を抜けていった。四航戦の「瑞鳳」後方の西側を航行していた空母は「龍鳳」だった。3本の魚雷が、「龍鳳」の後方を通過した。航跡を感知して回頭して戻った2本の魚雷が左舷側に命中した。
「龍鳳」は空母としては小型である。細長い船体に水雷防御区画を設置するのは不可能だった。1本は簡単に船体の側壁を貫通すると機関室で爆発した。やや前方に命中したもう1本も同様に船体を破って、缶室で爆発した。右舷から大量の浸水が発生して右舷への傾斜が始まった。反対舷への注水を行うも大量の浸水による傾斜を回復できない。海上に停止して海水の侵入を防ごうとしたが、複数の区画にまたがって生じた大きな破孔からの浸水を防げずに傾斜は増加していった。傾斜の回復が不可能になると艦長の亀井大佐は総員退艦を命じた。
第38.1任務群からの第二次攻撃隊は、雷撃機の攻撃をもって終了した。四航戦司令官の角田中将は、空母1隻を失ったのは自分の責任だと感じていた。しかし、戦いは終わっていない。角田中将は、気持ちを切り替えた。
「『龍鳳』を退艦した乗員を救助せよ。空母はまた建造できるが、経験豊富な乗組員の養成には時間がかかる」
……
第38.1任務群に二航艦の第二次攻撃隊が接近していた。六航戦を発進した銀河隊は艦隊の東側に回り込んでいた。一方、四航戦の烈風や流星からなる攻撃隊は反対側の西方から接近していた。
アメリカ機動部隊は第一次攻撃隊から攻撃された混乱から完全には回復していなかった。攻撃が始まる前に「レンジャー」が沈没した。「レキシントンⅡ」に対しては、重巡「ルイビル」が曳航を試みていたが、巨大な船体を曳航するのは容易ではなく、いまだに成功していない。
艦隊は海上を航行可能な空母中心に再編制されて、「エセックス」と「インディペンデンス」を中心とした輪形陣を構成していた。空母は、残った推進器により15ノット程度で海上を進んでいた。
上空を飛行していたマッキャンベル中佐は、西方から接近してくる編隊の迎撃命令を受けた。既に、「エセックス」は被害により防空指揮ができないので、戦艦「アイオワ」の司令部がレーダーで探知した目標を攻撃するよう、直接命令してきた。
中佐機も含めて、F6Fの編隊は6機に減少していた。後方には、7機のF4Uが続いていた。空母が全て着艦不可能になって、燃料の補給もできずに多数が海上に不時着していた。中佐の機体もいつまで飛んでいられるかわからないが、ガソリンタンクが空になるまで日本軍機を攻撃するつもりだった。
四航戦の攻撃隊前方には、20機の烈風改が飛行していた。戦闘機隊を率いていたのは「飛鷹」戦闘機隊の小林大尉だった。
電探搭載の天山が前方に編隊を探知したことを大尉に報告してきた。
「米軍の戦闘機が接近してくる。11時方向、12海里(22km)、おそらく同高度」
言われた方向に目を凝らしたが、雲の多い空模様で何も見えてこない。小林大尉は軽くバンクすると、機首を上げ始めた。戦闘が始まる前に高度を稼ごうと考えたのだ。
しばらく飛行すると、複座型烈風改に搭乗している中島一飛曹から連絡があった。
「電探に反応が出ました。すぐに誘導弾の発射が可能になると思います」
電波誘導弾は、視界に関係なく電波さえ届けば発射できるのが大きな利点だ。
「この空域では、前方を飛行しているのは全て敵機だ。最大射程で発射してくれ」
アメリカの戦闘機隊はまだ雲に隠れていたが、電探が探知した目標に向けて、8機の複座型の烈風改が、16発の誘導弾を発射した。
日本の攻撃隊がまだ見えていないのに、雲を破って飛来してきた誘導弾にマッキャンベル中佐は驚愕した。
白煙を引きながら飛んでくる誘導弾に攻撃されるのは、中佐にとって二度目だった。すぐに冷静さを取り戻した。
「日本軍のミサイルが前方から飛んでくる。全力で回避しろ!!」
しかし、雲に邪魔されて発見が遅れたのは致命的だった。たちまち戦闘機の編隊の中で7個の爆炎が発生した。
小林大尉は、全速で前方を飛行してゆく誘導弾の上方を飛行していた。飛んで行く先には間違いなく敵編隊が飛行しているはずだ。しばらくして、やや下方に爆発光がいくつも見えた。既に、紺色の戦闘機が白い雲を背景にしてよく見える。2種類の戦闘機は、グラマンとコルセアだろう。
「下方の戦闘機に突撃せよ」
バラバラになったF6FとF4Uの編隊の上から、12機の烈風改が先制攻撃を仕掛けてきた。ミサイル攻撃から生き残ったF6FとF4Uを合わせて6機の戦闘機は、低空へと逃げることしかできなかった。それでも急降下してきた烈風改により3機が追いつかれて撃墜された。
……
20機の流星の編隊は、米軍戦闘機の迎撃を切り抜けると米艦隊に接近していった。
流星に随伴していた天山は電探で海上の艦艇を目標に定めて照射を開始した。既に米艦隊外郭の駆逐艦からの対空砲射撃が始まっていた。1機の流星が、5インチ砲の直撃を受けて空中で飛散した。反射波が得られるようになると、19発の三式誘導弾が発射された。
誘導弾の目標となったのは、艦隊中心の2隻の空母と護衛の戦艦だった。艦隊周辺の対空砲が飛来してくる誘導弾を狙ったが、1発が炎の尾を引いて墜落しただけだった。
「エセックス」には6発の誘導弾が向かっていった。3発が飛行甲板の前部から後部にかけて命中した。3発の誘導弾は、2発が下甲板の2.5インチ(64mm)装甲板の上で爆発した。直上から突入した1弾は、2.5インチ装甲を貫通して、その下の機関部を防御する1.5インチ(38mm)装甲の上で爆発した。多数の誘導弾の命中にもかかわらず、機関部は守られたが、累計4発の誘導弾が命中して、格納庫を含めた空母の上部構造は艦首から艦尾まで大きく破壊された。しかも格納庫で火災が発生したが、消火設備も破壊されたために、燃えるままにするしかない。
「インディペンデンス」には4発の誘導弾が向かっていった。2発が艦の後部に命中すると、格納庫下の2インチ(51mm)水平装甲を貫通して機関室と缶室で爆発した。その結果、後部機関室の舷側の破孔と亀裂が合わさって再度浸水が始まった。海上に完全に停止して、右舷への傾斜が増加してゆく。
戦艦「アラバマ」は「エセックス」の南西方に前進して護衛をしていたが、戦艦固有の大きな上部構造がよく電波を反射した。6発が戦艦に向かって降下すると、4発が艦橋と煙突、後部艦橋付近に次々と命中した。全ての誘導弾が5インチ(127mm)の水平装甲の上で爆発した。船体内部の機関部は無傷だったが、船体上部の構造が被害を受けた。5基の連装高角砲が破壊されて、艦橋上のレーダーも使用不能になった。煙突脇から火災が発生して、対空火器の弾薬が誘爆を始めた。
「エセックス」の北側を航行していた戦艦「アイオワ」には1発の誘導弾が命中した。後部艦橋に命中して、レーダーや照準器も含めて上部構造を吹きとばした。それでも、前部艦橋が使えるので、戦闘力に対してほとんど影響はない。
……
西側から誘導弾攻撃が行われている頃、東方から銀河の部隊が低空飛行で接近してきた。レーダーによる探知が遅れた32機の銀河隊は、迎撃機に攻撃されることもなく艦隊が見えるところまで飛行していた。視認できる距離まで接近すると、さすがに護衛の巡洋艦や駆逐艦から高射砲の射撃が始まった。魚雷の射程に近づくまでに6機が撃墜された。さすがに銀河でも、魚雷の射程に接近するためには犠牲が発生した。それでも全翼機は26本の魚雷を投下できた。
魚雷から遠ざかろうとして、北に回頭していた「エセックス」には、6本が発射されて3本が右舷と左舷後部に命中した。既に「エセックス」は、第一次攻撃隊から雷撃された時に欺瞞弾を撃ち尽くして、二度目の雷撃に対しては、航跡誘導魚雷を避ける手段がなくなっていた。さすがに4層の水雷防御を有する大型空母も二回の攻撃を合わせて5本の魚雷には耐えられなかった。艦尾から浸水がどんどん拡大して船体後部から沈み始めた。
誘導弾で大きな被害を受けていた「インディペンデンス」には、速度も落ちて航跡がほとんど発生していないために、1本も命中しなかった。航跡誘導の欠点が前面に出た形だ。
全速で魚雷を避けようとしていた「アラバマ」には、8本の魚雷が向かっていった。既に艦橋や煙突付近が被害を受けていたために、甲板上の欺瞞弾の発射機も損傷していた。誘導を妨害されない魚雷は、5本が命中した。4層の水雷防御区画と船体内部に斜めに設けられた310mmから25mmまで厚さが変化する傾斜装甲は、戦艦としても良好な防御性能を有していたが、多数の魚雷が同時に命中するとそれも耐えられなくなった。右舷側の巨大な破孔から缶室と機関室に浸水が始まった。既に命中していた2本に加えて5本の魚雷は、最新型の戦艦でも耐えられる限度を超えた数だった。「アラバマ」は、完全に海上に停止して、右舷に傾きつつ喫水がどんどん増加していった。しばらくして、総員退去が始まった。
「アイオワ」には、6本が向かっていったが、航跡欺瞞弾を右舷の2ヶ所から次々と発射して3本を回避した。1本は艦首の前を走り去ったので、2本が戦艦の航跡を探知してから回頭して戻ってくると右舷に命中した。船体内の4層の水雷防御と、傾斜装甲により、防御区画への浸水にとどめて、内部の機関は無傷だった。さすがに最新型の戦艦は水雷防御も優秀だ。
軽巡「モントビリア」は、「エセックス」の前方を航行していたが、6本の魚雷に狙われた。欺瞞弾の全力発射で3本を回避したが、妨害されなかった3本が船体中央部から後部にかけて命中した。十分な水雷防御を有さない軽巡にとって、3本の同時命中は限界を超えていた。すぐに艦尾の喫水が増して、上甲板が海水につかるようになった。それでも船体後部の沈降は回復せず、船体はどんどん沈み続けて完全に水没するのは時間の問題になった。
嵐のような日本軍機の攻撃が過ぎ去ると、艦隊の立て直しが始まった。既にできる限り多くの艦艇を引き連れてハワイに帰ることが最大の目標になっていた。キンケイド中将は、曳航の見込みが立たない「レキシントンⅡ」と身動きできない「インディペンデンス」の処分を命じた。駆逐艦が魚雷により空母を処分した。秘密の塊の空母が日本軍に鹵獲されることはなんとしても避けなければならない。
遠距離では電波反射が少ない銀河も、接近すればレーダーで探知される可能性が増加する。艦隊の南西側を航行していた「アイオワ」のレーダー手は、小さな反射波を見逃さなかった。戦艦の高いマスト頂部に装備されているSK-2レーダーは他の艦艇よりも条件が良好だった。しかも、経験豊かなレーダー手は、ノイズの中からいくつかの小さな反射波を飛行中の物体だと判断して報告した。
艦隊司令部からの指示により、一旦、北方に飛行していた上空警戒のF4Uが、西南方向から低高度を飛んでくる矢じり型の機体に向けて戻り始めた。
「アイオワ」のCIC(戦闘指揮所)では、艦長のマクリー大佐がキンゲイド中将に向かって叫んでいた。
「間もなく、日本軍のフランシスは、対空砲の射程範囲に入ります」
キンケイド長官には、艦長の言いたいことが良く分かった。戦闘機の攻撃を先に行うのか、それとも対空砲の射撃を開始するのか判断してくれと言っているのだ。対空砲を射撃するならば、すぐにも上空の友軍機を退避させなければならない。
キンケイドは、マクリー艦長に向けて片手を広げた。
「5分だ。上空の戦闘機隊に5分間の時間を与える。その間に日本軍機を攻撃してくれ。5分経過したら対空砲の射撃開始だ」
主任参謀のウィルソン大佐と航空参謀のモルトン大佐が、走っていった。艦隊の各艦と上空の戦闘機隊に司令部の決定を伝えなければならない。
F4Uに搭乗していたボイントン少佐は、操縦席の中で毒づいていた。
(いったい、司令部の連中は何をしているんだ。日本軍のおとりに引っかかって、上空を右往左往したのは我々なんだぞ)
しかし、少佐の部隊は、短時間でできるだけのことはやった。とにかく下方に見えてきた機体への攻撃態勢をとった。今頃になって、防空指揮官は5分間だけは、攻撃を許可するなどと言ってきた。
「ボイントンだ。我々に与えられた時間は5分だ。それ以降は対空砲の射撃が始まる。5分が過ぎたら艦隊の上空から退避せよ」
ボイントン機は、話しながらも背面になって低空を飛行する全翼機を眼下に見ながら垂直降下すると、日本軍機のやや後方で急激に機体を引き起こした。猛烈なGがかかると同時に主翼端が、水上機の白い筋を引いた。奇妙な形の双発機の後方でうまく機首を水平に戻すと、6挺の12.7mm機銃で射撃した。全翼機の右翼あたりで、破片が飛び散る。もう一度射撃すると炎が噴き出して、海面に向けて墜落していった。
他にも誰かが、日本軍機を撃墜したようだ。無線でフライイングブーメランを撃墜したと叫んでいるのが聞こえてきた。
……
江草少佐の目の前にアメリカ艦隊が見えてきた。後席の石井少尉が声を上げた。
「左翼側に煙が立ち上っています」
少佐は、東西に広がって飛行していた編隊から東側の友軍機がやられたのだとすぐにわかった。しかもよく見ると二筋の煙が見える。敵味方はわからないが、2機以上が撃墜されたということだ。
発見されたのは確実なので、これ以上の無線封止は意味がない。江草少佐は、アメリカ艦隊への突入命令を発した。
「無線封止を解除する。全機、突撃せよ」
銀河は高度を下げると、対空砲火を避けるために機体を激しく左右に滑らせながら、輪形陣を構成している艦艇の間の隙間を通り抜けようと飛行していった。その時、上空からF4Uの編隊が急降下してきた。高速で急降下してきたF4Uから攻撃された六航戦を発進した銀河の第一次攻撃隊は、4機が撃墜された。一撃だけで、F4Uの編隊は南方へと遠ざかってゆく。
残った36機の銀河のうちの22機が前方の「エセックス」と「レキシントンⅡ」を中心とした輪形陣に向かっていった。
輪形陣の南東方向を航行していた軽巡「モントビリア」は、艦首の前方から輪形陣内部に向けて飛行してくるフランシス(銀河)を発見して、5インチ(127mm)砲の射撃を開始した。激しく高射砲弾を打ち上げるが、レーダー測距に誤差が出て、狙いは不正確だった。低空飛行する全翼機の小さなレーダー反射では、海面からの背景電波に紛れてしまって、正確な測距ができないのだ。
しかし、江草機の北側でやや高い位置を飛行していた銀河は、「アイオワ」の射撃に捕まった。高射砲弾が至近で爆発して墜落してゆく。作戦を開始するにあたって、アメリカ艦隊には電波を利用した近接信管が配備されていた。近接信管を取り付けた5インチ砲弾は、照準さえ正確ならば撃墜確率が従来よりも飛躍的に高くなっていた。
一方、日本側も兵器の性能を改善していた。銀河が搭載していたのは最新型の九一式魚雷改六だった。従来の航跡誘導魚雷は、アメリカ海軍が使用した小型爆雷により欺瞞されることが多かった。それへの対策として、艦船の航跡を感知する音圧探知器を、より低周波の圧力変動が探知できるように変更して、更に航跡の有無を判定する計算機プログラムも改善した。それでも、海中で爆発する欺瞞弾に対しての対策は完全ではなかった。本質的に海水を攪拌して音波の伝搬を妨害するのは、欺瞞弾も艦船の推進器も降下は同一なので完全な区別は困難だ。
更なる改良として、遠距離雷撃を可能にするために、事前設定によるプログラム走行した後に、航跡誘導を有効化できるように制御を変更した。加えて、九一式魚雷に内蔵する空気量を増加させて、射程を約10kmに延長した。改修により魚雷の重量が980kgに増加したが、搭載する機体機も天山や銀河、流星といった高馬力の新型機に変わっていたために大きな問題にはならなかった。
遠方に上部が平らになった空母のシルエットが見えてきてから、しばらくして江草機は魚雷を投下した。まだ、空母までは、5海里(9.26km)程度の距離があるだろう。通常の航空魚雷ならば、考えられないような遠距離雷撃だ。しかし、新型の航跡誘導魚雷であれば命中を期待できるはずだ。
高度を下げながら輪形陣に肉薄する過程で6機の銀河が撃墜されていた。銀河と言えども、雷撃可能な距離まで接近するにはかなり危険が伴う。輪形陣中央の空母に向けて、16本の魚雷が投下された。魚雷投下後にも2機が炎を噴き出して海面に激突する。
「エセックス」には、6本の魚雷が向かっていった。舷側に追加されていたヘッジホッグ発射機を改造した24連装の発射機から半数ずつタイミングをずらせて小型爆雷を弾頭とした欺瞞弾が発射された。空母の左舷側で欺瞞弾が爆発すると縦列になった水柱が立ち上る。欺瞞弾が爆発した海域を通過した魚雷のうちの2本は、偽の航跡を追尾し始めたが、残りは騙されずに進路を変えなかった。
魚雷のうちの1本は、空母の航跡を横切って、戻ってくると右舷の中央部に命中した。更に1本が航跡を探知して方向転換を繰り返すと、右舷側の船体後部に命中した。2本は空母の艦首よりも前方を走り去った。
大型空母の「エセックス」級は、舷側の水雷防御区画には4層の縦隔壁を有していた。これは日本の大型空母も含めて、ほとんどの大型艦の水雷防御が3層であることを考えるとかなり重防御と言える。最初に船体中央部に命中した1本は、3層の防御隔壁を破って水雷防御区画に浸水を引き起こしたが、最も内側の隔壁は破れなかった。そのため、船体内部の缶室も機械室も被害は発生しない。しかし、続いて1本が同じく右舷側のやや後方に命中すると、既に被害を受けていた3層に加えて、4層目の隔壁も水中の爆圧に耐え切れずに亀裂が発生した。防御区画が破られて、右舷の缶室と後部機関室への浸水により、1軸の推進器が停止した。
推進器が1基停止して浸水により喫水が増したが、それでも「エセックス」は24ノットで航行できた。しかも左舷に注水して傾斜を回復した後は、航空機の運用も可能になった。
「レキシントンⅡ」はそれ程、運が良くなかった。10本の魚雷がこの空母に向かっていった。すぐに左舷側から魚雷の欺瞞弾を発射した。3本が小型爆雷の爆発を航跡と誤認したが、残りの7本は空母を目指していった。2本が航跡を抜けて回頭してから、右舷船体後部に命中した。更にもう1本が、大回りしてから戻ってきて右舷中部に命中した。続いて、遅れて航跡を2度通過した1本が艦尾最後部に命中した。
3本の命中により右舷で浸水が始まったが、それへの防止処置を始めた直後に艦尾に1本が命中した。これにより、艦尾と右舷の浸水は急激に増大して、それを防止する対処は完全に不可能になった。「レキシントンⅡ」は船体後部の機関室と缶室全てに浸水して、右舷にどんどん傾斜すると共に艦尾が沈み始めた。反対舷への注水により傾斜は修正されたが、大量の浸水による艦尾の沈み込みは回復できなかった。しかも、3基の推進器が停止したため、海上を8ノットでのろのろと進む状態になった。
後方の艦隊は、空母「レンジャー」と「インディペンデンス」を中心とした輪形陣だった。2隻の空母に向けて、戦闘機の迎撃を潜り抜けた14機の銀河が侵入した。しかし、戦艦「アラバマ」と重巡「ボストン」からの激しい対空放火を受けて1機が撃墜された。更に1機が40mm機関砲弾の直撃を受けて飛散した。生き残った銀河が、内側の空母に向けて8本の魚雷を投下した。
前方を航行していた「レンジャー」を狙ったのは、5本の魚雷だった。魚雷投下の報告を受けて、すかさず小型爆雷を一斉に左舷から投射したため、1本が偽の航跡に向けて方向転換した。4本が「レンジャー」の後方を通過して、そのうちの2本が右舷側船体の中央部に命中した。1万数千トンという限られた船体に十分な水雷防御区画を設けることは不可能だった。3本の魚雷の爆発により、缶室と機械室への大規模な浸水が始まった。右舷への傾斜の復旧は不可能となり、速度も10ノット以下に低下した。
後方の「インディペンデンス」には、3本が向かっていった。巡洋艦を改造したこの空母は、スマートな船体を生かして、右舷への急回頭で魚雷から距離をとろうとした。同時に小型爆雷を両舷から投射した。1本の魚雷が爆雷を航跡と間違えて大きく外れた。1本は艦首よりも前方を通過した。残った1本が、艦の後方の航跡を横切ってから戻ってきた。右舷後部に1本が命中した。「インディペンデンス」は、船体側面に2層の水雷防御区画を備えているだけだった。爆発した450kgの魚雷弾頭の威力は、2層の防御力よりもはるかに勝っていた。大きな破孔が機関室まで開口して浸水が始まった。あっという間に半数の推進器が停止して、速度が20ノット以下に低下してゆく。
空母の南西方向を航行していた戦艦「アラバマ」も雷撃目標になった。4本が投下されたが、欺瞞弾により1本を回避した。1本は艦首寄り前方を通り過ぎた。しかし、後方を通過した2本が回頭してきて、右舷の中央付近に連続して命中した。新型のサウスダコタ級戦艦は舷側を4層の防御区画が守っていた。その結果、最初の1本は、4層の水雷防御が防御できた。しかし、2本目の爆圧を完全には吸収できず缶室に浸水が発生した。右舷への傾斜はすぐに回復したが、速度を23ノットまで落とさざるを得なかった。
……
二航艦の艦載機により米艦隊が攻撃を受けている頃、四航戦を発進した部隊が、東北東から接近していた。攻撃隊長の阿部大尉は、六航戦の戦闘機隊と銀河隊がそれぞれ北西と南西方向から接近すると知らされていた。従って、東方の護衛戦闘機は手薄になっているだろうと期待していた。
攻撃隊に随伴していた電探搭載の天山が、米艦隊を探知した。阿部大尉のところに、連絡が入ってくる。
「方位250度、35海里(65km)に米軍の輪形陣が2隊。空母を含む艦艇。妨害電波を放射します」
こちらの電探が艦隊を探知したということは、向こうも探知できるということだ。
「米軍戦闘機に注意せよ」
指示を受けて編隊を護衛していた烈風改の編隊が、アメリカ軍戦闘機を警戒してやや高度を上げながら前方へと出てゆく。
第38.1任務群の北方側を護衛していたF6Fの部隊は、艦隊の北西方向から接近した烈風改の部隊を追いかけて北上していた。しかし、北東側から日本編隊が接近してくるとの通報を受けて、全速で東へと飛行していた。当初は20機の部隊だったが、烈風改との戦闘により被害を受けたり、弾薬を撃ち尽くした機体が脱落して、F6Fは16機に減少していた。
マッキャンベル中佐は、今まで対戦してきたサムの戦闘機隊が攻撃機を伴わない陽動の部隊だと気がついていた。つまり、東方の部隊こそが本当の攻撃隊のはずだ。東に飛行してゆくと日本軍の編隊が見えてきた。案の定、爆撃機を伴った編隊が現れた。正面から見てもよくわかる特徴的な逆ガル翼の機体は、爆撃機のグレース(流星)だ。
しかし、爆撃機に攻撃を仕掛ける前に上空から護衛のサム(烈風)が降下してきた。中佐はこの戦闘機が単純なサムではなく改良型だと想定していた。中佐は、今までの空戦で、サムの性能が向上していることがわかった。明らかにレポートで読んだサムよりも高性能だ。友軍のF4Uはエンジンの改良で、今年になって性能を向上させているが、日本軍機も同じことは可能だろう。
戦闘機隊を指揮していた宮部大尉は、天山からアメリカ軍の戦闘機が飛行してくるという警告を受けていた。その結果、烈風改の編隊は高度をとって待ち構えていた。胴体の太いグラマンが、流星帯に向けて接近してくると、優位な上空から降下攻撃を仕掛けた。宮部大尉は、実戦では単独機による名人技のような空戦よりも、これからは編隊での戦いが必要とされることを認識していた。そのため、部下にも常に編隊による集団戦闘を訓練させてきた。六航戦の第一次攻撃隊は、14機の単座型烈風改に加えて10機の複座型烈風改が護衛していた。
先行した10機の複座型烈風改が、爆撃隊に接近してくるグラマンの編隊に向けて20発の空対空誘導弾を発射した。
緩降下してきたサムの編隊がロケット弾を発射するのを中佐は目撃した。中佐は白煙を引いて飛んでくるミサイルが、危険な新兵器だと瞬時に判断した。中佐は、大声で叫んでいた。
「あのミサイルは危ないぞ。全力で回避しろ!」
しかし、急降下で逃げた6機のF6Fを除いて、10機の周囲でミサイルの近接信管が次々と爆発した。8機のF6Fが主翼や胴体をバラバラにして墜落してゆく。2機が黒煙を噴き出しながらも、高度を下げていった。ふらふらと飛んでいるが空戦は明らかに無理だ。
混乱している中佐機の上方から、単座型の烈風改が降下してきた。8機が2群に分かれて後方の2機のF6Fを囲むように攻撃してきた。烈風改の降下速度はF6Fよりも優速だった。日本軍戦闘機は、頭上から降下すると、あっさりと2機を撃墜した。
……
要撃してきたグラマン戦闘機を烈風改が排除すると、流星の編隊は輪形陣に向けて突撃を開始した。両翼に下げていた2基の増槽型の小型容器を投下した。容器は、空中で二つに割れると多量の金属箔をばらまいた。まるで、それが合図になったかのように、艦隊の南側を護衛していた巡洋艦と駆逐艦が激しく対空砲を撃ち始めた。金属箔の効果がどれほどあるのかわからないが、空中で爆発する高射砲弾の密度がやや薄くなった。それでも2機の流星が煙を噴き出して、海面に墜ちてゆく。
流星の編隊は、あらかじめ決めていた通り、半数の編隊に分かれた。12機が西側の輪形陣に、残りの10機が東の艦隊に向かった。
西の艦隊に向かっていた阿部大尉に、電探搭載天山から待っていた連絡がされた。
「艦隊中央の大型艦に電探電波を照射中。反射波を受信した」
即座に、阿部大尉は大声で叫んだ。
「誘導弾を発射せよ! 誘導弾発射だ」
命令すると同時に、心の中で作戦の進展が予定通りであることを確認していた。
(今のところは、作戦通りだ。危険を冒して輪形陣の内側までわざわざ入っていく必要はない。後は誘導弾の性能を信じるだけだ)
12機の流星が爆弾倉から三式対艦誘導弾を発射した。対艦誘導弾は、北太平洋のダッチハーバー攻撃で使用された試作機がいくつかの変更を経て制式化されたものだ。大量生産にあたって、機載電探のパルス波を受信可能として、連続電波による妨害への耐性も付加させていた。更に、推進器のタービンロケットを改良して燃費を改善していた。そのおかげで搭載燃料を削減して、1トンから重量を増加することなく、弾頭を400kgから500kgに強化していた。
レーダーの反射波を受信して12発の三式対艦誘導弾のうちの10発が、2隻の空母を目標にして飛行していった。輪形陣の東側から侵入した誘導弾を高射砲と機関砲の激しい弾幕が迎えた。5インチ(12.7cm)砲弾は全て近接信管だったが、470ノット(870km/h)を超える速度と機体の小ささのおかげで、ほとんど命中しなかった。それでもまぐれのような確率で、ボフォース40mm弾が1発の誘導弾に命中した。
魚雷の被害でまともな回避行動もとれない「レキシントンⅡ」には、4発の誘導弾が飛行していった。浸水による傾斜のために、思うように対空射撃もできない。「レキシントンⅡ」の艦尾付近に1発が命中した。急降下で命中した誘導弾の500kg弾頭は、格納庫下の2.5インチ(64mm)装甲板をかろうじて貫通したが、その下の1.5インチ(38mm)鋼板で阻止された。鋼板防御により船体下部の機関内での爆発は防がれたが、格納庫と飛行甲板は大きく破壊されて火災が発生した。船体中央部に命中した1発は、格納庫下面から煙路に突入して爆発した。爆圧は煙路からボイラーへと広がって、全てのボイラーが被害を受けた。「レキシントンⅡ」は、全推進器が停止して海上を漂流するだけになった。
「エセックス」には、6発の誘導弾が飛んでいった。ダンカン艦長は、北東から飛行してくる誘導弾に対して、艦尾を向けて遠ざかろうとした。偶然だったが、電探に対して艦尾を向けることで電波の反射面積は縮小した。そのために、6発のうちの4発が狙いを外した。最終的に、艦の前半部に1発が、更に後部に1発が命中した。弾頭が格納庫下の2.5インチ装甲を貫通して爆発したために、前部エレベーターが吹き飛んだ。後部への命中弾は、飛行甲板を山模様に盛り上げて、後部格納庫で火災が発生を発生させた。艦の後部から、激しく黒煙が立ち上り始めた。
東側の後方輪形陣に向けては、流星が10発の誘導弾を発射した。輪形陣内部を空母に向けて飛行する間に1発が対空砲の弾幕で撃墜された。
輪形陣の防空艦を通り抜けた誘導弾は、まず2発が「インディペンデンス」に命中した。誘導弾は前部と後部にそれぞれ1発が命中した。装甲のない飛行甲板を簡単に破ってから、格納庫下部甲板の2インチ(51mm)装甲板も貫通すると、機関室と缶室内部で爆発した。機関が破壊されると共に、爆圧により魚雷の浸水防止対策が全て無効になってしまった。飛行甲板に大きな破孔が生じると共に、魚雷による浸水が再び始まって右舷に傾斜が始まった。このため、「インディペンデンス」は海上をのろのろと進むだけになって、艦載機の運用は完全に不可能になった。
続いて、「レンジャー」には、3発が命中した。排水量の制約から装甲板による水平防御を持たないこの空母は、誘導弾を全く防げなかった。そのため、船体内部の缶室や機関室内に達して3発の500kg弾頭が爆発した。爆圧により飛行甲板が盛り上がると共に、右舷側側面の魚雷による破孔が拡大して大規模な浸水が始まった。機関室内で大規模な火災も発生した。海上に停止して、急速に右舷に傾き始めたこの空母の寿命はもはや長くないことは、誰の目にも明らかになった。艦長のロウ大佐は、既に艦を救う手立てはなくなったと判断して総員退去を命じた。
……
アメリカ艦隊の空母が大きな被害を受けている間に、アメリカ軍の第二次攻撃隊が日本艦隊に接近していた。第二次攻撃隊は、第一次攻撃隊が出発してから、1時間程度で出発していた。従って、アメリカ軍の攻撃隊は1時間の差で日本艦隊に接近していった。
日本軍は、電探搭載の天山が烈風改を誘導していた。第二次攻撃隊が24機のF6Fと20機のF4Uにより護衛されていたのに対して、補給を終わらせて上空を飛行していたのは、82機の烈風改だった。最初の迎撃戦で被害を受けたり故障により数が減っていたのだ。
戦闘機の戦いは、30機余りの複座型の烈風改の攻撃により始まった。烈風改が、対空誘導弾で18機を撃墜して編隊をバラバラに崩した。その後は単座型の烈風改が突進して残っていた戦闘機を追い回した。
護衛の戦闘機を追い払うと、残った爆撃隊のSB2Cは日本軍戦闘機から狙われるだけの標的になった。46機のSB2Cも50機以上の戦闘機に追い回されては、長く飛び続けることはできなかった。
一方、第二次攻撃隊の最後尾を飛行していた22機のTBFアベンジャーの編隊は、早いうちから雷撃のために高度を下げていった。結果的に、SB2Cの編隊が日本軍戦闘機を引き付けるおとりとなって、低高度の雷撃機は、しばらくの間は探知されることなく飛行できた。天山が装備した電探も低空を飛行する航空機の探知は得意ではなかった。
南南東から低空で飛行してくる雷撃機の編隊を最初に発見したのは、四航戦の東側で先頭を航行していた「榛名」だった。パゴダマストの頂部にアンテナを設置した対空電探は、位置の高さを生かして他の艦艇よりも早期にアメリカの雷撃機を探知できた。
電探員から、「榛名」艦長の石井大佐に報告が上がってきた。
「艦長、15海里(28km)、方位100度に敵編隊、高度は100m程度」
石井大佐は、報告を聞いて一瞬言葉が詰まった。
「……近いではないか! 誘導弾の発射準備。続いて、四航戦の司令部に通知」
「榛名」は他の同型艦と同様に、後部主砲を撤去して船体後部に艦載の誘導弾を搭載していた。
すぐに、艦尾のカタパルトから誘導弾の発射が始まった。「榛名」は電波照射アンテナを4基備えており、同時に4発の誘導弾を異なる目標に誘導することが可能だった。既に敵機がかなり接近していることもあって、同時に別々の4目標を狙った。
すぐに、海上で3つの爆炎が発生した。3機の雷撃機が破片をまき散らしながら海上に墜ちてゆくのが見える。既に、カタパルト上には次の誘導弾が装填されていた。電波照射を次の目標に切り替えると、続いて4発の誘導弾が発射された。
砲術長の越野中佐は、誘導弾が爆発するよりも早く、対空砲の射撃を命じていた。既に、高角砲の射程に敵機は入っていたのだ。
「右舷高角砲、射撃開始」
改装時に搭載された10cm連装高角砲が低高度の目標に狙いをつける。接近してくる雷撃機を射界に収めた3基6門の高角砲が猛然と射撃を開始した。この時、「榛名」の後方を航行して四航戦の南東側を護衛していたのは乙型駆逐艦の「若月」だった。4基の連装砲を右舷に向けて、すぐに射撃を開始した。
14門の10cm高角砲が、毎分200発を超える速度で、短時間で雷撃機前面に弾幕を張った。たちまち6機のTBFが煙を噴きながら海上に突入してゆく。
……
TBFアベンジャーの編隊を率いていたウォルドロン少佐は、今まで自分たちは幸運すぎたのだということを悟っていた。攻撃隊の最後尾を低空飛行していた雷撃隊にとって、実質的に護衛の戦闘機と多数の爆撃隊があたかも盾の役割を果たしてくれた。そのおかげで、日本軍戦闘機に発見されて攻撃されることもなく、日本艦隊に接近できていた。
しかし、幸運はいつまでも続かなかった。噂に聞いていた日本軍の誘導弾が、TBF編隊に向けて発射されたのだ。少佐の機からも、白煙とオレンジ色の炎を引きながら戦艦の艦尾から誘導弾が発射されたのを見ることができた。
「誘導弾だ。高度を下げろ。海面ぎりぎりを飛行するんだ」
しかし、高度を下げてゆく途中で、編隊の中で3発の誘導弾が爆発した。続いて、編隊の中でいくつもの高射砲弾の爆炎が浮かび始めた。海上の戦艦と駆逐艦がチカチカとオレンジ色の光を放っている。あの光の数だけ自分たちが対空砲で撃たれているのだ。高射砲の射撃に気をとられていると再び誘導弾が飛来してきた。
22機だった飛行隊は半数以下に減っていた。それでも、ここで方向転換しても激しい対空砲の中では全滅に近い被害を受けるだろう。つまり、行くも帰るも地獄というわけだ。
少佐は、まだ少し遠いと思ったが、雷撃を決断した。魚雷を投下する前に撃墜されては元も子もない。
「全機、よく聞け、雷撃実施!」
まだ飛行を続けていた10機が魚雷を投下した。中には煙を吐いている機体もあったが、よろめきながらも10本の魚雷が日本艦隊に向けて進み始めた。
「榛名」の防空指揮所から対空戦闘の指揮をしていた越野中佐は、胴体の太い雷撃機から海中に向けて魚雷が落とされたのを見ていた。明らかに艦隊の空母を狙っているようだが、投下位置が遠い。
「あれじゃあ、遠すぎる。空母が回頭すれば命中しないぞ」
それを後ろで聞いていた石井艦長が、話しかけてきた。
「そうとも言えないぞ。米軍は航跡追尾を欺く小型爆雷を既に使っている。言い換えれば、我々の魚雷の秘密を解明したということだ。アメリカの技術力ならば、同じような魚雷を作ることも可能だ。事実、魚雷を改良したとの情報も諜報機関から入っているようだ」
「それで、我が艦隊にも欺瞞用魚雷の装備を急いだのですね。私は当面、使う場面なんてないと思っていましたよ」
航跡追尾魚雷の前提で考えれば、投下位置は無謀な距離ではない。艦長は砲術長の反応を確認することもなく、伝声管に向けて叫んでいた。
「四航戦司令部に通知。10本以上の魚雷が空母に向かいつつあり。大至急通報しろ」
石井大佐が心配した通り、米海軍のMk13は改良型のMod4になって、日本海軍の誘導部を参考にしてウェークホーミング機能を追加していた。そもそもウォルドロン少佐の編隊が、第一次ではなく第二次攻撃隊に組み込まれたのも新型魚雷の調整に手間取ったからだ。
通報を受けて、空母「隼鷹」の南方を航行していた「鳥海」がするすると空母の南東側に進み出てきた。「鳥海」艦長の有賀大佐も防空指揮所から魚雷投下の瞬間を見ていた。魚雷の向かってゆく先は空母だとすぐにわかった。
「右舷側4門、魚雷型欺瞞弾の発射準備」
「鳥海」の右舷側から4本の魚雷が発射された。深度を深くとった魚雷は、巡洋艦から南西へと進みだした。しかも、30ノット弱に速度を抑えている。魚雷は炸薬の代わりに大量の水素化カルシウムを充填していた。頭部にあけた穴から海水が入り込むと水素化カルシウムの反応が始まった。化学反応により水素ガスが大量に発生すると、胴体中央のバルブが開いて海中に気体を吐き出し始めた。水素ガスは細かな気泡となって海中に拡散していった。
魚雷型欺瞞弾が航走した後方には、大量の気泡が膜状に広がっていた。水素ガスの幕は、細かな気泡を発生させながら海面に向けて上昇していった。4本の航走する欺瞞弾が4重のガスの幕を海中に作り出した。「鳥海」の魚雷により艦隊中央部から西側の空母の方向に向かっていたウォルドロン隊の投下した約半数の航跡追尾魚雷は、艦隊の側面に形成された水素ガスの幕を横切ることになった。魚雷が通過するときに大量の気泡が頭部を包み込んだ。外部からの音圧を気泡が遮ることにより、疑似的に航跡を横切った時の音波が受信できない状態を作り出した。ほとんどの魚雷は、気泡のカーテンを航跡と誤認識して、空母よりもはるかに手前で回頭した。
同時に「瑞鳳」の南側の駆逐艦「若月」も4本の魚雷型欺瞞弾を射出していた。艦隊前方の東側に向かっていた魚雷が妨害された。
しかし、この方法では欺瞞用の魚雷から噴き出す水素ガスの噴出時間が限られているのが難点だった。その欠点を補うために、時間をずらして4本の欺瞞弾を発射したのだが、水素化カルシウムの反応が終わりに近づいて、水素の気泡が少なくなった場所があった。気泡の少ない「鳥海」と「若月」の間の海域を通過した魚雷は欺瞞されなかった。
3本が、欺瞞弾の水素発生が弱くなった隙間を通過した。その結果、欺瞞されなかった魚雷は、艦隊の中央部を抜けていった。四航戦の「瑞鳳」後方の西側を航行していた空母は「龍鳳」だった。3本の魚雷が、「龍鳳」の後方を通過した。航跡を感知して回頭して戻った2本の魚雷が左舷側に命中した。
「龍鳳」は空母としては小型である。細長い船体に水雷防御区画を設置するのは不可能だった。1本は簡単に船体の側壁を貫通すると機関室で爆発した。やや前方に命中したもう1本も同様に船体を破って、缶室で爆発した。右舷から大量の浸水が発生して右舷への傾斜が始まった。反対舷への注水を行うも大量の浸水による傾斜を回復できない。海上に停止して海水の侵入を防ごうとしたが、複数の区画にまたがって生じた大きな破孔からの浸水を防げずに傾斜は増加していった。傾斜の回復が不可能になると艦長の亀井大佐は総員退艦を命じた。
第38.1任務群からの第二次攻撃隊は、雷撃機の攻撃をもって終了した。四航戦司令官の角田中将は、空母1隻を失ったのは自分の責任だと感じていた。しかし、戦いは終わっていない。角田中将は、気持ちを切り替えた。
「『龍鳳』を退艦した乗員を救助せよ。空母はまた建造できるが、経験豊富な乗組員の養成には時間がかかる」
……
第38.1任務群に二航艦の第二次攻撃隊が接近していた。六航戦を発進した銀河隊は艦隊の東側に回り込んでいた。一方、四航戦の烈風や流星からなる攻撃隊は反対側の西方から接近していた。
アメリカ機動部隊は第一次攻撃隊から攻撃された混乱から完全には回復していなかった。攻撃が始まる前に「レンジャー」が沈没した。「レキシントンⅡ」に対しては、重巡「ルイビル」が曳航を試みていたが、巨大な船体を曳航するのは容易ではなく、いまだに成功していない。
艦隊は海上を航行可能な空母中心に再編制されて、「エセックス」と「インディペンデンス」を中心とした輪形陣を構成していた。空母は、残った推進器により15ノット程度で海上を進んでいた。
上空を飛行していたマッキャンベル中佐は、西方から接近してくる編隊の迎撃命令を受けた。既に、「エセックス」は被害により防空指揮ができないので、戦艦「アイオワ」の司令部がレーダーで探知した目標を攻撃するよう、直接命令してきた。
中佐機も含めて、F6Fの編隊は6機に減少していた。後方には、7機のF4Uが続いていた。空母が全て着艦不可能になって、燃料の補給もできずに多数が海上に不時着していた。中佐の機体もいつまで飛んでいられるかわからないが、ガソリンタンクが空になるまで日本軍機を攻撃するつもりだった。
四航戦の攻撃隊前方には、20機の烈風改が飛行していた。戦闘機隊を率いていたのは「飛鷹」戦闘機隊の小林大尉だった。
電探搭載の天山が前方に編隊を探知したことを大尉に報告してきた。
「米軍の戦闘機が接近してくる。11時方向、12海里(22km)、おそらく同高度」
言われた方向に目を凝らしたが、雲の多い空模様で何も見えてこない。小林大尉は軽くバンクすると、機首を上げ始めた。戦闘が始まる前に高度を稼ごうと考えたのだ。
しばらく飛行すると、複座型烈風改に搭乗している中島一飛曹から連絡があった。
「電探に反応が出ました。すぐに誘導弾の発射が可能になると思います」
電波誘導弾は、視界に関係なく電波さえ届けば発射できるのが大きな利点だ。
「この空域では、前方を飛行しているのは全て敵機だ。最大射程で発射してくれ」
アメリカの戦闘機隊はまだ雲に隠れていたが、電探が探知した目標に向けて、8機の複座型の烈風改が、16発の誘導弾を発射した。
日本の攻撃隊がまだ見えていないのに、雲を破って飛来してきた誘導弾にマッキャンベル中佐は驚愕した。
白煙を引きながら飛んでくる誘導弾に攻撃されるのは、中佐にとって二度目だった。すぐに冷静さを取り戻した。
「日本軍のミサイルが前方から飛んでくる。全力で回避しろ!!」
しかし、雲に邪魔されて発見が遅れたのは致命的だった。たちまち戦闘機の編隊の中で7個の爆炎が発生した。
小林大尉は、全速で前方を飛行してゆく誘導弾の上方を飛行していた。飛んで行く先には間違いなく敵編隊が飛行しているはずだ。しばらくして、やや下方に爆発光がいくつも見えた。既に、紺色の戦闘機が白い雲を背景にしてよく見える。2種類の戦闘機は、グラマンとコルセアだろう。
「下方の戦闘機に突撃せよ」
バラバラになったF6FとF4Uの編隊の上から、12機の烈風改が先制攻撃を仕掛けてきた。ミサイル攻撃から生き残ったF6FとF4Uを合わせて6機の戦闘機は、低空へと逃げることしかできなかった。それでも急降下してきた烈風改により3機が追いつかれて撃墜された。
……
20機の流星の編隊は、米軍戦闘機の迎撃を切り抜けると米艦隊に接近していった。
流星に随伴していた天山は電探で海上の艦艇を目標に定めて照射を開始した。既に米艦隊外郭の駆逐艦からの対空砲射撃が始まっていた。1機の流星が、5インチ砲の直撃を受けて空中で飛散した。反射波が得られるようになると、19発の三式誘導弾が発射された。
誘導弾の目標となったのは、艦隊中心の2隻の空母と護衛の戦艦だった。艦隊周辺の対空砲が飛来してくる誘導弾を狙ったが、1発が炎の尾を引いて墜落しただけだった。
「エセックス」には6発の誘導弾が向かっていった。3発が飛行甲板の前部から後部にかけて命中した。3発の誘導弾は、2発が下甲板の2.5インチ(64mm)装甲板の上で爆発した。直上から突入した1弾は、2.5インチ装甲を貫通して、その下の機関部を防御する1.5インチ(38mm)装甲の上で爆発した。多数の誘導弾の命中にもかかわらず、機関部は守られたが、累計4発の誘導弾が命中して、格納庫を含めた空母の上部構造は艦首から艦尾まで大きく破壊された。しかも格納庫で火災が発生したが、消火設備も破壊されたために、燃えるままにするしかない。
「インディペンデンス」には4発の誘導弾が向かっていった。2発が艦の後部に命中すると、格納庫下の2インチ(51mm)水平装甲を貫通して機関室と缶室で爆発した。その結果、後部機関室の舷側の破孔と亀裂が合わさって再度浸水が始まった。海上に完全に停止して、右舷への傾斜が増加してゆく。
戦艦「アラバマ」は「エセックス」の南西方に前進して護衛をしていたが、戦艦固有の大きな上部構造がよく電波を反射した。6発が戦艦に向かって降下すると、4発が艦橋と煙突、後部艦橋付近に次々と命中した。全ての誘導弾が5インチ(127mm)の水平装甲の上で爆発した。船体内部の機関部は無傷だったが、船体上部の構造が被害を受けた。5基の連装高角砲が破壊されて、艦橋上のレーダーも使用不能になった。煙突脇から火災が発生して、対空火器の弾薬が誘爆を始めた。
「エセックス」の北側を航行していた戦艦「アイオワ」には1発の誘導弾が命中した。後部艦橋に命中して、レーダーや照準器も含めて上部構造を吹きとばした。それでも、前部艦橋が使えるので、戦闘力に対してほとんど影響はない。
……
西側から誘導弾攻撃が行われている頃、東方から銀河の部隊が低空飛行で接近してきた。レーダーによる探知が遅れた32機の銀河隊は、迎撃機に攻撃されることもなく艦隊が見えるところまで飛行していた。視認できる距離まで接近すると、さすがに護衛の巡洋艦や駆逐艦から高射砲の射撃が始まった。魚雷の射程に近づくまでに6機が撃墜された。さすがに銀河でも、魚雷の射程に接近するためには犠牲が発生した。それでも全翼機は26本の魚雷を投下できた。
魚雷から遠ざかろうとして、北に回頭していた「エセックス」には、6本が発射されて3本が右舷と左舷後部に命中した。既に「エセックス」は、第一次攻撃隊から雷撃された時に欺瞞弾を撃ち尽くして、二度目の雷撃に対しては、航跡誘導魚雷を避ける手段がなくなっていた。さすがに4層の水雷防御を有する大型空母も二回の攻撃を合わせて5本の魚雷には耐えられなかった。艦尾から浸水がどんどん拡大して船体後部から沈み始めた。
誘導弾で大きな被害を受けていた「インディペンデンス」には、速度も落ちて航跡がほとんど発生していないために、1本も命中しなかった。航跡誘導の欠点が前面に出た形だ。
全速で魚雷を避けようとしていた「アラバマ」には、8本の魚雷が向かっていった。既に艦橋や煙突付近が被害を受けていたために、甲板上の欺瞞弾の発射機も損傷していた。誘導を妨害されない魚雷は、5本が命中した。4層の水雷防御区画と船体内部に斜めに設けられた310mmから25mmまで厚さが変化する傾斜装甲は、戦艦としても良好な防御性能を有していたが、多数の魚雷が同時に命中するとそれも耐えられなくなった。右舷側の巨大な破孔から缶室と機関室に浸水が始まった。既に命中していた2本に加えて5本の魚雷は、最新型の戦艦でも耐えられる限度を超えた数だった。「アラバマ」は、完全に海上に停止して、右舷に傾きつつ喫水がどんどん増加していった。しばらくして、総員退去が始まった。
「アイオワ」には、6本が向かっていったが、航跡欺瞞弾を右舷の2ヶ所から次々と発射して3本を回避した。1本は艦首の前を走り去ったので、2本が戦艦の航跡を探知してから回頭して戻ってくると右舷に命中した。船体内の4層の水雷防御と、傾斜装甲により、防御区画への浸水にとどめて、内部の機関は無傷だった。さすがに最新型の戦艦は水雷防御も優秀だ。
軽巡「モントビリア」は、「エセックス」の前方を航行していたが、6本の魚雷に狙われた。欺瞞弾の全力発射で3本を回避したが、妨害されなかった3本が船体中央部から後部にかけて命中した。十分な水雷防御を有さない軽巡にとって、3本の同時命中は限界を超えていた。すぐに艦尾の喫水が増して、上甲板が海水につかるようになった。それでも船体後部の沈降は回復せず、船体はどんどん沈み続けて完全に水没するのは時間の問題になった。
嵐のような日本軍機の攻撃が過ぎ去ると、艦隊の立て直しが始まった。既にできる限り多くの艦艇を引き連れてハワイに帰ることが最大の目標になっていた。キンケイド中将は、曳航の見込みが立たない「レキシントンⅡ」と身動きできない「インディペンデンス」の処分を命じた。駆逐艦が魚雷により空母を処分した。秘密の塊の空母が日本軍に鹵獲されることはなんとしても避けなければならない。
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