電子の帝国

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第20章 中部太平洋作戦

20.8章 マリアナ沖海戦5

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 烈風改を率いていた赤城戦闘機隊の板谷少佐は、友軍の誘導弾攻撃が終わり次第、米軍戦闘機隊に突入すると決めていた。少佐の部隊は単座型なので、空戦でも引けをとらないはずだ。そのため、誘導弾を装備した編隊の後方から米軍に接近するに伴って徐々に高度を上げていた。

 予定通り、先行した複座烈風改から、誘導弾攻撃が開始されたのが良く見えた。米軍からの妨害があったようだが、編隊の中で爆発した誘導弾により、整然と飛行していたグラマンとコルセアの編隊は一瞬でバラバラになって、混乱が広がってゆくのがよくわかった。板谷少佐は今が攻撃の機会だと判断した。
「敵編隊は崩れたぞ。米軍戦闘機に向けて直ちに突撃せよ! 繰り返す。米戦闘機隊に突入せよ」


 一航戦の40機余りの烈風改は混乱している北側のF4Uの編隊に向かっていった。F4Uの編隊は誘導弾により、既に20機程度に減少していた。数では烈風改が圧倒的に有利だ。しかし、F4U-4は、烈風改よりも速度で上回っているために、最初の降下攻撃を急旋回でかわした機体はそのまま全速で距離を空けることができた。F4Uにも劣位な初撃を避ければ、再び攻撃の機会があるだろう。

 F6Fの編隊に向けて、五航戦の30機以上の烈風改が降下攻撃を仕掛けた。誘導弾で被害を受けて、十数機に減ったF6Fの編隊は、30機の烈風改に対して数で不利になっていた。しかも、上空からの降下攻撃だ。かなりの数のF6Fが2倍の烈風改から追われる状況になって、真っ先に急降下で退避した機体を除いて、追いまくられることになった。烈風改から攻撃されて、翼や胴体の一部を失ったり、激しく炎を噴き出して墜落してゆくか、煙を引きながら海面へと急降下してゆく。

 誘導弾を発射した30機の複座型烈風改は、そのまま上昇して米戦闘機の上空を通過すると、後方の雷撃機の編隊に突進していった。重量級の魚雷を搭載して緩慢な機動しかできないTBFアベンジャーに対して、20mm機銃4挺で攻撃できる烈風改は圧倒的だった。たちまち15機余りが撃墜された。烈風改の攻撃は1回では終わらず、水平旋回で再び後方に回り込んで飛行している機体を見つけて繰り返し攻撃してきた。

 飯塚大尉は意識していなかったが、彼の部隊が撃墜した機体には、胴体内に魚雷の代わりに各種の電子機器を搭載した機体が含まれていた。レーダーによる友軍機の誘導と日本軍に対する電波妨害を任務とした機体だ。第一次攻撃隊には8機の電子機器搭載のTBFが随伴していたが、あっという間に撃墜されて妨害電波発信も不可能になった。

 一方、30機を超えるSB2Cの編隊は、今まで護衛戦闘機の後方で攻撃を受けることもなく飛行してきたが、F6Fを追い払った一航戦の烈風改が攻撃を仕掛けてきた。20機余りの烈風改がSB2C編隊の南側にまわり込んで、側面から攻撃を仕掛けた。

 急降下爆撃機とほぼ同数の烈風改は散開するとそれぞれ攻撃目標を見つけて、攻撃を開始した。20mm機銃弾を受けて次々とヘルダイバーが墜落してゆく。わずか数分の戦いで飛行しているSB2Cは20機程度に減っていた。

「青葉」には、前線の戦闘状況が伝えられていた。さすがに戦闘機隊から直接通知が入ることはないが、母艦を経由して直衛隊の戦闘状況が入ってきた。

 小沢長官も、次々と米軍機が駆逐されている報告を聞いて安堵していた。
「まずは友軍が優位に戦いを進めているようだな」

 大前参謀が小走りでやってきた。
「『摩耶』と『愛宕』の電探が接近する攻撃隊を探知しました。戦闘機の攻撃を潜り抜けた米軍攻撃隊の残存兵力と推定されます」

 すぐに緩んでいた表情を引き締めて、小沢中将が命令した。
「全火力による迎撃を命令する。上空の戦闘機は退避だ」

 一航戦は、前衛には航空巡洋艦として、誘導弾を搭載するように改修されていた「愛宕」と「摩耶」が航行していた。これらの2隻の西には防空駆逐艦の「秋月」と「照月」が続いていた。更に、後方にやや離れて「利根」と「筑摩」が空母の両側を守るように航行していた。巡洋艦と駆逐艦が取り囲んだ内側には、「赤城」「加賀」「飛龍」が航行していた。続いて、最後尾には防空巡洋艦への改造を実施した「熊野」が警戒していた。

 空母の防衛陣形から東側に突出していた「愛宕」と「摩耶」「秋月」「照月」は、米軍機に近づくように東方に向けて速度を上げた。後部船体に誘導弾を装備した巡洋艦は南方に艦首を向けた。敵編隊に正対していては誘導弾を発射できないのが、カタパルトの後部装備の欠点だ。続いて、艦尾のカタパルトを北東に向けると、二式改一誘導弾を発射した。対空誘導弾は、改一になって、アリューシャンの戦いの経験から、電波妨害に対して誤作動が減るように誘導部を改良していた。しかし、妨害電波を照射する予定のTBFアベンジャーは既に撃墜されていた。

 東方の空中で2発の誘導弾が爆発すると、やや遅れて1発が爆発した。連続して発射された誘導弾は、この後も5分程度の間に10発が空中で爆発した。「愛宕」と「摩耶」「秋月」「照月」の射撃した高射砲弾も次々と爆発している。「愛宕」と「摩耶」は誘導弾発射のために艦首を南に向けたので、攻撃隊に最も接近したのは「秋月」と「照月」になった。

 激しく高射砲を撃ちながら東方に進んでいた「秋月」と「照月」に向かって、攻撃を抜け出した9機のSB2Cが、緩降下を開始した。今や対空装備を充実させた乙型駆逐艦は自らを守るために10cm高射砲と37mm機関銃を全力で射撃していた。対空砲火で3機が黒煙を噴き出して墜落してゆく。

 6機のSB2Cが高度5,000mから、爆弾倉を開いて特徴的な形状の爆弾を投下した。アメリカ軍は、パナマの戦いでは目視で誘導するVB-1を使用したが、同時誘導数や爆撃手の技量に依存するなどの不満があった。陸海合同で爆弾に対する様々な誘導方法を実験したが、有効性と動作の確実性が認められたのが赤外線を使った方式だった。

 喉から手が出るほど誘導弾を必要としていた海軍は、直ちに赤外線誘導弾をASM-N4ダブとして実用化した。1,600ポンド(726kg)の徹甲榴弾を弾体として、先端に赤外線探知部と尾部に八角形の誘導翼を追加した。なお、ロケットなどの動力部は有していないので、上空で通常爆撃の要領で照準を合わせる必要があった。

 激しい対空砲火の中で「秋月」には2発の爆弾が投下された。同時に4発が「照月」に向かって落下してゆく。「秋月」は右舷への急回頭で1発をかわしたが、1発が後部艦橋付近に命中した。後部艦橋が吹き飛び、3番砲塔も爆風で砲座から外れた。「秋月」は海上に停止すると、後部の喫水が増加したがかろうじて沈没は免れた。「照月」には2発の赤外線誘導弾が左舷後部船体のと煙突に命中した。船体の後部2割程度が吹き飛んで、機関が全滅した「照月」は海上に停止した。「照月」は、左舷傾斜による沈没を防ぐために懸命の努力をしていたが、全ての機関と缶室が損傷したために航行は不可能だ。

 すぐに、戦闘の結果は「青葉」に通知された。
「戦闘機と誘導弾の攻撃により、米軍攻撃隊を撃退しました。『照月』は、2発の被弾で大傾斜後に横転して沈没。『秋月』も1発被弾のために行動不能ですが、浸水はおさまっているようです。2隻の損害で、我が艦隊に襲来した米軍の攻撃は終わったと判断します」

 小沢長官は強くうなずいたが、武市電子参謀が口をはさんできた。
「計算機は、第二次攻撃隊の襲来を予測しています。一刻も早く上空の戦闘機に補給しないと、機銃弾と燃料が不足した戦闘機で迎撃することになります」

 これには吉岡航空参謀が反応した。
「もっともな意見です。直ちに直衛機を着艦させて補給が必要です。全力で戦闘機の収容を進めます」

 一航戦の「赤城」と「加賀」「飛龍」が風上に向けて一斉に変針した。回頭を待っていたかのように、上空から脚を下げた戦闘機が降下してきた。南方に離れた海上では、五航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」も戦闘機の収容を開始していた。

 ……

 上空の戦闘機を収容して、着艦した戦闘機に補給をしていると、東方を飛行していた天山が編隊の探知を報告してきた。想定以上に早い攻撃隊の出現に「青葉」の一航艦司令部は騒然となった。

 大前参謀が駆けてやってきて報告した。
「東方から接近してくる編隊を天山が探知しました。艦隊から離れて東方海上を航行している『巻雲』も3群に別れた大編隊を電探で捉えたとのことです。天山と駆逐艦は、位置から考えて同じ編隊を発見したと考えられます」

 すぐに小沢中将が反応した。
「迷っている時間はないぞ。想定よりも早いが、米軍の第二次攻撃隊が襲来してきたのだ。直ちに上空の戦闘機に迎撃させよ。戦える戦闘機の数はどれほどか?」

 その場にいた全員が航空参謀の吉岡少佐の顔を見た。
「現状で、上空の戦闘機は約30機。10分間、発艦を継続すれば、50機近くに増えます。もちろん20分ならば、上空の戦闘機はもっと増やせます」

 若干声を大きくして小沢中将が命令した。
「五航戦と一航戦に敵編隊の接近を伝達。しばらくは戦闘機の発艦を優先させる。但し、対空砲の射程内に米軍の攻撃機が迫った場合は、発艦を中止して空母を退避させる」

「三和参謀長、現時点で飛行中の全戦闘機を東に進出させて、米軍編隊を足止めさせよ」

 想定よりも時間的に早く第二次攻撃隊がやってきたのは、米空母が装備していた油圧カタパルトの効果が大きい。飛行甲板後部が発艦準備中の多数の機体で埋まっていても、前方の機体からカタパルトでどんどん発艦できる。自力滑走で飛行甲板を長く使う日本の空母よりも多数の機体を一気に発艦させられるのだ。

 ……

 F4U戦闘機隊を率いていたフォス少佐は前方から接近してくる機影を発見していた。
「前方13時方向に20機程度の日本軍戦闘機だ。我々よりやや高い」

(護衛のF4UとF6Fを合わせれば、54機だ。機体の性能を考慮しても、こちらが負けることはない)

「全員、よく聞け。敵機の数は20機程度だ。落ち着いて戦えば、我々が負けることはない」

 少佐は緩降下で距離を詰めてくるサム(烈風)に向けて、機首を上げた。先制攻撃を受ける前に、反撃しようと考えたのだ。

 スロットルを最前方まで押し倒す。途中で横に張られたワイヤーを押し切った感覚がある。これで、R-2800は2,300馬力の緊急出力になったはずだ。その証拠に、機首の振動と騒音が猛然と増え始めた。そのまま、反撃すべく烈風改に向けて突入を開始した。

「翔鶴」戦闘機隊の岡島大尉は、想定外の米軍機の行動に驚いていた。まさか、上昇姿勢で反攻してくるとは考えなかったのだ。自分ならば、徐々に上昇しながら大きく旋回して高度を稼いだ後に戦闘機との空戦に持ち込むだろう。あえてそのような機動をしないのは、後方の爆撃機編隊を危険に晒さないためだろう。

「前方から上昇してくるコルセアに注意しろ。エンジン馬力に自信があるに違いない。敵機は正面から攻撃するつもりだ。接近したら、直線飛行を避けて機体を滑らせろ」

 27機のF4Uは、6挺の12.7mmを射撃しながら烈風改とすれ違った。しかし、大多数の烈風改は直前に機体を滑らせたために射撃を回避できた。回避の遅れた5機の烈風改が、機首から黒煙を噴き出して急降下してゆく。撃墜されたかどうかわからないが、この時点で戦力外だ。

 烈風改の編隊は、F4Uの攻撃を避けるとそのまま、下方のF6Fに向かって降下していった。後方のコルセアよりも前方のグラマンが優先だ。そのまま突っ込んでゆくが、F6Fは大きな主翼を生かして急旋回で避けようとした。

 しかし、旋回性能ならば烈風改の方が優れていた。小半径で旋回して後方につけると20mmで射撃した。あっという間に5機のF6Fが墜ちてゆく。

 単座型烈風改のやや後方を飛行していた10機の複座型烈風改は、戦闘機編隊の南側を迂回すると、後方のTBFアベンジャーに接近していった。距離を見計らって側面から一斉に20発の対空誘導弾を発射した。

 編隊の前方を飛行していた8機のSB2Cがウィンドウを内蔵したポッドを投下して、電波を反射する雲を空中で作り出した。白煙を噴き出しながら飛行していった誘導弾は、編隊に達する前に10発近くが爆発した。それでも、TBFの編隊内で6発が爆発する。至近弾で主翼が、ばらばらになったTBFが裏返りつつ機首を下げた。尾翼を失ってきりもみで墜落する機体もある。

 フォス少佐は、自分たちより低い高度で複座の戦闘機がアベンジャーの編隊に向けてミサイルを発射するのを発見した。急降下してゆく間に下方の複座のサムは、急降下爆撃機にどんどん接近している。目の前で、サムが発射したミサイルに6機が撃墜された。

「東南東、アベンジャーがサムから攻撃を受けている。全速で急降下せよ」

 20機以上のF4Uが複座側烈風改の上から急降下で襲い掛かった。さすがに最新型のF4Uに対して複座の烈風改では性能的にかなわない。しかも10機の複座機では数でも圧倒的に不利だ。4機が撃墜されて、残りの複座型烈風改は機体を翻して逃走していった。

 岡島大尉は友軍の複座戦闘機が劣勢なのはわかっていたが、目の前のグラマン戦闘機との戦いで手いっぱいだ。こちらも戦闘機としての性能は、それ程差がないのに数では劣勢だ。

 まだ、最も後方で日本軍機から攻撃を受けていないSB2Cヘルダイバーの編隊は、西へと進んでいた。その時、五航戦から発艦して高度を稼いでいた20機の烈風改が下方から上昇してきた。

 半沢飛曹長は、正面のやや高いところに敵編隊を発見して下方からの攻撃を決断した。不十分な態勢だが時間を優先したい。
「このまま、前方の爆撃編隊を上昇しながら攻撃する」

 ちらりとふり返ると、列機の岡部二飛曹がバンクをしている。この攻撃法に賛成しているのだ。

 SB2Cを下方から攻撃するのは結果的に成功だった。TBFとは異なり、この急降下爆撃機は下面を防御するための機銃を装備していない。むき出しになった胴体下面に向けて、烈風改は4挺の20mm機関銃を射撃した。たちまち10機余りが煙や炎を噴き出して墜ちてゆく。

 半沢機はSC2Cの編隊を下方から上に突き抜けると、ヘルダイバーの北東にはTBFが飛行していた。
(圧倒的に敵機の数が多いぞ。とにかく手あたり次第爆撃機を撃墜するしかない)

 五航戦の烈風改の一部は前方に発見したTBFの編隊に襲い掛かった。TBFの編隊は対空誘導弾の射撃を受けて14機に減っていたが、烈風改の攻撃を受けて11機に減った。しかし、烈風改も再攻撃により全ての雷撃機の撃墜は不可能になった。アメリカ軍の戦闘機が近づいてきたからだ。

 複座戦闘機を撃退したフォス少佐は、またも爆撃機を攻撃しようとしている新たなサムの編隊を発見した。
(今日はとんでもなく忙しいぞ。新しい敵編隊だ)

「西北西、新たなサムの編隊がアベンジャーを攻撃している。このまま全速で西に向かえ」

 岡部二飛曹は、右翼側から接近してくるコルセアの編隊を発見した。このまま米軍の爆撃機を攻撃していたら、間違いなく上に被られて攻撃される。
「3時方向、コルセアの新たな編隊。急旋回で回避」

 急旋回で回避して、かろうじてコルセアの攻撃を回避したが、米軍爆撃機に対する攻撃は中断せざるを得ない。

 ……

「愛宕」と「摩耶」の電探が、艦隊に接近してくる攻撃隊を探知した。「青葉」に敵編隊接近の報告が上がって来た。
「前衛の『愛宕』が、米軍攻撃隊を電探で探知。攻撃機の編隊が接近中です」

「うむ、直ちに誘導弾攻撃開始だ」

 この時、東側から高度を上げながら接近していたのは22機のSBCだった。烈風改の攻撃で10機以上が撃墜された。それでも護衛戦闘機のおかげで、まだ編隊を保っていた。トーマス少佐は、想像以上のサムの強さに驚いていた。
(今回の戦いでは、我が軍も新型戦闘機を配備して準備をしてきたはずだ。しかし、日本軍のサムも改良されていた。日本軍を侮るべからずということだな)

 前方に護衛の巡洋艦が見えてきた。艦尾に大きな箱型の構造物とカタパルトが見える。
(あれが、噂に聞く対空ミサイルを搭載した巡洋艦か。我々にとっては疫病神だ)

 中隊の無線系につなく。
「前方に護衛艦艇が見えている。おそらく、対空巡洋艦だ。ミサイル攻撃に注意しろ。チャフを散布せよ」

 すぐに、4機のSB2Cがポッドを投下した。空中でポッドが割れるとチャフが一面に広がっていった。

 あとは、ミサイルが命中しないことを祈るだけだ。トーマス少佐は心の中で祈った。
(神の御加護があらんことを。私だけでなく、この編隊の全員が加護を必要としているな)

 少佐の心中をあざ笑うかのように、空中で爆発が発生した。ミサイルで撃たれているのだ。4発のミサイルが、前面のチャフで爆発しているように見える。しかし、ミサイル攻撃はそれだけではなかった。チャフの雲を抜けてきた3発のミサイルが編隊内で爆発した。既に、飛行している爆撃機は20機以下に減っていた。

「VB-5(第5爆撃飛行隊)は巡洋艦に向けて爆弾を投下せよ。VB-2は空母を狙え」

 少佐はあらかじめ激しい対空砲火を受けたならば、防空艦を攻撃する案を考えていた。その時は「ヨークタウンⅡ」のVB-5が、最初に攻撃すると決めていた。

 8機のSB2Cが高度5,000mから、赤外線誘導の爆弾を投下した。急降下せずとも上空から投弾できる赤外線誘導爆弾は、爆撃隊の更なる被害の拡大を防いでいた。

 全速で航行する巡洋艦は上空から見れば巨大な赤外線放射源だ。最も赤外線が強いのは2つの煙突だ。煙突の後方にたなびく煙からも赤外線が放射されていたが、空中で拡散すると急速に弱くなった。

 トーマス少佐が投下したASM-N4は、落下の途中で「愛宕」の煙突から放射される赤外線を捉えた。1発が前部煙突の右舷側に直撃した。5,000mから落下してきた爆弾は、1,000km/h近くの速度に達していた。当然、高度数百メートルで投下する急降下爆撃よりも爆弾の貫通力はかなり大きくなる。

「愛宕」は下甲板に35mm鋼板を取り付けていたが、高速の1,600ポンド(726kg)の徹甲榴弾に対しては、全く無力だった。上甲板から装甲板まで全ての水平隔壁を突破して、缶室の底部で爆発した。爆圧を受けて2つの缶が破壊された。

 1発が命中した後も、4発の誘導弾が「愛宕」を狙って落下中だった。激しく左舷に回頭する「愛宕」の後部煙突の前後に2弾が命中した。弾頭は、水平装甲を貫通して機関室と缶室内で爆発した。全ての機関が停止すると共に、連続した命中弾で右舷艦底部の二重底に亀裂が生じて、大規模な浸水が始まった。「愛宕」は右舷側に傾斜が生じると、どんどん増していった。横転しつつあるこの巡洋艦を救うことはすぐに不可能になった。

 南側の「愛宕」が致命的な被害を受けている頃、北側を航行していた「摩耶」も爆撃されていた。3発の赤外線誘導爆弾が投下されて、最初に後部艦橋の直後に1発が命中した。水平甲板を次々に破って後部機関室で爆発した。2軸の推進器が停止すると共に、後部甲板下の機関と発電機がバラバラに破壊された。消滅した艦尾から浸水が始まる。更に1発が誘導弾の格納庫付近に命中した。カタパルトが空中に吹き飛び、格納庫内部の誘導弾も爆風を受けて四散した。飛び散った誘導弾の燃料に火がつくと後部甲板全体が炎に包まれた。炎が誘導弾の弾頭を次々と誘爆させた。短時間の間に「摩耶」の船体後部はボロボロになってしまった。船体後部の機関室に生じた大きな亀裂により「摩耶」はすぐに艦尾から沈み始めた。

「ホーネットⅡ」を発進したVB-2のベスト大尉は、空母を目指して爆弾を抱えたまま前進を続けた。やがて前方に空母が見えてきた。大型空母が2隻とその後方に1隻中型空母が見える。その間にも、1機が高射砲で撃墜された。

 空母を護衛している2隻の巡洋艦がさかんに高射砲を撃ってきた。
「全員、対空砲に注意せよ。レーダーで管制する対空砲だ。おそらくマジックヒューズを使っている」

 こんなことを言っても、何の役にも立たないのは承知している。高射砲弾にあたるかどうかは運次第なのだ。2機が煙を吐き出して墜ちてゆく。接近すると、前方の大型空母の艦橋が左舷にあるのがわかった。間違いない「アカギ」だ。

「前方の空母『アカギ』を攻撃する。予定した通り、水平爆撃で攻撃だ」

 ……

「赤城」艦長の青木大佐は、防空指揮所に上がって、東方の「愛宕」が爆撃される様子を見ていた。隣にいた砲術長の仲少佐に話しかけた。
「3発も命中したぞ。全速で回避している巡洋艦への爆撃では、驚くべき命中率だな」

「おそらく、我が軍の誘導弾のように、目標が動いてもそれに向かっていく爆弾をアメリカ軍も実用化したのです。誘導機能を有していなければ、これだけの命中率を実現できるはずはありません。次に狙われるのは我々です。周りの護衛艦艇がかなり頑張っていますが、全て撃ち落とすのは無理でしょう」

 言われるまでもなく、こちらに向かってくる爆撃機が、「赤城」を目指しているのは艦長にもわかっていた。「赤城」に加えて、挟むように航行している「利根」と「筑摩」がさかんに高射砲を撃ち続けている。「赤城」も「利根」「筑摩」も射撃方位盤を電探と計算機に連動する最新型に更改して、高角砲も長10cm砲に置き換えていた。その効果もあって、艦長の見ている間に4機を撃墜した。

「おもーかじー」

 青木艦長は北側を向いていた空母を東向きに回頭させた。爆撃機が空母に合わせて飛行経路を修正しているのがわかる。やがて、爆撃機の腹部から黒い物体が投下されるのがわかった。

「とりーかーじー、いっぱーい」

 爆撃機の照準時に左に回頭しておいて、爆弾投下後に右方向に切り替えて狙いを外すのが艦長の作戦だった。米軍が投下したのが誘導弾であれば、方向転換しても弾道を変えるかもしれない。それでも、急回頭すれば誘導弾でも狙いは不正確になるはずだ。

 上空で投下された4発の赤外線誘導爆弾は、全力運転の「赤城」が発する赤外線を目標にして落下してきた。「赤城」にとって、不幸中の幸いだったのは、煙突が右舷から海上に向けて突き出していたことだ。つまり、煙突を正確に狙った爆弾が円形の範囲にばらつくと考えると、少なくとも半数は海上に落下することになる。しかも直前の右舷への回頭が更に命中率を悪化させた。

 赤外線誘導爆弾は3発が海上に落下した。しかし、1発が左舷よりの飛行甲板に直撃した。1,600ポンド(726kg)の徹甲榴弾は、飛行甲板から下甲板まで簡単に貫通して、57mmと22mmの合わせ装甲も貫いて、左舷側機関室で爆発した。半数の機関が一瞬で停止すると共に、飛行甲板が小山のようにもりあがった。しかも左舷側に亀裂が発生して浸水が始まる。

「海上に停止せよ。幸い火災は発生していない。左舷からの浸水を防げ。なんとしても『赤城』を日本に連れて帰るぞ」

 今の戦況では、大型空母は戦艦よりもはるかに貴重だ。幸いにもしばらくして、浸水を止めることに成功した。「赤城」は半減した機関で、10ノット程度で進むことが可能になった。

 ……

 一方、南側を航行していた五航戦には、11機のTBFが接近していた。もともと20機の編隊だったが、烈風改から迎撃されて既に大幅に数を減らしていた。

 五航戦の空母を護衛していたのは、損傷復旧時に防空巡洋艦に改修された「最上」と「三隈」だった。2艦のカタパルトから次々と対空誘導弾が発射されてゆく。あっという間に、4機が撃墜された。TBFが接近してくると、舷側の10cm高角砲が火を噴いた。改修時に従来の12.7cm砲を更新したものだ。

 巡洋艦の後方を航行していた「涼月」と「初月」も全力で射撃を開始した。近接信管の爆発で3機が撃墜された。それでも最後まで残った4機のTBFアベンジャーが魚雷を投下した。

「最上」と「涼月」は、北北西方向からの雷撃を受けて、航跡誘導の欺瞞弾を発射した。8本の欺瞞弾が水素ガスの泡を噴き出しながら、魚雷に向けて航行していった。日本軍の狙い通り、4本の魚雷は空母の狙いを外して迷走を始めた。3本は遠方へと走り去っていったが、残った1本は空母に接近していた「涼月」の航跡を捉えて、方向転換して戻ってきた。

 大きく弧を描いてUターンしてきた魚雷は「涼月」の艦首に命中した。駆逐艦の第一砲塔より前の船体が爆発により消滅した。「涼月」は、直ちに海上に停止して、前方からの浸水を防ぐ作業に入らざるを得なくなった。

 米軍の攻撃は、アベンジャーの魚雷攻撃を最後に突然終了した。終わってみれば短時間に過ぎ去った猛烈な嵐のようだった。
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1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

超量産艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

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