電子の帝国

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第20章 中部太平洋作戦

20.11章 マリアナ沖海戦8

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 第34任務群への攻撃は、銀河による攻撃だけでは終わらなかった。20分後には、別働の第三次攻撃隊として行動していた烈風改と流星の部隊がアメリカ軍に接近していたのだ。

 編隊の先頭を飛行していたのは護衛の烈風改の編隊だった。夜間戦闘が前提となるので全ての機体が電探を装備している複座型だ。戦闘機隊指揮官の浅井大尉に後席の吉原一飛曹が呼びかけた。
「対空電探に反応が出ました。5海里(9.3km)、11時方向、おそらく編隊で飛行しています」

 浅井大尉にとっては、艦隊に接近すれば迎撃されるのは想定範囲内だ。すぐに無線を中隊系に切り替えて命令を発した。
「戦闘機隊は、よく聞け。前方11時から、敵戦闘機の編隊だ。三式誘導弾の射程に入り次第、射法乙で攻撃する。繰り返す、敵戦闘機に誘導弾の射撃だ」

 大尉からの命令に従い、烈風改の各機は1発の誘導弾を発射した。射法乙は、発見した目標に対してまず半数を射撃した後に、戦果を確認する。その結果を見て、残っている敵機にもう1発の誘導弾を発射する方法だった。誘導弾を節約する射撃法だと言える。

 しかし、アメリカ軍は大尉の想定外の行動をとった。烈風改が誘導弾を発射する直前に、上空から急降下で加速した6機のSB2Cヘルダイバーがウィンドウを格納した容器を左右の翼下から投下した。第38任務群の戦闘経験は、マケイン中将の司令部にも直ちに通知されていた。格納容器の外皮が空中で割れると、アメリカ戦闘機隊の前面近くにウィンドウの雲が出現した。

 後席の吉原一飛曹が思わず叫んだ。
「電探反射に異常あり。もやもやした雲が米編隊の前面に発生。敵編隊の位置が正確に判定できません」

「誘導弾に対する妨害ということか? 大量の金属箔を投下したのだな」

 一飛曹が浅井大尉の質問に答えるよりも早く、答えが出た。前方で10発以上の誘導弾の爆炎が発生した。その中で1発の炎が、すぐ近くを飛行する逆ガルの機体を映し出した。夜間戦闘なので、目視だけでは飛行している敵機の状況がはっきりとわからない。
「どうやら、1発以外は金属箔の雲に反応して爆発したようだ。電探の反応はどうか?」

「ちょっと待ってください。あっ、出ました。妨害はかなり少なくなりました。雲の後方に機体の反応あり。前方12時方向、4,000m付近に編隊。誘導可能な電波反射を受信できました」

 一飛曹の説明を聞きながら、前方で炎の尾を引いて墜ちてゆく1機の戦闘機を浅井大尉は視認していた。やはり、妨害されたが、1発は敵機を捉えたということだ。であれば、まだ多数の米戦闘機が飛行していることになる。しかも金属箔の濃度は誘導弾の空中爆発で低下したはずだ。そこまで考えて、すかざす大尉は、命令した。
「12時方向の敵編隊に向けて、残弾を一斉射撃。残りの三式誘導弾を発射しろ」

 2回目に発射された誘導弾が米軍機に向かって発射された。空中で10以上の爆発炎が発生した。今回は殆どの誘導弾が米戦闘機を捉えていた。
「前方の電探の反応が消滅しました。ほとんどの機体を撃墜したか、あるいは逃走したと思われます」

 浅井大尉は、米軍機の作戦目的が分かった。
(誘導弾回避の作戦としては悪くない。ただし、散布した金属箔の量が中途半端だったな。もっと連続的に散布すれば、かなり有効だったはずだ)

 敵戦闘機隊がいなくなったので、編隊の後方を飛行していた24機の流星が前面に出て降下を始めた。攻撃隊の南下に伴い、阿部大尉が命令を発した。
「これより敵艦隊に接近する。金属箔を投下しろ」

 輪形陣の北側を守っていた重巡「ヒューストン」と軽巡「モービル」、駆逐艦「メレディス」「グレイソン」は、北北西から飛行してくる編隊をレーダーで探知した時点で、直ちに行動を開始した。左舷に回頭してから、全速で日本の攻撃隊の方向に向かって進みだした。

 日本の攻撃隊が射程内に侵入してくると、レーダー照準で5インチ砲(127mm)の射撃を開始した。アメリカ海軍は5インチ高射砲弾に近接信管を使用していたが、日本軍が散布した金属箔の影響を受けて弾幕には誤差があった。それでも艦隊に接近するに従って狙いが正確になってくる。

 上空の偵察型天山が吊光弾を投下した。阿部大尉は、攻撃を確実にするために、目標に接近した時点で、艦隊を照らし出すことを決めていた。銀河の部隊と異なり、自分たちの機体は確実に電探で捕捉されるので、目視で発見される欠点は小さいと判断した。それよりも、目標をはっきりと定められるという利点を優先した。

 夜空が明るくなると、阿部大尉は、目標の空母をはっきりと見極められた。航跡追尾魚雷ならば、すぐにも雷撃可能な距離に入ってくる。大尉は、すぐに魚雷攻撃を決断した。

「全機、突入せよ。全機、雷撃を実行せよ」

 流星の編隊はどんどん降下していった。金属箔を散布したにもかかわらず、距離が縮まってくると雷撃隊への対空砲の照準は次第に正確になった。

 2機の流星が炎の尾を引きながら海上に墜ちてゆく。雷撃態勢に入ってからも1機が至近弾で尾翼を吹き飛ばされて、横転しながら海面に激突した。更に1機が駆逐艦の40mm機関砲弾の直撃を受けて、機首が全て吹き飛んだ。

 4隻の巡洋艦と駆逐艦の対空砲火を抜けてゆく間に、4機が撃墜された。その後も、最後尾の戦艦「アリゾナ」が降下途中の流星に向かって、猛烈な砲火を浴びせていた。「アリゾナ」は、旧式戦艦ではあったが、旧式の副砲を全て取り払って方舷あたり4基の連装5インチ砲に換装していた。艦橋や煙突脇には、4連装40mm機関砲も追加装備していた。

 しかも、戦艦「アリゾナ」は、今まで攻撃されることもなかったために、全力で対空射撃ができた。降下してゆく途中で、更に2機の流星が撃墜された。目の前の艦隊に対して、魚雷を投下できたのは18機の攻撃機だった。

 対空射撃で攻撃隊の前に立ちはだかっていた戦艦「アリゾナ」は、最初の雷撃目標となった。戦艦に向けて、3本の魚雷が投下された。

 雷撃目標になったのを確認すると「アリゾナ」は左舷から連続して航跡追尾の欺瞞弾を発射した。しかし、非誘導で一定時間、航走した後に誘導を有効にするという日本側の魚雷の改良により、1本が狙いを変えただけだった。

「アリゾナ」に向かった魚雷のうちの1本は、左舷中央部に命中した。更に後方を通過した魚雷のうちの1本が航跡を横断して往復してきて右舷艦尾に命中した。

 戦艦「アリゾナ」の水雷防御には、二重隔壁とその内側に1.5インチ(38mm)鋼板が垂直に張り付けられていた。舷側の隔壁を貫通した魚雷の弾頭は、1.5インチ装甲板の表面で爆発した。鋼板は弾頭の貫通を防いだが、この旧式戦艦の水雷防御区画は九一式魚雷の450kg弾頭の爆圧を全て受け止めることはできなかった。命中付近の二か所に亀裂が発生した。すぐに左舷側缶室への浸水が始まった。船体幅の狭い艦尾近くに命中した1本は、二重の水雷防御壁をやすやすと突破すると、左舷側機械室で爆発した。

 左舷中央部と後部に大きな被害を受けた「アリゾナ」は、浸水により左舷への傾斜が始まると同時に機械室と缶室への被害により左舷側の2軸が停止した。北東に全速で進んでいた戦艦は、どんどん速度を落としていった。

 既に、機関への被害と格納庫の火災により大きく速度を落としていた空母「カリフォルニア」には、5本の魚雷が狙いをつけた。空母の北側を航行していた重巡「オーガスタ」が、空母を守るために左舷から魚雷欺瞞弾を発射した。2本が狙いを外したが、空母の航跡を横切った3本が船体後部と中央部に連続して命中した。

 魚雷弾頭の爆発により、一旦、消火されていた格納庫の火災が拡大するとともに、右舷の機械室に発生した浸水により全ての推進器が停止した。同時に、喫水がどんどん深くなって、すぐにポンプの排水は追いつかなくなった。艦長のワデル大佐は、機関部の回復と浸水を止めることができないと判断して、総員退艦を決断した。ぐずぐずしていれば、沈没時の渦に巻き込まれる可能性がある。2発の誘導弾に続いて3本の魚雷の命中にはさすがに戦艦を改修した船体では耐えられなかった。

 しばらくして「オーガスタ」の右舷に1本が命中した。「カリフォルニア」を外れた魚雷が、大きく弧を描くように戻ってきて命中したのだ。船体後部に命中した魚雷は、側面の二重隔壁を簡単に破ると、機関室内部で爆発した。浸水が始まって艦尾からどんどん喫水が増してゆく。全速航行で発生していた水圧が流入する水量を増加させた。急速な浸水で区画の閉塞が間に合わなくなった。「オーガスタ」は後部船体からの浸水により、全機関が動作不能になった。やがて電源も喪失してポンプが止まると、浸水を止める手段が完全になくなって、船体の沈下が加速していった。

 格納庫で大火災を発生させた「テネシー」は、低速で東に航行していた。投下された3本のうちの1本が、航跡探知以前に左舷に直撃した。更に1本が、航跡を探知して戻ってきて右舷側に命中した。左右の両舷から浸水が始まって、完全に海上に停止することになった。徐々に喫水が増加してゆく空母から退艦が始まった。

 輪形陣の東側を航行していた戦艦「ネバダ」を狙ったのは、4本の魚雷だった。流星が魚雷を投下したのを見て、欺瞞弾を発射したにもかかわらず、戦艦の航跡を横切った2本の魚雷が戻ってきて、右舷中央部あたりに続けて命中した。魚雷の弾頭は、2層の垂直隔壁を破って、1.5インチ(38mm)鋼板上で爆発した。1本目の爆発は何とか装甲板が防いだが、2発目の爆発は缶室への巨大な亀裂を発生させた。右舷側に傾斜が始まるとともに、半数の推進器が停止した。

 誘導弾により被害を受けていた空母「アイダホ」にも4本が向かっていった。随伴していた駆逐艦「メレディス」が欺瞞弾を発射したにもかかわらず、2本の魚雷が改造空母に命中した。1本は、船体後部の機関室側面で爆発して缶室が浸水した。1発は船体中央付近に命中して、缶室に浸水を引き起こした。右舷からの浸水で船体が右側に傾き始める。海上に停止して左舷への注水で喫水は深くなったものの傾斜を回復させてのろのろと、東に向けて進み始めた。

 ……

 二航艦の第三次攻撃隊により、第34任務群の空母戦力は完全に無力化された。それでも第四次攻撃隊はアメリカ艦隊への攻撃を中止することはなかった。既に海上の輪形陣は大きな被害を受けて大混乱だった。

 四航戦の烈風改と流星、天山の編隊を率いていた角野大尉は、攻撃すべき目標を判別するために、移動する目標を電探で探した。海上には火災を起こして停止した空母が見える。しかし、大尉は、燃えながら動けない艦艇には、既に戦力を喪失していると考えて目もくれなかった。

 バラバラになった艦隊の上空には、護衛の戦闘機は既に飛行していなかった。空母の飛行甲板が被害を受けて着艦も発艦も不可能になっていたからだ。ハワイに戻るためには、艦隊は東に向けて進んでいるはずだ。

 第四次攻撃隊が東に向けて飛行すると、天山の電探が3隻の大型艦が縦列になって航行しているのを捉えた。攻撃隊が探知したのは、2つの縦列艦隊だった。東側の艦隊は、戦艦「ネバダ」が前方を航行して、誘導弾により被害を受けた「ミシシッピ」が続いていた。西側の艦隊の先頭は戦艦「オクラホマ」が航行していた、更に後ろに「アイダホ」と「ニュー・メキシコ」が10ノット程度の低速で続いていた。

 後方艦隊の先頭の「オクラホマ」はまだ被害を受けていなかった。日本攻撃隊の接近をレーダーが探知すると、激しく対空砲の射撃を開始した。東側の戦艦「ネバダ」もまだ残っていた高射砲の射撃を始めた。

 第四次攻撃隊を護衛していた烈風改は、まだ米軍の戦闘機と交戦していなかったから、両翼下に対空誘導弾を残していた。5機が最も激しく対空砲火を打ち上げている戦艦「オクラホマ」に向かって10発の対空誘導弾を発射した。対空目標に比べれば格段に大きな電波反射に対して、7発が命中した。

 空対空誘導弾であっても非装甲の上部構造物であれば、何らかの被害を与えることになる。右舷側に搭載された2基の5インチ連装砲と2基の4連装40mm機関砲が射撃を停止した。まだ残っていた噴進弾の推進剤が燃焼して、甲板上の40mm機関砲弾が次々と誘爆して右舷に火災が発生した。

「ネバダ」には、3機の烈風改が6発の対空誘導弾を発射した。4発が煙突から高角砲に命中した。3基の高角砲が破壊されて、煙突側面にも破孔ができた。

 高射砲の弾幕が弱くなったところで、天山が吊光弾を投下した。18機の流星が5隻の大型艦に向けて魚雷を投下した。角野大尉は、照明にさらされた大型艦に対して、特定の艦に魚雷が集中しないように、均等に攻撃機を割り振った。

 東側を航行していた「ミシシッピ」には、4本が投下された。既に誘導弾による被害で対空砲もまともに射撃できず、魚雷の欺瞞弾も発射できない。

 既に、損傷していたこの空母には、3本の魚雷が連続して命中した。艦尾近くに命中した1本は、船体内側まで貫通して、機械室で爆発した。左舷に命中した2本は内部の1.5インチ(38mm)垂直鋼板に亀裂を発生させて機関部が浸水した。そのおかげで「ミシシッピ」は海上に停止して、左舷に傾斜し始めた。3本の魚雷が発生させた大量の浸水は、傾斜を急速に増加させて回復不可能になっていった。

 4本の魚雷が投下された「アイダホ」には、右舷に2本が命中した。既に誘導弾と魚雷を被弾していたこの空母に更に右舷機関室と缶室への浸水が加わった。今までの応急処置も無効になって、「アイダホ」はどんどん沈み始めた。

 空母としては最も西側の最後尾を航行していた「ニュー・メキシコ」には、5本の魚雷が投下された。最初に1本が艦尾に命中して、推進器を破壊した。続いて右舷側に2本が命中した。全ての推進器が停止して、海上に停止するとともに、機械室と缶室に浸水が始まった。3発の誘導弾と3本の魚雷による被害が合わさったことですぐに沈み始めた。

 戦艦「オクラホマ」には3本が投下されて2本が命中した。船体後部に命中した1本は、水雷防御区画を破って、後部機関室で爆発した。船体中部に命中した1本は水雷防御を貫通した後に1.5インチ(38mm)装甲上で爆発して、機関室の側面隔壁に亀裂を発生させた。左舷の広い範囲で浸水が始まった。半数の機関が停止して、防水処置のために海上に停止せざるを得なくなった。

 続いて戦艦「ネバダ」には2本の魚雷が投下されて、1本が左舷に命中した。舷側に生じた破孔から機関室への浸水が始まった。「ネバダ」も浸水の影響もあってどんどん速度が落ちてゆく。

 二航艦の攻撃により、もともと5隻が航行していた第34任務群の空母は全てが海中に姿を没することになった。

 ……

 六航戦を発進した10機の銀河の部隊は、更に東へと飛行していた。しばらくすると電探が、高速で東へと航行している艦隊を発見した。空母と戦艦への攻撃が優先されたおかげで、今まで攻撃を受けなかった巡洋艦を中心とした部隊は、ほぼ全速に近い速度で東の輸送船団を目指していた。

 巡洋艦「バーミンガム」と「モービル」「サンタフェ」、更に数隻の駆逐艦からなる艦隊は、ウェーク島の南方海域を目指していた。

「バーミンガム」艦長のウィルクス大佐は、東に進んでいる輸送船団に追いつこうと考えていた。グアムに大規模な航空基地を建設するための物資や人員を積載した貨物船やタンカーの船団は機動部隊から遅れて後方を航行していた。ハワイの太平等艦隊司令部からの命令で、既にハワイに向けてUターンしているはずだが、30ノット超で東進すれば、十分追いつけるはずだ。日本軍からの攻撃が十分予想される海域で、巡洋艦の部隊が、輸送船団の護衛に加わる意味は決して小さくない。

 しかし、輸送船団に追いつく前に、西北西から日本軍機がやってきた。艦隊のレーダーが攻撃隊を探知できたのは、かなり距離が近くなってからだった。すぐに、ウィルクス大佐は対空射撃を命令した。
「全翼のレーダーに映りにくいフランシス(銀河)の編隊だ。今まで、日本軍は誘導ミサイルで空母を攻撃してきた。我々にも同じ手段で攻撃してくるはずだ。今すぐにでもミサイルが飛んでくる可能性があるぞ」

 随伴している駆逐艦も含めて、5インチ(127mm)高射砲の射撃が始まった。クリーブランド級軽巡洋艦は、連装の5インチ両用砲を6基搭載していた。駆逐艦も合わせて30門近くの高射砲が一斉に射撃を開始した。しかし、夜間のレーダー射撃でしかも相手は電波反射の少ない全翼機なので、命中率はかなり悪い。それでも近接信管の効果で、不運な1機の銀河が至近弾を浴びて墜ちてゆく。

 残った9機の銀河は噴進式の対艦誘導弾を一斉に発射した。4発が先頭の「バーミンガム」に向かって飛行していった。3発が船体の前方から中央部にかけて命中した。上甲板から突入した誘導弾は、2インチ(51mm)の水平装甲を破って船体内部にまで達した。全ての缶室と機関室が爆破されて、船体にも亀裂が発生した。大規模な浸水が始まって、推進器が全て止まった。どんどん喫水が増えていって、誰の目にもこの艦を救えないのは明らかだった。

「モービル」には3発の誘導弾が飛翔していった。2発が船体からの反射電波を捉えて、命中した。1発は後部機関室を破壊した。残りの1発は、第2砲塔直上に命中して3インチ(76mm)の天蓋装甲を貫通すると、前部弾薬庫に達して爆発した。誘導弾の爆発から一瞬遅れて、艦の前半部が大爆発した。夜間の海上が数Km先まで照らすように、一瞬明るくなった。船体の前部をそっくりと失った「モービル」は、艦尾を持ち上げて船体前半部から沈み始めた。

 2発の誘導弾に狙われた最後尾の「サンタフェ」には1発が命中した。誘導弾は、船体中央部に命中して500kgの弾頭が缶室で爆発した。推進器の半数が停止して、速度が15ノットに低下した。「サンタフェ」は、船体の浸水で喫水もかなり増えたが、何とか沈没は逃れた。

 深夜に飛来してきた日本軍機の攻撃は、終わるのも唐突だった。軽巡洋艦上での爆発が収まると、既に日本軍機の影は見えなくなっていた。

 ……

 日本軍よりも遅れて発進した第34任務群の第一次攻撃隊が、日本艦隊に接近していた。この攻撃隊は、日本艦隊が南東へと全速で進んでいたこともあり、実際の艦隊の位置よりもやや北方に飛行してゆくことになった。

 それでも、編隊に随伴していた捜索レーダーを搭載したTBFアベンジャーが、周囲を飛行して日本艦隊を捉えた。

 結果的に、攻撃隊は日本艦隊の北北東から接近することになった。飛行してくる編隊を最も早く探知したのは、艦隊から50海里(93km)程離れて、外側を飛行していた電探装備の天山だった。すぐに「衣笠」の二航艦司令部に攻撃隊接近の情報が通知されてきた。

「北東方向、方位20度に大編隊を探知。距離90海里(167km)」

 この時、艦隊上空には、27機の夜間戦闘機の複座型烈風改が飛行していた。烈風改の編隊は電探搭載機からの情報に従って、艦隊の北東方向に飛行していった。

 ……

 TBFに搭乗していたトーマス少佐は、日本の戦闘機が対空ミサイルを使用していることを発艦前に聞いていた。ミサイルの誘導方法までははっきりしないが、レーダーが使用しているような波長の短い電波を利用しているのだろうと想像していた。

 TBFアベンジャーの対空レーダーに日本軍戦闘機の反射が出ると、トーマス少佐はあらかじめ決めていたミサイル対策の実行を命令した。
「日本軍機が接近してきた。前衛部隊はウィンドウを散布せよ。続いて、TBFは妨害電波を放射。対空ミサイルが飛んでくるぞ」

 編隊の前方上空を飛行していた6機のSB2Cヘルダイバーが、翼下の容器を投下して後方に飛行していった。

 空母「ミシシッピ」戦闘機隊のフラットレー少佐は、戦闘機隊は密集するよりも散開させた方が、ミサイルの被害を減少できると考えていた。密度が高ければ、少数のミサイルで複数の機体が撃破されるだろうと考えたのだ。

 しかも対空ミサイルへの事前検討から、長いやりに相当するミサイルは懐に入れば、命中が困難になるだろうとの意見が出ていた。少佐も有効射程に最小距離が存在するとの意見に賛成だった。ウィンドウによる妨害は、接近のための時間を稼ぐための目くらましのつもりだった。

 金属箔が空中に散布されると、フラットレー少佐は全速で日本軍機に接近するように命令した。
「全速でサム(烈風)に接近せよ。ウィンドウの雲の前面に出ることになるが、かまわん。近距離ならばミサイルの命中率は落ちるはずだ。急接近して、サムに先制攻撃をかける」

 空母「日向」飛行隊の小川大尉もアメリカの攻撃隊が金属箔を散布したのを電探で検知していた。後席で電探を操作していた吉川一飛曹が異常に気づいた。
「前方の米軍攻撃隊が金属箔を展開しました。後方の編隊の探知ができません」

「金属箔の効果は一時的だろう。煙幕と同様に時間が経てば薄くなる」

 大尉の言葉が終わらないうちに、吉川一飛曹が叫んだ。
「前面に編隊を探知。米軍から一部の編隊が分かれて、電波反射雲の前方に進み出てきます」

 暗い操縦席の中で、小川大尉はにやりとしていた。
(上手い作戦だ。恐らく戦闘機が全速で前進しているのだろう。誘導弾発射を金属箔の妨害で遅らせておいて、その間に、こちらの懐に入り込むつもりだ。しかし、戦闘機隊が前方に突出すれば、後方の爆撃機との間が開くことになるぞ)

 小川大尉は「伊勢」戦闘機隊の若尾大尉を隊内系の無線で呼び出した。
「我々が前方の戦闘機隊の相手をしている間に、後方の爆撃隊を攻撃してくれ」

 機会があれば、戦闘機ではなく雷撃機や爆撃機への攻撃を優先するというのは、直衛戦闘機としての基本的な考え方だ。守るべき艦艇に対する脅威の大きさから優先順位を決めるべきだ。

 後方を飛行していた若尾大尉は通話内容をすぐに理解した。短く返事をして、戦闘機隊を一気に急降下させた。米戦闘機の下方をやり過ごして、後方の爆撃隊の下方に出るつもりだ。

 若尾大尉の部隊が行動を開始したのと同時に、小川大尉の12機の烈風改は一斉に対空噴進弾を発射した。

 黄色の閃光を目撃すると、フラットレー少佐は大声で叫んだ。
「ミサイルだ。全力で回避しろ」

 24発の誘導弾は、前方の戦闘機隊に向けて飛行していった。米軍の戦闘機が前面に出てきたために、戦闘機隊は投下したウィンドウの範囲外だった。誘導弾は電波の反射方向に向きを変えようとしたが、前進してきた米戦闘機隊に向けて、急旋回でできたのは半数に満たなかった。それでも、7発が戦闘機隊の中で爆発した。4機のF6Fと3機のF4Uが破片をまき散らして、炎を引きながら墜ちてゆく。

 フラットレー少佐は左翼側への急旋回でミサイルを回避すると、しばらく飛行してから右旋回に切り替えた。すぐに少佐のAN/APS-4レーダーが前方を日本機が横切るのを探知した。反射的に機銃を射撃すると、日本の戦闘機は赤い炎を噴き出して墜ちていった。

 逆に、少佐の右側の空域では日本戦闘機が後方に取りついて、F4Uが攻撃されて墜落してゆく。少佐は反省していた。
(何もしないよりはよかったが、成功とは言えないな。日本戦闘機もすぐに急接近に気づいて、早めにミサイルを発射したのだ。しかも私が想定したよりもミサイル自身の旋回性能が良好だった)

 小川大尉の編隊は12機編制だったので、残りの米戦闘機に対して数ではわずかに不利だったが、ここは逃げずに戦うしかない。若尾大尉の部隊が、爆撃隊を攻撃している間は米戦闘機を引き付けておかなければならない。複座型烈風改がF6FとF4Uの編隊に突入していった。

 ……

 急降下して米戦闘機隊をやり過ごした若尾大尉の部隊は、戦闘機隊の下方を抜けてしばらく飛行してから攻撃隊を探していた。機首を上方から西側に向けると、天山からの情報の通りに北西のやや上方にTBF編隊を探知した。

「若尾だ。米軍爆撃隊の後方から誘導弾を発射する」

 電波反射で誘導される噴進弾にとっては、陸地や海よりも空を背景にした方が電波の雑音が減少する。しかも、敵編隊の後方側からの攻撃だ。

 若尾大尉は、電探が探知した編隊に向けて、全速で距離を詰めていった。距離が4海里(7.4km)に達すると右翼の誘導弾を発射した。誘導弾の数が限られているので、爆撃機に対しては一斉射撃を避けて、1発ずつ狙って撃つことにしたのだ。TBF編隊を狙って、8機の日本戦闘機が2回に分けて16発の誘導弾を発射した。やや遅れて、9機が半数ずつ18発を発射した。

 TBFアベンジャーのトーマス少佐は、後方から日本戦闘機がやってくるとは想定していなかった。機載のレーダーは後方を監視できない。そのため、サム(烈風)の攻撃は、完全に奇襲となってしまった。

 少佐は、編隊の中で6発の爆炎が発生してやっと攻撃されていることに気づいた。しかし、もう遅い。旋回をしようと翼を傾けたところで次の対空ミサイルが編隊内で爆発した。

 最終的に対空ミサイルの攻撃で23機のTBFが撃墜された。それでもまだ半数近くのTBFが飛行していた。もともと攻撃隊には、48機のTBFアベンジャーが飛行していたのだ。

 若尾大尉は電探によりまだ飛んでいる機体が数多く残っているのを確認して、戦闘機隊に突撃を命じた。後方から上昇していった烈風改は、そのままTBF編隊に突入すると。背後から銃撃した。雷装状態で鈍重なTBFアベンジャーにとって、後方から戦闘機に攻撃されたら逃げるすべはなかった。1発の魚雷も投下しないうちに、雷撃隊はほとんどの機体が撃墜されるか、攻撃を諦めて退避することになった。
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1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

超量産艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

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