月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原唯人

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倉敷美観地区と散策

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翌日大学病院の検査を終えてスマホを確認すると、先に診察を終わった彼女からのメールが届いている。
通知の時間を見ると結構前なので、かなり待たせてしまったようだ。
エレベーターを待ちながら急いで彼女にメールを送る。
『ごめん今検査終わったからすぐ向かう』とだけ送信しておいた。
総合受付へ行き、診察票を提出して併設されたカフェの方へと向かう。
席の近くに行くと二人がけの席に座る彼女を発見した。一度声を掛けてから飲み物を買って彼女の座る席へと向かう。
「お疲れ様」そう言って僕を迎えてくれた彼女は、心なしか疲れて見えた。
それでも僕は彼女が自分から言わない以上、その理由を尋ねる事はしなかった。
僕らは結局お互い余計な事は何も聞かず、彼女の労いに応えて向かいの席に腰を下ろした。
飲み物を飲んで一息つくと、自然と話題は今日の予定の事になった。
「もうすぐ会計が終わると思うけど、この後どうするの?」
そう彼女に尋ねると、僕の方へとスマホの画面を差し出してきた。
そこには、倉敷のアウトレットのホームページか表示されている。
駅を出てすぐ目の前に隣接する大型商業施設で、土日になると学生から大人まで多くの人が集まる倉敷でも人気の場所だった。
「この辺でご飯食べてから辺りを散策しない?」
元々意見の無かった僕は、彼女の提案に同意してからスマホを彼女に渡した。
会計を済ませて病院を出て駅へ行くと、昼過ぎの駅前はランチを求める人達で賑わっていた。
僕らは混雑を避けながら駅の改札口の方へと歩いて行く。
彼女は改札口の前で交通系ICを出しながら思い出したように聞いてくる。
「君は切符を買わなくて大丈夫?」
よくわからない心配をされて少し考えていると、岡山に居ると電車よりバスを使う機会が多く、中学生くらいまでの間は自転車やバスが主な交通手段になる事を説明してくれた。
大半の人は高校生になってから、通学に電車を使う時に電車用の交通系ICを持つのだけど僕は高校でもバス通学をしているから、彼女は心配になったらしい。
「一応交通系ICくらい持っているから大丈夫」
そう言って財布から最近は滅多に使わなくなった交通系ICカードを出して、彼女に続いて改札を通る。
電車を待っている間に話す話題が見つからなかったこともあって、意外そうな顔をしている彼女に不本意ながら種明かしをする。
「前に住んでいた場所でずっと電車通学をしていたから、その時に使っていた交通系ICをずっと持っていただけだよ。まあ、こっちで使えるようになったのは割と最近だったけどね」
「へぇ、地元はこっちの辺りじゃないのか。それであまり土地勘がなかったのね」
思っていた所と別の部分に興味を持たれた事が意外だった。
「まあ、中途半端な時期に引っ越して来て受験もあったから、誰かと遊びに行く機会もなかったし必要な道を覚えるだけで手一杯だったよ」
転校生でも一般的な社交性を持っていたら、中途半端な時期に引っ越して来ても転校生という珍しさで話す機会もあり、それなりに友達も出来る。
僕が並べた言い訳に彼女は気付いただろうに、その事は何も言わず、代わりにいつもと同じように笑って楽しそうに答える。
「そっか、それならこれからは沢山出かけて、色んな道も覚えていけば何も問題ないね」
話していると体感的にはあまり待つ事なく電車がやってきた。
電車に乗るとお昼過ぎの比較的空いている時間なのか、倉敷駅まで二人ともゆったり座る事が出来た。
改札口を出て彼女の後について駅の北口から出ると、時計塔とアウトレットが見えてくる。
建物の中は、沢山の飲食店の他にも多種多様なお店が並んでいて目移りしてしまう。
優柔不断な僕らは結局お昼のピークが終わってから食事を済ませて、アウトレットでウインドウショッピングをして雑貨を見たりしてから、美観地区の方を散策する事にした。
白壁の街並みは、初めて見るはずなのに郷愁の念を覚えた。駅から少し離れただけなのに年月を感じさせる建物に囲まれて、この場所だけはまるで時が流れていないように感じる。
そんな中でも好奇心旺盛で、目についた建物や道に入って行く彼女に手を引かれて歩いていると、和風な街並みの中で異彩を放つ洋風建築を見つける。
躊躇いなく中に入ろうとする彼女を横目に周りを見回すと、どうやら美術館であることだけはわかった。
中へと学割を使って入館すると、近代美術を中心にコレクションされているようで、日本や西洋関係なく色んな作家の作品が並べてある。
僕は美術関連にあまり明るくないので、綺麗だなと小学生のような事を思いながら回っていると、彼女も似たようなものなのか一定間隔で順番通りに回っていく。
出口にたどり着く頃になっても、入館してからまだ一時間程度しか経過してなかった。
美術館独特の静かな空気から解放されると、一度深呼吸をしてからお互いに顔を見合わせる。
「思ったよりかなり早く見終わったよね」
「うん。そうだけど姫柊さんは美術館とか好きなのかと思っていたから意外だったよ」
「芸術に詳しそうに見える?」
「そうじゃなくて、この前の後楽園とか、今回の美術館とかでそういった場所が好きなのかと思って」
「全く詳しくないかな。多分知識的には篁君と変わらないくらいだと思うよ」
「へぇ、それでなんで行こうと思ったの?」
普段から自分があまり知らない場所や、興味のない場所には行かない僕は、純粋な疑問から尋ねた。
「知らないからかな。知らないからこそ試してみるみたいな。新しい発見があるかもしれないし、篁君こそ結構興味深そうに見ていたと思うけど?」
「僕の場合は絵が好きって言うよりは、古い物が好きなのかな。上手く言えないけど、美術館にあった絵はただ古い有名な絵っていうだけじゃなくて、描かれてから何百年も色んな人の手を渡ってきて、沢山の人に大切に扱われてきたその長い年月だけじゃなくてその大切にしてきた人達の思いも時間と一緒に積み重なっているのかなって」
「確かに。大切に手入れされてなかったら何百年も残らずに朽ちて無くなっちゃうかもね」
「うん。だからこそ美術館にあった絵だけじゃなくてこの辺りの街並み全体がただ古いだけじゃなくて沢山の人達に長い時間の中でずっと大切に思われていたのかなって思うから好きなのかな」
ただ古いから好きじゃなく、大切に思っていた誰かの思いが垣間見えるからこそ好きなのかもしれない。
彼女相手に初めて自分の思っている事を言葉にして、今までなんとなく好きだった物が自分の中で好きな理由がわかったような気がした。
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