9 / 54
小さな違和感と隠し事
しおりを挟む
家に着く頃には辺りが完全に暗くなっていた。
幸い共働きの家族はまだ帰ってなかったので、遅く帰って来た事を咎められる事はなかった。
彼女の方も家の場所は知らないけれど、同じような時間に帰って来ていたら御両親に怒られないのか、一緒にサボっている身としては少し心配になる。
その辺りの事は今度の病院の時にでも聞こうと考えていたら、玄関の方で鍵が開く音が聞こえる。
両親のどちらかが帰って来たのだろう。
とりあえず病院の結果を報告する為にリビングの方に降りる事にした。
帰宅した母はリビングで僕の検査結果を聞いても事務的な返事をする以外に何も答えない。
まだ進行が緩やかな事もあるのだろうけど、基本的に僕への関心は薄いようだった。
諸用を済ませて部屋を戻ると、スマホにメールが来ていた事に気付く。
開いてみると予想通り彼女から今日撮った美観地区の写真を共有アプリに追加した旨が送られて来ていた。
写真に写っているのは、今日見た景色を切り取った物で、同じ景色を見ていたはずなのに、彼女の撮った写真は僕が見た景色よりも綺麗に見えた。
彼女の目には世界がどんな風に見えるのだろう。
いつか彼女が見ている景色を一緒に見てみたいと思った。
だけどそう思うと同時に、今日の病院で先生に言われた言葉が次々と浮かんでくる。
「眼球に少しずつですが症状が出ています。まだ進行は緩やかなので経過観察でも大丈夫ですが悪化すると早くて数年……長くても五年程度で失明すると思われます」
「手術と投薬で病気の進行を遅らせて失明する事を先延ばしにできます。どうしたいかをご両親と相談して決めて下さい」
結局僕は今日の病院での結果を、親に相談せずに、いつも通りに振る舞って彼女にも黙っている事に決めた。
正直なところ、目を手術して視力が失われるのを先延ばしにしても、心臓の方に限界が来て無駄だと知っている。
いっそのこと、視力を失ってそのまま現実も見たくないと現実逃避気味に思ってさえいる。
自覚的に少しずつ視力が失われていくのは、真綿で首をしめられるような恐怖がある。
目に見えない病気は共通して他の人からもわかりにくくて理解も得にくい。
それに今まで自分で出来ていた事が段々と出来なくなっていくのは自分にどうしようもない不甲斐なさと無力感を感じる。
それこそ、初めて目に異常が出たと病院で診断された時には視力を失くした僕を終わらせてくれる心臓の病が救いに思えた。
だからこそ、同じような境遇でもひねくれず、現実逃避もせず懸命に前を向いて全く違う生き方をする彼女に興味を持った。
そこまで考えてからメールを開いたままで、写真のお礼を言ってない事に気付く。
『写真ありがとう。この前の写真の時も思ったけど撮影するのが上手いよね』
とりあえず写真のお礼と感想を送信しておく。
珍しくその日は眠るまで彼女からの返信が来る事は無かった。
幸い共働きの家族はまだ帰ってなかったので、遅く帰って来た事を咎められる事はなかった。
彼女の方も家の場所は知らないけれど、同じような時間に帰って来ていたら御両親に怒られないのか、一緒にサボっている身としては少し心配になる。
その辺りの事は今度の病院の時にでも聞こうと考えていたら、玄関の方で鍵が開く音が聞こえる。
両親のどちらかが帰って来たのだろう。
とりあえず病院の結果を報告する為にリビングの方に降りる事にした。
帰宅した母はリビングで僕の検査結果を聞いても事務的な返事をする以外に何も答えない。
まだ進行が緩やかな事もあるのだろうけど、基本的に僕への関心は薄いようだった。
諸用を済ませて部屋を戻ると、スマホにメールが来ていた事に気付く。
開いてみると予想通り彼女から今日撮った美観地区の写真を共有アプリに追加した旨が送られて来ていた。
写真に写っているのは、今日見た景色を切り取った物で、同じ景色を見ていたはずなのに、彼女の撮った写真は僕が見た景色よりも綺麗に見えた。
彼女の目には世界がどんな風に見えるのだろう。
いつか彼女が見ている景色を一緒に見てみたいと思った。
だけどそう思うと同時に、今日の病院で先生に言われた言葉が次々と浮かんでくる。
「眼球に少しずつですが症状が出ています。まだ進行は緩やかなので経過観察でも大丈夫ですが悪化すると早くて数年……長くても五年程度で失明すると思われます」
「手術と投薬で病気の進行を遅らせて失明する事を先延ばしにできます。どうしたいかをご両親と相談して決めて下さい」
結局僕は今日の病院での結果を、親に相談せずに、いつも通りに振る舞って彼女にも黙っている事に決めた。
正直なところ、目を手術して視力が失われるのを先延ばしにしても、心臓の方に限界が来て無駄だと知っている。
いっそのこと、視力を失ってそのまま現実も見たくないと現実逃避気味に思ってさえいる。
自覚的に少しずつ視力が失われていくのは、真綿で首をしめられるような恐怖がある。
目に見えない病気は共通して他の人からもわかりにくくて理解も得にくい。
それに今まで自分で出来ていた事が段々と出来なくなっていくのは自分にどうしようもない不甲斐なさと無力感を感じる。
それこそ、初めて目に異常が出たと病院で診断された時には視力を失くした僕を終わらせてくれる心臓の病が救いに思えた。
だからこそ、同じような境遇でもひねくれず、現実逃避もせず懸命に前を向いて全く違う生き方をする彼女に興味を持った。
そこまで考えてからメールを開いたままで、写真のお礼を言ってない事に気付く。
『写真ありがとう。この前の写真の時も思ったけど撮影するのが上手いよね』
とりあえず写真のお礼と感想を送信しておく。
珍しくその日は眠るまで彼女からの返信が来る事は無かった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
俺様御曹司に飼われました
馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!?
「俺に飼われてみる?」
自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。
しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる