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大切な気持ち
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いつもより遅い面会時間のギリギリにお見舞いに行って、彼女と月を見る約束のため適当に時間を潰してからすっかり暗くなった病院の敷地を歩く。
慣れた足取りで入院病棟へ向かい、夕食の時間が終わって人が少なくなったフロアを通って彼女の病室の扉をノックする。
同時にすぐ返事がして見回りの看護師に見つからないように素早く部屋に入る。
「お待たせ」
「思っていたより早かったね」
「そうかな?」
「消灯時間までに時間が結構あるよ」
そう言って時計を示す彼女と以前のように他愛のない話をして、時折見回りにくる看護師に隠れて過ごした。
消灯時間が過ぎて病棟の灯りも消えて当直だけになった頃を見計らって周りを確認する。
病室を抜け出す為に点滴の針を抜いた彼女に防寒用の上着を着せてから背中に背負う。
夏に背負った時のより随分と軽くて、このまま彼女の存在が少しずつ薄れて消えていくような感じがして不安になってしまう。
そんな不安を見透かしたのか彼女は突拍子もない事を言ってくる。
「せっかくならキーボードを持っていって屋上で思いっきり演奏しない?」
「なんで?」
「病室だと、イヤホンを付けて弾かないといけないし、たまには思いっきり弾きたいと思って。それに、月を見ながら弾くのも風情があっていいでしょう?」
それはそれで楽しそうだと思ってしまい、僕も彼女の提案を二つ返事で了承した。
彼女を背負ってからキーボードを持つと、病室を出て屋上へと続く階段を登り、予め開錠出来るようにしておいた鍵を開けて屋上へ出ると、途端に冷えた空気が全身から体温を奪っていく。
それでも屋上の隅に敷設されたコンセントにキーボードのケーブルを挿して演奏出来るように準備する。
「それで何の曲を弾くの?」
「せっかく月を見ながら弾くなら月の光かな?」
彼女は寒さを感じさせない動きでキーボードを弾く。
「いつか、この曲も一緒に弾けたらいいね」
「うん。退院する頃には弾けるように練習するよ」
「言ったね。それなら早く元気にならないと」
「うん。待ってるよ」
「わかった。待っててよ。でもせっかくだから今篁君も弾こうよ」
そう言われても僕の弾ける曲のレパートリーは文化祭で演奏した二曲しかない。
「良いけど、弾ける曲は二曲だけだよ?」
「うん。文化祭と同じ順番で一緒に弾こうか」
彼女はそう言うと自分の隣に来るようにキーボードのスペースを半分あけた。
ピアノに比べると鍵盤の幅が狭いけど幸い鍵盤の数は八十八鍵で文化祭と同じように弾けるだろう。
僕は鍵盤に指を置くと彼女の方を見た。
彼女が頷くとそれを合図に弾き始める。
寒さもあって指の動きに不安があったけど問題なく弾ける。
そこからはもう言葉は必要なかった。
眠りの森の美女に続いて回想ソナタを続けて弾く。
文化祭の後も練習を続けたお陰で前回よりも上手く弾けた自信がある。
演奏が終わると彼女は脱力したようにこちらにもたれかかってくる。
それを受け止めると彼女は関心したように褒めてくれた。
「文化祭の時より上手くなってるね」
「うん。あの後もこっそり練習してたんだ。キーボードを弾かないとなんだか物足りなくて」
「あの時は及第点って言ったけど、今日の演奏は文句なしに合格だよ」
その言葉でやっと彼女が認めてくれたのだと実感した。
白い息を吐きながら空を見上げると、分厚い雲の隙間から玲瓏に輝く満月が顔を出していた。
彼女と並んで見る月は、今まで見たどんな月より綺麗だった。
僕は、それでやっとわかった。
彼女は気持ち一つで見える景色が変わっていくと言っていた。
僕にとっては、彼女と一緒に見る景色ならどんな景色も綺麗に見えるだろう。
これでやっと自信を持って言える僕は彼女が、姫柊奏の事が好きだ。
慣れた足取りで入院病棟へ向かい、夕食の時間が終わって人が少なくなったフロアを通って彼女の病室の扉をノックする。
同時にすぐ返事がして見回りの看護師に見つからないように素早く部屋に入る。
「お待たせ」
「思っていたより早かったね」
「そうかな?」
「消灯時間までに時間が結構あるよ」
そう言って時計を示す彼女と以前のように他愛のない話をして、時折見回りにくる看護師に隠れて過ごした。
消灯時間が過ぎて病棟の灯りも消えて当直だけになった頃を見計らって周りを確認する。
病室を抜け出す為に点滴の針を抜いた彼女に防寒用の上着を着せてから背中に背負う。
夏に背負った時のより随分と軽くて、このまま彼女の存在が少しずつ薄れて消えていくような感じがして不安になってしまう。
そんな不安を見透かしたのか彼女は突拍子もない事を言ってくる。
「せっかくならキーボードを持っていって屋上で思いっきり演奏しない?」
「なんで?」
「病室だと、イヤホンを付けて弾かないといけないし、たまには思いっきり弾きたいと思って。それに、月を見ながら弾くのも風情があっていいでしょう?」
それはそれで楽しそうだと思ってしまい、僕も彼女の提案を二つ返事で了承した。
彼女を背負ってからキーボードを持つと、病室を出て屋上へと続く階段を登り、予め開錠出来るようにしておいた鍵を開けて屋上へ出ると、途端に冷えた空気が全身から体温を奪っていく。
それでも屋上の隅に敷設されたコンセントにキーボードのケーブルを挿して演奏出来るように準備する。
「それで何の曲を弾くの?」
「せっかく月を見ながら弾くなら月の光かな?」
彼女は寒さを感じさせない動きでキーボードを弾く。
「いつか、この曲も一緒に弾けたらいいね」
「うん。退院する頃には弾けるように練習するよ」
「言ったね。それなら早く元気にならないと」
「うん。待ってるよ」
「わかった。待っててよ。でもせっかくだから今篁君も弾こうよ」
そう言われても僕の弾ける曲のレパートリーは文化祭で演奏した二曲しかない。
「良いけど、弾ける曲は二曲だけだよ?」
「うん。文化祭と同じ順番で一緒に弾こうか」
彼女はそう言うと自分の隣に来るようにキーボードのスペースを半分あけた。
ピアノに比べると鍵盤の幅が狭いけど幸い鍵盤の数は八十八鍵で文化祭と同じように弾けるだろう。
僕は鍵盤に指を置くと彼女の方を見た。
彼女が頷くとそれを合図に弾き始める。
寒さもあって指の動きに不安があったけど問題なく弾ける。
そこからはもう言葉は必要なかった。
眠りの森の美女に続いて回想ソナタを続けて弾く。
文化祭の後も練習を続けたお陰で前回よりも上手く弾けた自信がある。
演奏が終わると彼女は脱力したようにこちらにもたれかかってくる。
それを受け止めると彼女は関心したように褒めてくれた。
「文化祭の時より上手くなってるね」
「うん。あの後もこっそり練習してたんだ。キーボードを弾かないとなんだか物足りなくて」
「あの時は及第点って言ったけど、今日の演奏は文句なしに合格だよ」
その言葉でやっと彼女が認めてくれたのだと実感した。
白い息を吐きながら空を見上げると、分厚い雲の隙間から玲瓏に輝く満月が顔を出していた。
彼女と並んで見る月は、今まで見たどんな月より綺麗だった。
僕は、それでやっとわかった。
彼女は気持ち一つで見える景色が変わっていくと言っていた。
僕にとっては、彼女と一緒に見る景色ならどんな景色も綺麗に見えるだろう。
これでやっと自信を持って言える僕は彼女が、姫柊奏の事が好きだ。
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