月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原唯人

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手紙

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湖畔公園の真ん中にあるベンチに並んで座ってから開封した封筒から手紙を取り出した。
中の便箋を取り出して見ると、まず彼女の丁寧な筆致でしっかり書かれている字が目を惹いた。
僕が読み始めると、横から夏織さんも覗き込んでそれっきり二人共無言で読み始める。
「拝啓、篁翔様、こんな風に改まって貴方に手紙を書くのはなんだか不思議な気分です」
「初めて病院で会ってからまだ八か月しか経ってないのに私にはあの日の事が随分と懐かしく感じます」
「貴方はどうですか?」
「この手紙を読んでいるって事は、私は既に亡くなっていると思います」
「私は一つだけ貴方に秘密にしていた事がありました」
「それは、貴方と出会った時には私は既にもう長くは生きられないと知っていました」
「臆病な私のついた嘘は、あの日に諦めていた日常をくれました」
「私が難病患者と聞いても普通に接してくれる貴方との日々は、私にとってかけがえのないものになりました」
「貴方は私に何もしてあげられないって言っていたけど、貴方と過ごす日々は私とって何より大切なものでした」
「初めて会った日に授業をサボって行った後楽園でのお花見は楽しかったよね」
「病院に行く度に沢山振り回してごめんね」
「貴方と病院の後に遊ぶ約束をするようになってから辛かった通院が楽しみに変わっていきました」
「夏休みに貴方の方から小旅行に誘ってくれた時にはびっくりしました」
「夜に二人で見た海辺の花火はとても儚くて綺麗で今まで見たどの花火より綺麗に見えました」
「アクシデントで突然同じ部屋で眠る事になった時には流石に焦りました」
「少し悲しい事もあったけどあの夜に貴方から貰った言葉で悲しい涙が嬉しい涙に変わりました」
「いっぱい泣いて困らせちゃってごめんね」
「お世話になった仲居さんの伊勢谷さんにもまた会いに行けたら楽しいよね」
「良ければまた一緒に旅行に行けたら嬉しいな」
「そんな風に貴方と積み重ねる日常は毎日が楽しくてあっという間に過ぎていきました」
「夏休み明けに学校で自分から貴方に話しかけた時には嫌がられたらどうしようと心配していたけど、困りながら受け入れてくれた貴方は思っていた通り優しくて」
「学校でも少しずつ貴方が優しい人だって私以外にも気付く人が増えて嬉しいです」
「秋に行った後楽園はライトアップが綺麗で春に行った時とは違った良さがあったよね。出来れば四季全部通して行けば良かったと思っています。途中で学校の人達に見つかった時に普通に話をして対応する姿に小さな変化の兆しが見えて少し安心しました。それと、気になるからって他人の告白をこっそり覗くのはダメだからね。」
「文化祭では、一緒に大正浪漫喫茶が出来て楽しかったよね。クラスが違ったから、最初は難しいと思ったけど、案外何でも言ってみるものだね。慣れない環境でも、自分に出来る事をきっかけにして色んな人と交流して違う価値観の人でもお互いに出来ない事を助け合って同じ目標に向かって試行錯誤するのもたまには悪くないでしょう?」
「この経験も貴方の人生の中で貴重な経験になってくれるといいな。
体育館のステージは勝手に申し込んだ事はごめんね。それでも私の無茶なお願いに懸命に練習して応えてくれて嬉しかったです。」
「私と同じ立場でも、それに負けずに逆に病気を利用してピアノを弾く姿に私と対等に競ってくれる可能性を感じました。それは初めて会った時から私の願いでした。」
「画面越しに一緒に授業を受けて、貴方の普段見ている景色が見れたのは新鮮でした」
「画面越しにでも一緒にもっと色んな場所に行って、同じ景色を見たかったな」
「最後に貴方の隣で見た雪の舞う空に浮かぶ月は綺麗で一生忘れられない思い出になりました」
「貴方はどうですか? 私の事を忘れずにいてくれますか?」
「月を見上げる度に少しでも私の事を思い出してくれたらいいな」
「せっかく告白してくれたのにあまり一緒に居られなくてごめんね」
「こんな事ならもっと早く自分から告白すれば良かったかな」
「一緒に卒業したかったな」
「貴方は後悔しないように私の分まで生きて下さい」
「約束守れなくてごめんね。お詫びに今度はずっと待っているから安心してこちらにはゆっくり来て下さい」
追伸
「夏織とは今後も一緒にお墓参り出来るくらいには仲良くしてくれていたら嬉しいです」
「手紙と一緒に楽譜を同封しておきます。読めなかったら夏織にでも聞けばいいんじゃないかな?」
「多分、いつものように教えてくれると思うよ。」
手紙を読み終えた僕らは暫く無言でベンチに座り続けた。
先に沈黙を破ったのは夏織さんで、立ち上がって一度背筋を伸ばすと座ったまま沈黙するこちらを見ている。
「良ければ、これからも仲良くしてくれますか?」
僕の言葉を聞いた夏織さんは呆れられるのかと思ったら笑いだした。
その笑顔は彼女にそっくりで、改めて姉妹なのだと実感する。
夏織さんは真面目な態度に戻ると、少し考える素振りを見せてから喋り始める。
「私は構いませんよ、貴方は見ていて不安ですし、お姉ちゃんからのお願いですから。それに、その楽譜読めないでしょう?」
そう言って笑う夏織さんと彼女のお墓へ向かう。
夏織さんに案内されて初めて訪れる彼女のお墓は、さっきまで居た湖畔を見渡せる場所にあった。
まだ真新しいお墓には彼女の名前が刻まれている。
お墓の前で手を合わせ、お参りをしてから彼女に最後に挨拶をして湖畔の方へと降りていく。
「良ければ、また家の方にもお参りに来て下さい」
別れ際にそんな風に言ってくれた夏織さんと連絡先を交換してから帰路につく。
僕の頭の中には、彼女からの手紙を読んでからさっそくやりたい事が一つ浮かんでいた。

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