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第1章・それぞれの転生
6・抜け忍
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まるで絵に描いたような稲妻――いや、絵に描くどころか、見ることもままならぬスピード。黒装束を身に着けた男が二人、入り組んだ林の中を飛び交っていた。
「我ら寒凍の抜け忍ごときが――。覆ったこの世に、もう何の因果を背負うことがあるか。君主なき忍びは、もう忍びにあらず」
飛び交う影は、鈍い金属が激しくぶつかり合う音の中で、その超人的な速度の中、コンマ002秒ほどのすれ違いざまに言葉を投げかけ、恐るべきことに林の木々を、幹も枝葉も揺らすこともなく電光石火で跳ねていた。
「背負うものは、まだあるでござる! 拙者はただひとつ、忍びには断じてあってはならぬ謀反を起こしたお主を斬るだけ! お主が語る主君とは、いったい何者ぞや!」
また、ギン――とぶつかり合う金属音。それが幾重にも林のしじまに響き合う。
「主君か――。貴様よもや、徳川の天下取りがこの国の大義ではないと思うているのか」
ガギ、ン――!!
「何をぬかすか! どれほど世が変われど、拙者の仕えるお方はただ一人! 主様しかおらぬ!」
「ほお。その主様を護りきれず、這う這うの体で生きながらえようとしたのは――お主だろう」
黒い頭巾の男は、飛び跳ねる中で不敵に笑った。
「貴様の――! 貴様の寝返りさえなければ! 拙者はきっと――」
「ふん。きっと、どうした」
不意に二つの影は大地に降り立ち、足元の木の葉を踏んだ。ようやく、林の中に微かな音が鳴った。帷子のついた黒き衣――わずかに灰色の縁取りを着衣に見せる男は、息も絶え絶えで、眼前の敵を睨みつけている。その敵が目で笑う。
「そんな目をするな。お主は分かっていない。もうここは、戦乱の世ではないのだ。お互いに仕える君主を失くした者同士、我と手を組まないかということだ」
「な……何のことでござるか! 君主あらずとも、拙者は拙者の意志を貫くのみでござる! それが……」
「ふっ、心残りか。まあいい、お主とはまた、この世界で相まみえるだろう。自慢の逃げ足だけを頼りに、この生まれ変わった世界で生き残ってみよ。我は新たな――この世界を統べるであろうお方の場所へ戻る」
言うや否や、『ヒゼン』と名乗る男は消え去った。残されたのは、ただ一人。忍びの掟を捨てては農民として身をひそめ、『抜け忍』と呼ばれる、忍者としてはプライドを投げ捨てたはずの男だった。
名は『手裏堅寿介』という。皮肉にも、忍者が多用する投げ道具でもある手裏剣が、ことごとく苦手だった。フォアボールばかりで失点を重ねるピッチャーだった。そんな男が悔しさだけを乗せて、最後の手裏剣を投げた――。
そしてこの男もまた、すでに転生を終えていることをまだ知らない。時は令和7年、西暦2025年の8月12日。沢渡一二三が県大会で敗れた、その日だった。
「我ら寒凍の抜け忍ごときが――。覆ったこの世に、もう何の因果を背負うことがあるか。君主なき忍びは、もう忍びにあらず」
飛び交う影は、鈍い金属が激しくぶつかり合う音の中で、その超人的な速度の中、コンマ002秒ほどのすれ違いざまに言葉を投げかけ、恐るべきことに林の木々を、幹も枝葉も揺らすこともなく電光石火で跳ねていた。
「背負うものは、まだあるでござる! 拙者はただひとつ、忍びには断じてあってはならぬ謀反を起こしたお主を斬るだけ! お主が語る主君とは、いったい何者ぞや!」
また、ギン――とぶつかり合う金属音。それが幾重にも林のしじまに響き合う。
「主君か――。貴様よもや、徳川の天下取りがこの国の大義ではないと思うているのか」
ガギ、ン――!!
「何をぬかすか! どれほど世が変われど、拙者の仕えるお方はただ一人! 主様しかおらぬ!」
「ほお。その主様を護りきれず、這う這うの体で生きながらえようとしたのは――お主だろう」
黒い頭巾の男は、飛び跳ねる中で不敵に笑った。
「貴様の――! 貴様の寝返りさえなければ! 拙者はきっと――」
「ふん。きっと、どうした」
不意に二つの影は大地に降り立ち、足元の木の葉を踏んだ。ようやく、林の中に微かな音が鳴った。帷子のついた黒き衣――わずかに灰色の縁取りを着衣に見せる男は、息も絶え絶えで、眼前の敵を睨みつけている。その敵が目で笑う。
「そんな目をするな。お主は分かっていない。もうここは、戦乱の世ではないのだ。お互いに仕える君主を失くした者同士、我と手を組まないかということだ」
「な……何のことでござるか! 君主あらずとも、拙者は拙者の意志を貫くのみでござる! それが……」
「ふっ、心残りか。まあいい、お主とはまた、この世界で相まみえるだろう。自慢の逃げ足だけを頼りに、この生まれ変わった世界で生き残ってみよ。我は新たな――この世界を統べるであろうお方の場所へ戻る」
言うや否や、『ヒゼン』と名乗る男は消え去った。残されたのは、ただ一人。忍びの掟を捨てては農民として身をひそめ、『抜け忍』と呼ばれる、忍者としてはプライドを投げ捨てたはずの男だった。
名は『手裏堅寿介』という。皮肉にも、忍者が多用する投げ道具でもある手裏剣が、ことごとく苦手だった。フォアボールばかりで失点を重ねるピッチャーだった。そんな男が悔しさだけを乗せて、最後の手裏剣を投げた――。
そしてこの男もまた、すでに転生を終えていることをまだ知らない。時は令和7年、西暦2025年の8月12日。沢渡一二三が県大会で敗れた、その日だった。
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