47 / 54
第2章・七人の侍編
44・巌流の本気
しおりを挟む「ダメだ! 何度言えば分かる! お前の剣には殺気がまるでない!」
巌流による一二三の特訓は、今日も続いている。
「でも……。竹刀も力も、これが限界で……」
「だから言ってるんだ! 竹刀に頼るな! 力で押すな!」
鬼がいればこんな形相だろうという顔で、巌流が一二三を睨む。
「だったら……どうすれば。これが僕の精一杯なんです。これ以上、期待されても……」
一二三は竹刀を地に下ろして項垂れる。剣士が剣を地につけるという気弱なその姿がさらに癪に障ったか、
「分かった。お前は今日から竹刀を捨てろ」
「捨てるって――?」
「素手だ。今日からは素手だけでこの大樹を叩け。拳とは言わん。手のひらで、その根元から折り倒すつもりで叩け。一発ずつ、渾身の力で叩け」
それだけ言うと、巌流は腰に刀を携えて斜面を上がっていった。振り返りもせず。それが小さく見えるまで、一二三は立ち尽くすしかなかった。
「それで、そのザマかよ。弟子も師匠もバカじゃねえのか。こんなデカい木が、素手で倒れるかっていうんだよ」
両手のひらを血だらけにして倒れ込んでいる一二三に対して、ベルモットは冷ややかだ。ただし、一緒に現れたシュルケンは言うことが違った。
「ヒフミ殿。ガンリュウ殿が申すのは、心の持ちようの話でござる。誰も、このような大木を素手で倒せる訳がないのでござるよ。確かに人はそう考えまする。しかしそれは強敵を目の前にして『倒せるはずがない』と考えてしまう心と同じ。だが『倒せる』という、その心を以てして、鍛錬に励めと――」
そこでシュルケンが言葉を止めたのは、河原に戻ってきた巌流が目に入ったからだ。
もう薄闇という時刻、その影は憤然とした何かに満ちていた。両目が赤く燃えている。一二三はようやく、そこで理解した。本当の『殺気』というものを。
「見ていろ――」
誰に言うでもなかった。巌流はそのまま一二三が倒れ込んだ場所まで近づき、大木に向かって掌打を打ち始めた。いきなり目の前で深夜工事が始まったような、凄まじい音が響き始める。
ズン……!!
まずは、木にとまっていた小鳥がけたたましい鳴き声と共に、何十羽と飛び去った。三度目の掌打で大木が鈍い音を立てた。四度目には明らかに何かの軋む音が聞こえ――。
「があああぁっ!!」
巌流が四方数キロまで届かんばかりの雄たけびを上げると――、
メリっ――! メリメリっ――!!
湿った、鈍い音が聞こえる。
「おい……ウソだろ……」
ベルモットが思わず飛びのいた。巌流が、もう一度叫ぶ。
「はあああぁっ!!!!!」
メキメキっ――という、誰もがどこかで聞き知っている巨木の倒れる音だった。が、それはただ映画やアニメの効果音であり、なのに今はそれが目の前の現実として、そのままの光景を見せた。
巌流が肩を上下に揺すって両腕をだらりと垂らせば、その大木――直径80センチを越えようという大木は、敗北を認めたかのように激しい音を立てながら、ゆっくりと倒れた。ぐしゃりばさりと枝が折れて潰れる音が止めば、あとは千切れた木の葉が風に舞うだけだった。
「ヒフミ。次はお前の番だ。ベル、この木を戻しておいてくれ」
シュルケンまでもが腰を抜かした光景の中で、倒れたままの一二三が微かに目を開けた。
その目が見つめる先には遠い一番星が見える。しかし一二三は、その遠い星に指の一本だけでも触れなければならなくなった。
誰も動けない。動かない。
ベルモットだけが、
「またオレかよ……」
まだ身を包む恐怖から逃れるように呟くだけだった。
その数日後、シュルケンだけが聞いた話だったが、
――「道場破りの場所がなくなってイライラしていただけ」
だったらしい。
~新年2度目の投稿でした。ストックのある限り、週1では投稿してゆきたいと思います。
よろしくです~
0
あなたにおすすめの小説
極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――
銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」
世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。
魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。
彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。
一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。
構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。
彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。
「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」
暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。
管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。
これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。
※アルファポリスで先行で公開されます。
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
チートツール×フールライフ!~女神から貰った能力で勇者選抜されたので頑張ってラスダン前まで来たら勇者にパーティ追放されたので復讐します~
黒片大豆
ファンタジー
「お前、追放な。田舎に帰ってゆっくりしてろ」
女神の信託を受け、勇者のひとりとして迎えられた『アイサック=ベルキッド』。
この日、勇者リーダーにより追放が宣告され、そのゴシップニュースは箝口令解除を待って、世界中にバラまかれることとなった。
『勇者道化師ベルキッド、追放される』
『サック』は田舎への帰り道、野党に襲われる少女『二オーレ』を助け、お礼に施しを受ける。しかしその家族には大きな秘密があり、サックの今後の運命を左右することとなった。二オーレとの出会いにより、新たに『女神への復讐』の選択肢が生まれたサックは、女神へのコンタクト方法を探る旅に目的を変更し、その道中、ゴシップ記事を飛ばした記者や、暗殺者の少女、元勇者の同僚との出会いを重ね、魔王との決戦時に女神が現れることを知る。そして一度は追放された身でありながら、彼は元仲間たちの元へむかう。本気で女神を一発ぶん殴る──ただそれだけのために。
お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。
永礼 経
ファンタジー
特性「本の虫」を選んで転生し、3度目の人生を歩むことになったキール・ヴァイス。
17歳を迎えた彼は王立大学へ進学。
その書庫「王立大学書庫」で、一冊の不思議な本と出会う。
その本こそ、『真魔術式総覧』。
かつて、大魔導士ロバート・エルダー・ボウンが記した書であった。
伝説の大魔導士の手による書物を手にしたキールは、現在では失われたボウン独自の魔術式を身に付けていくとともに、
自身の生前の記憶や前々世の自分との邂逅を果たしながら、仲間たちと共に、様々な試練を乗り越えてゆく。
彼の周囲に続々と集まってくる様々な人々との関わり合いを経て、ただの素人魔術師は伝説の大魔導士への道を歩む。
魔法戦あり、恋愛要素?ありの冒険譚です。
【本作品はカクヨムさまで掲載しているものの転載です】
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる