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おさとうはちさじ
5.
しおりを挟む「ばれない、ですか?」
正直に言うなら、遼雅さんのそばにいたい。
遼雅さんと一緒にいられる時間はすきだし、渡部長に怯えながら鍵をかけて一人でご飯を食べている時間はすこしさみしい気がしていた。
すべて、気づかれてしまっていたのかもしれない。
また、自分がしたいことのように提案されてしまっていることに気づいた。
「うん。大丈夫だよ」
自信たっぷりの遼雅さんが「俺に任せて」と囁いて私の頭を撫でてくれる。
誰よりも頼りにしている。
同じ分だけ返せたらいいのに、遼雅さんの完璧な準備の前では、何一つ同じように返せたためしがない。
あまい瞳を見ているだけで、胸がむずむずと落ち着かなくなる。
耐え切れずに遼雅さんの胸に飛び込んで額を押し付けたら、いつものやさしい腕に抱き留められてしまった。
「はは、急にどうしたんですか。かわいいなあ」
「……いつも私ばっかり、頼ってます」
「うん?」
もっと遼雅さんの力になりたい。
遼雅さんのためにできることが何も思い浮かばなくて、途方に暮れてしまいそうだ。背中にぎゅうっと腕を回したら、いつもと同じ、やさしい香りがする。
結局、何一ついい案が浮かばないまま、何度か提案しようと思っていたことをつぶやいた。
「じゃあ、私、お弁当つくりますね」
多忙な人だから、お昼は外で済ませることが多いことを知っている。邪魔になってしまうかもしれないと思って、一度も声をかけずに来ていた。
「……一緒にお昼を食べられる日だけでも、いいです。外勤に日は、お邪魔かと思うので、そのときだけでも」
「本当?」
言い訳がましく補足しているうちに、ぱっと身体を離されてしまった。真正面から私を見ている人は、私の両肩を掴んで、目をまるくしながら問いかけてくれる。
そんなにもおどろくことを提案してしまっただろうか。
「え、と……。お嫌でなければ」
「……すごく、うれしい」
噛み締めるような音に、今度は私がおどろかされてしまった。もちろん嫌がられるとは思ってもいなかったけれど、こんなにも喜ばれるとは思わない。
「そんなに」
「柚葉さんの料理、すごく好きです。きみの愛情を感じる」
「あ、いじょう」
「一食も食べられない日は、かなり落ち込んでます」
かくっと肩を落とすような素振りをされて、すこし笑ってしまった。空気を茶化すのが上手な人だと思う。
まさかそんなに好いてもらえているとは思わない。それなら、すこしお節介をしてもいいのだろうか。
「朝ごはんも私が作りますよ」
「ええ、」
「遼雅さんは、少しでも長く眠ってください」
遼雅さんの作る手料理は私も好きだけれど、それ以上にいつも働き詰めの遼雅さんには、もっとしっかりと休んでほしいと思う。
この際だと思って口に出したら、遼雅さんの瞳があまく揺れてしまった。
「俺があまやかしたいって言ってるのに」
「もうじゅうぶんですから」
「俺のほうが、きみにあまやかされてるよ」
複雑そうな瞳だ。
肩に置かれていた手が、笑っている私の頬に触れてまるく撫でる。その熱が好きだと思う。
何も気に病まずに、安らかでいてほしい。そう思うから、私は遼雅さんのことを好きなのだともう一度自覚してしまった。
「じゃあ、やさしい旦那さんには、毎朝起きたら一番にキッチンまで迎えに来て、ハグしてほしいです」
それだけでじゅうぶんすぎるくらい、私は遼雅さんが大好きだ。
すこし茶化してみたつもりで、遼雅さんの目がぱちぱちと瞬いているのを見ては笑ってしまった。遼雅さんのおどろく顔は、何度見ても可愛らしいと思う。
「約束してくれませんか」と囁いたら、どこまでもあまい瞳が笑ってくれる。
「もちろん。柚葉さんのお願いは、いつもかわいすぎる」
「かわいくはないです」
「褒められたら、すこし拗ねた目で見てくれるところも可愛らしい」
「あ、う……」
「あはは、全部かわいい。本当に、弱ったな」
3
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