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おさとうはちさじ
7.
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したつもりのないものについて怒られてしまった。ぴっと背筋を伸ばして見つめれば、大きなため息が聞こえてくる。
壮亮はお兄ちゃんのような人だ。
「あれからあのクソオヤジとは、接触ないんだろ?」
「あ、うん。来なくなってくれて、すこし安心してる」
「そーかよ。もういいわ。お前は何も知らねえでぼけっとしとけ」
「ええ、なに? 気になるよ」
「あいつ……。お前の……、あー、いや言いづれえな。そうだ、結婚詐欺師から、今回のやつ、なんだって説明受けてんだよ」
「結婚詐欺師……」
「お前の婚姻相手のことだ」
公共の場では口に出さないほうがいいとはいえ、ずいぶんな言われようだ。
「そんなにひどい人じゃないからね? うーん、ただ、今いろいろ動いている途中だから、今まで通りに仕事してくださいって。あ、でもお昼は部屋に鍵をかけて食べるようにって言われてるよ」
「つまり何も聞いてねえじゃん」
「あ、うん。そう、かも」
「おまえ~~! その調子で大丈夫かよ!? そんなんだから騙されてんだぞ?」
「騙されてないもん」
「だまされてないもん、じゃねーよクソ、クソかわいいなブス」
また機嫌が悪いみたいだ。
おろおろしているうちにAランチが来てしまった。「とりあえず食え」と言われて箸を持つ。
遼雅さんとは違って、豪勢な食べっぷりだと思う。負けじと口にご飯を入れて、ふいに遼雅さんの言葉を思い出した。
「ねえ、そうくん」
「ん」
「私、ご飯食べる時、へらへらしてると思う?」
「思う」
「……直せるかな」
「誰かに言われたのか?」
「……りょ、……、うーん、その、旦那さんに」
かなりの小声になってしまった。言い終えてちらりと見上げたら、耳を寄せてくれたらしい壮亮に軽快に頭を叩かれた。
「惚気てくんな」
「のろ、」
「嫌なら一緒に食わなきゃ良いだろ?」
「えええ、それは無理だよ。……お昼も一緒に食べようってことになって」
「はあ~? は?」
「あ、金曜日は、そうくんと一緒だよ」
「いや、は? いや……、おま、お前本当にバカか?」
心底呆れた様子である。
しばらくため息を吐いた壮亮が、可哀想なものを見るような目でこちらを見つめてきていた。これは本当に怒っていそうだ。
「……柚」
「うん?」
「お前、本当にあいつが結婚相手で、無理してねえのか」
ぺろりと食べ終わった壮亮がじっと見つめてくる。私もすでにすこしお腹がいっぱいで、合わせるように箸をおいた。
「無理? はしてないよ。その……、旦那さんの力に、なれてるかなあってことは、心配だけど」
「ん、じゃあいい。ほんと、ころっと騙されやがって。こっちの心配損だわ」
「怒ってるの?」
「怒ってねえよ。呆れてるし心配すんのやめようと思っただけだ」
「あきれさせた?」
「ああーもう、うぜえな!? お前は黙ってあいつに守られときゃいい。ほら、帰るぞ」
嵐みたいな人だ。
勢いに慌てて頷いて、立ち上がる。財布を取り出すのに手間取っているうちに、壮亮がすべての支払いを終えてしまった。
「まって、そうくん、払う」
「いい。これの礼」
さっき手渡した、この間のお礼のお菓子が入った紙袋を持ち上げられた。
私の声を聞かないまま歩き出すから、必死で追いかけて隣にたどり着く。壮亮はいつもやさしい。
「今日もそうくんはかっこいいね」
「っぶ! やめろそれ」
「うん?」
「誤解されんぞ」
「誤解?」
「……お前、なんでそんなアホに育ったんだ? いや俺のせいか……」
「そうくん? 来週はどこでランチする?」
「あいつ、俺と飯だって言って、何も言わねえの?」
信号機が赤になって足が止まる。
すぐ横に立っている幼馴染が、微妙な顔をして私のことを見つめてきていた。遼雅さんの顔が浮かんでくる。
『行っちゃいますか』
「……なにも、という、ことはなかった、気がする」
それがどんな感情でつぶやかれた言葉なのか、私にはただしく理解できなかったのだけれど。
たくさん抱きしめてくれた。
遼雅さんの淡いねつが思い出されて、頬が熱くなりそうだ。ぺたぺたと触ったら、壮亮にまた頭をぐちゃぐちゃに撫でられる。
「わ、そうくん」
「もういいわー、お前がどんな目に遭っても知らね。来週はちゃんと時間で来いよ。あとマドレーヌ食いたい」
「え、マドレーヌ?」
「おー。ちゃんと作って来いよ。んで、まあ……、あいつに嫌なことされたら、すぐ相談、な。わかったか?」
「……ありがとう」
「あほ、ボケ。はやく戻るぞ」
頭に触れていた手がやんわりと離される。
心配性の幼馴染に笑って頷いたら、今日もまた「笑うなブス」と咎められてしまった。
上機嫌でオフィスに戻って、すでにデスクで仕事を進めていたらしい専務に笑顔で迎え入れられる。
「たのしかったですか?」
「はい、とっても」
「それは何よりです」
「専務はもう、お仕事ですか」
「あはは。すぐに食べ終わってしまったので、すこし」
「そうですか」
休憩時間すら返上して働いているらしい。やさしい笑顔に決意をひとつ。
静かに役員室から出て、扉をやさしく閉じた。
壮亮はお兄ちゃんのような人だ。
「あれからあのクソオヤジとは、接触ないんだろ?」
「あ、うん。来なくなってくれて、すこし安心してる」
「そーかよ。もういいわ。お前は何も知らねえでぼけっとしとけ」
「ええ、なに? 気になるよ」
「あいつ……。お前の……、あー、いや言いづれえな。そうだ、結婚詐欺師から、今回のやつ、なんだって説明受けてんだよ」
「結婚詐欺師……」
「お前の婚姻相手のことだ」
公共の場では口に出さないほうがいいとはいえ、ずいぶんな言われようだ。
「そんなにひどい人じゃないからね? うーん、ただ、今いろいろ動いている途中だから、今まで通りに仕事してくださいって。あ、でもお昼は部屋に鍵をかけて食べるようにって言われてるよ」
「つまり何も聞いてねえじゃん」
「あ、うん。そう、かも」
「おまえ~~! その調子で大丈夫かよ!? そんなんだから騙されてんだぞ?」
「騙されてないもん」
「だまされてないもん、じゃねーよクソ、クソかわいいなブス」
また機嫌が悪いみたいだ。
おろおろしているうちにAランチが来てしまった。「とりあえず食え」と言われて箸を持つ。
遼雅さんとは違って、豪勢な食べっぷりだと思う。負けじと口にご飯を入れて、ふいに遼雅さんの言葉を思い出した。
「ねえ、そうくん」
「ん」
「私、ご飯食べる時、へらへらしてると思う?」
「思う」
「……直せるかな」
「誰かに言われたのか?」
「……りょ、……、うーん、その、旦那さんに」
かなりの小声になってしまった。言い終えてちらりと見上げたら、耳を寄せてくれたらしい壮亮に軽快に頭を叩かれた。
「惚気てくんな」
「のろ、」
「嫌なら一緒に食わなきゃ良いだろ?」
「えええ、それは無理だよ。……お昼も一緒に食べようってことになって」
「はあ~? は?」
「あ、金曜日は、そうくんと一緒だよ」
「いや、は? いや……、おま、お前本当にバカか?」
心底呆れた様子である。
しばらくため息を吐いた壮亮が、可哀想なものを見るような目でこちらを見つめてきていた。これは本当に怒っていそうだ。
「……柚」
「うん?」
「お前、本当にあいつが結婚相手で、無理してねえのか」
ぺろりと食べ終わった壮亮がじっと見つめてくる。私もすでにすこしお腹がいっぱいで、合わせるように箸をおいた。
「無理? はしてないよ。その……、旦那さんの力に、なれてるかなあってことは、心配だけど」
「ん、じゃあいい。ほんと、ころっと騙されやがって。こっちの心配損だわ」
「怒ってるの?」
「怒ってねえよ。呆れてるし心配すんのやめようと思っただけだ」
「あきれさせた?」
「ああーもう、うぜえな!? お前は黙ってあいつに守られときゃいい。ほら、帰るぞ」
嵐みたいな人だ。
勢いに慌てて頷いて、立ち上がる。財布を取り出すのに手間取っているうちに、壮亮がすべての支払いを終えてしまった。
「まって、そうくん、払う」
「いい。これの礼」
さっき手渡した、この間のお礼のお菓子が入った紙袋を持ち上げられた。
私の声を聞かないまま歩き出すから、必死で追いかけて隣にたどり着く。壮亮はいつもやさしい。
「今日もそうくんはかっこいいね」
「っぶ! やめろそれ」
「うん?」
「誤解されんぞ」
「誤解?」
「……お前、なんでそんなアホに育ったんだ? いや俺のせいか……」
「そうくん? 来週はどこでランチする?」
「あいつ、俺と飯だって言って、何も言わねえの?」
信号機が赤になって足が止まる。
すぐ横に立っている幼馴染が、微妙な顔をして私のことを見つめてきていた。遼雅さんの顔が浮かんでくる。
『行っちゃいますか』
「……なにも、という、ことはなかった、気がする」
それがどんな感情でつぶやかれた言葉なのか、私にはただしく理解できなかったのだけれど。
たくさん抱きしめてくれた。
遼雅さんの淡いねつが思い出されて、頬が熱くなりそうだ。ぺたぺたと触ったら、壮亮にまた頭をぐちゃぐちゃに撫でられる。
「わ、そうくん」
「もういいわー、お前がどんな目に遭っても知らね。来週はちゃんと時間で来いよ。あとマドレーヌ食いたい」
「え、マドレーヌ?」
「おー。ちゃんと作って来いよ。んで、まあ……、あいつに嫌なことされたら、すぐ相談、な。わかったか?」
「……ありがとう」
「あほ、ボケ。はやく戻るぞ」
頭に触れていた手がやんわりと離される。
心配性の幼馴染に笑って頷いたら、今日もまた「笑うなブス」と咎められてしまった。
上機嫌でオフィスに戻って、すでにデスクで仕事を進めていたらしい専務に笑顔で迎え入れられる。
「たのしかったですか?」
「はい、とっても」
「それは何よりです」
「専務はもう、お仕事ですか」
「あはは。すぐに食べ終わってしまったので、すこし」
「そうですか」
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静かに役員室から出て、扉をやさしく閉じた。
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