あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子

文字の大きさ
62 / 88
おさとうきゅうさじ

1.

しおりを挟む

「すごくおいしいです」

「よかったです」


何度見てもため息が出てしまいそうなくらいに、うつくしい微笑みだと思う。

高級なフレンチでも食べていておかしくないような感嘆なのに、彼が手に持っているのは私が作ってきたお弁当だ。

一緒にお昼を食べたいと誘われた次の週から、本当に遼雅さんはすべてのお昼休みを会社で過ごしてくれるようになった。

どんなに忙しくても、時間を調整して必ずオフィスに戻ってきてくれている。


朝はすこしだけ早く起きて、遼雅さんと一緒にリビングへ行くようになった。


『遼雅さん、私、起きますね』

『ん、ゆず、は?』

『はい』

『まって、俺もおきる』

『寝てていいですよ?』

『いやだ』

『いや、なの?』

『はは、うん。いやだ。ゆず、きすしたい』

『今日も?』

『いつも』


朝の旦那さんは、ちょっぴり子どもみたいな喋り方になる。細やかに笑って、やさしく唇を押しつけられる。

ちゅう、と吸い付いてすぐ近くでじっと見つめてから私が起こしかけていた体をやさしい腕で引いて、胸に抱き込んでくれる。


『あー……、ゆずは、かわいい……』

『ん、くすぐったっ』

『おれの、ゆずはさん』


やさしい温度は、いつもすてきな匂いと同じく、私のこころを、もっと眠っていたくさせてしまうから危険だ。とろとろの瞳とぱちりと視線がぶつかる。

首を傾げたら、もう一度ちゅ、とキスを送ってくれた。


『かわいい』

『ん、う、褒めすぎ、です』

『あはは。柚葉、おはよう』

『はい。遼雅さん、おはよう、ございます』


体をぎゅうっと抱きしめて、すこしはっきりした声で囁かれる。その間にも遼雅さんからの口付けがなくなることはないけれど、「お弁当、作ってもいいですか?」と聞いたら、渋々手を離してくれるようになった。


『お弁当は、たのしみです』

『ありがとうございます』

『料理中、ちょっとだけ、邪魔してもいいですか』

『ちょっとだけ、なら……?』


起きてすぐのキスはなくならないけれど、お布団の中で甘やかされる時間は少し減ったように思う。

代わりに、お料理中にふらりと近づいてきて、後ろから抱きしめられたり、不意打ちでキスをしてきたりするようになってしまった。


『ゆずはさん』

『はい?』

『背中、小さくてかわいい』

『きゃっ、突然触らないで、ください!?』

『あんまり手元ばっかりあつく見つめているから』

『ええ?』

『構って欲しくて、触ってしまった。怒ってる?』

『う、うう、おこって、ないです』

『よかった。柚葉さんは今日もかわいい。お弁当、たのしみです』

『もう……』


遼雅さんがあんまりにも上機嫌だから、何も言えないまま料理を続けてしまう。


遼雅さんからは、夜はすこし遅くなってでも家で食べるようにしたいと言われた。

「3食とも私の料理で大丈夫ですか?」と聞いたら「柚葉さんの手料理目当てに毎日頑張っています」と微笑まれてしまって、これもまた、何も言えなくなってしまった。

特段変わったところのない料理なのに、遼雅さんは本当に褒め上手だと思う。

今日も遼雅さんの褒め上手はいかんなく発揮されていて、ひとつ口に入れるたびに表情をほころばせて、目が合うたびに「すごくおいしい」とか「いつもうれしい」とか、やさしい言葉ばかりを選んでくれる。


「最近は、困ったことはないですか?」

「はい。特に何もないですよ」

「それは良かった。何かがあったらすぐに連絡してね」


穏やかすぎるくらいに平穏な時間を過ごしている。

総務部の仕事をしていたらしい時期からは考えられないくらいに平穏で、仕事に対してもより丁寧に、細かく気を配ることができるようになってきた気がする。

専務は何でも自分でしてしまうから、掛け合って、すこし私の仕事の分量を増やしてもらうようにしていた。


「疲れていませんか?」

「ふふ、大丈夫ですよ。……遼雅さんこそ、いつもわざわざお昼のためにお外から帰ってきてくださって……、無理をしていませんか?」

「あはは、大丈夫です。柚葉さんに会いたいだけです」


相変わらずとろけてしまいそうなくらいにやさしい人だ。あまい瞳に見つめられて、うっと言葉に詰まってしまった。


「かわいい」


遼雅さんは私が言葉に詰まるところを見ていることさえ楽しんでしまうみたいだから、困ってしまった。


「かわいくはないです」

「あはは、恥ずかしがるところがまた、どうしようもなくかわいいから困る」

「もう……」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

Perverse second

伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。 大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。 彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。 彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。 柴垣義人×三崎結菜 ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

処理中です...