呪われた悪女は獣の執愛に囚われる

藤川巴/智江千佳子

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 憎まれ口をたたきながらも、ルイスは二日に一度の逢瀬を取りやめようとはしない。そのうえで奪うように口づけて、悪者のように振る舞う。

 今日もこうしてソフィアの意思を確認するような行動を取っておきながら、彼女が動きを見せなければ、わざと乱暴に振る舞って、ソフィアを貪るつもりだ。

 ソフィアが何をもって獣人のあらを探し、難癖をつけているのかも知らぬ男が、ソフィアの弱点を誰にも言いふらさず、こうして忍んで現れる。

 その裏に、ソフィアへの信頼が感じられるのだ。

 彼女はルイスの行動を見るたび、胸の内に得も言われぬ柔らかい感情が広がるのをひた隠していた。

 何一つ声をあげることもできずに立ち疎むソフィアの姿を見上げたルイスは、いつも見せている無表情ではなく、皮肉な笑みを浮かべてもう一度懐かない乙女の名を呼んだ。

「フィア。ここで手ひどく犯されたいのか」

 呪いについて、わかったことがある。

 ソフィアはこの呪いに侵されている間、著しく魔力を消耗してしまうのだ。気力や体力の摩耗もさることながら、魔力に関しては、三日で底をついてしまうほど、激しく消耗する。

 身体に魔法の力を宿している者にとって、魔力の枯渇は命を脅かすほど危険な状態だ。おそらく、フローレンス家の女児の中には一定数、魔力の枯渇の状態が続いたことによって生命活動を維持できなり、死に至った者もいただろう。

 つまり、呪いに苛まれるソフィアの身体は、以前のような強大な魔力を持たないのだ。数時間ごとにルイスの体液を摂取するような生活を維持していれば魔力をすり減らすこともないのだろうが、とても実現できるようなものではない。

「わかってる、わ」

 ソフィアはいつどのタイミングで刺客に襲われても可笑しくない。現に一度闇に紛れて獣人の黒い影に襲われている。

 呪いに苛まれる時間が長引けば長引くほど魔力をすり減らし、回復に時間がかかるうちにまた呪いの効力によって魔力を削られる。

 実際に、今ソフィアの身体に宿る魔力は、普段の彼女が有する力の半分以下だ。ルイスはそれがわかるのか、呪いによる魔力の減少量に回復量が追いつかなくなったそのとき、ソフィアの強情に付き合うのをやめて、こうして意地悪くソフィアを挑発しながら、体液を摂取させてくる。

 この行動が、彼の善意によってもたらされていることは間違いない。ルイスからすれば、相手などいくらでもいるのだ。わざわざ因縁の相手を犯すような危険な橋を渡る必要もない。

 改めて、最悪の相手だとソフィアは思う。

 ルイスにとってのソフィアは家門の汚点を作ることとなってしまった相手だ。その相手を、まさか手ひどく扱うわけにも行かない。この先ルイスがシェリーと恋に落ちたところで、ソフィアの身体を奪ったことが公に露見すれば、先王と同じように非難を浴びる可能性もある。

 ソフィアが悪女であらねば、未婚の令嬢の純潔を奪ったルイスは間違いなく窮地に立たされる。テオドール・フローレンスは、間違いなくルイスを亡き者にするだろう。ソフィアは目の前の美丈夫が父の手に自由を奪われ、のたうち回りながら死に至るさまを想像し、震える足に力を込めた。

 生娘のように怯えた顔を見せれば、この男はその分だけ、悪漢のように振る舞う。

 毒を食らわば皿までだ。

 決意したソフィアは、男の元へゆったりと歩み寄る。

 頬を赤く染めたソフィアが潤んだ瞳で己を見下ろしてくるさまを見つめた男は、無意識に唾を飲み、己の頬が勝手に笑みを浮かべているのを感じていた。懐かない愛玩動物ほど可愛いと言っていた部下の声を思い出し、ソフィアが目の前にたどり着いたその時にはすでに忘れていた。

「ルイス」

 ソフィア・フローレンスの声は鈴のようだ。

 人族に比べれば数段高い聴力を持つ耳に、よく馴染む。男は少し前までの姿とは打って変わって、欲情の色を隠しもしないソフィアの表情に魅入られ、折れそうに細い指先が自身の頬に伸ばされていることを知った時、目を見開いた。

 ソフィアは、淫奔な性格の毒婦と呼ばれるには似つかわしくないほど、性的な快楽を恐れている。その身体をすでに何度も手折った男は、彼女の身体が彼以外の手に荒らされた形跡がないことをよく理解していた。まごうことなき純潔の乙女だったのだ。

 その身体を快楽に漬け込んだルイスは、今、初めて記憶を飛ばしていないソフィアに妖しく誘われているのだと自覚する。

「フィ、」

 名を呼びあげようとしたその時、ソフィアが柔らかな指先でルイスの頬に触れ、静かに微笑むまま、唇を落としてくる。

 ただ触れあうだけの口づけではない。吃驚に薄く開かれた唇にちろりと舌を差し入れたソフィアは、椅子に深く腰掛けたルイスの足にはしたなく股を広げて乗り上げた。

「……ん、っ、ん、ふ」

 熱心にルイスの舌を追いかけたソフィアが、わざとらしく音を立てて舌に吸い付いてくる。何度も執拗にルイスに口づけられたソフィアは、彼を誘う方法をよく熟知していた。

 口づけながら後頭部を撫でていた指先を項から胸板に這わせて、焦らすように唇を離しては至近距離で熱くため息を吐く。

「唾液をちょうだい?」

 陶酔した唇で囁いたソフィアは、赤い舌をちろりと出して、首をかしげている。

 ルイスに乗り上げる身体はすっかり発情しきって熱を持っていた。

 彼女はその意思とは関係なく、ルイスが体液を含ませて襲えば間違いなく快楽の虜になる。邪心が僅かに騒ぐのを感じたルイスは、努めてそれを押し隠しながらソフィアの後頭部に手を回して、指示された通りに口づけ、唾液を含ませた。

「っんん、ん、ぅ、……ぁ」

 呪いに翻弄されるソフィアが、ルイスの唾液を飲み込んだ瞬間に僅かに身体を痙攣させる。むわりと発情した雌の匂いが漂って、ルイスは無意識に奥歯を噛みしめた。

 気が狂いそうになるほど、堪らない匂いを発していることに、本人は気づいていないらしい。

 今日もその色香で男に声をかけられていたばかりなのだが、ソフィアはどうやら、呪いによる力のせいで判断力が鈍っているようだった。普段の彼女なら、男に近づかれる前にそれとなく躱すはずなのだが、結局見かねたルイスが声をかけた。

 これほどまでにも馨しい匂いをさせておいて、知らぬ存ぜぬでは済まないだろう。

 その匂いを感じることができるのはルイスほど獣人としての力が濃い者だけではあるが、何も知らずに酩酊する輩がいても可笑しくはない。まさに毒婦と呼ぶにふさわしい危うげな魅力を振りまく女が、今熱心に己の唇に吸い付いている。

「ん、も、っと、ほし……っ、んん」

 一度酩酊すると、ソフィアは己の心を失う。そうして、十分な量の体液を得るまで、ぐずぐずと瞳をとろけさせながら、可愛らしく懇願してくる。

「ああ、いくらでもやる」
「たりな、いの」
「ああ」

 酩酊するソフィアに、何度か彼女が何を企てているのか尋問したルイスは、ソフィアが予想以上にそのことに関して深く沈黙を守り続けているのを見て、ついにその口から吐かせることをやめた。

 ソフィアの振る舞いは、獣人の体液に触れることができない者にしてはあまりにも迂闊で危険なものだ。彼女には、命を危険に晒してでも成し遂げようとしていることがある。そしてそれは、獣人に関わる何かであると考えて間違いないだろう。

 痺れきったソフィアの舌を吸ったルイスは、彼女の身体がますます発熱するのを感じ取りながら、さらに口づけを深める。

 ——ライでは、だめなの。

 ふいに、ルイスの脳裏に頼りなげなソフィアの表情が浮かんで、ルイスの手が不埒にソフィアのドレスをかき分ける。

 貴女は俺のものだ、と喉まで出かかった言葉をソフィアの唇に含ませたルイスは、堪えることもできずにドレスの裾をたくし上げ、その股のぬかるみへと手を伸ばした。

「や、やっ、……るい、す、やだ、やだ」

 不穏な動きを察したソフィアが、慌ててルイスの手を掴んだ。

 彼はその手の弱い力に思考を押し戻され、鮮やかな光彩が戻ったソフィアの瞳を見下ろす。澄んだルビーには、まだわずかな欲情の色が残されている。

 このまま襲い掛かれば、間違いなくソフィアはろくな抵抗もできずにルイスの身体に溺れるだろう。

「も、もう、じゅうぶん、ですわ」

 ソフィアを淫奔な女だと言いふらしたのは、どこの誰なのか。ルイスはその相手を殴りつけてやりたい衝動に襲われつつ、昂った欲望をかみ殺した。

「このまま犯しても良いが」
「結構です、わ。シェリーさ、シェリーに気付かれます」

 ——俺は構わない。

 馬鹿馬鹿しいことを口遊みかけたルイスは、熱に浮かされた思考回路に吃驚して、目をそらすように、乱したドレスから手を放した。たっぷりと上質な生地を使われたドレスは、皺を作ることなくソフィアの足を隠す。

 息の上がったソフィアが、涙目になりながらよろよろとルイスの足から降り、視線をそらしながら口を開いた。

「すぐに、身体を清めるわ。だから、心配しないで」
「……そうか」

 ソフィアは、瞬時に悪女が口にするべき言葉ではなかったことに気付きながら、取り消すこともできずにドレスを整えて、いそいそと閉じられたドアへ向かった。

 やはり、どうあってもルイスが悪者のように見えてしまいそうだ。あるいは——。

 ソフィアが鍵を開けながらひっそりと思っていたとき、ふいに後ろから低い声が囁かれた。

「フィア」
「っ、ん、……な、んですの」

 熱の残る身体は、声にも反応を示してしまう。ルイスはぴくりと身体を揺らしているソフィアを後ろから眺めつつ、静かに耳元に唇を寄せた。

「毎日夜這いに行くか?」
「や、」
「フィアの部屋なら、匂いに気付く者もいない」
「そ、のようなことは、もう致しませんから」
「フィア、貴女は俺に貫かれずとも、強烈な匂いを放っている」

 それが男を惑わせるのが、気に食わない。

 ルイスは内心に浮かんでいる激しい独占欲を見せることなくソフィアの髪を撫で、彼女が振り返らぬうちに毛先に口づけた。

「今宵、待っていろ」

 まるで、恋人のようなやり取りだ。

 ソフィアの返事を聞くことなく扉を開いて先に部屋を出た男は、悪女に溺れる己を自嘲しつつ、その足を訓練場に向けた。
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