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しおりを挟む豪華絢爛な王宮の廊下をしずしずと歩くその令嬢は、見る者全ての表情を凍り付かせる。悪鬼を見てしまったかのような顔をする使用人たちを無視したソフィアは、ゆったりと目的の場へ歩き、視線が絡んだ瞬間に顔色を変えた近衛騎士へ微笑んだ。
ソフィア・フローレンスに惑わされ、騎士の出世街道から道を踏み外す者がいるというのは、有名な話だ。故に騎士たちは、一様にソフィアのことを警戒している。
令嬢は、豊満な胸と柳腰のラインを強調するような深紅のドレスを身に着けている。
彼女のまろい胸の輝きに動じない者はいない。今日のソフィアは特にその淫靡な体つきを曝け出し、見せつけるようにしている。
ユリウスの婚約者であるソフィアがこの場に何をしに来たのかは、一目瞭然だ。
しかし、これほどまでに近衛騎士が吃驚しているさまを見るに、今回もユリウスは、王宮の者に、ソフィアとの予定があることを教えなかったらしい。
「フローレンス様……!?」
「どいてくださいまし。ユリウス様に会いに来たのよ」
「で、ですが、今日の殿下のご予定には……」
「私が恋人との時間を過ごすことを、わざわざ君たちに伝えなければならない法があったのかい?」
歯切れ悪く口ごもる騎士の後ろから、涼やかな声が飛んだ。ユリウス・グランは、見る者全ての目をとろけさせてしまうような美しい顔立ちの貴公子だ。
「殿下、今日は帝王学の……」
「それは今度にしよう。せっかく幸運にも恋人が訪問してくれたんだ。私を不甲斐ない婚約者にさせないでくれ」
ユリウスの言葉はまるでソフィアが勝手に訪れたかのような口ぶりだが、彼女は気にすることなく彼のもとへと歩き、その腕に自身の腕を巻き付けた。
「ユリウス様、お会いしたかったですわ」
「うん。私もだよ。……今日は誰にも邪魔されずに2人で愛し合おう、ね?」
見せつけるようにユリウスの腕に胸を押し付けたソフィアは、いっそうユリウスの表情がだらしなく緩むのを見て、うっとりと微笑んだ。
ユリウスはブロンドに碧眼の貴公子ではあるが、快楽に弱い放蕩王子だ。今も、さりげなくその手がソフィアの腰を撫でている。淫らな手つきで恋人を誘った王子は、目の前であからさまに目を背ける若い騎士を薄らと笑い、恋人の耳に愛を囁いた。
「はやく君が食べたいな」
「ふふ、もう。ユリウス様ったら」
ユリウスはソフィアの身体の虜だ。
新米の騎士2人は、噂に違わぬ強烈な悪女に恐れおののき、ついに2人の行動を諫めることを諦めてしまった。
「人払いを。……フィーの声を聞くのは、私一人で良い」
だらしなく鼻を伸ばした貴公子の姿は、見るに堪えない。ソフィアは毎度のことながら、ユリウスの演技力に舌を巻いている。
2人の視線が外れた瞬間、ユリウスがそれとなくソフィアの腰を抱いている手から力を抜いた。
ソフィアとユリウスは密かに視線を合わせ、静かに微笑みあう。そうして2人がユリウスの寝室にたどり着いたとき、彼はおかしそうに声を震わせて笑いだした。
「ユリウス様」
「はは、ごめんごめん。フィーを見るあいつらの顔があんまりにも面白くてね。胸がすっとするよ」
「まあ。それほどに厳しくされているんですの?」
「それはもう。私は色ごとに耽るダメ王子だからね」
その裏でユリウスは、革命の機会を探っている。
「フィー、心配したよ。本当に呪いに打ち勝ったのかい」
「え、ええ。……まあ」
「嘘だね。まあいい。そこに座ってくれ。……いつも通り寝台で申し訳ないけどね」
「いえ、良いんですの。お気になさらないで」
ソフィアとユリウスの出会いは、ソフィアが10歳になるころだった。そのときから、ソフィアとユリウスは、密かな準備を重ねてきた。
2人は、獣人の名誉の回復を目論んでいる。一人は己の友人のために、そしてもう一人は己の命のために。2人は目的は違えど、革命を狙う共犯関係にある。
「フィー、無理をしすぎていないかい? また痩せただろう」
「いえ、そんなことありませんわ。ユリウス様こそ、お疲れのご様子です」
「フィーを死地に送り込んでおきながらぬくぬくとしているわけにはいかないさ」
「死地だなんて」
「実際、危険な目に遭っている」
ソフィアがあえて護衛もつけずに出歩き回っているのには意味がある。
「取り逃がしましたわ」
「構わないよ。大事なのは君の命だ。フィー、私が言いたいことは、もうわかっているよね?」
「それは……」
「頷いて。……決して命を投げ出そうとしないでね」
しかし、命を投げ出してでも叶えなければならない使命がある。ソフィアが頷かない様子を見たユリウスは、僅かに切なげな表情を浮かべつつ、ソフィアの目の前に魔法で光を浮かべて見せた。
幼い頃、2人は暗い部屋で何度も計画を練り続けてきた。そのときいつもユリウスがその光で道を照らしだしてくれていたのだ。ソフィアは懐かしい記憶を思い出しつつ、目を細める。
どれほど屈辱的な目に遭おうと、いくつもの犠牲を出そうと、ユリウスは何も言わずにその光でソフィアを照らし出してきた。
「少し前に、19を迎えましたの」
聡いユリウスが、ソフィアの誕生日を忘れるはずがない。そのはずが、ユリウスは頻繁にやり取りする手紙のどこにもそのことを祝う言葉を残さなかった。
「うん、そうだね」
「立ち止まっている時間は、もう、ありませんわ」
今年、19人の罪のない獣人がソフィアの誕生を祝すために、むざむざと惨殺された。
ソフィアは誕生日を迎えるたびにフローレンス家当主のテオドールから、その歳の数だけ獣人の死のパフォーマンスを見せつけられる。付き合いの長いユリウスは、ソフィアの生誕を祝う晩餐会で何が起きているのか知っているのだ。
「そうだったね。けれど、忘れないで。フィー、私は君も救いたい」
「ええ、わかっておりますわ」
相変わらず優しい王子を見遣ったソフィアは、微かに笑みを浮かべて頷いた。
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