呪われた悪女は獣の執愛に囚われる

藤川巴/智江千佳子

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「失礼する」

 ソフィアがティーカップに唇を触れさせようとしたその時、凛とした男声がその場に響き渡った。

 思わずティーカップを唇から離したソフィアは、今、頭に浮かべていた男が己のすぐ横に立ち、勝手にティーカップを奪っていくのを呆然と見つめていた。

「ブラッド副官」

 ソフィアが紅茶を口に含むところをじっと見つめていたはずの男が、げんなりと声をあげた。オリバー・マクレーンがげんなりした声をあげたくなる理由もよくわかる。

「またですの?」
「申し訳ありません。総司令官殿、火急の伝令です」

 ソフィアに与えられる火急の伝令と言えば、言わずともユリウスからの手紙であると察せられるため、オリバーはこの言葉を聞くたびに苦虫を嚙み潰したような表情を隠しきれず、この場を去ることになる。

「マクレーン様、申し訳ありませんわ」
「いえ。殿下の命が第一ですから。紅茶が冷めてしまいましたね。私が処分しましょう」
「ええ、助かりますわ。マクレーン様」

 ルイスがあれこれと理由を付けてオリバーとソフィアの距離を取らせようとしてくるのは一度や二度のことではない。だからこそ、オリバーは今日、ルイスの目につきづらい、基地内部の最深部に位置するこの場まで赴いてソフィアに声をかけたのだ。

 しかし、そうまでしてソフィアに飲ませようとしていたブレンドティーは、今ルイスの手に握られている。

 もはや握りつぶしてしまいそうだ。

 カップを上から掴んでいるルイスは、涼しげな表情を浮かべていながら、腕の血管を浮き上がらせている。上等なカップをただ掴むだけにしては、些か力が入りすぎていた。

 ルイスの手を見たオリバーは、己の企みがまたしてもルイスに知られていることを察して、いそいそと魔法で茶器を片付け終えた瞬間に書庫を出ていった。

「フィア」

 近頃のルイスは慈しむような手つきでソフィアに触れてくる。それどころか、こうしてソフィアの身に危険が迫るたび、忠実な騎士のようにソフィアを守ろうとしてくる。

「ユリウス様は何を?」

 ユリウスから、こうも頻繁に人を介した連絡が来るはずもないことをソフィアは重々承知していた。

 基本的な二人のやり取りは、魔法を使っている。わざわざ人を介する連絡は、大抵が大した用事のないものだ。つまり、ユリウスがソフィアに目をかけているということが伝わる程度の頻度で問題がないということだ。

 よって、これほどまで頻繁に、その連絡があるはずもないことをソフィアはよく理解している。そのうえで、わざとユリウスの名を出しているのだ。

「フィア、あまり無防備になるな」
「何もないなら行くわ」
「フィア」

 咎めるような声で囁かれたソフィアは、立ち上がろうとした瞬間に手首を掴まれ、わずかに息を止めた。

「あの紅茶、毒が仕込まれている。わかっているのか」

 そのようなこと、ソフィアは初めから気付いている。高い魔力を持つソフィアを屈服させるためには、魔法を使うよりも毒を使ったほうが効果的だ。オリバーもそこまでは頭の回る男だった。

 しかし、彼は知らないのだ。ソフィアの趣味は薬草栽培だ。それくらいの知識は彼女にも備わっている。

「あら、怖いわ。どうしてそのようなことがわかりますの?」
「経験則だ」
「お使いになったことがおありで?」

 ルイスは街の治安を維持する組織の長だ。間違いなく、違法な薬物を取り締まる経験も多いだろう。

 ソフィアはそれを知っていてあえて、挑発するような言葉を発している。

 ユリウスに命じられたことを遂行できる関係には到底なれそうにもない。そのようなものになってしまえば、ソフィアは、己の心が狂ってしまうように思えて恐ろしいのだ。

「フィア、はぐらかすな」

 この男の目が嫌いだ。

 ソフィアは何度目かもわからず、同じことを思っていた。

 真摯な瞳には、ソフィアの真顔が映り込んでいる。ルイスは特にオリバーの行いについては耳が覚えてしまうほどに何度も苦言を呈してくる。ソフィアとてそのようなことは理解しているのだが、大人しく頷いて、ルイスの言葉の通りに従う気などない。

 まるで、ルイスに心を許しているようではないか。断じてそのような振る舞いはしない。

「怖いわ。媚薬をお使いになったことのある方が司令官様だなんて」

 嘲笑うように微笑んだソフィアは、目の前の騎士が鋭い視線で彼女の瞳を見下ろしていることに気付いた。僅かに背筋が粟立つ。

「気付いていて、飲むつもりだったわけか?」
「気付いていて?」
「あれが毒であるとは言ったが、媚薬だと言った覚えはない。フィア」

 失言をしてしまったのだと気づいた時には、ルイスがすでに、ソフィアの身体を囲むように椅子のアームレストに両手をついていた。

 正面から覗き込まれたソフィアは、早々に退散し、距離を取るべきだったと察したのだが、もう遅い。

「気付いていて、まさか、あの男を誘ったわけではあるまいな」

 ソフィアが他の男に触れられることを、ルイスはことのほか嫌っている。それを示すように、片手でソフィアの手を拾い上げたルイスが、ソフィアの抜けるように白い肌に鼻筋を押し付け、その舌でぺろりと手のひらを舐めあげた。

「っん、や、めて」

 ちょうど、少し前にオリバーにエスコートされたときに触れられた箇所だ。どこまでも鼻が利くらしい獣人に呆れたソフィアは、しかし、その舌に舐めあげられた瞬間、腹の奥にぞくりと熱が燻ったのを感じた。

「言ったはずだ。フィアを他の男と共有する趣味はない」
「ぁっ、や、っ……、わたくし、貴方の所有物では、ありません、わ」
「知っている。だが、フィア。貴女はもう何度も、俺以外の男にこの身体を触れさせることはしない、と約束したはずだ」

 半ば恫喝するように、快楽に溺れるソフィアを苛みながら誓わせた不埒な誓約だ。ソフィアは何度も精を注がれたのちに行われる執拗な悪戯に仕方なく了承しているに過ぎない。

 なぜこうも、この男はソフィアに固執しているのか。ソフィアはやはりその理由がわからず、いや、わかりたくないがために目をそらし続けている。

 決して結ばれることのない相手なのだ。

 英雄と悪女の未来は交わらない。

 答えることなく黙り込むソフィアに痺れをきらした男は、とうとうソフィアの抵抗を無視して、覆いかぶさるようにその身体を抱き、唇を寄せた。

「っや……っんんん! ん、ふ、ぅ、んん」

 吃驚したソフィアが抵抗しても、ルイスが離れることはない。

 椅子に押し付けられ、身動きが取れないソフィアは、ルイスの早急な口づけに酔わされ、ぼんやりと意識を熱にとろけさせていく。

 ここ最近のルイスは、寝込みを襲いに行っても頑なに声をあげようとしない番の姿に激しく胸を焦がされている。

 近づこうとすればするほどに、番は距離を置こうとする。逃げ出す機会をうかがっているのは、言われずともわかっていた。ソフィアは、自身の危機にまるで興味がなく、あっさりと危険な取引の場に身を投じようとする。

 生真面目な騎士は、その危うい姿に心を奪われて、日がな一日その姿を探そうとしてしまう己の正直な目に気付いていた。それは、ソフィアから視線が注がれているだけで猛烈な激情を迸らせるほどに熱い渇望だ。

 書庫から己を見下ろしていたはずのソフィアと視線を合わせた瞬間、ルイスは彼女の姿が見えなくなったことを密かに惜しんでいた。

 獣人のルイスは気配や匂い、音に敏い。カーテンで身を隠したソフィアに男が声をかけているのだと知ったルイスは、部下に自主訓練を命じつつ、躊躇うことなく彼女が居る場へと足を動かした。

「フィア、……フィア」

 名を呼ぶほどに、ソフィアは身体を震わせて、未知の感覚に怯えてしまう。ルイスはその幼気な姿を見るたびこの腕でぐずぐずに甘やかしてやりたい衝動に駆られていた。

 媚薬の香に誘われたルイスは、毒に耐性のあるソフィアとは違い、己の欲望が密かに猛っていることに気付いていた。

 感情の赴くままにこの身体を組み伏せ、薄い腹に自身を突き入れたい。獣じみた衝動を感じたルイスは、再度欲望を押し付けるようにソフィアの口内に舌を突き入れ、熱心にソフィアを犯した。

 番を求める本能に、頭が支配されているのか、それとも単純に、ソフィアの危うい行動に気を惹かれているのか。

「あ、……ん、るい、す」

 悩ましげな表情を浮かべる番を見下ろしたルイスは、下腹部に熱が集まる感覚を耐え忍ぶように奥歯を噛みしめ、密かに息を吐き下ろした。

 ソフィアのルビーの瞳からは、今日も熱い涙がこぼれ落ちようとしている。激情に駆られながらも、涙の粒を見下ろしたルイスは静かにその眦に吸い付いて、熱を持つ髪に優しく触れた。

「これ以上手酷く犯されたくないなら、危険な真似は控えろ」

 わざと脅すように囁いたルイスは、ソフィアが彼の目を睨みあげるのを見て、嘲笑を浮かべた。

 ライのように見つめられるはずもない。

 それならば、徹底してソフィアに嫌われながら、危険な振る舞いを咎める役でもいい。ただ熱心にソフィアの危険を案ずる男は、しかしそれを悟らせぬようにもう一度ソフィアの唇を吸って、嫌がるソフィアの身体を陥落させた。

 ——ただ、その笑みを見せてほしいなどという欲望を持つのは、馬鹿げている。

 ルイスは己の胸の内に秘められた本心を押し隠して、反抗的な眼差しを向けてくるソフィアの胸元に唇を這わせかけたところで、その行動を止めた。

「るい、」
「シェリーが来る」

 熱心に邪魔立てしてくるシェリーを思い返しつつ、ルイスはあっさりとソフィアから距離を取って、廊下へと出て行ってしまった。
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