呪われた悪女は獣の執愛に囚われる

藤川巴/智江千佳子

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「……なんだ?」
「あ、ごめんなさい。その、ルイス、貴方」

 今までどうしてソフィアはそのことに気付かなかったのだろうか。彼女は自分自身でも疑問に思いつつ、ゆっくりと口を開いた。

「ルイス、貴方、魔法が使えるでしょう?」

 ルイスの身体から、微弱な魔力を感じる。

 ソフィアは試すように武骨な手に己のものを繋ぎ合わせ、静かに瞼を下した。

 魔力の交換は、魔法の初歩的なトレーニングだ。魔力を流し込まれた子どもは、その時初めて己の身体にある魔法の力の存在を認識する。

 ソフィアが丁寧に魔力を流し込んでそっと瞼を開けば、ルイスはただじっと彼女に握られた手を見下ろしていた。

「ルイス?」
「……ああ」
「感じたかしら?」
「貴女の手が柔らかいことはわかる」
「ええ?」

 ソフィアは確かにルイスの中に魔力の源を感じているのだが、当の本人は不可思議そうに眉を寄せている。

「私の手はどうでもいいのよ」
「そうなのか?」
「何か、身体の中を回っている感じがしないかしら?」

 もう一度、今度は強めに魔力を送り込んだソフィアは、ルイスが真剣に何かを感じ取ろうと眉を顰めているのを見上げて、またしても魔力が発現してくれないらしいことに吃驚した。

「何も、感じられないの?」
「いや……、フィアの匂いを感じる」
「におい?」
「俺の皮膚の内側から、フィアの匂いを感じる」

 まったくもって相いれない表現をされたソフィアはわずかに声を失った。

 ルイスは真剣だ。随分と猟奇的な表現だが、ソフィアの期待に応えようとしているのがわかる。

 グランの民ならば、誰もが一度で魔力を感じられるような簡単なやり方なのだが、獣人のルイスにはうまく感覚が掴み取れないらしい。

「ふふ、いいわ。今日はこれで」
「いや、フィア。もう一度してくれないか」
「ええ?」

 真面目そうな声に懇願されたソフィアは、目を丸くしてしまった。ルイスは相変わらず眉を顰めている。うまく習得できないことを悔しがっているらしい。

「ルイス、そんなに無理をしなくても」
「無理はしていない。フィア、ダメか?」

 存外負けず嫌いらしいルイスの姿に胸を打たれたソフィアは、まるで過去の自分を見ているかのような気分で静かに笑ってしまった。

「フィア?」
「ふ、ふふ」
「……笑っているのか」
「ふふふ、ごめ、ごめんなさい、なんだか、ルイスがすごく」

 凄く可愛らしく見える。

 ソフィアが頭に浮かんでいる言葉を最後まで口にすることができなかったのは、目の前で顔を顰めていたはずのルイスに抱き寄せられてしまったからだ。

「ひゃ、る、ルイス」

 吃驚するソフィアをすっぽりと腕に包み隠したルイスは、無言のまま、ソフィアの小さな身体を抱きしめ続けている。


 微笑みかけてほしいという馬鹿馬鹿しい願いが、こうも簡単に叶えられるとは、思ってもいなかったのだ。

 ルイスはその美しい輝きで、ようやく己の感情の答えを手に入れることができた。

 ——ただ、どうしようもなく、愛おしいのだ。

 屈服させ、その腹に子を孕ませるために抱いているのではない。ただ独占したいがために、この腕に隠しているわけでもない。

「フィア」
「ん、なに……?」


 ——貴女が好きだ。

 口にすることができなかったのは、ライがルイスの服の袖をぐいぐいと引っ張ってきたからだ。

「……ライ、」

 主よりもその番を愛する使い魔に呆れたルイスは、吃驚に目を回すソフィアの身体を名残惜しく離して、言葉を変えた。

「もう一度、さっきのをやってくれないか? 感覚が掴める気がする」
「……ふふ、わかったわ」

 ソフィアに手渡されるものならば、どのようなものでも全て飲み干したい。消えることのない渇望に飢える狼は、もう一度彼女に力を流し込まれた瞬間、それが通る筋道を掴み取って、ソフィアにされるように力を流し返した。

「っ、ん、ルイ、」
「こうか?」
「まって、熱、っ」

 ソフィアの変調に気付いたルイスは即座に手を放し、その顔を覗き込む。僅かに熱を帯びたソフィアの身体に気付いたルイスは、またしても劣情を煽られそうになって息を殺した。

「悪い、おかしなことをしたか?」
「いえ……、ただ、こんなにも熱い魔力に触れたことはなかったから、驚いてしまって」

 魔力に熱を感じたことなど、あっただろうか。ソフィアは魔力の交換をした何人かの顔を思い浮かべつつ、静かに心の中で否定した。

 これまでに触れた人間の中で最も温かく感じたのはユリウスだ。それよりも熱いということが示すのは何なのか。ソフィアはルイスの身体に眠る魔力の可能性に興味をそそられ、不安げに見下ろしてくる彼の髪を柔らかく撫でつけた。

「すごいわ。いい子ね。ルイスはとってもすごい」
「……ライと同じ扱いだな?」
「ふふ。本当にすごいことよ」

 ダークグレーの髪は、硬質だ。密かにその感触を楽しんだソフィアは、いくつかの段階を飛ばした魔法をルイスに教え込ませようと人差し指を動かした。

「光よ」

 静かに囁いた途端、ソフィアとルイスの前に眩い光が現れる。ライは突如出現した光に魅入られて、むくりと身体を起こした。

「あら……、ライも気に入ってくれたのかしら」

 それならば、と思いついたソフィアがゆっくりと指先を動かす。その動きに従うようにふわふわと光が動き出した。ライはソフィアの目論見の通りに光に誘われて寝台を下りた。

「ライに遊んでもらいなさい」

 甘やかなソプラノの声が囁いた瞬間、光はライを誘うように動き回った。これには気高き狼であるライも嬉々として付き従っている。

 ルイスは、まるでソフィアに翻弄される己を見ているような気分になりながら、したり顔のソフィアの髪を撫でつけた。

「どう? できそう?」

 ソフィアはなかなか厳しい教官のようだ。苦笑したルイスは、まったく掴みどころのない魔法の痕跡を追うように瞼を下した。

「ふふ。冗談よ。いきなりできてしまったら、神様も驚かれるわ」

 たっぷりと茶目っ気のある声で囁いたソフィアに、ルイスは結局瞼を開いてしまった。教官はルイスのやる気を試していたらしい。可愛らしく微笑む番を見下ろしたルイスは、とうとう唆す悪女の手に乗ってしまった。

「……魔法の行使をしているときはどういう感覚なんだ?」
「魔法のことは、どれくらいご存じ?」
「少しもわからんな」
「じゃあ、少しだけお勉強しましょう」

 少し前と同じようにルイスの手を握ったソフィアは、ゆっくりと魔力を流し込んで口を開いた。

「魔法は心臓から送り出される血液と同じよ。術師の心臓が止まるまで、その者の意思が残る限り、効果が続くの。でも、一度に行使できる詠唱魔法は一つ。だから、グランの民のほとんどは、必要な時にしか魔法を使わない。長期間行使しなければならないような魔法を使っていたら、他の魔法は何も使えなくなってしまうでしょう?」
「ああ、なるほどな」
「最も基本的な魔法の使い方は、さっき私がしてみせた詠唱魔法。他には二つあるけれど、ほとんどの人間は、詠唱魔法しか使えないわ」
「なぜだ?」
「他二つは魔力をたくさん使うの」

 ソフィアほど魔力のある人間であればまだしも、ほとんどの人間は使うことができない。

「……フィアは魔法を唱えているところをあまり見ないな」
「ええ、わたくし、頭で浮かべればだいたいは形になりますから」

 無詠唱で魔法を行使するためには厳しい練習とセンスが必要だ。

 ソフィアは血の滲むような努力とその血筋によって高度な方法を会得している。最もソフィアはそのことを深く話すつもりなどないが、ルイスは改めてソフィアが勤勉な人間であるらしいことを察していた。
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