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しおりを挟む二人は、幼い獣人の特徴である狐耳と熊の耳をぴくぴくと動かしている。
ソフィアと目が合った瞬間、二人は自分たちの命を救ってくれたただ一人の優しい聖女が恐ろしい目に遭っていることに気付き、血相を変えて走り出した。
——だめ。来てはダメ。
ソフィアは叫びだしたくなるような思いを抱えて小さく首を横に振る。しかし二人は、ソフィアがますます苦しそうな表情を作るのを見て、果敢にも彼女の首に刃を押し付ける騎士に飛び掛かった。
「ソフィア様を離せ!」
「噛みついてやる!」
ソフィアはその二人によく見覚えがあった。
19を迎える忌々しい日に、たった二人だけを救うことができた。
ソフィアが19年間生きてきた中で、初めて思い通りに逃がすことができた幼い二人だ。ソフィアが願う通りに逞しく生き、生命力あふれる瞳で、ソフィアを痛めつけようとしている騎士に飛び掛かっている。
「お、おい、やめなさい……!」
オリバーが慌てて声を上げる。その声を無視した獣人の子どもが剣を握る騎士の腕に噛みつこうとしたとき、ソフィアは思わぬ衝撃に手元を狂わせた騎士が、狐耳に剣の刃先を触れさせかけているのを見てしまった。
反射的に身体を動かしたソフィアは、声が出ないと知りつつ、たまらず胸のうちで叫ぶ。
「……っやめて!!」
耳を劈くような悲痛な声が響く。
ソフィアはそれが己の口から飛び出したものであることに狼狽えながらも獣人を庇うように騎士と向き合い、息をのんだ。
「な、んで……」
俯き続けていたソフィアは、己の首に剣を突き立て続けていた騎士が誰であるか、知りもしなかったのだ。
男は、すでに剣先をソフィアからそらしている。その瞳は燃えるように熱く、ソフィアの瞳を見つめていた。
「ブラッド総司令官、なぜ罪人を取り押さえない?」
ユリウスの声が遠く聞こえる。ソフィアは、背中にかばい立てた子どもたちにしがみつかれながら、ただその男のまっすぐな瞳を見つめ続けていた。
胸が騒ぐ。
ソフィアは、その瞳の熱に強烈な見覚えがあった。
「……悪しき者には見えない」
静かに告げる騎士の声で、ソフィアは瞼の裏が猛烈な熱を持ったことを感じ、即座に視線を逸らす。彼は、ルイスの声は、昨晩ソフィアを詰った者の声と同じものには聞こえない。
こみあげる激情を押し隠そうと呼吸を取り繕ったソフィアは、生真面目な騎士が続けて宣言する言葉に、今度こそ胸を焼かれた。
「ソフィア・フローレンスが死するならば、その胸を貫くのは私と決めています。しかし、ここで不名誉な死を遂げて良い魂ではない。そうだろう。……フィア」
なぜ、その名前を憶えているのか。ソフィアは身体中に震えが走るのを感じ、乱れた呼吸をやり込めようとしていた。
「ソフィア様をいじめるな」
ただならぬソフィアの震えを感じ取った幼子二人が、ソフィアの前に出る。彼女は、あまりにも自分には不相応な優しい光に、目がつぶれてしまいそうだった。
「フィアを庇う理由は何だ。お前たちはどのような施しを受けた?」
ルイスが剣を鞘に納める。
ソフィアはその音を聞きながら、この場に起こる全ての奇跡が、ソフィアのために与えられた優しい光なのだと理解した。
ユリウスは、ソフィアに優しい光を差し出す誠実な主君だ。そしてルイスは、ソフィアにとっての閃光のような男だった。眩しく目が潰れてしまいそうになるはずが、どうしても目をそらしたくなくなる。
「ソフィア様は、お誕生日の日、我慢してるんだ。たくさん僕たちの仲間が殺されるのを、じっと黙って見てるの。僕たちはフローレンスの家で飼われてた。あの家に居た仲間は皆知ってる。皆、話しかけたら、ソフィア様は僕たちを酷い目に遭わせなきゃいけなくなるって知ってるから、遠くから見つめてるんだ」
なぜこうも眩しいのか。
「ソフィア様は、私たちを守るために黙ってるの。怖くないよ。私たちも美味しいお菓子をもらったの。あの日、ソフィア様がお家の人たちに傷つけられるかもしれないって知ってたのに、私たち、我慢できなくてソフィア様にもらったお菓子を食べちゃったんだ。それなのにソフィア様は、宝石もお金も全部私たちのポケットに詰め込んで、言ってくれた」
ソフィアは二人の言葉を遮ることができなかった。眩しく温かい光景に、声をあげれば泣き出してしまいそうだった。ユリウスは、ソフィアのすべての行いを許そうとしている。
「『二人とも、よく聞きなさい。生きて、生き延びて。そうすれば、必ず光が見える。どれほどつらく苦しい道であっても、必ずいつか正しい道が照らし出されるわ。貴方たちの未来は私が見つける。だから、それまでもう少しだけ、悪い人たちに見つからないように、いい子にしているのよ』」
ソフィアの言葉をなぞる様に声をあげた二人は、膝をつくソフィアの肩にしがみついている。
何度も思い出した言葉なのだろうか。
ソフィアは、忘れられるものだと思いながら伝えた本心が白日の下に晒されてしまったことに、震える息を吐いた。
きつく瞼を瞑っている。そうしなければ、感情のままに泣き出してしまいそうだったのだ。
二人は、ソフィアが願う通り、立派に生き延びた。それどころか、おそらくユリウスが指揮する革命軍の家で保護されていたのだ。
自身がかけた暗示が解かれていることに静かに笑ったソフィアは、ユリウスが、もうずっと前からソフィアの汚名を濯ぐ機会をうかがっていたらしいことを深く理解させられた。
「気まぐれに二人を救っただけかもしれませんわ。他にもいらっしゃるなら、……少し考えますけれど」
わざとらしい声に、ソフィアは思わず泣きたい心のまま笑いだしてしまいそうになった。マリアは意外に感情を取り繕うのが下手だ。獣人二人の声に、すでに言葉が震えだしている。
マリアもまた、二人から語られるソフィアの言葉に痛く感動してしまうほどに、ソフィアの本心を知っているのか。
「ぼ、くも、一人、知っているよ」
「ダニエル・ドレスデンか」
「はい。陛下、僕も一つ、お話させていただけませんでしょうか」
「ああ、聞こう」
「先ほどのマリア嬢が話した魔術師についてです。彼は僕の親友で、エドウィン・レイナーという男です。……彼は、レイナー家が獣人の密売に関わっていることを知り、ひどく落ち込んでいる様子でした。そんなときに、ソフィア様が、彼を失脚させたのです。エドの行方は誰もわからず……しかし、ようやく彼と再会することができました。エドウィン!」
エドウィン・レイナーは革命軍の魔法騎士団を統括する男だ。ソフィアが密かにユリウスに相談し、勧誘させた一人だった。
ユリウスの側に控えていた男がローブを取り去って顔をあげる。そこには確かに、ソフィアが手酷く詰り、魔術師団から追いやった男が立っていた。
「……ソフィア様の命により、ユリウス陛下の手となり任務を全うしております。全ては彼女の御心を少しでも晴らすためのこと。陛下には、ソフィア様と同じ忠誠を誓っております」
「悪女の命により、革命をなしたというのか?」
「さようにごさいます」
淡々と答える男が、ソフィアの顔を見下ろす。その瞳は、どことなく困ったような色を浮かべている。
ソフィアの口から、エドウィンを革命軍に入れるべきだと告げた相手はユリウスただ一人だ。それが本人に知られているということは、やはりユリウスがすべての手を回していたということだろう。
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