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第11話 お金ないっぽい
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翌朝目覚めると、体調が悪くて、昨日夜更かししたことを少し後悔した。
だいぶ身体を冷やしてしまったから、もしかしたら、風邪を引いたのだろうか。
ルドに迷惑をかけないよう、自分で何でもできるようになると決意したばかりなのに、風邪を引いて、ルドの手を煩わせることになっては、みっともない。
僕は、体調が悪いことを隠し、ルドと昨日のことを話し合っていた。
ルドには、勝手に一人きりになったこと、見知らぬ人と接触していたこと、リヒトリーベでは禁止されていた歌を歌ったことについて、注意を受けた。
やっぱり、説教モードのルドは苦手だ。
「わかりました。今後は勝手にルドの傍を離れたり、知らない人について行ったりしません!」
子供か、僕は……。自分で言っておいてちょっと情けなくなる。
前世で39年、今世で16年生きているので、精神的にはいい大人なんだけどな。
だけど、そんなうだつが上がらない僕の歌を、褒めてくれる人がいたのだ!
瀕死の自尊心を保つためにも、できれば、歌だけは許してほしいので、ルドにお願いしてみる。
「でも、歌は、たまにならいいでしょ? ここはリヒトリーベじゃないんだし……」
「――そうだな。私と二人きりの時に歌うのはいい。ただ、人前で歌うのはダメだ」
「どうして?」
「今後、ルシャード殿下を退け、ウィルが王位に就いた場合、他国でとはいえ、自国で禁止していることを、王族自ら行っていたと知られれば、国民はどう思うだろうか。リスクは少しでも減らしておいた方がいい」
確かに、ルドの言うこともわかる。
でもそれは、僕が王位に就いた場合の話だ。ルドにはまだ本心を伝えてはいないけれど、僕は、王位に就く気はなかった。
その過程はどうであれ、ルシャード殿下はいい王様になると思ったし、僕にも、前世の父親を捜して罪を償うという目的があったから。
僕の気持ちを話したら、ルドはどう思うだろうな……。
ルドは、王子である僕の護衛だった。僕が王位に就かないということは、僕を守る理由もなくなる。
すごく自分勝手だとは思うけれど、ルドが離れて行ってしまうことが嫌で、なかなか本心を言えずにいた。
「わかった。これからは人前では歌わないようにする」
僕が了承したことで、ルドの説教モードが解除されたようだ。表情が少し和らいだ。
「今日も光魔法を使う。ウィル、こっちへ」
ルドに言われて傍へ行くと、髪を撫でられた。身体が温かくなり、光魔法による髪色の変更が完了する。
魔法をかけ終わったのに、ルドがまだ髪を撫でている。
「ルド?」
「体調が悪いのではないか?」
「え……」
参ったな。ルドには隠し事ができる気がしない。
「朝から顔色が悪かった。体調が悪いのに、厳しいことを言ってすまない」
「ルド……」
本当にアメと鞭の使い方がうまい男だ。本人は自覚なくやっているのだろうけれど。
「大丈夫だよ! ありがとう。それより、僕お腹すいちゃった!」
ルドに優しい言葉をかけてもらい、安心したのか、体調もよくなってきた気がする。その代わり、僕のお腹が悲鳴を上げ始めた。
食事をとろうと1階に降りると、店主に声をかけられた。
「あ、お客さん! おはよう。どうだい? よく眠れたかい?」
「ああ、お陰で旅の疲れも取れた」
「そうかい、それは良かった! そっちの嬢ちゃんも、昨日より顔色が良くなってるね」
え、待て待て。嬢ちゃんって、もしかして僕のこと? まさかね。
「ところで、朝から悪いんだけどね、うちは連泊するときも、1泊ごとに宿代を貰ってるんだ。できれば今日のうちに、昨日の食事代と宿代を支払ってもらえるかい?」
「あ、ああ、わかった。今払おう。いくらだ?」
そう言って、ルドがお金の入った革袋を取り出す。
うっかりしていた。転生してからというもの、今まで、自分でお金を出して何かを買ったことがなかったから、代金を支払うという概念すら忘れていた。
「食事と宿代合わせて……1700マイロだよ」
「わ、わかった。これで……」
あれ? どうしたのかな。支払いをしているルドの表情が、いつも以上に硬い気がする。
「はいよ、確かに。これから食事だろ? 悪いね、引き留めて」
朝食を取りながら、僕たちは小声で話していた。
ルドの様子がおかしかったので尋ねると、なんと、先ほどの支払いで、お金がほとんどなくなってしまったらしい。
どうしよう……。今食べてる食事も、このままだと無銭飲食になってしまう。
「まずは、私たちの衣類や装飾品を売ろうと思う。しかし、リヒトリーベとフライハルトの相場にはかなり差がある。例えば、酒場で一般的な食事をした場合、リヒトリーベではだいたい10マイロほどだが、フライハルトでは、100マイロほどだ」
「え!? 10倍も違うの……!?」
「ああ。フライハルトは全世界でみてもかなり栄えている国の一つだ。その分、物価も、リヒトリーベに比べて高い」
「そうだったんだね……」
これからのことが不安過ぎて、あんなに美味しく感じられた食事なのに、今は味がしない。
「ウィル、おはようございます! 今日も相変わらず美しいですね」
僕たちがどんよりと食事をしているところに、昨夜出会ったハインツさんがやってきた。明日お礼をしに行くとは言っていたけれど、本当に来たのか。
「お、おはようございます、ハインツさん」
何となく、周囲の気温がぐっと下がった気がして、ルドの方をそっと伺うと、案の定、機嫌の悪い表情で、ハインツさんを睨みつけている。
まだハンツさんのこと警戒してるんだろうな。ルドはずっと護衛をしていたんだし、気持ちはわかるけど、顔に出すぎだ。
食事をとるときも、毒見をすると言って譲らず、常に周囲に気を張り巡らせているようだった。ここはリヒトリーベではないのだから、もう少し気を抜いてもいいと思うんだけど。
「昨夜の歌のお礼に参りました」
そう言って、ハインツさんが身体を近づけてくる。
昨日も思ったけれど、この人、パーソナルスペースが人より狭いのか、会話するときの距離が異常に近い。
「おや? 昨日の髪色とは少し違うような……」
そう言うと、ハインツさんは僕の髪に触れようとした。
パシッ――
「気のせいだ」
そうだった。昨日はうっかり光魔法が解けた状態でハインツさんと会ってしまったから、僕の本当の髪の色を見られているんだった。
しかし、僕が言い訳をする暇もなく、ルドがハインツさんの手を強めに払うと、『気のせい』の一言で片づけてしまった。
ハインツさんは、振り払われた手をじっと見つめている。
うん、雰囲気がとても悪くなってきた。
「そんなそんな!! 昨日ルドも言ったけど、お礼なんて大丈夫です! 僕がただ歌いたくてそうしていたところに、たまたまハインツさんが通りかかっただけですし!」
なんとか空気を変えようと、わざと明るい声を出した。
「いいえ、それでは私の気がおさまりません」
ハインツさんの注意をこちらに向けることはできたけれど、そうだった。この人、線の細い容姿からは想像もできないくらい、押しが強いんだった……。
「わ、わかりました。じゃあ、何か、考えておきますね!」
ルドの機嫌が最悪だったのもあり、とりあえずハインツさんにはお引き取り願いたい。
「はい! きっとですよ? では、また伺いますね」
僕の切実な願いが通じたのか、ハインツさんは、髪色のことを追求するでもなく、ルドに文句を言うでもなく、あっさりと帰ってくれた。
ハインツさんの言葉は、きっと社交辞令だろう。
今後はもうやってくることはないと思ったが、そんな僕の予想は見事に外れたのだった。
だいぶ身体を冷やしてしまったから、もしかしたら、風邪を引いたのだろうか。
ルドに迷惑をかけないよう、自分で何でもできるようになると決意したばかりなのに、風邪を引いて、ルドの手を煩わせることになっては、みっともない。
僕は、体調が悪いことを隠し、ルドと昨日のことを話し合っていた。
ルドには、勝手に一人きりになったこと、見知らぬ人と接触していたこと、リヒトリーベでは禁止されていた歌を歌ったことについて、注意を受けた。
やっぱり、説教モードのルドは苦手だ。
「わかりました。今後は勝手にルドの傍を離れたり、知らない人について行ったりしません!」
子供か、僕は……。自分で言っておいてちょっと情けなくなる。
前世で39年、今世で16年生きているので、精神的にはいい大人なんだけどな。
だけど、そんなうだつが上がらない僕の歌を、褒めてくれる人がいたのだ!
瀕死の自尊心を保つためにも、できれば、歌だけは許してほしいので、ルドにお願いしてみる。
「でも、歌は、たまにならいいでしょ? ここはリヒトリーベじゃないんだし……」
「――そうだな。私と二人きりの時に歌うのはいい。ただ、人前で歌うのはダメだ」
「どうして?」
「今後、ルシャード殿下を退け、ウィルが王位に就いた場合、他国でとはいえ、自国で禁止していることを、王族自ら行っていたと知られれば、国民はどう思うだろうか。リスクは少しでも減らしておいた方がいい」
確かに、ルドの言うこともわかる。
でもそれは、僕が王位に就いた場合の話だ。ルドにはまだ本心を伝えてはいないけれど、僕は、王位に就く気はなかった。
その過程はどうであれ、ルシャード殿下はいい王様になると思ったし、僕にも、前世の父親を捜して罪を償うという目的があったから。
僕の気持ちを話したら、ルドはどう思うだろうな……。
ルドは、王子である僕の護衛だった。僕が王位に就かないということは、僕を守る理由もなくなる。
すごく自分勝手だとは思うけれど、ルドが離れて行ってしまうことが嫌で、なかなか本心を言えずにいた。
「わかった。これからは人前では歌わないようにする」
僕が了承したことで、ルドの説教モードが解除されたようだ。表情が少し和らいだ。
「今日も光魔法を使う。ウィル、こっちへ」
ルドに言われて傍へ行くと、髪を撫でられた。身体が温かくなり、光魔法による髪色の変更が完了する。
魔法をかけ終わったのに、ルドがまだ髪を撫でている。
「ルド?」
「体調が悪いのではないか?」
「え……」
参ったな。ルドには隠し事ができる気がしない。
「朝から顔色が悪かった。体調が悪いのに、厳しいことを言ってすまない」
「ルド……」
本当にアメと鞭の使い方がうまい男だ。本人は自覚なくやっているのだろうけれど。
「大丈夫だよ! ありがとう。それより、僕お腹すいちゃった!」
ルドに優しい言葉をかけてもらい、安心したのか、体調もよくなってきた気がする。その代わり、僕のお腹が悲鳴を上げ始めた。
食事をとろうと1階に降りると、店主に声をかけられた。
「あ、お客さん! おはよう。どうだい? よく眠れたかい?」
「ああ、お陰で旅の疲れも取れた」
「そうかい、それは良かった! そっちの嬢ちゃんも、昨日より顔色が良くなってるね」
え、待て待て。嬢ちゃんって、もしかして僕のこと? まさかね。
「ところで、朝から悪いんだけどね、うちは連泊するときも、1泊ごとに宿代を貰ってるんだ。できれば今日のうちに、昨日の食事代と宿代を支払ってもらえるかい?」
「あ、ああ、わかった。今払おう。いくらだ?」
そう言って、ルドがお金の入った革袋を取り出す。
うっかりしていた。転生してからというもの、今まで、自分でお金を出して何かを買ったことがなかったから、代金を支払うという概念すら忘れていた。
「食事と宿代合わせて……1700マイロだよ」
「わ、わかった。これで……」
あれ? どうしたのかな。支払いをしているルドの表情が、いつも以上に硬い気がする。
「はいよ、確かに。これから食事だろ? 悪いね、引き留めて」
朝食を取りながら、僕たちは小声で話していた。
ルドの様子がおかしかったので尋ねると、なんと、先ほどの支払いで、お金がほとんどなくなってしまったらしい。
どうしよう……。今食べてる食事も、このままだと無銭飲食になってしまう。
「まずは、私たちの衣類や装飾品を売ろうと思う。しかし、リヒトリーベとフライハルトの相場にはかなり差がある。例えば、酒場で一般的な食事をした場合、リヒトリーベではだいたい10マイロほどだが、フライハルトでは、100マイロほどだ」
「え!? 10倍も違うの……!?」
「ああ。フライハルトは全世界でみてもかなり栄えている国の一つだ。その分、物価も、リヒトリーベに比べて高い」
「そうだったんだね……」
これからのことが不安過ぎて、あんなに美味しく感じられた食事なのに、今は味がしない。
「ウィル、おはようございます! 今日も相変わらず美しいですね」
僕たちがどんよりと食事をしているところに、昨夜出会ったハインツさんがやってきた。明日お礼をしに行くとは言っていたけれど、本当に来たのか。
「お、おはようございます、ハインツさん」
何となく、周囲の気温がぐっと下がった気がして、ルドの方をそっと伺うと、案の定、機嫌の悪い表情で、ハインツさんを睨みつけている。
まだハンツさんのこと警戒してるんだろうな。ルドはずっと護衛をしていたんだし、気持ちはわかるけど、顔に出すぎだ。
食事をとるときも、毒見をすると言って譲らず、常に周囲に気を張り巡らせているようだった。ここはリヒトリーベではないのだから、もう少し気を抜いてもいいと思うんだけど。
「昨夜の歌のお礼に参りました」
そう言って、ハインツさんが身体を近づけてくる。
昨日も思ったけれど、この人、パーソナルスペースが人より狭いのか、会話するときの距離が異常に近い。
「おや? 昨日の髪色とは少し違うような……」
そう言うと、ハインツさんは僕の髪に触れようとした。
パシッ――
「気のせいだ」
そうだった。昨日はうっかり光魔法が解けた状態でハインツさんと会ってしまったから、僕の本当の髪の色を見られているんだった。
しかし、僕が言い訳をする暇もなく、ルドがハインツさんの手を強めに払うと、『気のせい』の一言で片づけてしまった。
ハインツさんは、振り払われた手をじっと見つめている。
うん、雰囲気がとても悪くなってきた。
「そんなそんな!! 昨日ルドも言ったけど、お礼なんて大丈夫です! 僕がただ歌いたくてそうしていたところに、たまたまハインツさんが通りかかっただけですし!」
なんとか空気を変えようと、わざと明るい声を出した。
「いいえ、それでは私の気がおさまりません」
ハインツさんの注意をこちらに向けることはできたけれど、そうだった。この人、線の細い容姿からは想像もできないくらい、押しが強いんだった……。
「わ、わかりました。じゃあ、何か、考えておきますね!」
ルドの機嫌が最悪だったのもあり、とりあえずハインツさんにはお引き取り願いたい。
「はい! きっとですよ? では、また伺いますね」
僕の切実な願いが通じたのか、ハインツさんは、髪色のことを追求するでもなく、ルドに文句を言うでもなく、あっさりと帰ってくれた。
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