悪役令嬢は鏡映しの夢を見る

重田いの

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 来た時と同じように出会う人出会う人の心に浮かんだ姿になりながら、私は公爵邸を抜け出した。街から見上げた王宮はなんの変哲もないように思えるけれど、いい加減皇子の遺体が見つかっているはず。三つの月はそれぞれの方角に沈もうとしている。一つだけの太陽が姿を現す、薄明が山の向こうから差し込みつつある。

 つまりはこういう話である――私がどれほど気を付けていたって、必ずどこかの使用人が見たはずだ、私が化けたシャルロッテの姿を。王宮でもここでもどこでも、人の目がない場所など存在しない。そして自分の見たものを誰か親しい人間に吹聴したがるのは人の性。そうした噂話が根も葉もなく大きく広がって、やがて国政すら動かす民衆の力になるのも古今東西同じこと。

 今まではこうだった――アマルベルガ・クルーゼヴィッツ・ワルグナーは美しい異母妹シャルロッテに嫉妬してむくれて嫌がらせを繰り返すしょうがない令嬢である、と学園の生徒はじめ人々は認識し、それが事実となり断罪に至った。これからは――シャルロッテこそが殺人犯として噂が独り歩きし、やがて事実になる。

 なんて簡単なこと。けれど難しいこと。人の意識は操ろうと思って操れるものではなく、ただ波や風や月のように、あらゆる偶然が互いに影響しあって一つの方向に雪崩を打つのだ。

「どこかに隠れてようかしら。でも見つかるかしら」

 と私は独り言を愚痴ったが、こういう考えなしなところが一番自分を追い詰めるのだ、反省反省。

 そんなこんなで。

 王宮では皇子と幾人かの貴族子弟と使用人、公爵とその妻と息子の死が公表されると国は大混乱に陥った。すわ敵対国の暗殺かと憤るもの、戦争だと身構えて荷造りをはじめるもの、商売人は好機とばかりに追悼グッズを販売し、農民は葬式に便乗して作物を売りつけにやってきた。亡き皇子の墓標には絶えず花が手向けられ、彼がその人柄はともかくこの国の皇太子であったことを私は再確認した。

 今、私は王都のまあまあの宿に身を落ち着けて、変わっていく世情、人々の顔、知らなかった暮らしを興味深く眺めているところ。新たな皇太子の選出とそれに伴うドロドロの宮廷劇が行われているだろう、王宮を思う。――明日はシャルロッテの処刑の日である。彼女の言い分は何一つ聞いてもらえず、火刑に処されるのだという。

 ――お姉さまったらどうしてそんなにブスなの? いやあん。怒ったの? 余計に馬鹿みたいだもの、やめた方がいいわよ。

 ――シャルは皇子様にシャーリィって呼ばれてるもの! 本当の国の愛称で呼ばれてるもの!

 などなど、アマルベルガが言われた言葉、また晩餐会の時間をわざと間違えて伝えられ大恥をかいたり、犬を殺されたり母の形見を売っ払われたり……といったもろもろされたことを思えば、シャルロッテがかわいそうとは思えない。実のところ、どうやら彼女を救い出す計画を有志が計画中なのだとは、宿屋の女将さん、給仕係さんたちのもっぱらの評判だ。彼女は評判の天使のような美少女だから、それだけで救われるに値すると言って――計画しているのは学園の男子学生が中心なのだとか。風の噂だ。

 どうしてシャルロッテがあれほど人の心を惹きつける性質だったのかはわからない。単なる天性の才能だったのかもしれないし、私のように魔物に魅入られでもしていたのかも。ただひとつ確実なことは、シャルロッテは二度と私の前に姿を現さないだろうということだ。このまま殺されるのだとしても、間一髪救い出された悲劇のお姫様をやっていくにしても。

 私は明日、シャルロッテの処刑を見ずにこの国を出る。

 目立ちすぎた。

 私は頻繁に宿を変えたが、それはいまだに制御が難しい変身能力のせいで、くるくる人の心に反応しては姿が変わり、また知りたくもない他人の本能じみた欲求を直視してしまえば食欲も失せる。王都にやってくるよそ者というのは大抵、長期逗留で親族の用事を片付けたり商売をしたりするのだ。あっちこっちうろうろする、ろくに食事も取らない客というのは不審すぎる。かろうじてチェックインとアウトのときだけ同じ姿を心掛け、あとは籠り切り。人の出入りが多い都市とはいえ、これで怪しまないでくれとは無茶である。

 お金は公爵家を出るときに少々失敬してきた。アマルベルガ用の予算からくすねてきたわけだから、大目に見てほしい。でもそれも、たぶん船賃を支払ったら尽きる。

 目指すは新大陸。原作では【新大陸編】と呼ばれる第三部でようやくお目見えした、魔物と妖術と魔王と呪いが跳梁跋扈する暗黒の大陸である。主人公の少年が青年になり、この軍事国家エイリーク帝国を統一してからの章だから、万が一彼らに出くわすとしても当分先ですむはずだ。

 私はそこで、ミラーの家族を探そうと思う。この世界では、魔物も人間と同じように寄り添って生きる。彼の血のつながった誰かに、その最期を伝えたい。精神攻撃に極端に強く、物理攻撃に極端に弱かったミラー。彼を思い出そうとすると、そこにコロ太郎への愛情が混ざって変な気持ちになる。泣き出しそうな温度が胸に満ちる。

 人間は魔物を嘘つきと罵り、逆もまたしかり。互いの感覚は違いすぎて、一人でやっていくのはきっとものすごく大変だろう。少数ながら村を作って暮らしている人間たちとも、同種族だからってうまくやれるばっかりではないはずだ。

「でも、ぜったいここにいたときよりましだもの」

 私は窓辺に寄りかかる。宿の埃臭い二階の部屋は、上を通る梁のせいか薄暗い。

 公爵の血を継ぐものとしての責務を放り出してしまうことに、あんまり罪悪感はない。あの家は取り潰された。私が残ってもできることはほとんどない。

 父親が死に、母親も子供たちも死んでいるのを知って人は驚いただろう。最後の直系であるアマルベルガを探しに行ったものは、男と修道女の死体を見つけたのだろうか。修道院は隠蔽体質だから、なにもかも隠されてただ普通に失踪もしくは死亡扱いにされていておかしくない。庶民のところまではそんなに情報が降りてこないどころか、公爵に一番上の娘がいたことさえ知らないものの方が多いのだった。

 そうしたごたごたの帳尻合わせのため、さらなる罪がシャルロッテに加算されたのである。ザマミロ。

 ごぉんごぉんと鐘が鳴る。ここのところしょっちゅう鳴っている。国の中枢を統べるはずだった若い世代がけっこうな数死んだのだから、当然である。窓からすぐそこに見える石畳の道を、昼休憩をとるのだろう、年若い職人たちがぺちゃくちゃ喋りながら通りすがる。

「まったくうるせえったらありゃしねえよ」

「ああ、ほんとになぁ。いくら皇子様だからってよお……」

「女どもが泣いてるぜ、いい男だったのに」

「いい男だったって? あんなもんまだまだガキだったじゃねえか」

 私は思わずにんまりしてしまった。すると、男たちのうち一人の心に勝手に能力が反応して、するりと少女娼婦の姿になった。

 なにか虫の知らせでもあったのか、ちょうどその心の持ち主がこっちを見上げる。あ、の形に口をぽっかり開ける。私は彼ににっこり笑いかけて手を振り、窓を閉めた。

 ――そんな次第で、これからもこの不安定な身体のまま、私の物語はどうやら続いていくらしい。

 そのうち私の自我はアマルベルガに、アマルベルガが私になる。カムリは沈黙したまま、ミラーの能力は後味とともにまだ制御できないまま。それでも生き延びられるうちはそうすべきだ。せっかく生まれなおしたんだもの。もうセルフネグレクトなんてしないし、嫌な人たちに言いなりになって生きることもしないし、……自殺なんて痛いこと、ぜったい二度としないから。

 だからありがとう、神だか摂理だか世界だか、そういうもの。カムリへの次の罰に私を選んでくれて。魂を犯すは禁忌である、ならばいつか私も裁かれるのでしょうか? 人だか魔物だか公爵令嬢だか日本人だか、わけわかんない存在になっちゃったそのときに。

「心よりお待ちしておりますわ――ってか!」

 部屋の中で一人、私は楽しくけらけら笑う。くるんと不器用に一回転すると、また能力が勝手に発動する。

 私はアマルベルガの姿になった。

【完】

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