桔梗の花咲く庭

岡智 みみか

文字の大きさ
71 / 86
第14章

第3話

しおりを挟む
「こういうことは……、私でなくてもよいから、他の誰でもいいので早めに相談してください」

その人の声は、わずかな湿り気を帯びているようだった。

「それともこの家では、そんなことすら話せる相手もおりませんか?」

「泣いているのですか?」

晋太郎さんは鼻水をすすった。

「今はあなたのことを聞いているのです!」

「突然でしたので……相談もなにも……」

正直に言うのなら、熱にうなされる体で話なんかしたくない。

もっとちゃんとしっかりしている時に、きちんとこの人と話しがしたい。

謝りたいことも、言いたいことも、聞きたいことも山ほどある。

それなのに今は、息をするのも辛い。

荒い呼吸のせいにして、そのまま目を閉じる。

額にのった手ぬぐいが交換された。

「あなたもご存じでしょう。珠代さまが突然亡くなったということを……」

目を開ける。

その人はポツリポツリと話し始めた。

「珠代さまが亡くなられたと聞いた時は……本当に肝を潰しました。あの方も急に倒れたそうです。お産のあと、普通に過ごされていたのに……」

閉めきった部屋で、行燈の明かりだけがぼんやりと浮かぶ。

「あの方と出会ったのは……、まだ寺子屋通いを始める前のような年頃でした……」

珠代さまのことを、一人子の晋太郎さんは実の姉のように慕っていた。

お美しく、しっかりとした気性でありながら、優しさも兼ね備えた珠代さまに、晋太郎さんは心惹かれていくようになる。

「身分違いの恋でした。一緒になれるはずもない人でした。そしてその通り、他家へ嫁いだのです」

晋太郎さんはお相手の吉岡さまのこともご存じで、珠代さまの生家でお会いしたこともあったそう。

「吉岡さまは、それこそ文武両道の大変優秀な方で……、どうしたって敵わないことなど、とうに分かっていたのです。それでも……」

晋太郎さんは笑った。

「はは、馬鹿みたいなヤキモチの話しはやめましょう。妬み心なんて、聞いてもつまらないだけです」

晋太郎さんは、私を見下ろした。

「あなたが私のことを好いていないのは、百も承知です。それでも時が経てばと思うておりましたが、私からあなたにそれを求めること自体が、筋違いなのです」

大きな手が伸び、額の手ぬぐいを取った。

それをたらいの水に浸して絞る。

丁寧に広げると、また額にのせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...