もう演じなくて結構です

梨丸

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1 婚約破棄してください

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 「ルーカス様、私と婚約破棄してください」

 侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者にそう告げた。




 セリーヌには最愛の婚約者、ルーカスがいた。

 ルーカスは有名な公爵家の長男で、騎士団長を務めている。

 そんなルーカスとセリーヌは13歳の時に婚約した。
 半ば強制的に決められた、いわゆる政略結婚だったがセリーヌはルーカスを一目見て、恋に落ちた。

 なんて素敵な殿方なの。

 栗色の柔らかそうな毛にトパーズ色の瞳。
 何よりその優しそうな雰囲気。

 「(本当に素敵……)」

 見惚れているセリーヌにルーカスは一言、冷たい言葉を投げかけた。

 「あまりジロジロ見ないでください。不快です」
 「(初対面でこの態度!?)」

 セリーヌはルーカスの言動に驚いた。
 口には出さなかったけれど。


 それから、セリーヌとルーカスは庭を散歩した。
 まだ肌寒い季節だったのでセリーヌが震えていると、ルーカスは着ているコートをセリーヌにかけた。
 馬車に乗る時も手を持って登りやすくしてくれた。
 全て無言だったが。

 ルーカスの細やかな気遣いにセリーヌは好感を抱いた。

 やっぱりいい人なのね。



 「ルーカス様、一緒に昼食でもいかがですか?」
 
 貴族学院に入学してから毎日、セリーヌは昼食を誘い続けた。
 ルーカスは初めらへんはセリーヌの誘いをフル無視していたが、段々と応じるようになった。

 「……わかった……」と小さく返事をもらった時、セリーヌは喜びで胸がいっぱいになった。


 「美味しいですね」

 無言。

 「ルーカス様も一口如何ですか?」

 セリーヌは自分の皿のローストビーフをフォークで取り、ルーカスに差し出した。

 がたん。
 大きな音がした。
 食堂の皆の視線が痛い。

 ルーカスはすごい勢いで立ち上がり、そして食堂から出ていった。
 呆然としているセリーヌを置いて。

 ……そんなに私と食べるのが嫌だったのかな。


 その日から、ルーカスはセリーヌのことを目に見えて避けるようになっていた。

 授業が被るとあからさまにセリーヌを避けて席に座るし、廊下で会ってもそそくさと去ってしまう。
 
 そんな毎日が続く。
 
 それでもセリーヌは信じていた。
 自分の最愛の人に愛される未来があることを。



 気づけば、セリーヌは貴族学院を卒業していた。
 ルーカスとの進展が全くないまま。

 ルーカスは騎士団長の座を獲得していたし、婚約者のセリーヌは安泰だ。
 周りの友人などにそう言われる度、セリーヌの胸がギュッとなった。

 騎士団長になってからのルーカスは忙しいようで、元々交流する機会があまりなかったのに、それが極まってほぼ会えないという状況が続いた。
 セリーヌとルーカスは一緒の屋敷で住んでいるというのに。

 ルーカス様って私のことをどう思っているんだろう。
 そんな不安が頭を支配した。


 そんなある日、セリーヌはメイドから一通の手紙を差し出された。
 お屋敷に届いていましたよ、と。

 ぺりぺりと封を開ける。
 手紙の内容を見て、セリーヌは目を見開いた。

 《親愛なるルーカスへ。婚約者を演じるのは大変だな》

 書き殴ったかのような粗雑な文字。

 セリーヌは思わず口を塞いだ。
 呼吸が荒くなる。

 これはルーカス様への手紙だ。
 どういうこと?
 婚約者を演じる?

 自然と涙が溢れてくる。


 ルーカスは、仕方なく私のだけだった。



 
 うまく状況が読み込めていないルーカスの前でセリーヌはにこりと笑う。

 「この紙にサインをしてくれるだけでいいの。これで婚約破棄ができますよ」







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