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一章:さようなら、私の愛したひと
きっとあなたは変わらない
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宵闇が一層濃くなる深夜。毎晩している習慣通りに夫のためにダージリンティーを淹れて書斎に入る。
甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「失礼致します」
セピア色の光に照らされた彼は何かを書いているようで、私のことなどお構いなしだ。
いつも通り、彼の邪魔をしないようにそっとティーカップを置く。いつも通り、静かに微笑みを浮かべて──去りはしない。
「少し、お時間を頂いても宜しいですか」
反応無し。
もしや寝ているのだろうか、という考えが一瞬頭を掠めたが、規則的に動く万年筆を見て無視されているのだと気づく。
「……、私と離縁してください」
先ほどと全く同じトーンで言ってみる。
私の一言にフェリクス様は書類から顔を上げた。やっぱり寝ていないみたい。ふわりと藤色の髪が舞い、翠眼が揺れる。
やっと、私の方を見てくれた。
私は改めて先ほど告げた文言を繰り返す。
「ラインハルト・クロツェル様、私と離縁してください」
流石に深夜に離縁を迫られるとは思っていなかったのだろうか。仕事詰めで上手く頭が動いていない彼は表情筋が硬直している。元々彼に表情筋という概念があったのかどうかはわからないが、まあいいだろう。
私が出方を窺っていると、彼の口角が少しだけ釣り上がった。困惑していると、彼は嘲るような、乾いた笑い声を出した。
「はっ、他の誰かに入れ知恵でもされたのか」
とても、馬鹿にされている気がする。
そういえば彼の笑い声を聞くのはこれで初めてだ。……これを笑いと捉えていいのかはわからないけれど。
「入れ知恵?何のことかわかりませんね。私は自分の意思でこうしてあなたに離縁を突きつけたのです」
あらかじめ準備しておいた離縁届けを机にすっと置く。私に未練はないし、さっさとサインをして貰いたいものだ。
私が毅然とした態度でいるとラインハルト様はまた真顔に戻った。
「理由は、なんだ」
いや、理由ならあなたがご存知なのでは?そう言いたいのをグッと堪えて首を傾げて見せる。
「理由……?そうですね……」
会話がこんなに続いたのは初めてかもしれない。少し感動しながらも、考え込む。離縁を突きつけた理由なら数えきれないほどある。
そうだ、要約するなら……。
「あなたはきっと、これからも変わらないでしょう?」
甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「失礼致します」
セピア色の光に照らされた彼は何かを書いているようで、私のことなどお構いなしだ。
いつも通り、彼の邪魔をしないようにそっとティーカップを置く。いつも通り、静かに微笑みを浮かべて──去りはしない。
「少し、お時間を頂いても宜しいですか」
反応無し。
もしや寝ているのだろうか、という考えが一瞬頭を掠めたが、規則的に動く万年筆を見て無視されているのだと気づく。
「……、私と離縁してください」
先ほどと全く同じトーンで言ってみる。
私の一言にフェリクス様は書類から顔を上げた。やっぱり寝ていないみたい。ふわりと藤色の髪が舞い、翠眼が揺れる。
やっと、私の方を見てくれた。
私は改めて先ほど告げた文言を繰り返す。
「ラインハルト・クロツェル様、私と離縁してください」
流石に深夜に離縁を迫られるとは思っていなかったのだろうか。仕事詰めで上手く頭が動いていない彼は表情筋が硬直している。元々彼に表情筋という概念があったのかどうかはわからないが、まあいいだろう。
私が出方を窺っていると、彼の口角が少しだけ釣り上がった。困惑していると、彼は嘲るような、乾いた笑い声を出した。
「はっ、他の誰かに入れ知恵でもされたのか」
とても、馬鹿にされている気がする。
そういえば彼の笑い声を聞くのはこれで初めてだ。……これを笑いと捉えていいのかはわからないけれど。
「入れ知恵?何のことかわかりませんね。私は自分の意思でこうしてあなたに離縁を突きつけたのです」
あらかじめ準備しておいた離縁届けを机にすっと置く。私に未練はないし、さっさとサインをして貰いたいものだ。
私が毅然とした態度でいるとラインハルト様はまた真顔に戻った。
「理由は、なんだ」
いや、理由ならあなたがご存知なのでは?そう言いたいのをグッと堪えて首を傾げて見せる。
「理由……?そうですね……」
会話がこんなに続いたのは初めてかもしれない。少し感動しながらも、考え込む。離縁を突きつけた理由なら数えきれないほどある。
そうだ、要約するなら……。
「あなたはきっと、これからも変わらないでしょう?」
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