ローザリンデの第二の人生

梨丸

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一章:さようなら、私の愛したひと

お互い、要らない存在

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ラインハルト様の愛する人を失った苦しみ、哀しみは私にはまだわからない。その気持ちは彼だけのものであって、私が理解することなんてできないのだ。私には彼の気持ちがわからないしきっと、彼にも私の気持ちはわからない。いや、お互いに分かろうとしなかったのかもしれない。
どちらにせよ、ラインハルト様の気持ちと私の気持ちは交わることなんてなくて、私たちがそうである以上、彼の亡くなった人を愛する気持ちは変わらないのだろう。

「あなたの愛するひとへの気持ちは、私にはどうすることもできないということですよ。
──それに私の人生にあなたは要らないし、きっとあなたの人生に私は要らない。私たちの離縁の理由はこれだけで十分だと、私は思うのです」

至極しごく単純たんじゅんな話だ。
彼と私の間には埋められない深いみぞがある。たったそれだけの話。

クロツェル家は彼が当主になった時と比べたらずっと安定しているので伯爵家の私との離縁を飲んでも不利益は被らないはずだ。どうしても妻という駒が欲しいのであれば、もっと家柄の高い令嬢と再婚すればいいだけのこと。彼の容姿と家柄なら(性格は置いておいて)再婚でもいいから結婚したいという令嬢は絶えないだろう。“勝手な妻の都合”で離縁するのだから、責任の所在はこちらにある。つまり、ラインハルト様の外聞は悪くならない。

さあ、サインを。
念押しするように離縁届けを指で示す。

「きみは、………いや」

ラインハルト様は何かを言いかけて、その言葉を飲み込んだ。長いまつ毛を一瞬だけ伏せてから万年筆を手に持ち、流れるようにサインを記していく。彼の普段から剣を握っているにしてはしなやかな手を見つめていると、懐かしさが込み上げてくる。

『病める時も、健やかなるときも彼女を幸せにすると誓いマスカ』

小さな教会でひっそりと行った私たちの結婚式。少しだけなまりの入った神父の言葉をよく覚えている。ラインハルト様は私に誓いのキスをせず、しなやかな手を私の頬に伸ばして口元を隠したのだ。キスしているように見えるように。結婚式で特に印象に残っているのはそれだけだ。

私の手に紙が当たり、我に帰る。離婚届けにサインをしてくれたようだ。彼らしい生真面目で堅い文字が書面に並ぶ。

「……ありがとうございます。離縁届けは私が教会に出しますね」

彼のサインをしっかりと確認し終えた私は、紙を綺麗に折りたたんで仕舞う。教会に出せば、正式に離縁完了となる。
これで私の妻としての役目は終わった。

「これからの人生は幸せになりましょう、ラインハルト様」

あなたが幸せをつかめるかはわからない。
けれど、私は私で幸せになる。そう決めた。

さようなら、私の愛したひと。

こうして、私とラインハルト様の三年にまで渡った結婚生活は終わりを迎えた。



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