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「貴斗から話を聞いた数日後、一度彼女に会ったんだ」
智広が家の前まで帰宅した時のことだった。塀に背を預け寄り掛かり、身なりが派手なサングラスを掛けた女性。顔を隠していてもすぐに真白だと気付いた智広は険しい表情でゆっくりと近づいていく。
彼女もまた智広の存在に気づくとサングラスを外し智広の表情とは対照的にニコリと微笑んだ。
『売れっ子モデルの芽久さんがうちに何の用?』
智広は皮肉めいた言葉を投げつけるも、相手は全く気にする素振りを見せることはなかった。
『あちゃー、先に智広に会うなんてねー。ねえ最近、貴斗連絡取ってくれないんだよね。直接来てみたもののまだ帰ってきてないみたいでさー。そうだ、お兄ちゃんからも言っといてよ。“そろそろ溜まってきてるんじゃないの?おねえさんがまた相手してあげてもいいわよ♡”ってね』
『ふざけるなッッ!!』
あまりにも以前の彼女との違いを目の当たりにした智広は愕然と憤慨の感情が複雑に入り混じり、普段ならあり得ないほど声を荒げた。
関係ない弟を巻き込んだことへの怒りが芽生えるも、自分が彼女に対して何か心を壊すような言動をしたせいなのかと葛藤を巡らせ智広は項垂れる。
『・・・なあ、なんでだよ。お前そんな奴じゃなかったじゃんか。俺は初めて自分と同じ気持ちの奴と出逢えて嬉しかったし前を向いていられるようになったんだよ。あれは・・・嘘だったのか?なあ、頼むから関係ない弟をこれ以上巻き込まないでくれ』
弱々しく呟くように話す智広とは対照的に真白は無表情のまま鞄から数枚の写真を取り出すと智広の目の前で宙に放り投げ地面に散らした。
そこには隠し撮りされたであろう智広と亜子が写っており、中には抱き合っている写真やキスをしている写真などもあった。
「正直びっくりした。俺らの付き合いは学校の奴等とかに内緒だったし、極力バレないよう注意をしてきたつもりだったから。ただでさえ俺のせいで亜子が嫌がらせ受けてるの知ってたし・・・でも俺が手を出せば余計エスカレートしかねない、って言われて・・・何もできなかった」
智広は落ちた写真を拾おうと手を伸ばした瞬間、亜子の笑顔が写った写真目がけて高いピンヒールが踏みつけた。
『この子が前に言ってた片想いしてた子?良かったねー、晴れて恋人同士になれたんだー♪でも大変よね、モテる男の彼女って。しかも相手は超がつくほど女にだらしなかった男。こんなクズ男でも顔が良いから関係持ちたがる女が切っても切っても湧いてくるんだもんね。にしてもこんな純朴そうな見た目の子じゃあ、正直心配だわ。もしこれが過激派の子たちに気付かれたらいろーんな意味でお近づきされちゃうかもしれないわね、亜子ちゃん』
真白は、別の写真を一枚拾い口元へ当てながらクスリと笑みを浮かべる。
『真白、お前一体何がしたいんだよ。貴斗も亜子も関係ないだろ、俺に不満があるなら直接言えよっ』
自身の感情を押し殺すかのように険しい表情のまま片膝を地面につき、智広は落ちた写真を拾い集めた。そんな光景を見ながら真白は智広の前にしゃがむと人差し指で智広の顎をくいっと持ち上げ自分と視線を合わせた。
『やだあ、そんな怒んないでよー。でもーそんな感情剥き出しにする智広初めて見て興奮しちゃった♡んー、不満かーそうねー、じゃあこの子と別れて私と付き合って。そしたらこれ以上貴斗には近づかないわ。大体、どうせこんな陰キャ臭い女とヤッても満足なんて得られなかったんじゃない?今の私なら智広を満足させてあげれると思うけど♪』
悪びれることなく話す真白の態度に自分が知っている親友はもうどこにもいないんだと痛感し絶望を味わう。しかしそれよりも亜子を侮辱された怒りからか、智広はゆっくりと立ち上がると無意識に手に持っていた写真を握り潰していた。
『久しぶりに智広と話せて私、結構テンション上がってるのよ。今なら何でもできちゃいそう』
鼻につく香水を撒き散らしながら真白は智広の首に両手を巻き付け身体を密着させた。虚ろな表情の智広を見つめながら真白は小さく口端を上げ顔を近づける。
『なんで・・・・・・俺ら親友だったよな?あの時、笑顔で聞いてくれたよな?』
真白の唇が智広に触れそうになる寸前、智広は今までにない低い声色を真白にぶつけたが、彼女には智広の想いが届いていないのか鼻で笑われ智広から離れていった。
『ふふ、ほーんと何にもわかってないのね、智広は』
真白は髪を搔き上げると智広を見つめ苦笑した。
『私が親友という感情だけで智広といたって本気で思ってたの?あんだけ女遊びしてたのに肝心な女心には鈍感なのね。あーあ、一ミリも気付いてないなんて改めて突きつけられるとショックだな、あんなに傍にいたのに。・・・ねえ、一つ聞いてもいい?もし私が告白していたら智広は私を・・・私を少しでも女として意識してくれた?』
『それは・・・』
真白から想いを告げられた智広だが、今まで考えたこともなかったせいか情けないことに頭が回らず、言葉を濁す応えを絞り出すのが精一杯だった。真白は動揺を隠せない智広を一瞥し手に持っていた写真を見つめた。笑顔で写る智広と亜子を無表情のまま二人の間を裂くようにビリビリと破く。細かくなった写真の破片を真白はそのまま智広目がけて投げつけると花弁のように舞い落ちた。
『ちょっ、と待って。真白、やめ』
『智広が色んな女と関係持っても本気じゃないの知ってたから我慢できた!いずれ私を見てくれるかもしれない、そんな淡い期待もどこかにあったから。だから一生懸命自分磨きもした、智広に釣り合って歩けるように!それなのに、こんな冴えない女が本気で好きになった相手?馬鹿にしないでっ!こんな女、智広に釣り合うわけないじゃない!!!私だけが・・・ずっと私だけが智広の心の拠り所だったんじゃないの?・・・はは、ほんと何でこんな惨めな想いしなきゃなんないのよ。ねえ、智広・・・私はどうすればよかったの?どうすれば私のこと好きになってくれたの?』
捲し立てるように真白は智広に感情をぶつけそのまま力尽きたのかへなへなと地面にへたり込み涙を流していた。こんな感情を荒げる真白を初めて見た智広は辛い表情で首を左右に振り小さく“ごめん”と呟くことしか出来ず俯いた。
『真白、汚れるから立ちな』
しばしの沈黙が続き智広は真白を起こそうと手を差し伸べた。それに同調するよう真白は彼の手に自身の手を乗せ引っ張られた刹那、ニヤリと不気味に口角を上げた。
『わっ!?痛っ!』
その瞬間、真白は油断していた智広に抱きつきそのまま門塀へ彼の背中を押し付けた。智広は驚きと衝撃に動きが鈍り抵抗するタイミングを逃してしまった。
『なッ!、まし、って、んッ!!』
真白は両手で智広の首元に手を回し後頭部を押さえるとそのまま勢いに任せ噛みつくように自身の唇を重ねた。彼女の舌が智広の咥内に這り込み絡め取られる。思考が回復した智広はすぐさま真白を突き飛ばした。
『ふふ、あはははははは・・・やだ、そんな怒んないでよ。お互い初めてのキスじゃないんだから・・・あ、でも私たちがするのは初めてか♡』
よろけながらはしゃぐ真白を余所に智広は口元を手の甲で拭いながら真白を鋭い眼差しで睨みつけた。
『冗談が過ぎると思うけど』
『あら、そう?こんなの智広にとったら挨拶みたいなもんだったじゃない。まあ、純朴な彼女が他の女とキスしたの知ったら耐性なさ過ぎてショックで寝込んじゃうかもね。場合によっては智広振られちゃうかも♡まあ、そうならないように気を付けてねー』
(閑話休題)
「・・・その日を境に俺の前からは勿論、貴斗の前にも現れることはなくなったんだ。正直、これで終わってくれるならそれで良かった。このことは真白と俺の問題で二人をこれ以上巻き込みたくなかったから」
あの衝撃的な再会から特に変わりのない日々が続いた。初めこそ智広も貴斗や亜子の周辺に気を付けていたが、特に目立った事態も起きなかったこともあり智広自身も今まで通りの友人と馬鹿やったり、隠れてではあったが亜子との時間を謳歌していた。
「もう彼女のことを忘れかけてた頃、急に亜子が会う時間を減らしたいって言ってきたんだ。まあ、亜子は成績優秀な生徒だったし勉強の邪魔はしたくなかったから了承はしたんだけど」
それからも亜子は智広に対し以前と比べ余所余所しい言動が目立つようになっていた。
「俺、居ても立ってもいられなくて渋る亜子を無理やり俺ん家に連れ帰ったんだ。・・・ガキだったあの頃の俺を思い出すと情けなくて今でも後悔してる」
碧は思い詰めた表情の智広を見つめていると亜子が急にシャツの釦を外し肩口から胸元付近まで広げ素肌を露わにした。
「あ、亜子さんっ!?ちょっ・・・え」
初め亜子のいきなりの行動に驚いた表情を見せていた碧だったが、それ以上の衝撃を与えられた。
服で隠れているからわからなかったが、彼女の胸元や鎖骨の下辺りなどに切り付けられたような古傷や何かを当てられたような火傷の痕がちらほらと刻まれていた。
「真白さんが智広に見せた私たちの写真、一番面倒な子たちへご丁寧に送っていたみたいなの。放課後、智広を装って呼び出された私は彼女たちに詰められ智広の側をうろつくな、って忠告されたの。でも私、負けん気が強くてね、跳ね返しちゃった。まあ、煽った私も悪かったんだけど・・・。で、智広には気付かれたくなかったから傷や痛みが落ち着くまで距離を置こうとしたんだけど・・・バレちゃった」
「俺ら、当時そういったことしてなかったから隠そうと思えば隠せたんだろうけど・・・。頑なに身体を触られるのを普段以上に嫌がって。だから最初、俺に隠れて浮気してんのかと思ったらついカッとなって・・・あの時は本当にすみませんでした」
その時の光景が浮かんでしまったのか本当に申し訳なさげな表情でシュンとなる智広を後目に亜子は再びシャツの釦を閉じ着衣した。
当時渋る亜子からなんとか事情を訊いた智広は怒りを通り越し心は闇より更に深淵へと沈み殺意さえ芽生える感情がマグマのように煮え滾り溢れ出した。
「何となく相手の女は知ってたから次の日、そいつを問い詰めようとしたんだけど・・・」
しかし、それは叶うことがなかった。
智広は、次の日登校するや否や学年主任と担任に生徒指導室に連行されてしまう。指導室にあるパイプ椅子に座らされた智広は担任からある写真を目の前の長テーブルに並べられ見せられた。それは真白に不意を突かれキスされた写真と共に亜子との仲睦ましい複数枚の写真だった。智広は普段のように飄々とした態度で否定するも日頃の行いも相まって信用に欠けていた。
「成績優秀で将来有望の亜子を俺の体たらくに巻き込むな、って強く注意されたよ。でもこういうのってすぐ漏れるもんで・・・今回の件で知った他の女子グループからも亜子が陰で嫌がらせされるようになったんだ」
「命の危険、というとかなり大袈裟だけどエスカレートする女の子もいて両親が転校の手続きを取っちゃったの。勿論、智広との関係もそこで終わり。まんまと彼女の思う壺になっちゃったのよね」
辛そうな表情の智広とは真逆に淡々と当時の事を話す亜子に碧は尋ねた。
「そんな中なのにどうして二人はまたお付き合いをすることに?」
「ふふ、そこ気になっちゃうよね。そもそも両親には智広との交際は反対されてたの。だから私もこのまま別れた方が楽かな、って考えるようになって転校前に一方的に別れを告げたの」
亜子は少し怪訝な表情の碧を見つめると優しい表情で苦笑いを向けた。
「でも智広、転校先の学校や自宅に何度も私の前に現れたの。初めは迷惑だったけど、考えてみたら私、智広の話をちゃんと聞いてなかったなって反省したの。だからちゃんと真剣に話し合うことにした・・・阿部智広という人間の話を。改めて聞くとほんとクソみたいな男だと思ったけど彼が抱えていた内面の脆さも包み隠さず話してくれた。その時、真白さんとの関係も聞いたし、あの写真のやり取りの事情もわかった」
亜子はその時の感情が蘇ったのか、心なしか哀し気な表情で窓の外に視線を移すも、すぐさま瞳の奥が明るくなり柔らかな微笑を浮かべた。
「その話を聞いて思い直したの。そもそも私たち付き合いに関してだけで言えば恥じる様なことは一切してない。今までだってキスくらいはしてたけど智広は無理やり私の尊厳を傷つけることは一切してこなかった。だからこそ、あぁ私は今まで一体智広の何を見てたんだろうって情けなくなった。それと同時に智広が私のこと本当に大事にしてくれてたんだって今更ながらに気付かされた」
何度も話し合いを重ねた二人は晴れてよりを戻すことになったものの距離が離れた分、智広の亜子への過保護さが異常なまでに膨れ上がってしまったらしい。
「何度断っても私の高校までほぼ毎日送り迎えしたり、両親に自分たちのこと認めてもらえるまで足繁く通ったりしてね。流石にうちの親も智広のしつこさに折れて認めざるを得なくなって今は親公認の関係になったんだけどね」
智広に向ける淡々とした態度とは違い、碧には優しい口調で照れくさそうに微笑みながら話す亜子に心が温かくなった。
「亜子さんは、本当に智広さんのことが大切なんですね」
碧は智広に聞こえないよう小さな声で亜子に伝えた。その言葉に亜子は一瞬驚いた表情になるも満面の笑顔を碧に見せ小さく頷いた。
そんな和やかな空気を遮るかのように智広は申し訳なさそうに口を開く。
「真白は貴斗と再会したことで感情が再燃してしまったのかもしれない。当時二人がどんなやり取りをしていたのかはわからないが。もしかしたら真白は貴斗に対しても何らかの感情が芽生えかけていたんじゃないかな。それに彼女の依存性はかなり危険だからもしかしたら俺らにしたことを聞いた貴斗が危険な目に遭わないようにわざと碧ちゃんを遠ざける態度とっているのかも」
「・・・確かに智広さんが言う仮説ならそうするかもしれません。それとも本当に私のことが好きじゃなくなったのかもしれません。それでも・・・それでも彼の本音をしっかり聞くまでは諦めたくない」
碧の決心を確認すると智広は碧の前にしゃがみ彼女の顔を見上げた。
「けしかける様な言い方しているけど、やっぱり危険なこともあるかもしれない。そういう時は一人で悩まずすぐ俺たちを頼って欲しい」
「智広に言いにくかったら私でもいいから」
亜子の好意に甘え、互いにコミュニケーションアプリのアカウントを交換し合った。
「お二人とも、本当にありがとうございます」
貴斗と同じ顔の智広に言われ否が応でも重ねてしまい、一瞬目頭が熱くなるも、碧は大きく深呼吸をし頭を下げる。
(後悔しないよう、晴れ晴れとした気持ちで前を向いて歩けるように・・・)
碧は、二人の味方が出来たことで再び貴斗へ挑む覚悟をしっかりと固めた。
智広が家の前まで帰宅した時のことだった。塀に背を預け寄り掛かり、身なりが派手なサングラスを掛けた女性。顔を隠していてもすぐに真白だと気付いた智広は険しい表情でゆっくりと近づいていく。
彼女もまた智広の存在に気づくとサングラスを外し智広の表情とは対照的にニコリと微笑んだ。
『売れっ子モデルの芽久さんがうちに何の用?』
智広は皮肉めいた言葉を投げつけるも、相手は全く気にする素振りを見せることはなかった。
『あちゃー、先に智広に会うなんてねー。ねえ最近、貴斗連絡取ってくれないんだよね。直接来てみたもののまだ帰ってきてないみたいでさー。そうだ、お兄ちゃんからも言っといてよ。“そろそろ溜まってきてるんじゃないの?おねえさんがまた相手してあげてもいいわよ♡”ってね』
『ふざけるなッッ!!』
あまりにも以前の彼女との違いを目の当たりにした智広は愕然と憤慨の感情が複雑に入り混じり、普段ならあり得ないほど声を荒げた。
関係ない弟を巻き込んだことへの怒りが芽生えるも、自分が彼女に対して何か心を壊すような言動をしたせいなのかと葛藤を巡らせ智広は項垂れる。
『・・・なあ、なんでだよ。お前そんな奴じゃなかったじゃんか。俺は初めて自分と同じ気持ちの奴と出逢えて嬉しかったし前を向いていられるようになったんだよ。あれは・・・嘘だったのか?なあ、頼むから関係ない弟をこれ以上巻き込まないでくれ』
弱々しく呟くように話す智広とは対照的に真白は無表情のまま鞄から数枚の写真を取り出すと智広の目の前で宙に放り投げ地面に散らした。
そこには隠し撮りされたであろう智広と亜子が写っており、中には抱き合っている写真やキスをしている写真などもあった。
「正直びっくりした。俺らの付き合いは学校の奴等とかに内緒だったし、極力バレないよう注意をしてきたつもりだったから。ただでさえ俺のせいで亜子が嫌がらせ受けてるの知ってたし・・・でも俺が手を出せば余計エスカレートしかねない、って言われて・・・何もできなかった」
智広は落ちた写真を拾おうと手を伸ばした瞬間、亜子の笑顔が写った写真目がけて高いピンヒールが踏みつけた。
『この子が前に言ってた片想いしてた子?良かったねー、晴れて恋人同士になれたんだー♪でも大変よね、モテる男の彼女って。しかも相手は超がつくほど女にだらしなかった男。こんなクズ男でも顔が良いから関係持ちたがる女が切っても切っても湧いてくるんだもんね。にしてもこんな純朴そうな見た目の子じゃあ、正直心配だわ。もしこれが過激派の子たちに気付かれたらいろーんな意味でお近づきされちゃうかもしれないわね、亜子ちゃん』
真白は、別の写真を一枚拾い口元へ当てながらクスリと笑みを浮かべる。
『真白、お前一体何がしたいんだよ。貴斗も亜子も関係ないだろ、俺に不満があるなら直接言えよっ』
自身の感情を押し殺すかのように険しい表情のまま片膝を地面につき、智広は落ちた写真を拾い集めた。そんな光景を見ながら真白は智広の前にしゃがむと人差し指で智広の顎をくいっと持ち上げ自分と視線を合わせた。
『やだあ、そんな怒んないでよー。でもーそんな感情剥き出しにする智広初めて見て興奮しちゃった♡んー、不満かーそうねー、じゃあこの子と別れて私と付き合って。そしたらこれ以上貴斗には近づかないわ。大体、どうせこんな陰キャ臭い女とヤッても満足なんて得られなかったんじゃない?今の私なら智広を満足させてあげれると思うけど♪』
悪びれることなく話す真白の態度に自分が知っている親友はもうどこにもいないんだと痛感し絶望を味わう。しかしそれよりも亜子を侮辱された怒りからか、智広はゆっくりと立ち上がると無意識に手に持っていた写真を握り潰していた。
『久しぶりに智広と話せて私、結構テンション上がってるのよ。今なら何でもできちゃいそう』
鼻につく香水を撒き散らしながら真白は智広の首に両手を巻き付け身体を密着させた。虚ろな表情の智広を見つめながら真白は小さく口端を上げ顔を近づける。
『なんで・・・・・・俺ら親友だったよな?あの時、笑顔で聞いてくれたよな?』
真白の唇が智広に触れそうになる寸前、智広は今までにない低い声色を真白にぶつけたが、彼女には智広の想いが届いていないのか鼻で笑われ智広から離れていった。
『ふふ、ほーんと何にもわかってないのね、智広は』
真白は髪を搔き上げると智広を見つめ苦笑した。
『私が親友という感情だけで智広といたって本気で思ってたの?あんだけ女遊びしてたのに肝心な女心には鈍感なのね。あーあ、一ミリも気付いてないなんて改めて突きつけられるとショックだな、あんなに傍にいたのに。・・・ねえ、一つ聞いてもいい?もし私が告白していたら智広は私を・・・私を少しでも女として意識してくれた?』
『それは・・・』
真白から想いを告げられた智広だが、今まで考えたこともなかったせいか情けないことに頭が回らず、言葉を濁す応えを絞り出すのが精一杯だった。真白は動揺を隠せない智広を一瞥し手に持っていた写真を見つめた。笑顔で写る智広と亜子を無表情のまま二人の間を裂くようにビリビリと破く。細かくなった写真の破片を真白はそのまま智広目がけて投げつけると花弁のように舞い落ちた。
『ちょっ、と待って。真白、やめ』
『智広が色んな女と関係持っても本気じゃないの知ってたから我慢できた!いずれ私を見てくれるかもしれない、そんな淡い期待もどこかにあったから。だから一生懸命自分磨きもした、智広に釣り合って歩けるように!それなのに、こんな冴えない女が本気で好きになった相手?馬鹿にしないでっ!こんな女、智広に釣り合うわけないじゃない!!!私だけが・・・ずっと私だけが智広の心の拠り所だったんじゃないの?・・・はは、ほんと何でこんな惨めな想いしなきゃなんないのよ。ねえ、智広・・・私はどうすればよかったの?どうすれば私のこと好きになってくれたの?』
捲し立てるように真白は智広に感情をぶつけそのまま力尽きたのかへなへなと地面にへたり込み涙を流していた。こんな感情を荒げる真白を初めて見た智広は辛い表情で首を左右に振り小さく“ごめん”と呟くことしか出来ず俯いた。
『真白、汚れるから立ちな』
しばしの沈黙が続き智広は真白を起こそうと手を差し伸べた。それに同調するよう真白は彼の手に自身の手を乗せ引っ張られた刹那、ニヤリと不気味に口角を上げた。
『わっ!?痛っ!』
その瞬間、真白は油断していた智広に抱きつきそのまま門塀へ彼の背中を押し付けた。智広は驚きと衝撃に動きが鈍り抵抗するタイミングを逃してしまった。
『なッ!、まし、って、んッ!!』
真白は両手で智広の首元に手を回し後頭部を押さえるとそのまま勢いに任せ噛みつくように自身の唇を重ねた。彼女の舌が智広の咥内に這り込み絡め取られる。思考が回復した智広はすぐさま真白を突き飛ばした。
『ふふ、あはははははは・・・やだ、そんな怒んないでよ。お互い初めてのキスじゃないんだから・・・あ、でも私たちがするのは初めてか♡』
よろけながらはしゃぐ真白を余所に智広は口元を手の甲で拭いながら真白を鋭い眼差しで睨みつけた。
『冗談が過ぎると思うけど』
『あら、そう?こんなの智広にとったら挨拶みたいなもんだったじゃない。まあ、純朴な彼女が他の女とキスしたの知ったら耐性なさ過ぎてショックで寝込んじゃうかもね。場合によっては智広振られちゃうかも♡まあ、そうならないように気を付けてねー』
(閑話休題)
「・・・その日を境に俺の前からは勿論、貴斗の前にも現れることはなくなったんだ。正直、これで終わってくれるならそれで良かった。このことは真白と俺の問題で二人をこれ以上巻き込みたくなかったから」
あの衝撃的な再会から特に変わりのない日々が続いた。初めこそ智広も貴斗や亜子の周辺に気を付けていたが、特に目立った事態も起きなかったこともあり智広自身も今まで通りの友人と馬鹿やったり、隠れてではあったが亜子との時間を謳歌していた。
「もう彼女のことを忘れかけてた頃、急に亜子が会う時間を減らしたいって言ってきたんだ。まあ、亜子は成績優秀な生徒だったし勉強の邪魔はしたくなかったから了承はしたんだけど」
それからも亜子は智広に対し以前と比べ余所余所しい言動が目立つようになっていた。
「俺、居ても立ってもいられなくて渋る亜子を無理やり俺ん家に連れ帰ったんだ。・・・ガキだったあの頃の俺を思い出すと情けなくて今でも後悔してる」
碧は思い詰めた表情の智広を見つめていると亜子が急にシャツの釦を外し肩口から胸元付近まで広げ素肌を露わにした。
「あ、亜子さんっ!?ちょっ・・・え」
初め亜子のいきなりの行動に驚いた表情を見せていた碧だったが、それ以上の衝撃を与えられた。
服で隠れているからわからなかったが、彼女の胸元や鎖骨の下辺りなどに切り付けられたような古傷や何かを当てられたような火傷の痕がちらほらと刻まれていた。
「真白さんが智広に見せた私たちの写真、一番面倒な子たちへご丁寧に送っていたみたいなの。放課後、智広を装って呼び出された私は彼女たちに詰められ智広の側をうろつくな、って忠告されたの。でも私、負けん気が強くてね、跳ね返しちゃった。まあ、煽った私も悪かったんだけど・・・。で、智広には気付かれたくなかったから傷や痛みが落ち着くまで距離を置こうとしたんだけど・・・バレちゃった」
「俺ら、当時そういったことしてなかったから隠そうと思えば隠せたんだろうけど・・・。頑なに身体を触られるのを普段以上に嫌がって。だから最初、俺に隠れて浮気してんのかと思ったらついカッとなって・・・あの時は本当にすみませんでした」
その時の光景が浮かんでしまったのか本当に申し訳なさげな表情でシュンとなる智広を後目に亜子は再びシャツの釦を閉じ着衣した。
当時渋る亜子からなんとか事情を訊いた智広は怒りを通り越し心は闇より更に深淵へと沈み殺意さえ芽生える感情がマグマのように煮え滾り溢れ出した。
「何となく相手の女は知ってたから次の日、そいつを問い詰めようとしたんだけど・・・」
しかし、それは叶うことがなかった。
智広は、次の日登校するや否や学年主任と担任に生徒指導室に連行されてしまう。指導室にあるパイプ椅子に座らされた智広は担任からある写真を目の前の長テーブルに並べられ見せられた。それは真白に不意を突かれキスされた写真と共に亜子との仲睦ましい複数枚の写真だった。智広は普段のように飄々とした態度で否定するも日頃の行いも相まって信用に欠けていた。
「成績優秀で将来有望の亜子を俺の体たらくに巻き込むな、って強く注意されたよ。でもこういうのってすぐ漏れるもんで・・・今回の件で知った他の女子グループからも亜子が陰で嫌がらせされるようになったんだ」
「命の危険、というとかなり大袈裟だけどエスカレートする女の子もいて両親が転校の手続きを取っちゃったの。勿論、智広との関係もそこで終わり。まんまと彼女の思う壺になっちゃったのよね」
辛そうな表情の智広とは真逆に淡々と当時の事を話す亜子に碧は尋ねた。
「そんな中なのにどうして二人はまたお付き合いをすることに?」
「ふふ、そこ気になっちゃうよね。そもそも両親には智広との交際は反対されてたの。だから私もこのまま別れた方が楽かな、って考えるようになって転校前に一方的に別れを告げたの」
亜子は少し怪訝な表情の碧を見つめると優しい表情で苦笑いを向けた。
「でも智広、転校先の学校や自宅に何度も私の前に現れたの。初めは迷惑だったけど、考えてみたら私、智広の話をちゃんと聞いてなかったなって反省したの。だからちゃんと真剣に話し合うことにした・・・阿部智広という人間の話を。改めて聞くとほんとクソみたいな男だと思ったけど彼が抱えていた内面の脆さも包み隠さず話してくれた。その時、真白さんとの関係も聞いたし、あの写真のやり取りの事情もわかった」
亜子はその時の感情が蘇ったのか、心なしか哀し気な表情で窓の外に視線を移すも、すぐさま瞳の奥が明るくなり柔らかな微笑を浮かべた。
「その話を聞いて思い直したの。そもそも私たち付き合いに関してだけで言えば恥じる様なことは一切してない。今までだってキスくらいはしてたけど智広は無理やり私の尊厳を傷つけることは一切してこなかった。だからこそ、あぁ私は今まで一体智広の何を見てたんだろうって情けなくなった。それと同時に智広が私のこと本当に大事にしてくれてたんだって今更ながらに気付かされた」
何度も話し合いを重ねた二人は晴れてよりを戻すことになったものの距離が離れた分、智広の亜子への過保護さが異常なまでに膨れ上がってしまったらしい。
「何度断っても私の高校までほぼ毎日送り迎えしたり、両親に自分たちのこと認めてもらえるまで足繁く通ったりしてね。流石にうちの親も智広のしつこさに折れて認めざるを得なくなって今は親公認の関係になったんだけどね」
智広に向ける淡々とした態度とは違い、碧には優しい口調で照れくさそうに微笑みながら話す亜子に心が温かくなった。
「亜子さんは、本当に智広さんのことが大切なんですね」
碧は智広に聞こえないよう小さな声で亜子に伝えた。その言葉に亜子は一瞬驚いた表情になるも満面の笑顔を碧に見せ小さく頷いた。
そんな和やかな空気を遮るかのように智広は申し訳なさそうに口を開く。
「真白は貴斗と再会したことで感情が再燃してしまったのかもしれない。当時二人がどんなやり取りをしていたのかはわからないが。もしかしたら真白は貴斗に対しても何らかの感情が芽生えかけていたんじゃないかな。それに彼女の依存性はかなり危険だからもしかしたら俺らにしたことを聞いた貴斗が危険な目に遭わないようにわざと碧ちゃんを遠ざける態度とっているのかも」
「・・・確かに智広さんが言う仮説ならそうするかもしれません。それとも本当に私のことが好きじゃなくなったのかもしれません。それでも・・・それでも彼の本音をしっかり聞くまでは諦めたくない」
碧の決心を確認すると智広は碧の前にしゃがみ彼女の顔を見上げた。
「けしかける様な言い方しているけど、やっぱり危険なこともあるかもしれない。そういう時は一人で悩まずすぐ俺たちを頼って欲しい」
「智広に言いにくかったら私でもいいから」
亜子の好意に甘え、互いにコミュニケーションアプリのアカウントを交換し合った。
「お二人とも、本当にありがとうございます」
貴斗と同じ顔の智広に言われ否が応でも重ねてしまい、一瞬目頭が熱くなるも、碧は大きく深呼吸をし頭を下げる。
(後悔しないよう、晴れ晴れとした気持ちで前を向いて歩けるように・・・)
碧は、二人の味方が出来たことで再び貴斗へ挑む覚悟をしっかりと固めた。
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更新ありがとうございます😊
お待ちしてました〰︎😭
そう言って頂けると嬉しい限りです( ノД`)
次も早めに投稿できるよう頑張りますっ!!
とても楽しく、読ませて頂いています。
最新話でやきもき...!更新、楽しみにしています(o^^o)
読んで下さりありがとうございます!(´▽`)
なかなか更新出来ず本当に申し訳ないです💦
一日でも早く更新出来るよう頑張りますっ!!
私の感情も貴斗に振り回されて困っています笑
早く続きが読みたいです。
楽しみに待っています。
なかなか更新出来ず申し訳ないのと共に楽しみにしていてくださりありがとうございます( *´꒳`*)
少し内容修正で時間がかかっているのでなるべく早く更新出来るよう頑張ります( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧