今日でお別れします

なかな悠桃

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「はぁ、はぁ、はぁ.....」

碧は久しぶりに全力疾走し息を切らしていると横にいた紅音は四つん這いになり息絶え絶えで苦しげな表情を晒していた。

「あおー、はぁ、...急に何なのよー...んはぁーっ、現役じゃないんだから...はぁ、はー、いきなりの疾走は拷問なんですけど」

碧は紅音を引っ張り無我夢中で走り、気付けばアウトレットの敷地内にある芝生の上に二人して転がっていた。

「ご、ごめん...」


しばらくすると乱れた呼吸は時間が経つにつれ正常な息遣いに戻り紅音がいた方向を振り向くといつの間にか姿を消していた。

「紅姉?」

辺りを見渡しても見つからず起き上がり探しに行こうとした時、後ろから頬に冷たいペットボトルを宛てがわれ吃驚し振り向くといたずらっ子のような笑みを浮かべ紅音が碧にお茶のペットボトルを差し出した。

「ありがと」


碧と紅音は噴水が近くにあるベンチに座り、碧は先程貰ったお茶を一口飲んだ。


「...あお、我慢しちゃ駄目だよ」

いきなりニカッと笑顔を此方に向け碧は理解出来ずポカンとした表情を紅音に向けていた。

「何それ、意味が...」

困惑した表情でいると紅音がベンチの背に凭れながら背伸びをした。


「あおはさ、良くも悪くも昔っからいろんなこと考えすぎちゃうとこあるでしょ。それが駄目っていうわけじゃないけど相手にぶつける前に自分で解決しようとしちゃうとこあるから」

「そうかな...」

「自分に素直になって相手と話し合って...もし決裂したとしても相手も自分も互いに思ってることはわかるし進めなかった前に一歩前進できると思うの、あおがもし前に進みたいって出来事が起きたら辛いかもしれないけど一つ一つゆっくり解決していけばいいから。真面目な碧も好きだけどこうやっておしゃれして笑顔いっぱいの碧もお姉ちゃんは大好きだからいつも笑っていてほしーの」

「んー...いまいち何が言いたいかわかんないけどありがと」

「えー、わかってよー」

碧には深く聞くことはなかったが夏樹との関係や態度、先ほどの光景などで紅音なりに何かを察したのか少し斜め上の励ましではあったが心が和らいだ。

紅音は碧の両頬を掌で挟み押さえるようにぐりぐりとしていると紅音の鞄に入っていたスマホの着信が鳴り出した。取り出し画面をみると“虹志”の名前が表示されていた。

「もしも、『お前ら何処にいるんだよっ!碧のスマホにも掛けたけど全然出ねーし!』

スピーカーにしていないのに虹志の怒鳴り声が隣にいた碧にまで響き渡った。虹志の言葉で碧もスマホの画面を見ると虹志からの不在着信が表示されメッセージアプリにも虹志からのメッセージが何件も入っていた。

「ごめん、ごめん。あお体調悪くなったから一旦外に出て休んでたの、私らこのまま帰ろうかなって思ってるけど虹どうする?もうちょっといる?」

紅音が尋ねると「俺ももう用済んだから帰る」となり、とりあえずバス停で落ち合うことにした。


☆☆☆
「ったく、そんなんなら早く連絡しろよな」

バスの中、ぶすっとした態度で話す虹志に紅音は「ごめん、ごめん」とふざけながら謝ると虹志に睨まれていた。碧は前に座る二人のやり取りに笑みを溢すが先ほどの貴斗の表情が頭から離れず気を紛らわすかのように窓の外を眺めていた。


(...学校行くの憂鬱だな)

そんなことを思いながらモヤつく気持ちを吐き出すかのように重く深い溜息を吐いた。




――――――――――
『お父さん、お母さんゆっくりできなくてごめんね、また時間見て帰るから。虹は受験生なんだから頑張りなさいよ!あんた頭良いんだから。あおも勉強頑張って!あといっぱい恋して遊ぶんだよ、あおは可愛いんだから自信持ちな!』


あの後、家に帰ると上司から急な仕事が入ったと連絡があり紅音は予定より少し早めに帰ることになってしまった。翌朝、始発に間に合うよう父親に駅まで送ってもらうため朝方碧たちは玄関先で別れることとなり、あっという間のひとときに寂しくなりながらも家族で紅音を笑顔で見送った。



(妹にそんなおべっか使わなくていいのに)

そう思いながら重い足取りで学校へと向かっていた。
恐る恐る教室に入ると既に来ていた貴斗は碧の方へ視線を向けることなくいつものメンバーと談笑しながら席に座っていた。

碧は貴斗に警戒しながら学校での時間に神経を使うが変わりなく刻々と時間は過ぎていった。

(...何にもなかった)

気づけば今日の授業が全て終わり下校時間となっていた。終礼も終わりクラスメイトたちは帰宅する者、部活の準備をし部室へ向かう者、帰らずダラダラと教室で喋っている者で分かれていた。碧も帰宅しようと鞄を持ち、ちらっと貴斗の机の方へと視線を向けると既に姿はなくいつもつるんでいる仲間もいないことからいつの間にか教室から出て帰ったことに気付いた。

警戒していた一日はちょっかいは疎か此方に視線すら合わすことなく拍子抜けする程あっさり終わった。この行動が逆に碧を不安にさせ、もしかしたら何処かで待ち伏せしてるんではないか、急に現れ変なことをしてくるのではないか...そんな考えが頭の中をぐるぐると巡らせ挙動不審になりながら教室を出、玄関で靴を替え早足で下校した。

辺りを見渡しながら帰るが貴斗の姿はなく、そのまま何事もなく無事帰宅した。
部屋に入り鞄からスマホを出し待ち受けを見るが誰からも連絡が入ってないことが窺えた。

「私とは別人と思ったのか...だとしても何かしらアクション起こしてくると思ってたけど」

これが“嵐の前の静けさ”なのかただ単に揶揄うのに飽きたのか、とにかく今日は何もなかったが明日以降も油断はできないことを肝に銘じ碧は貴斗に対しての警戒は緩めないよう心に決めた。

が、やはり昨日同様、貴斗からのちょっかいはなく図書室でのやり取り以前のような関係に戻っていた。それから数週間経った今でも貴斗と一瞬目が合ったように感じた時も数回あったが何事もなかったように目線は外され目の前にいるクラスメイトたちと談笑していた。貴斗の取り巻きの女子たちの刺すような視線もなくなり平穏な学校生活へと戻っていた。

(もう飽きたのかもしれないな、...これでやっといつもの日常に戻れる)

今日も無事一日が終わり碧は下校の準備をし途中の駅まで帰りが一緒の友人と少し寄り道をしながら家路へと向かった。

「ただいまー」

玄関のドアを開けると仕事が休みの母親の靴と二拳分離れたところに見慣れないスニーカーが揃えられているのが目に入り、リビングでは楽しそうな母親の笑い声が聞こえた。碧は母親の知り合いでも来ているのかと思い何気にリビングのドアを開けるとソファに座る母親と目が合った。

「あら、おかえり。遅かったのね」

「うん、友だちと寄り道して帰ったから...」

碧は母親の対面に座っている後ろ姿の男に身体中の神経が騒ぎ出すかのような感覚に襲われた。男の後頭部が此方に振り向き硬直した碧に笑顔を向けた。


「おかえり」
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