今日でお別れします

なかな悠桃

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テストも無事終わり、今日はフェアの衣装合わせに会場にあたるホテルへと向かった。

「碧さーん、こっち、こっち」

場所はメールで送られてはいたが、あまり行き慣れないハイレベルなホテル、煌びやかなロビーは碧にとっては異郷のような感覚に陥っていた。場違いと理解しつつも言われた場所へ向かおうとしていると少し離れたところで手招きする小柄な女性が碧を呼んでいた。

「はじめまして...って言ってもこの前ちらっと会ってるけど話はしなかったので改めて。nariの現場マネージャーをしてます梶下聖香せいかと言います。フェアまでよろしくお願いします」

碧にお辞儀し改めて名乗り名刺入れから名刺を一枚取り出し碧に手渡した。

「はじめまして、桐野碧です。ご迷惑おかけすると思いますが、足を引っ張らないよう頑張りますのでよろしくお願いします」

碧も梶下に頭を下げ互いに挨拶が終わるとそのままエレベーターに乗り込んだ。関係者以外立ち入り禁止の場所へと向かい扉を開けるとそこには出演する数名の女性モデルたちが衣装やヘアメイクなどの打ち合わせをしている光景が目に入った。


「碧さんには、二回ステージに立ってもらうんだけど、一回目は一人で二回目はnariと一緒に出てもらいます。二回目の方はテーマが決まってるからドレスはバランスを見てスタッフたちと相談しながら選んでいこうかなって思ってます。でも碧さんの枠は基本自由にさせてもらえるようから許可は出てるから一人の時の衣装は好きなの選んでいいよ」


そう言われても...と内心思いながらたくさん並べられた様々なウエディングドレスを眺め圧倒されてしまっていた。

(まさかこの歳でウエディングドレスを選ぶことになるなんて)

純白のドレスは勿論、淡いピンクや青のドレス、大きなリボンやレースがふんだんに使われているドレスなど見る分には全く飽きないが、“ この中から選べ”と言われると自分にはどれも似合わないような気がし躊躇してしまう。


「とりあえず、碧さんのインスピレーションでいいから。着てみて合う合わないはあるかもしれないけど、まずは選ばないとそれすらもわからないから」

梶下に助言されながら碧は悩みながらも一つの衣装を選び取り出し着つけてもらった。


「うん♪いいんじゃないかなー!雰囲気も可愛いし碧さんに合ってると思うよ」

肩、二の腕部分を優しく包み込むケープカラーの胸元部分には大きなリボンが施されデコルテ部分が強調されてはいたが厭らしさはなく清楚な雰囲気のドレス姿だった。梶下や着つけてくれたスタッフなどからも好評で一着目はすんなりと決まった。

「もう一つなんだけど、実は決まった衣装ブランドがあってね、その中からテーマに添ったものを選んでいこうかなって思ってます。一応テーマは“ 若いカップルの可愛い結婚式”だから碧さんたちの年齢相応の雰囲気を出したいの」


梶下が碧に説明していると梶下の元に碧と同じく衣装合わせに来ていた女性モデルの一人が此方に歩み寄ってきた。

「梶下さん、お久しぶりです」

「...芽久めぐさん、お疲れ様です。ほんとお久しぶりで」

“芽久さん”と呼ばれるモデルは背もすらっと高く可愛らしさの中に大人の色気もあり同性から見てもうっとりしてしまうような風貌だった。

「見慣れない子だけど...新しいモデルさん?にしては...」

「あー...この子はうちの専属ではないんだけど、nariの撮影の時お世話になってね。今回nariの新婦役でお願いして出演してもらうようこちらから頼んだ子なの」

「へー、nariくんのねー」

芽久は碧を上から下、隅々まで見るとニコっと笑みを浮かべてきた。

「私、芽久って言うの。女性雑誌とかに出てるけど...年齢的に見ない雑誌かもしれないからわからないかな?いくつ?」

「は、はじめまして桐野碧です。高二で17です...すみません、私あまり雑誌見なくて」

「いえいえ。どちらかと言うと女子高生が参考になるファッション雑誌じゃないから気にしないで。私の二つ下か、そんなに変わんないのね。短い間だけどよろしく。じゃあ私、終わったんでお先です。お疲れ様でしたー」

芽久は小さく手を振ると踵を返しマネージャーらしき人物と部屋から出て行った。

「...碧さん、まぁこれ以外で関わることはないだろうから言うの気が引けるんだけど...さっきの芽久さんにはなるべく近づかない方がいいわよ」

碧の耳元でこそっと周りに聞こえないよう囁かれ、思わず意味が分からずきょとんとしていると梶下は更に小さな声で話し出した。

「あの子、結構問題児というか、男性関係か賑やかしいというか...一時、nariにもちょっかいかけてきてね。まぁnariあのこ全く相手にしなかったから猶更火がついちゃったのかしつこくされてねー、かなり大変だったからやむを得ず向こうの事務所とも話し合って何とか解決はしたんだけど」

「そんな人には見えないのに」

「まぁこういう業界はオンオフしっかりしてるからね、もちろん皆が皆ではないのよ。とにかくちょっと気を付けてね、今回nariも出演することだし」

碧は小さく返事し彼女が出て行った扉をしばらく見つめていた。




――――――――――
「そういえばさ、クリスマスどうしよっか?」

「クリスマス...」

ブライダルフェアの予定まで一カ月を切った12月、学校が終わり駅で待ち合わせをした二人は、碧の家の近所の公園のベンチに座りながら碧はホットミルクティを飲み、貴斗は中華まんを食べていた。

衣装合わせが終わり、その後はヘアの打ち合わせやショーの通しの練習などがありフェアが近づくにつれ休みの大半はここに費やされた。

なるべくは怪しまれぬよう二人の都合が合う日は貴斗とは会っていたが、向こうも何かと忙しいのか会わない日があっても然程怪しまれずに済んだ。


「ほら、俺らって何気にイベント関係できてないしさクリスマスは一緒にいたいなって...無理?」

「そうだね...」

確かに...そう思いながら碧は脳内でスケジュールを呼び起こす。

(イベントはちょうど土曜日のイブだし次の日なら予定もないし)

「まぁ、碧の親が許してくれるなら泊まりでどっか行きたい気もするけどー...それは現実的に無理だよな」

「うーん、まぁ...」

貴斗は1/3になった中華まんを口の中に全部放り込みベンチからひょい、と立ち上がった。

「来年は受験生だし今のうちにたくさん楽しいことしような」

碧が座る傍にしゃがみ込み、くしゃっとした笑みを向けられ碧もつられ笑みを返し大きく頷いた。
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