交わることのない二人

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雅さん

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 「――びっくりしたわ。最近のドーナツは、あんなにいっぱい種類あって大きいねんな」



 そう言いながら僕の向かい側の椅子に座る晴臣さんは、いつもの様に「食べよ食べよ」と言ってくる。

 だが僕と、同じく僕の隣のソファー席に座るそのは互いが気になり、それどころではない。


 そんな僕たちを見て晴臣さんは「何やテンション低いなぁ。お腹空いてへんの?」と言ってくる。

 何でこの人はこんなにいつも通りなんだ。


 すると、僕の隣に座る女性は「逆に何でお前はいつも通りやねん」とはっきりと言う。

 
 お、お前って言った……今、晴臣さんに向かってお前って言った……!

 ヤクザの若頭に、タメ口、お前呼びをする制服を着ているのでおそらく高校生くらいであろう彼女は一体何者なんだろう。


 そう考えていると、その女の子は深いため息をつき、僕の方を見て「すみません。まさか、カタギ……一般の人がいるとは思わず」と謝ってくる。

 晴臣さんに向かいお前と言ってた人とは思えないくらい丁寧な彼女は「こいつ……晴臣の仕事については?」と聞いてくるので僕は「知ってます」と頷く。



 「そうですか。私は若月組の組長の孫娘の相島雅あいじまみやび、高二です。」



 若月組の組長の孫娘と言うことは、前にトゥンカロンを食べたいと言っていたお嬢さんか。

 薄々そうかなとは思っていたけれど、まさか本当に若月組組長のお嬢さんだなんて。


 僕は晴臣さん以外のヤクザ関係の人と会うのは初めてなので、一気に緊張してしまう。



 「僕は、白井菖蒲です。大二です」



 お嬢さんが自己紹介をしてくれたので、僕も自己紹介をすると、晴臣さんが「名前教えんくっていいのに」と何故か不満そうに言ってくる。

 そんな晴臣さんを無視し、お嬢さんが「菖蒲……あやめん!? ほんまに男やったんや……」と、先ほどまでの丁寧な態度とは違い、フランクな態度で聞いてくる。


 僕は「そう、ですが……」と戸惑いながら答えると、お嬢さんは「いや、薄々そうかな思ってたけど、本物のあやめんや!」と僕の手を取ってはぶんぶんと振り回してくる。

 何でこんなに歓迎されてるんだろう……て言うか、何で僕のこと……?


 そう思っていると、晴臣さんが「お嬢、あやめん戸惑ってるでしょ。やめてください」と止めに入る。



 「はぁ? 指図すんな。晴臣のくせに」



 急にピリつくお嬢さんに、僕は何でこの人は先から晴臣さんに対して喧嘩腰なんだ? と疑問に思う。

 お嬢さんは「嬉しくってつい……ごめんな、あやめん。うちの事は雅って呼んで!」と先ほどまで、晴臣さんを睨んでたとは思えない笑顔を僕に向けてくる。


 そんなお嬢さんに「呼び捨てなんて恐れ多いです……」と返すと、晴臣さんは「呼ばんくっていいであやめん」と言ってくる。

 この人はこの人で先から何なんだ。


 そう思いながら晴臣さんを見ていると、晴臣さんがお嬢さん……もとい、雅さんに「それよりお嬢、何でいきなり家飛び出したんですか?」と聞く。

 すると雅さんは「家飛び出したんちゃうわ。家帰りたないだけや」と言う。


 話が全く読めない僕が黙ってドーナツを食べ聞いていると、晴臣さんは「親父と喧嘩したんですか?」と聞く。



 「別に、喧嘩ちゃう。せっかく彼氏とデートの予定やったのに、おじいちゃんが今はあかんって、行くなら護衛つけるって言うから、そんなん嫌や言うて出てきただけやし」



 そう言ってドーナツを頬張る雅さんに、晴臣さんは「この前言ったでしょ? 最近また千歳ちとせ組と空気悪なってるから、なるべく外出は控えて、外出る時はお付きつけなあかんって」と子どもに言い聞かせるように言う。

 だが雅さんは「そんなん知らん。うちには関係ない事やん」と晴臣さんを睨みつける。



 「うち別に、若月組に入ってへんし」

 「入ってなくても、親父の孫娘なんですから、狙われるんです」



 非現実的な会話に僕は、ヤクザの世界も大変だなと呑気な感想しか出てこない。

 それくらい、二人の会話は僕からすれば、リアリティが無さすぎてまるで、映画の話を聞いている感覚だ。


 完全に空気と化し、ひたすらドーナツを頬張っていると「あやめんはどう思う?」といきなり話の矛先が僕に向けられたのだ。


 
 「どう、思うと言いますと……?」



 完全に気を抜いていたので、あまり話を聞いていなかった僕。

 雅さんは「ただヤクザの孫娘ってだけで、お付きつけたり、外出するのも制限されるの。意味わからんくない?」と少し上がった声で聞いてくる。


 僕はドーナツを皿の上に置くと「まぁ……雅さんの言いたいことも理解はできます」と言うと、雅さんは「やろ!?」と言う。

 けれども僕はすぐに「けど、雅さんのことを危険に合わせたくないって言う、組長さんや晴臣さんの気持ちもわかります」と答える。



 「雅さんからしたら、巻き込まれる形で腹が立つのかもしれませんが、やっぱり、大事な孫娘を危険な目に合わせたくないし、そうならないために、そこまで過保護になるんだと思います」



 そう言う僕に晴臣さんは「あやめん、大人やなー」と感心している。

 関係ない僕がでしゃばりすぎたかな? と何も言わない雅さんをチラッと見ると、雅さんは「さすがカタギの人間や。めっちゃ優しくて爽やかやわ。惚れそう」と言うのだ。

 「ほれっ……!」と驚く僕。


 そんな雅さんに晴臣さんは「お嬢、あやめんのこと口説かんといてくださいよ。それにお嬢には彼氏いてるでしょ」と言うと、雅さんは「うっさい、晴臣。あんたはカタギの人間やないから嫌いや」と悪態をつく。

 先からやたらと晴臣さんに対して当たりが強いなとは思っていたけれど、恐らく、雅さんは晴臣さん含めヤクザが嫌いなのだろう。


 組長の孫娘となると、何かと制限もかかってくるだろうし、現に今も自由が効かなくて不満そうにしているし。

 それに高校生なんて一番、友達や恋人と遊びたい時期だろうに。



 「雅さん。僕のドーナツも食べていいですよ」



 ふと見ると、雅さんの皿の上には三つあったドーナツが無くなっており、僕が雅さんにそう言うと、雅さんは「優男やん……! 顔もええし、あやめん最高すぎ」と嬉しそうにする。

 僕のドーナツを食べようと雅さんは手を伸ばしたのだが、それを晴臣さんに止められる。


 「何? 晴臣。」そう晴臣さんを睨みつける雅さん。

 晴臣さんは「これは菖蒲くんの分や」とどこか怒ったように言う。


 だが雅さんは「あやめんが食べて良いって言ってくれたんやからいいやん。」と返す。

 僕も「晴臣さん、僕は大丈夫なんで」と言うと、晴臣さんは僕に「あやめんがお嬢に気ぃ使う必要ないで」と言う。


 その表情はいつにも増して、真剣で。


 
 「ドーナツまだ食べたいんやったら、新しいの追加してくださいお嬢」と雅さんにお金を渡し、追加分を買ってくるように言う。

 雅さんは嬉しそうに追加分のドーナツを買いに席を立つ。


 その間僕は晴臣さんに「……何かすみません。僕、余計なことしてしまったみたいで」と謝る。

 だが晴臣さんは「いや……」と言うと「ごめん、俺の方こそ。ちょっと冷たかったな」と謝ってくる。



 「いえ」

 「可哀想やけど、ヤクザの組長の孫娘に生まれた以上、普通に生きて行けへん。まだ若いから無理やろうけど、お嬢にはそれを理解してもらわな。お嬢が傷つくだけやからな」

 「ついついお嬢には厳しくしてまうんや」



 そう反省したように言う晴臣さん。

 いつも飄々とし、人を振り回す天才の晴臣さんがそんな事を言うなんて。

 僕は晴臣さんに「雅さんと知り合って長いんですか?」と聞くと、晴臣さんは頷き「お嬢が5歳の頃から知ってんで」と言う。



 「5歳……それは、凄く長いですね」

 「そうやな。お嬢のご両親は早くで離婚して、親父の息子さんでお嬢の父親は離婚してすぐに殺されてな」

 「殺っ……」



 分かっていたつもりだが、こう言った話を聞くと改めて、晴臣さんたちはヤクザなのだと思い知らされる。

 そして絶対に、ドーナツ屋さんでする話ではないと、店内は空いており、僕たちの席の近くに他のお客さんが居ないのが幸いだと思う。



 「やからお嬢は昔からヤクザのこと恨んでんねん。よく言うてるわ。別に好きでヤクザの孫になっわけやない、って」

 「可哀想や思って甘やかしたくなるけど、甘やかしすぎたらお嬢のためにもならんし。年々口悪なってしゃーないわ」



 そう言って笑う晴臣さんに僕は「でも結局、追加のドーナツ買ってあげたり、迎えに行ってあげたりしてるじゃないですか」と言うと、晴臣さんは「まぁな」と笑う。



 「まぁ、晴臣さんの言いたい事は分かりましたけど、僕のドーナツくらい、あげても良かったのに。」



 そう言うと、晴臣さんは僕のことを見ると「あぁ。それは俺が嫌やっただけ」と笑みを浮かべる。



 「え……」

 「えらい、あやめんお嬢に優しいから、なんか腹たってん」



 僕が雅さんに優しいから腹が立ったって……まるで……。



 「嫉妬、したんですか……?」



 そう聞いたは良いものの、何を聞いているんだ、僕はと恥ずかしくなる。

 そんな事あるわけないのに。

 晴臣さんが変なことを言うから……。


 「今のは無しで……!」そう言おうとした時、晴臣さんは頬杖をつくと「そうって言ったらどうする? 菖蒲くん」と真っ直ぐ見つめ言ってくる。

 あまりにも真剣な表情で言う晴臣さんに、冗談だと分かっていても、つい本気で言ってると思ってしまう。


 僕は「冗談はいいです」と晴臣さんから顔を背けると、晴臣さんは「冗談やないねんけどなぁ~」と言う。



 そんな事を言って、いつもみたいに僕の反応を見て楽しむに決まっている。

 ここ数ヶ月、晴臣さんと一緒にいて、この手の冗談を晴臣さんから受けていた僕だからわかる。


 けど、晴臣さんのことをあまり知らない人なら間に受けてしまうだろう。

 僕は晴臣さんを睨みつけると「冗談も程々にしとかないと、いつか刺されますよ」と言う。


 すると晴臣さんは「ほんまに冗談やないねんけどな」と何かをボソッと言ったかと思えば「あやめんに刺されるんやったら本望やわ~」とまた冗談を言う。

 僕は「左様ですか」と呆れた表情を晴臣さんに向けると晴臣さんは「そうや。今日は例外やけど、ヤクザこっちのもんうても話しかけたあかんで」と言ってくる。


 そりゃ、話しかけはしないけど、自分はいいのか? 何て思いながら、僕は「そんな機会はないと思いますけど分かりました」と言う。



 「皆んなが皆んな優しくないからな。今日もほんまは、あやめんとお嬢会わすの迷ってんけどな。」



 そう言う晴臣さんを見て雅さんも? とこの時呑気に考えていた僕だが、直ぐに、晴臣さんがどうして僕と雅さんを会わせる事を迷っていたのか分かる事になるのだった。
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