交わることのない二人

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紫藤晴臣の話

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 晴臣さんとの約束の日、約束の時間まであと少し。

 僕はずっと考えていた。


 晴臣さんと、これからどうするかはもう決めた。

 と言うか、もうずっと決まっていた。

 ただずっと、決心がつかなかっただけで、そして今もまだ、この選択が正しいのかわからない。


 人生は選択の連続だなんて言うけど、それらに答えはない。

 だから、最終的に選んだものが正解か間違いかなんて分からない。

 だから、僕が選んだ選択に一生、後悔する事になるかもしれないけど……。



 「菖蒲ー! 何してんのー? はよ行かな食堂いっぱいなんでー!」



 教室の入り口で僕の事を呼ぶヤマに「今行く」と返事をし、僕は教室を後にする。







 『金用意しとけって言うたやろ!!』



 記憶の中の父親は、たまに家に帰ってきては、母親に金をせがみ怒鳴っていた。

 そんなクソみたいな父親に、母親はいつも金を渡し、お腹を空かせる俺に『晴臣、ごめんな』と謝っていた。


 両親の記憶なんか、こんなもんしかない。



 「――もう、17時か」



 腕時計を確認すれば、約束の17時を指してた。

 やけど、菖蒲くんは姿を現さへん。


 つまりは、俺はフラれてしもたってことか。


 生まれて初めて、手放したくないって思った相手に、フラれるんはこんなきついんやな。

 いつも、フラれてピーピー言うてるうちの若いのに、ピーピー言うなやって言うてたけど、俺も人の事言えへんわ。


 そんな事を考えながらも、往生際悪く、その場に居座る。

 ヤクザになった事は、今まで一度だって後悔はした事ないけど……流石に……。



 親父に拾われて、若月組に入ったんは18の時。

 母親は俺が10歳の時に病死、クソみたいな父親は俺の面倒見る気なんかさらさらなく、出て行って以来帰って来ず、直ぐに施設に預けられた。


 ただ言われるがままに施設に入り、学校に通うも、なんか全てどうでも良くなって、行かんくなり、悪い先輩に誘われ、悪い奴らが集まるところに顔を出しては、喧嘩ばっかりしてた。

 昔から、人より背が高かったからか、人より喧嘩は強かった。


 それが気に入られたんかは知らんけど、男の先輩たちからはえらい気に入られ、それと同時に女の先輩からもえらい可愛がられ、男の先輩の家に行ったり、女の先輩の家に行ったりと転々としてた。

 そうこうしてるうちに、18になり、施設から出る年になった。


 その頃にはバイトして、自分でも金を稼ぐようになってたけど、バイト先の女の先輩に養って貰うっていう生活を送ってた。

 今まで、一緒におった女の子たちは全員、最初は遊びから入っても、最後には本気になったって泣かれ、来るもの拒まず去るもの追わずな関係が楽やった俺からしたら、面倒になり、別れてた。


 けど、その先輩だけはそんな事がなく、いつまでも付かず離れずな関係で楽やったから、他の女の子たちより長く一緒におった。

 でも結局、その先輩も最後には本気で好きやと泣き出して、面倒になって別れた。


 今思えば、自分でもクソやなって事はわかるし、そんなことしてたから、本気で好きになった相手にフラれるって言うバチが当たったんやろう。


 それからも、また新しい女の子や、バイト先の先輩の家を転々としてた時、一人の人間を集団でタコ殴りにしてる場面を見つけて、暇つぶしにちょうどええわと俺はその男たちを殴った。

 俺より遥かにおっさんで、ガタイも良かったけど、意外とすんなり片がついた時『これ、坊主がやったんか?』と声をかけられる。


 見るからに、タコ殴りにしてた奴らの同業者であろうおっさんたちが数人おり、さすがの俺でも、あ、死んだわって察知した。

 けど、そのうちの真ん中のおっさんが、急に大口を開け笑ったかと思ったら、タコ殴りにされてたやつに『まさか、ガキに助けられるとはな』と声をかける。


 タコ殴りにされてたおっさんが、顔中血だらけになりながら『いやぁ……大したガキやで!』と笑うと、真ん中におるおっさんが、俺の前まで来ては、俺の顔をじっと見て言う。



 『ほぉ……顔も男前や~。まるで、昔の俺見てるみたいやなぁ、うん。気に入った!』



 そのおっさんはそう言うと、俺の肩に手を置き『坊主、うち来うへんか?』と言ってくる。

 あまりに突然の事やし、そのおっさんたちが何の職業してんのかも知らんけど、何となくヤクザなんやろなと言う事はわかって。


 俺はあんま悩まず、頷いてた。

 人生は選択しなあかん事が多い。別に俺は選択してきたつもりは無いけど。

 それでも、選択するのに疲れてたんか、人殴った後でアドレナリンが出てたんか知らんけど、とにかく俺はそのおっさんについてく事にした。


 それから10年。

 俺は立派に、若月組の若頭を務めていたわけで。



 『……何やお前、最近甘いの食べすぎちゃう? 糖尿病なるで』



 ここ数日、毎日のようにホールのケーキを食べる俺に、いきなり親父はそう言ってきた。

 それまでも俺は、甘いものを毎日のように親父の前で食べてたんやけど、そんな事言われんのは初めてやった。



 『組長、この前の健康診断で、引っかかったそうで。このままやったら糖尿病なるでって言われたらしくって……』



 そう親父に聞こえへんように、コソッと教えてくれる若中に『なるほど……覚えたてってわけか』と頷く。

 俺たちの話を聞いてた、組の若いのが一人『え……糖尿病って豆乳取りすぎたらなるんじゃないんですか?』とトンチンカンな事を言い出す。



 『はぁ? 何言うてんねん。そんなわけないやろ』

 『そうなんですか!? 俺ずっとそうやと思ってて、飲んでこうへんかったのに……!』



 そう賑やかに話すのを横目に、ホールのケーキを無心で頬張り、いちごミルクを飲む俺に、親父はこいつまじかと言った表情を浮かべながら『もうお前、しばらく甘いの禁止や』と言ってくる。



 『え~俺から糖分取らんでくださいよ。死んでまう』

 『そのまま糖分取り続ける方が死ぬわ。嫌やろ、ヤクザの死因が糖尿病って』



 そんなこんなで、しばらく甘いの禁止令を受けた俺やけど、当然守るはずもなく、夜中にコソコソ食ってる事がバレ、ハムスターって言う可愛らしいあだ名を貰い、一日ケーキ三個までと言う条件で、甘いものを食べるのを解禁された。

 貴重な、一日三個のケーキ。

 絶対に選ぶのを失敗したくはない。


 そんな思いで、初めて入ったケーキ屋で、ショーウィンドウに入ったケーキと睨めっこをしてたけど、何がいいか分からず、どうしよって思ってた時、ふと入り口の方を見ると、見知った人物がおり思わず「ちょっと自分こっち来て!」と声をかけてしまう。


 あ、やばって思ったけど、その子は恐る恐る近づいてきては、少し間を空け隣に立って来る。


 あれ? 来てくれた。そう思いながらも、来てくれたら聞くしかない。

 ちょっと聞きたい事あんねんやけど、と言うと、怖がりながらも『な、何でしょうか……』と聞いて来る。


 やっぱ、怖がらせてしもてるな。

 ちゃちゃっと聞いて終わらせよ。



 『自分、この店よく来んの?』

 『は、はい……よく来ます……』



 戸惑いながらも、よく来ると答えてくれるその子に『やったら、おすすめのケーキ教えてくれへん?』と聞く。

 案の定、帰ってきたのは『お、おすすめだったら、店員さんに聞けばいいんじゃないですか……?』と言う言葉やった。


 そんなのはもうとっくに聞いてる。けど、客側の意見も聞きたい思った時に自分が丁度いい所に来たもんやからと、説明すると更にその子は戸惑った表情を浮かべる。

 けど今の俺は一日たった三個って言う、貴重なケーキを選ぶのに必死で『どれが良いと思う?』と聞く。



 『そんなに迷うなら、全部買えば良いんじゃないですか?』



 それが出来たら聞いてへんって思うも、そう言えば事情話してなかったわと思い出し、俺は一日ケーキ三個までと言うことと、そうなった経緯を説明する。

 そして、説明を全て終えた上で改めて『やからおすすめのケーキ教えて』と再び頼む。


 俺が行きつけの喫茶店で働くこの子やったら、多分、俺と味の好み一緒やろうからな。知らんけど。

 なんて思いながら、おすすめのケーキを教えてもらうのを待ってると『僕はよく、これを食べます』と指差す。


 その指の先には、苺のミルフィーユがあった。

 『ミルフィーユか、あんま普段選ばんな』と言うも、普段自分じゃ選ばんから、良いな。と最後の一つのケーキをミルフィーユに決める。


 その子のおかげで無事に俺は、最後のケーキを選ぶ事ができたわけで。

 俺が会計する横で、チラッとその子の事を見る。


 トミー行く時も今もそうやけど、俺のこと怖がってる割には、いつも丁寧やな。

 そう思うと、何や可愛らしい思って、何かあげたくなって教えてくれた事へのお礼にもなるしと、袋に詰められたクッキーを買う。


 先に店から出て、待ってると、その子が出てき『さっきはいきなりごめんな。これお礼』と渡すと、めっちゃ驚いた顔してて『ほなまたね』と別れた後も、さっきのその子の顔を思い出しては、頬が緩んでる事に気づいた。

 そして、その日食べたケーキは人に選んで貰ったからか知らんけど、いつも以上に美味しく感じた。



 『――そう言えば自分、名前なんて言うん?』



 一週間後、いつものようにトミーに向かった俺は、おすすめのケーキを教えてくれた子に、名前を聞いた。

 すると、何故かめっちゃ驚いた表情を浮かべるもんやから、あぁ、そうか。と、懐から名刺を一枚取り出しては『ごめんごめん。人に名前聞く時はまず自分から名乗らなな』と名乗り、改めて名前を教えてと言う。


 けど『い、嫌です……』と断られてしまう。

 俺は生まれて初めて名前を聞いて断られた。

 そもそも、今まで特に人に名前を尋ねなくとも、相手から名乗ってきてたから、聞いたのも初めてか。


 そう思いながらも『あーあ。知りたいなぁ、名前』と言うと『どうしてそんなに名前が気になるんですか?』と聞いて来る。

 その言葉に俺は、確かに何でやろ。と考える。


 別に、特に深い意味はないけど、何か知りたくなって……って言うたら教えてくれなさそうやから、適当に理由をつける。

 そんな俺にその子はため息をつくと『白井菖蒲、です』と教えてくれる。


 嫌がってたし、怖がられてたから、まさか教えてくれるとは思わんかった。

 白井菖蒲か……菖蒲くんって言うんや。


 何か『えらい可愛らしい名前やな』気づくとそう口にしており、菖蒲くんは睨んでくる。

 別に今のは、女性っぽいとか思って言ったわけやないねんけどな。


 『良いやん、俺は好きやで。綺麗な名前やん』


 そう言うと、菖蒲くんは怒ったように『嬉しくありません』と返して来る。

 そんな菖蒲くん見て、前は気づかんかったけど、話してみたらコロコロ表情が変わるなと思う。


 そう思うと、違う表情も見てみたくなり、俺は『 分かってるって、そう急ぎなや。あやめん』と呼んでみる。

 すると、菖蒲くんは驚いたような、恥ずかしそうな表情を浮かべる。



 『菖蒲くんのあだ名や。可愛いやろ?』

 『可愛くないです』

 『えー、いいやん。あ、俺のことは晴臣で良いで!』



 そう言うと、今度は呆れた表情を浮かべ『好きにしてください』と返ってくる。

 やっぱり、コロコロ表情変わって可愛いな。


 あんまり、他人を見て可愛いと思う事も、構いたいって思う事もないけど、何やあやめんは構いたくなるな。

 俺は自分でも驚くくらい、あやめんの事が気に入り気づくと『よろしくな、あやめん』と口にしてた。


 するとあやめんは驚いた表情を浮かべたかと思えば、少しだけ穏やかな表情を浮かべてた。
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