わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第六二話 シャルロッタ 一五歳 肉欲の悪魔 〇二

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 ——王立学園の大ホールに集められた学生たちは身を寄せ合って震えながら舞台の上に立つ一人の少女を見つめている。

「……これで学園にいた学生はだいたい集まったわね……殿下がいないけど、始めちゃいましょう」
 少女の名前はプリムローズ・ホワイトスネイク……ホワイトスネイク侯爵家令嬢にして偉大なる魔法使いの血脈を受け継ぐ天才でもある。
 彼女のトレードマークでもある金髪に縦ロールの髪型……そして豪華なドレスに身を纏った彼女は普段の彼女とは思えないほど感情のない笑みを浮かべており、海のように深い青色の眼は少し輝きを失ったかのように濁りを生じさせている。
 よく見れば彼女の状態が普通ではない、と気がつくものもいたかもしれない……だがそれに気がつけるほど彼女と親しいものはこのホール内にはいない。
「ホワイトスネイク侯爵令嬢……いやプリムローズッ!」

「誰ですか? 私を気安く呼ぶ方は……」
 プリムローズがキョロキョロとあたりを見渡していると、コツコツと少し高めの靴音がホールに響き、学生たちは一斉にその音の方向、学生服を着こなし背筋を伸ばした男性が舞台へと向かっていく。
 あら、とでも言わんばかりに手に持った扇子で口元を隠したプリムローズの前に一人の男性が歩み出る、栗色の髪に赤い眼をした男性……サウンドガーデン公爵家令息ミハエル・サウンドガーデンが怒りに顔を歪ませながら彼女へとビシッ! と音を立てそうな勢いで指を指して話し始める。
「プリムローズ、何様のつもりだ! あのような下賤の輩どもと組んで学園に何をしようとしている!」

「クフフッ……やることなど一つしかございませんわ? 革命です」
 学生たちはホールの端々に立つ下卑た笑みを浮かべる男……明らかに裏社会の人間にしか見えない者を見て恐怖に満ちた表情で身を寄せ合う。
 プリムローズとその取り巻き……いや男たちは昼休憩時間で賑わう学園に突如として姿を現した。
 困惑する学生を尻目に男たちとプリムローズはホールへと人を追い込んでいった……もちろん抵抗した学生も数人いたのだが、勇気ある学生たちは今学園のあちこちで無惨な屍となって打ち捨てられている。
「革命……だと? 何を言って……」

「私は殿下のために生きてきました、でも殿下はあの女狐……辺境の翡翠姫アルキオネと婚約を続けるとおっしゃっている、だからこそ私はあの女を殿下の目の前で殺して寵愛を取り戻すのです」

「何を言って……第一殿下はここにいないではないか」

「ねえ? あなたが隠したの? 早く殿下を出しなさい」

「な、ぐ……うぐおおおっ!」
 プリムローズの眼が怪しく光るとミハエルの全身に地面からヌルリと漆黒の触手のようなモヤが出現し、彼の全身を捕え締め付け始める。
 な、なんだこの魔法は……ミハエルは以前それなりにプリムローズと親しく、家同士の関係もあって友人として付き合いがあった、確かにプリムローズは魔法の才に秀でていることも知っていた。
 彼女が殿下に恋心を抱いていることも知っている……だがミハエルにとってもプリムローズは大事な友人でもあり、古くからの知り合いでもあり、そして一時はミハエルにとって仄かな恋心を抱いたこともある女性なのだ。
 だがこれはなんだ……? 痛みに表情を歪めながらプリムローズを見るが、彼女の目に光は無くまるで感情を宿さない人形のような色をしている。
「お、お前プリムローズじゃないな?」

「何を言っているの? 早く殿下を出しなさい……死ぬわよ?」

「やめろ、プリム!」
 ホール内に声が響く……学生とプリムローズは一斉にその声の方向へと振り向くが、そこには金髪に碧眼を輝かせる第二王子クリストフェル・マルムスティーンが護衛二人、ヴィクターとマリアンを連れて入り口に立っていた。
 彼らの手には剣が握られており、ホールのあちこちに散らばっていた男たちが慌てて武器を抜いてクリストフェル達からプリムローズを守ろうと舞台近くへと集まっていく。
「……殿下、ようやく来ていただいたのは良いのですが……あの女狐がおりませんわ」

「女狐とは誰のことだ?」

「お分かりでしょう? 辺境の翡翠姫アルキオネのことですわ……私はあの女を愛しい殿下の前で殺して、貴方の求婚を受けるためにここにいるのです、さあこちらへいらしてください」
 プリムローズはニヤリと笑うと指をパチンと鳴らし、ミハエルに絡みついていたモヤを解除する……地面に座り込んで咳き込むミハエルを一瞥してからクリストフェルは一瞬真顔になると、何度か首を振ってから護衛としてついてきたヴィクターの方へと振り返り、彼の腰に下げていた剣をベルトから外して放る。
 慌てて放り出された剣を受け取ったヴィクターと、その行動に顔色を変えて王子を見るマリアンと目があったクリストフェルはニコリと笑う。
「……大丈夫、僕には女神がついているよ、辺境の翡翠姫アルキオネっていう勝利の女神がね」

「殿下……」
 マリアンはクリストフェルの表情を見てそれ以上何も言えなくなり、悲しそうな表情を浮かべたまま押し黙る。
 彼のあの表情は本気で怒っている、幼少期からクリストフェルはよく笑い、よく怒る少年だったが、感情を押し殺したような悲しい笑顔を浮かべた時の彼は本気で怒っている。
 プリムローズに対してではなく、その裏にいるであろう何者かへの怒りを抑え込もうとあの表情になっているのだ。
「お、おいマリアン……殿下を止めろ!」

「……止められない」

「……何?」

「クリスはあの顔になったら本気で怒ってる……止められないよ」
 マリアンに詰め寄ろうとするヴィクターだが、彼女の横顔を見てそれ以上何も言えなくなる、それくらいマリアンの表情は真剣でじっと殿下の背中を見つめている。
 だがその横顔に見惚れている暇もなく、奇声を上げて襲いかかってきた男達にヴィクターは咄嗟に剣を構え直すと、大きく剣を振って近づけさせないように大振りの一撃を繰り出した。
 それに気がついたマリアンも剣を構え直すと、彼女に向かって剣を振り下ろしてきた男の一撃を自らの剣で受け止めて斬り返す。
「……まずはこいつらを倒すぞ!」
「そうね……かかってらっしゃい!」



「……ったく馬車に呼び出すなんて……入るの大変なんだからね」

「申し訳ありません、緊急事態のようでして……でもリリーナさんなら大丈夫かと思いましたわ」
 わたくしが殿下と別れ邸宅へと向かっているインテリペリ辺境伯家の馬車の扉を開けて一人の女性が車内へと音もなく入ってくる、冒険者パーティ赤竜の息吹に所属する紅一点リリーナ・フォークアースだ。
 エルネットさん達とわたくしは契約をした……その上で何かあった場合は連絡が取れるよう魔道具をお互いで所持しており、クリスと別れた後わたくしは馬車の中でこの魔道具を使ってエルネットさん達と連絡をとり、こちらへきて貰えるようにお願いをした、という格好だ。
「聞いたよ、冒険者組合アドベンチャーギルドでも騒ぎになっている……軍隊出動には至っていないけどね、それも時間の問題だと思うわ」

「……そうでしょうね、ホワイトスネイク侯爵家も焦っているでしょうし」

「で、どうするの? まだ表に出る気はないんでしょ?」

「ホワイトスネイク侯爵令嬢はクリス……殿下に任せるつもりです。わたくしは彼女を操っていると思われる悪魔デーモンを倒しに行きます」
 わたくしは一連の動きが明らかにプリムローズの考えで動いているわけではない、と思っている。
 先日のビヘイビアで遭遇した肉欲の悪魔ラストデーモンオルインピアーダが彼女を操っている、と確信している……というかこんなに早く次の手としてプリムローズを動かすとは思っていなかったが、それでもこれはわたくしを誘い出すための策なのだということがわかる。
 プリムローズの前に出ればその強大な魔力の前にわたくしは本気で戦わないといけなくなるから正体がバレるし、そうでない場合はクリスを死なせないためにもわたくしはオルインピアーダを倒す必要があり、戦闘は避けられない。

 唯一幸運だったことだがプリムローズ本人は、オルインピアーダとは別行動になっており学園のホールで今頃はクリスとプリムローズが対峙している中肉欲の悪魔ラストデーモンはそことは別の場所、学園の地下に設置されている今はもう使われていない地下坑道に潜んでいるようだ。
 こちらの探知に引っ掛かるのを恐れていないのか、時折強い魔力を放出しておりそちらに誘い込もうという意図が明白になっている。
 万が一ホールにわたくしが移動したらそちらに出現するつもりなのだろうしな……全く元勇者を舐めてやがる。
「……リリーナさんたちは冒険者組合アドベンチャーギルドの抑えをお願いします、わたくしは元凶を倒しに向かいます」

「わかったわ、だけど無理しないでねシャルロッタ様」

「リリーナさんもお気をつけて」
 リリーナさんはわたくしに笑顔を向けてから馬車の扉を開けて素早く外へと身を踊らせる……彼女はいわゆる斥候スカウトと呼ばれる職業についていたと話していたっけ。
 本当に赤竜の息吹に所属する面々はいろいろな能力を持った人材だらけだな、内心感心しつつもわたくしは自分の仕事の準備に移ることにして御者に馬車を止めさせる。
「わたくしは殿下の婚約者として彼の元へと向かいますわ、馬車はそのまま邸宅に戻してくださいな」

「で、でもそれではお嬢様が危険な目に……」
 御者を務める初老の男性クリフはわたくしが王都で暮らすようになってから雇い入れた男性で、非常に真面目でこちらのいうことを何の疑問もなく信じてくれるだ、と紹介されている。
 わたくしは彼の言葉に黙って首を横に振ると、目に涙を浮かべる演技をしながら彼の両手をしっかりと握って話しかけた。

「……わたくしより殿下の危険の方が重大なのです、いざという時わたくしは彼の盾になる……それが婚約者というものです、さあ行ってください」
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