わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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(幕間) 竜殺し 〇四

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「ティーチ……さん、何かおかしく……ありませんか?」

「……あ? 何もおかしくねえよ」
 急激に力を戻しつつあるわたくしの感覚に、少し離れた場所で動く獰猛な殺意の塊……つまりはドラゴンの気配が濃厚に感じられたことで今の状況がとてつもなくまずい、と判断して彼に声をかけた。
 が、ティーチは優秀な斥候の様だが、感覚などは普通の人間とあまり変わらないようで何言ってるんだとばかりに手元の鎖をぐい、と引いた。
 わたくしは眉を顰めて軽くため息を吐いた後に、黙って轢かれるがままになっているが……この場を逃げ出すのと、ドラゴンを倒すどちらかを選択する必要がありそうだ、と考えを巡らせる。

 まだわたくしは「あの日」が続いているため、もしかしたら能力を行使した後に急激に元の状態、つまり弱体化した状況になってしまうかもしれないのでここで逃げ出すために力を使ってしまった場合、もしドラゴンに追い付かれた時に詰む可能性が残っている。
 はっきり言えばティーチ一人をしばいて逃げ出すのは難しくないのだけど、ユルもどこまで能力が回復しているのかわからない今賭けに出るのは得策ではないと思うのだ。
「おい、逃げ出そうとか考えてるなら……」

「……逃げるなんて一言も……ってまずいッ!」

「な……おま……ッ!」
 あ、こいつムカつくなー! 考え事してる時にいちいち声かけてくるなよ! 思わずイラッとしたわたくしだが、その少し鈍った感覚にすらビンビンに伝わってくる強烈な殺気。
 わたくしは咄嗟にティーチを抱えて大きく横に飛ぶ……まさか先ほどまで調子が悪いだの病気だの喚いていたわたくしがいきなり動いたことで彼は混乱したのか目を大きく見開いた。
 だがわたくし達がいた場所を凄まじい業火が焼き尽くしたのを見て言葉を失う……竜の吐息ドラゴンブレスはこの世界において最強の魔獣であるドラゴンが放つ必殺の攻撃で、これは炎だが個体ごとの属性によっては凍てつく氷や雷撃などバリエーションに富んだ息を吐き出すのだ。
「く……う……ッ!」

「お、おま……俺を助けて……?」

「目の前で死なれたら後味が悪いだけ……でも代償は払わなきゃダメですわ……ね……」
 完全に能力は回復していないのに咄嗟に大人の男性一人抱えて飛んだらそりゃ間に合うはずもなく、わたくしの左脚外側半分が音を立てて焼けこげているのが見える。
 痛みは不思議と感じない……感覚を遮断したのではなくあまりに強い痛みのために脳が痛みを遮断しているだけだ、わたくしは顔を顰めてなんとか立ちあがろうとするが、うまく左足が動かないためさっきのような回避は難しいだろう。
 それを見たティーチは何かを考えていた様子だったが、懐から小さな小瓶を取り出すと黙ってわたくしへと突き出してきた。
「飲め、痛みがこれで多少マシになる……」

「遠慮なくいただきますわ……ってこれ、なんなのですか……」
 小瓶を受け取ったわたくしは中に入っている薬剤を飲み干すが……弱った体には強烈に影響したようで、頭がくらくらする強い酔いのような症状が出てきた。
「痛み止めだ」と呟くとティーチはわたくしを庇うように立つと、あたりを注意深く見渡す……だがそこにドラゴンの姿はない、おそらく牽制のために放ったブレスで当たらなくてもいいという一撃だったのだろう。
 偶然とはいえわたくし達の場所を焼き尽くしたのは相当にこちらの運が悪すぎる……彼は次第に痛む脚を見て顔を顰めるわたくしを一度見ると、黙ってわたくしの腕を掴んで引っ張って歩き出す。
「……マカパインの民は命を救った者を見捨てない、ついてこい」

「そりゃもう傷物になっちゃいましたからね」

「口が減らねえな……ったく……足は動くか? 多少でも動くようになるはずだが」
 彼に言われてわたくしは脚を動かそうと試みるが、痛みはあれど確かに動くといえば動くな……痛みの感情がユルにも伝わっているのか彼の焦ったような感情が伝わってくるが、心の中で大丈夫とだけ伝えるとティーチについて歩き出す。
 ティーチはドラゴンに襲われるという経験はないのだろう……頬を伝う汗の量が半端ではない、それと冷静になってみると彼は結構イケメン男子だな。
 わたくしがじっと自分を見ていることに居心地の悪さを感じたのか、ティーチは困ったような顔をして一度ハアッ! と大きく息を吐き出す。
「……さっきの炎、どうやって避けたんだ? 俺ですら通過するまで気が付かなかった、お前本当は一人なら避けれたんじゃないか?」

「……まあ、そうね……今はこんなだけどわたくし本当はめちゃくちゃ強いんですのよ?」
 そうだろうな……とティーチはわたくしの焼けこげた左足を見てものすごく悲しそうな表情を浮かべる……ああ、さっき言った傷物って言葉に責任感を感じているのか?
 でも大丈夫、このシャルロッタ・インテリペリは元勇者なのである……脳みそ吹き飛ばされようが、腹をぶち抜かれようが魂そのものに影響が出ない限り肉体なんぞいつでも綺麗さっぱり元通りなのだ。
 だがティーチは何かを言い淀むように何度か口をパクパクと動かすと、わたくしが想像していないような言葉を投げかけてきた。
「その、なんだ……お前が傷物になっちまったのは俺の責任だ……責任とってお前を娶ってやってもいいんだぞ」

「……はい? こんな時に何くだらない冗談言っているんです? 立ち止まって!」
 わたくしはこんな状況下ながら彼が何を言っているのかわからなくてきょとんとした顔になってしまうが、もしかしてこれって一生養ってやる的なあれ?
 だが次の瞬間わたくしが彼を思い切り引っ張った目と鼻の先を横なぎの業火が焼き尽くしていく……肌に感じる強烈な熱がチリチリと痛みを発するが、完全に恐怖と驚きで彼の顔が引き攣っている。
 そしてその炎を吐き出した張本人……いや大元と言った方が正しいか、空に巨大な翼を広げて羽ばたかせる悪夢の化身とも言える赤い鱗を持つドラゴンの姿が現れる。
 目には怒りの色が浮かんでおり、どうやら安眠を妨害されたかなんらかの影響で完全に覚醒ししてしまったことに怒りを隠し切れないらしい。
『……人間……その鎧、お前は先ほど私に襲いかかってきたものの仲間だな』

「え……?」
 ドラゴンがその巨大で太い指をティーチに向かって指し示す……マカパイン王国斥候部隊の鎧を着用している彼は魔獣の怒りに満ちた視線を浴びせられ表情が固まる。
 ドラゴンの口元には何度も炎が吹き出しており、本気で怒っているのがわかる……ああ、斥候部隊はこのドラゴンが寝ているところへ出くわし、どういう理由かわからないが叩き起こしてしまったんだろうな。
 だが彼は一緒にいて特にドラゴンへとちょっかいを出したわけでもないことはわたくしが知っている……だから咄嗟にわたくしは彼を押し退けてドラゴンの前へと手を広げて立ちはだかった。
「お待ちなさい、ご立派なドラゴン……貴方はレッドドラゴンの一族ですわね?」

『……銀色の髪、緑色の美しい瞳……お前が付近で噂になっている翡翠の姫とかいうやつか……そこを退け、お前の脚を焼いたことは謝罪するが、そもそもお前は狙っておらん』

「……いいえ、退きませんわ……この者はわたくしと一緒におりました、貴方を害する企みには参加していないのです」
 ドラゴンが地響きを上げて地面へと降り立つ……そして怒りに燃える瞳をわたくしへと向ける、普通の人間であればこのひと睨みで心が折れてしまうだろう。
 それもそのはず、このドラゴンはいわゆる下位種族であるレッサードラゴンなどではない、本物のドラゴン……トゥルードラゴンと呼ばれる上位種族なのだから。
 ドラゴンにはいくつか種類があって、冒険者がドラゴンを倒した! って話しているのは大抵レッサードラゴンという下位種にあたり、これはまあ火を吹いて城壁を破壊するだけの凶暴な魔獣だ、そもそもあいつら喋れないし。
 レッサードラゴンはそれほど強いわけじゃない……人間であれば倒せるレベル、悪魔デーモンよりは弱い存在だが、こいつらトゥルードラゴンは全然それとは格が違う。
『……知るか、私の尻に剣を突き刺した愚か者と同じ鎧は全て焼き滅ぼす……最近の人間は礼儀がなっとらんわ』

「わたくしはこの方の……えーと、あの……んー……他人ではありますが、目の前で罪なき人を殺させるわけにはいかないのです」
 そういやなんでわたくしティーチを庇っているのか一瞬自分でも理解できずに言い淀むが、まあ他人なんだけどこいつは対して悪いことしていないし、なんなら体調が悪かったわたくしを気遣ってくれたのだから、まあ助けてもいいだろうということにして命だけは助けてほしいとお願いをしてみる。
 前世でもトゥルードラゴン相手に交渉したなあ……気位も高いし、誇りとか名誉を気にする個体もいたりしてバリエーションに富んだ連中ではある。
『……ずいぶん遠い関係性だな? まだ恋人だとか言い訳する方がマシだと思うが』

「何を馬鹿な……わたくしこれでも婚約者がおりますのよ? 身持ちは硬いのですから、そんなことありえませんわ」
 あ、婚約者いるんだ……と隣でティーチが呟いた気がするが、まあ気のせいだとしてドラゴンの怒りは全然治る気配を見せない。
 むしろ間に入ったわたくしのことが面倒になってきてるのか、チラチラと炎を吹き出しながらこちらを威嚇するように脚を軽く踏み鳴らしている。
 まずいな……本当にドラゴン相手にあいつら何してんだよ、とは思うが乗りかかった船という言葉もあるため、わたくしは黙って指をバキバキと鳴らすとドラゴンに向かって宣言することにした。

「……ともかく怒りが収まらないならわたくしが聞いて差し上げてもよくてよ? トゥルードラゴンさん……一発ブン殴って頭を冷やして差し上げますわ、このシャルロッタ・インテリペリがね!」
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