わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一二二話 シャルロッタ 一五歳 蒼き森 〇三

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「……エルフの森へと移動したのか……偶然とはいえ出来すぎているな……」

 書類を宙に放ると紙はひとりでに炎を発し消え去るように焼き尽くされていく……訓戒者プリーチャー筆頭である闇征く者ダークストーカーは仮面の下でニヤリとほくそ笑む。
 この世界は驚きと神秘に満ちている、そして変化と混乱は混沌神にとって愛するべきものでもある……予想外の出来事や、不確実性が彼らにとって尊ぶべき事象となるのだ。
 シャルロッタ・インテリペリという不確実性の塊のような存在、敵として認識しているが本来は味方に引き入れたいと考えたくもなるが……知恵ある者インテリジェンスの敗北によりその道は閉ざされたのだ。
「耳長の長は……ああ、そうだ広葉樹の盾ブロードリーフに代替わりしていたな……」

 この世界においてエルフと人間の関係性は良くない……過去に人間がエルフを騙して奴隷として扱った歴史などもあり、抗争なども頻繁に起きたこともある。
 最終的にイングウェイ王国内ではエルフの森は不可侵とされており、不幸な農民や旅人が誤って森へと脚を踏み入れ帰らぬ人となることも珍しくはない。
 過去魔王との戦争時には人間に味方をして勇者と共に戦った種族の一つではあるが、現在では森の中に籠る排他的な生活を長年続けており、王国貴族からしても「触らぬなんとか……」という扱いになっている種族でもあるのだ。
「その排他的な種族がシャルロッタ・インテリペリを森へと迎え入れた……いや捕えたというべきなのだろうか?」

 訓戒者プリーチャーである彼らからしてもエルフの思考回路は理解ができない……いや、する気などないがそれでも過去にはエルフの英雄たちとの戦いも経験しているため、戦力としては相当に厄介な連中であることは理解している。
 それであれば……と彼はしばし念を凝らすかのように、じっと目の前の空間を見つめその不気味に輝く感情を映さない赤い瞳を輝かせる。
 何もない空間にじっとりと汚泥のような黒いシミが湧き出すと、そのシミは液体のように空間へと滴り落ち‥…その場所へとゆっくり異形の怪物の姿が生み出されていく。
 混沌の眷属たる悪魔デーモンがマルヴァースへと染み出していく……その数は四体、混沌四神の忠実なる眷属が異形の姿となって顕現した。

 一人はトカゲの顔を持ち筋骨隆々の上半身と猛禽類のような脚を備えた人を模した異形の存在……ターベンディッシュの眷属である禁書の悪魔プロヒビトデーモン
 一人は直立歩行をするネズミのような姿……薄汚れたローブを纏っているが、その手には何かを入れておくための革の鞄が握られている……ディムトゥリアの眷属たる死病の悪魔フェイタルデーモン
 一人は山羊の角を生やし美しくも怪しい絶世の美女……肌の色は漆黒に近く、その瞳は金色に光り輝くノルザルツの眷属である快楽の悪魔エクスタシーデーモン
 そして最後の一人は大きな複眼と、焦茶色の硬質な皮をまとったバッタを人間に似せたような奇妙な姿……ワーボスの眷属たる闘争の悪魔ウォーフェアデーモン
 新たにこの世界へと呼び出された第三階位の悪魔デーモン達が、一斉に闇征く者ダークストーカーの前で片膝をついて跪く。

「……訓戒者プリーチャー、我らをこの世界へと呼び出した理由をお聞かせ願いたく」
 死病の悪魔フェイタルデーモンが目の前で椅子に座る闇征く者ダークストーカーへと問いかける‥…第三階位の悪魔デーモンはこの世界において強力すぎる戦力である。
 彼ら悪魔デーモンであっても自分の力がどれほどのものなのか、は客観的に理解している……マルヴァースの住人達は彼らに対抗できるほどの能力はない。
 普段は神界にて堕落と惰眠を貪る存在である彼らをこの世界へと呼び出したことに、多少なりとも驚きを感じているからだ……それに今までは第四階位の悪魔デーモンだけで事足りていたのだから。
「情報が古いな、すでにこの世界において第三階位へと強制進化した悪魔デーモンが倒された、故に最低限貴殿らを使う必要があると感じた、それだけのことだ」

「……驚くべき事実ですな……進化直後の悪魔デーモンを倒せる英雄がこの世界に存在したとは……」

「その者は神々の盟約を破りし存在、神は言っている……その者を斃せと」
 闇征く者ダークストーカーの言葉に彼らはお互いの顔を見合わせて状況を把握した……強制進化直後とはいえ第三階位を倒すもの、それを殺すのが目的。
 彼らの顔に混沌の眷属特有のぐにゃりと歪んだ笑みが浮かぶ……強者との戦い以上に、弱いものをなぶり殺し殺戮を楽しみ、そして神が象徴する能力を撒き散らすことができるのは悪魔デーモンにとって至上の喜びでもあるのだ。
 仮面の下に光赤い瞳を輝かせた闇征く者ダークストーカーは椅子からゆっくりと立ち上がると、目の前で跪く彼らに向かって宣言する。
「……蒼き森にいる耳長どもを根絶やしにせよ、そしてそこへ逃げ込んでいる盟約を破りし勇者の魂シャルロッタ・インテリペリとその仲間の首を持ち帰れ」



「……嫌な予感がします……」
 美しく長い金色の髪が揺れる……切長の瞳は深い青色、尖った耳にはいくつかの装飾が取り付けられている女性がポツリと呟く。
 恐ろしいまでに整った美しい顔立ちをしており、この世の造形物とは思えないくらいきめ細やかな肌が眩しい……エルフ達の長として長い時間を過ごしているはずの広葉樹の盾ブロードリーフと呼ばれる女エルフだ。
 彼女はこの蒼き森において絶対的な支配者であり、マルヴァースに生きるエルフの中で最も経験を積んだ英雄の一人としても知られている。
 その名前はイングウェイ王国の歴史の中にも度々登場していて、御伽話もたくさん作られている最も有名なエルフでもあるのだ。
「……慈愛深き深緑の母が私に神託を告げました、「強き魂が訪れる」と……確認はできましたか?」

「はい、調査に向かったアスター達から連絡がありこちらに人間を数人運ぶそうです……なんでも一人は眠ったままだとかで運ぶのに苦労してるとか」
 そうですか……とホッと吐息を吐き出すと、広葉樹の盾ブロードリーフは目の前の木を変形して作られたテーブルに乗せられた銀のゴブレットから何かの液体を口に含む。
 液体を飲み干した彼女は深くため息をつくと目の前に広がる巨大な木の中……空洞のように広がった大きな会場へと視線を動かす……エルフは合議制を持って統治しており、この場所は彼らの議会場でもある。
 そこでは多くのエルフ達が性別の区別なく、年長者も若者も多く参加し活発な議論を交わしている最中だった……少し前から同じ議題に決着がつかない。

『深緑の母の神託を受けた「強き魂」をどうするべきなのか?』

 深緑の母はエルフ達が信仰する彼らを生み出した古代の神であり、この世界におけるエルフ達はなんらかの形でこの神に影響を受けている。
 慈悲深くだが時には人を惑わし、そして取り込んだまま返さない……自然と共に生きるエルフであれば森と共に共生することは苦痛でもなんでもないのだが、この神の求める教えは人間には理解し難く、そして文明という便利さを覚えた人々の間ではすでに廃れてしまった信仰でもある。
 人間の自然崇拝者であっても深緑の母を信仰するものは存在しないため、イングウェイ王国だけでなくこの世界において人が住む場所に彼女の神殿などは存在していないのだ。

「強き魂は排除するべきだ、深緑の母の教えであってもそれは受け入れてはいけない!」
「強き魂は女神に愛されたものだろう? 大きな括りで言えば我らが深緑の母と同じ神の信徒だ!」
「詭弁だ! 第一人間であるなら深緑の母の慈愛を受けることはないではないか!」
「この森へと受け入れて、もし混沌の被害を受けることになったらどうする?」
「混沌は滅ぼすべきだ! 人は堕落しているが我らが人を更生させれば良い」

 エルフの議論は非常に時間がかかることで知られており、それは彼らが人間よりも長い時間を生きることから一日の価値があまり高くないことに起因している。
 彼らは古い時代からあらゆる議論を尽くす……それが無駄なものであっても、細かく細部まで議論を行い完全に納得するまで何年でも話し続ける。
 この森を離れるエルフはそういった気の長い同胞と話が合わなくなったものや、なんらかの罪を犯して追放された者だけだ……大陸においても冒険者として活動するエルフはごく少数ながら存在するが、その美しさに惹かれた人間に駆り立てられた経験から、姿を変えているものが多いのだという。
「議論は終わりそうにありませんね……エピメディウム、おかわりを持ってきて」

「承知いたしました」
 エピメディウムと呼ばれた紫髪の女エルフが広葉樹の盾ブロードリーフへと頭を下げてその場を離れる。
 蒼き森に住むエルフ達は数百年森の中で暮らしてきている、当然森の外での出来事など知らない……広葉樹の盾ブロードリーフは愛する女神からの神託の意味を考えている。
 強き魂が訪れたとしてエルフにどうして欲しいのだろうか? 過去強き魂と呼ばれた人間は数人だけ存在していた、彼女が古き時代に仲間として共に歩んだ勇者アンスラックスの顔を思い浮かべる。
 もう遠き日の中で薄れつつある彼、スコット・アンスラックスは彼女を見るときに優しい笑顔を浮かべていた……お互いのことを憎からず思った時期もあったが、人間とエルフという種族の壁がそれを阻んだのだ。

「……懐かしい顔、今思い出したのは関係がある人が来るからかしら……もう一度お話をしたかったわアンスラックス……」
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