わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一二五話 シャルロッタ 一五歳 蒼き森 〇六

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 ——悪魔デーモンが来る夜は常にじっとりとした不快感を感じる夜だ、と誰かが言っていた……エルネットはふと奇妙な不快感を覚えて寝台から身を起こした。

「……なんだ……まだ夜中かよ……」
 エルネットはじっとりと汗で濡れた胸元を拭うと、隣で寝息を立てているリリーナの顔を見てふとホッとした気分を感じてそっと彼女の汗に濡れた髪の毛を撫でる。
 少し身じろぎをしてから規則正しい寝息を立てるリリーナの寝顔を見て微笑んでしまうが、空気に少し違和感を感じて窓の外を見る……いや普通に美しい月が空には瞬いている。
 エルフから受けている待遇は素晴らしいものだ……シャルロッタ様が起きるまでいつまでも滞在してもらって構わない、その間にも彼女を目覚めさせるために広葉樹の盾ブロードリーフを含めた魔法使いたちが調査をすると言っていた。

『……おそらくシャルロッタ様の肉体は、その魂の強さほど強靭ではないのでしょう、それ故に本気で能力を使用するとそれに応じた休息を得なければいけなかったのでは?』

 広葉樹の盾ブロードリーフの言葉を聞いて何故だか強く納得してしまった……あれだけのちから、この世界では異端でしかないし、今まで出会った魔法使いはあれほどの魔法を行使することはできていなかった。
 ユルに言わせると彼女は魔法能力だけでなく、剣を使用した戦闘能力、格闘戦も得意とのことでそれを聞いた広葉樹の盾ブロードリーフは『まるでスコット様のようですね!』と大喜びしていたっけ……。
 アンスラックスの伝説……御伽話の中でしか聞かない勇者アンスラックス、だがその偉業は極端なほどに伝記が少ない。
 建国の英雄として活躍した後、彼は表舞台から姿を消し何をしていたのか、何を為したのかがわからなくなっている……彼の仲間すら歴史から消し去られているのだから。
「……なんだろう、思いもしなかったけどずっと違和感を感じる……」

 広葉樹の盾ブロードリーフのように実体験としてスコット・アンスラックスの伝説を知るものから聞ける話と、イングウェイ王国で伝わる話では後者に大きな欠落が生じているのだ。
 王家や高位貴族であれば違うかもしれないが……アンスラックス子爵家は没落し、その子孫すらどうなっているかわからないのだから。
 ふと、森の外縁部に小さな炎が瞬いた気がした……なんだ? と思って窓の外へと目を凝らすと、小さな炎が連続して再び煌めく……あの炎は……と寝台から起きあがろうとした次の瞬間、ズンッ! と地面が大きく揺れた。
「……エルネットぉ……もういっか……わひゃっ!」

「……襲撃?! リリーナ起きろッ!」
 寝ぼけ眼でエルネットの腕にしがみついていたリリーナが跳ね起きるのと同時に、エルネットは慌てて寝台を飛び降りると、あちこちにばら撒いていた衣服を着ていく。
 油断した……! エルフの居住区に敵が攻め込んでくる可能性を完全に失念していたことに、今更ながら己の甘さを痛感する。
 目を擦って周りを見ていたリリーナが、窓の外から聞こえる悲鳴や爆音に気がつき寝台を飛び降りると脱ぎ散らかした衣服と鎧を慌てて身につけ始める。
「襲撃?! こんな時に誰が……」

「じっとりとしたこの感覚……前に俺たちは出会っているよ」

「……悪魔デーモンだ! エルネット、リリーナ早くしろっ!」
 扉が大きく叩かれ、デヴィットの緊迫した声が扉の向こうから聞こえる……いきなり開けないところを見ると、今二人が慌てて服を着ていることを想定しているのだろう。
 二人は手早く鎧を着込むと、寝台横に置いていた武器を持ってお互いを見つめてから、大きく頷く……悪魔デーモンが何を狙ってきたのか。
 それがわかってしまうが故に焦りも生まれるが、彼女の元へといく前に悪魔デーモンを押し留める役目が必要になる……扉を開けて廊下に出ると、そこにはデヴィットとエミリオが緊張した面持ちで立っていた。
 エルネットは二人の顔を見て黙って頷くと、すぐに廊下を走り出す……その方向はシャルロッタが寝かされている中央の樹木ではなく、異変が起きている森の外縁部へと向かう建物の出口。
「エルフの民を見過ごせない、俺たちは街の皆を守るぞ……! シャルロッタ様ならユルが側にいる……大丈夫だ」



「おやおや……エルフの戦士ですか? 貴方……随分と珍しい槍を持っていますね?」

「……貴様……我らが民を……」
 緑色の髪をもつエルフ……アスターが異変を察知して数人の部下と共に、炎が上がる場所へとたどり着いた時、そこには凄惨な状況が広がっていた。
 そこに立っているのは直立するバッタを人間に似せたような奇妙な生物……いや、纏う雰囲気はすでに生物という枠組みを大きく超え、不快感と不安感を撒き散らす魔性の存在であることがはっきりとわかる不気味な怪物だった。
 彼の手には恐怖の表情を浮かべたまま、目を見開く女エルフの生首が握られており、首から下は地面に落ちている……その周りにも折り重なるように何人ものエルフの死体が転がっており、到着した戦士の一人が耐えきれなくなったのか口元を押さえて吐瀉物を吐き出した。
「エルフは出生率が低いのでしたっけ? クハハッ! じゃあ今夜エルフは絶滅しますねぇ?」

「貴様……ッ!」
 激昂した一人のエルフが剣を構えてその怪物へと突進するが、それを見た怪物は興味深そうに複眼を光らせると、まるで魔法かと思うくらいにあっけなく、エルフの胸をどこからともなく取り出した巨大な大剣グレートソードで貫いた。
 血飛沫と、悲鳴があたりに響く……飛び込んだエルフは戦士としても経験を積んでおり、決して弱くない……だがその彼をまるで子供のように扱う怪物の姿に強い恐怖を感じた。
 アスター達が呆然とその様子を見ている中、剣に貫かれたエルフが必死にそこから逃れようともがくのを見た怪物はニタリと笑う。
「この剣……こんなこともできるんですよ」

 大剣グレートソードの刀身が突然ドゥルン! という音を立てて耳障りな音と共に回転を始める……エルネット達がここにいたらその剣がなんであったかわかっただろう。
 ワーボス神を象徴する肉を引き裂き、魂を切り裂く残虐なる魔剣鎖鋸剣チェーンソードだったからだ……回転する鋸状の刃が胸を貫かれたエルフの肉体を簡単に引き裂く。
 断末魔の悲鳴と血飛沫……そして二つに切り裂かれた命を失った肉体が地面へと落ちていく……怪物はまるで快感を得ているかのように顔を歪め、口元から舌を出して飛び散った血を舐めとると、愉悦の笑顔を浮かべてこう宣言した。
「私は混沌神ワーボス様の眷属……第三階位の闘争の悪魔ウォーフェアデーモンデ・ルカス……そして君たちの肉を喰らい尽くす悪魔デーモンである」

「……闘争の悪魔ウォーフェアデーモン?! そんな怪物がなんでこんな場所へ……」

「決まっているでしょう? 殺戮を楽しみに……いえいえ、そんなことだけでないのですよ、シャルロッタ・インテリペリとかいう女の生首、いただきにあがりました」

「シャルロッタ様の……くっ! 構えよエルフの戦士達よ!」

「「おうっ!」」
 アスターの言葉に合わせてエルフの戦士達が武器を構えてデ・ルカスを包囲する……対する悪魔デーモンは慌てるそぶりも見せずに、笑顔を浮かべたまま手に持った鎖鋸剣チェーンソードの回転を速めていく。
 デ・ルカスは自分を包囲するエルフの戦士達に油断なく目を配りながらニタニタと歪んだ笑みを浮かべつつ、口の端を舌で舐めとるように動かすと、押さえきれないのかボタボタと涎を垂らして叫んだ。
「……貴方達は弱すぎる……だが、その肉はワーボス神への供物として有効活用させていただきますよぉ?!」



「……貴様は何者だ……」

「私ですか? ウフフフ……誰でしょうかねえ?」
 ガーベラと彼女を守るように立つエルフの戦士の前に、一人の奇妙な人物が立ちはだかっている……山羊の角を生やした頭と漆黒の肌を持つ絶世の美女……いや、あれは人間ではない。
 その証拠に纏う雰囲気とその瞳が異様だ……光り輝く黄金の瞳が煌めき、そしてギラギラとした殺意を抑えきれないかのように口元が歪む。
 すでにその怪物の周りに倒れるエルフの数は数知れない……中にはまだ年若い者も等しく血の海に沈んでおり、その顔には苦痛と恐怖の色が浮かんでいる。
「誰でもかまわん、お前らはこの蒼の森に仇なす敵……ここで倒す!」

「私を倒す? 随分と強気なのですねえ……この第三階位快楽の悪魔エクスタシーデーモンメリチェイに勝てると思ってるの?」

「だ、第三階位……?! 神話時代ミソロジーの怪物か……!」
 エルフに伝わる悪魔デーモンの伝承は人間のそれよりも詳細だ……それでもこの世界に出現する悪魔デーモンは第四階位までしか記録されていない。
 第三階位はガーベラが言うように神話時代ミソロジーにおいて魔王の尖兵として出現したとされており、その時代の英雄が相打ち覚悟で倒して行った存在だと言われているのだ。
 長である広葉樹の盾ブロードリーフが御伽話のように話してくれた悪魔デーモンとの戦い……子供の頃に聞かされたそれは、現実味がなくそれでいて実体験を正確に伝えたものだったが、今まさにその悪魔デーモンが目の前にいると言うことに驚きを禁じ得ない。
「ああ、そうでしたね……でもここ最近は割とこの世界にいるんですよ、我々の仲間が……」

「何を戯言を……かかれっ!!」
 ガーベラの宣言と共に、ニタニタと笑うメリチェイに向かってエルフの戦士達が一斉に武器を構えて飛びかかる……だが悪魔デーモンは慌てるそぶりも見せず、笑顔を浮かべたまま黄金に光る瞳を煌めかせる。
 ほんの少しだけ怪物の腕が動いた気がした……次の瞬間、武器を構えて突進したエルフの戦士達が、まるで鋭い刃物でズタズタに切り裂かれたかのように、全身をなます切りにされ血飛沫を吹き出して倒れていく。
 なんだこれは……まるで見えない、ほんの少しだけ怪物の腕が動いた気がするのにまるで斬撃は見えなかった……ガーベラが武器を構えて突進しようとした瞬間、彼女の後背に動いているはずのないメリチェイが笑顔のまま出現する。

「……あら、可愛いお嬢さん……私可愛い子も大好きなのよ……そんな危ないものは置いて、私と楽しみましょう?」
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