わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
176 / 430

第一五一話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 〇一

しおりを挟む
 ——領地の境目、街道の脇に目印となる大きな木が生えている……その木の幹には捻れた巨竜レヴィアタンの焼き印が押されており、ここから先がインテリペリ辺境伯領なのだ、と改めて実感させられる。

「戻ってきましたわねえ……」
 いやいや、長かった……王都を出たのがはるか昔に思えるくらい道中いろいろな事がありすぎた。
 時間にしてはそれほど長い時間ではなかったと思う、というか気を失っていた時間や何事もなく移動できた日もあったけどさ、それでも今までは魔導列車で移動した道のりを馬車だけで移動するってのは無理があったな。
 連続で悪魔デーモンの襲撃を受けたり、訓戒者プリーチャーとの戦闘になったり……意識がなかったりもしたなあ、ほんと貴族令嬢って大変な職業だよね。
「……とは言っても辺境伯領の境目に到達したってだけですしね、地図で見るとあと三、四日はかかると思いますよ」

「長いですわねえ……魔導列車のありがたみを感じますわよ」
 そうなのだ、インテリペリ辺境伯領の領都であるエスタデルは領内の中心に近い場所に建設されており、今私がいる領の境目からはまだかなり距離がある。
 とはいえこの先には街が点在していて安全な宿泊も可能になるだろうし、何より実家にも連絡が取りやすくなる……つまり王都からの脱出とその後の逃避行はほぼ成功したと言っても過言ではない。
 あとはどうやって家の人間に連絡をつけてもらうか、というところだけど領内の警備をやっている騎士か、街まで行けばわたくしの顔を知っている者もいるだろうし、そこはあまり心配していない。

「……それはそうと、下手な尾行がついてきていますがどうしますか?」
 リリーナさんが笑顔でわたくしと話しているふりをしながら、少し離れた場所にいる人間たちのことを尋ねてきた……少し前からバレないと思ってるのかちょっと雑な尾行をしている人たちがいるのだけど、すでにわたくしたちは把握済みでとりあえず放置している状況だったりもする。
 まあ、ついてきたところでわたくしたちが普通に家に帰るところを目撃するだけだと思うんだけどなあ……まあいつでも排除はできるからそのままにしておくか。
「旅の道連れが増えるだけですわ、何かを報告されたところでわたくしは困ることもないのですからそのままにしておきましょう」

「承知しました」
 軽く頭を下げてからリリーナさんはわたくしの元を離れる、尾行者は武装しているけど音を立てないように革鎧レザーアーマーを身に纏っていて、いかにも斥候! と言わんばかりなんだよな。
 多分第一王子派に雇われているのだろうけど、襲いかかってくるまではそのままで問題なし、それはそうとわたくしは折り畳まれた地図を広げながら現在地点を確認していく。
 この世界の地図は少々抽象的だ、図面と大体こんな場所に何があるよというのがわかる程度の情報しかなく、小さな村などは事前に大体の位置を自ら書き込んでいく必要がある。
 冒険者組合アドベンチャーギルドや貴族によっては詳細な地図を所持しているので、それを閲覧しながら手持ちの地図へと記入をしていく、みたいな職業があったりもするらしいけど。
「今は……ここか、街道が伸びていく先に街が……えーとあったハーティの街はこの辺り……半日強ってところか」

「じゃあそこでレイジー男爵閣下に助力を求める感じですね」
 エルネットさんが笑顔でわたくしへと話しかけてきたのをみて、わたくしはにっこりと微笑む。
 が、正直あのおぢさん苦手だから本音では会いたくないのだけど……そうも言ってられないだろうな、無視して通り過ぎることも可能だとは思うけど、彼の面子を潰してしまう可能性もあるし。
 やっぱり辺境伯領を守る武人の顔を立てる意味でも会わなきゃだめかー……はー、憂鬱……まあなぜわたくしがこんなに憂鬱な気分になっているかは、会えば全員がわかるに違いない。
「男爵が遠征に出ている可能性もあるので絶対、というわけではございませんわ」

「こんな状況だと流石に遠征はないと思いますよ」

「……的確にわたくしの心を抉りますわね、エルネット卿は……」
 苦笑いを浮かべるわたくしを見て、エルネットさんも同じような笑顔で手を振っている……この旅路で「赤竜の息吹」との間はかなり縮まった気がする。
 わたくしとしては彼らのような実力者を味方に出来て幸運だったと思う、というか敵にまわっていたとしたらかなり厄介な人物が多いからな。
 第三階位の悪魔デーモンとほぼ互角に戦える人間はこの世界には相当少ないだろう、金級冒険者の数もそれほど多くなく彼らがその階級の中でどのくらいの実力を備えているかはわかっていないが、おそらく上位に位置しているのだと思う。
 それだけの能力の戦士達がこれからも研鑽を積み重ね、強くなっていった先には……クリス達この世界の勇者の力となってくれるだろう。
「じゃハーティに向かって進みますか……レイジー男爵にも挨拶しなきゃですわねぇ」



「まだあのおてんば娘は見つかっていないのか……クレメント……いや長兄はウォルフガングだったか、気が気ではないだろうな」
 壁の街ハーティ……この街はそう呼ばれている。
 インテリペリ辺境伯領において最も王都寄りに建設された堅牢な砦ハーティを中心に、小規模な都市が建築されたのは今から三〇〇年以上前のことだ。
 元々は砦として建築が始まり、中継地点としての役割を担っていたがいつの日か砦の周りに街が建築されていき、気がつけば街道を使う商人や旅人が立ち寄ることで規模が大きくなっていき、正式に街としてインテリペリ辺境伯家により認められたという過去を持っている。
「シャルロッタ様が王都を出られた、というのはわかっているのですがその後は足取りがうまく掴めず……」

辺境伯家こちら側も斥候を出してはいるようだがな……それにしても足取りが掴めないというのは奇妙なことだ」
 ミシェル・レイジー男爵、年齢は五〇を超えているが醸し出す雰囲気は歴戦の戦士としての風格を持った偉丈夫である。
 頭髪を見事なくらいに刈っており、いわゆるスキンヘッドに所々に白髪の目立つ髭を生やしたゴツい外見をしている……着用した服は貴族が着用する仕立ての良い衣服なのだが、筋肉質な肉体がはちきれんばかりに盛り上がっておりアンバランスな印象を与えている。
 レイジー男爵はそばに控える深緑の髪に蒼色の目を持つ年若い青年……この場にシャルロッタがいれば驚くだろうが、リディル・ウォーカー・カーカス騎士爵が膝をついて控えていた。
「シャルロッタ様はお美しくなられたでしょうね……」

「なんだリディル、そういえばあの娘とは知己だったか」

「はい、二年ほど前に我が父が起こした事件の際にシャルロッタ様と会いました」
 カーカス子爵家事変……二年前にインテリペリ辺境伯家に対してカーカス子爵が叛意を露にした事件、その際にシャルロッタ・インテリペリが契約している幻獣ガルムが彼の邸宅を破壊したという話は、辺境伯家に仕える貴族達の間で話題になっていた。
 その際リディルは父を止められなかったが、最終的にはインテリペリ辺境伯家のために戦い、助命されたという過去がある。
 その後騎士爵相当にまで位を下げていたが、レイジー男爵が彼を再教育の名目で部下に加え今では男爵の副官として活躍している日々を送っていた。
「そ、そうか……それは随分と大変だったな……」

「男爵は何度かお会いになられているのですよね?」

「ああ、エスタデルに出向いた時は必ず会っていたよ、美しく成長していく孫娘のようでな……いやはや第二王子の婚約者にまでなったのだから素晴らしいことだ」
 レイジー男爵はインテリペリ辺境伯家でも軍事の専門家として確固たる地位を築いている、子爵への陞爵しょうしゃくも検討されていたほど辺境伯家内での信頼が厚い。
 シャルロッタが小さい頃から孫を見ているような感覚で接しており、暑苦しい見た目も相まってシャルロッタを抱き上げると彼女は死んだ魚のような目で遠くを見ていると他の貴族に指摘されたことがある。
「……僕はシャルロッタ様に大変なご迷惑をおかけしてしまった身ですが、彼女を理想の女性として慕っておりました、婚約発表の際には流石に驚きましたよ」

「まあでも以前より王家からは打診があったらしいからな……あれほどの美しい少女であれば納得できる」
 リディルがシャルロッタを慕っているのは男爵も知っているが、それは騎士が持つ婦人への愛、所謂宮廷恋愛のようなものだと理解しているため特に咎めたことはない。
 彼自身も叶わぬものだというのは理解していて、それでも彼女への気持ちを捨て切れずにおり、何度か別の令嬢との婚約話が持ち上がったが、全て彼は断っている。

『シャルロッタ・インテリペリ嬢がクリストフェル殿下の妻となる日まで、私は誰とも婚約はできません』

 リディルが返す返事を聞いて、その一途な想いに感心するもの、嫉妬心を覚えるもの、脈なしと見て早々に諦めてしまうもの……反応は様々だが、彼は実家の汚名を雪ぐために懸命に騎士としての任務をこなしているため悪い目では見られていない。
 このままいけばカーカス家が復興できるのではないか、と噂されつつあった時期に王都における異変、クレメント伯の暗殺未遂、そしてクリストフェルとシャルロッタの王都脱出……運がないな、と側で控えるリディルを見てレイジー男爵は気の毒に思っている。
 好青年という言葉がピッタリハマる彼のことを、常々気にかけてきたし育てたという自負もある、彼がシャルロッタを見つければ、功績としては盤石なものとなる。

「リディル、兵を率いて街道の警備にあたれ……もしシャルロッタ様がいるとすれば進みやすい街道沿いだ、迎えに行ってやってくれ」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...