わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二三四話 シャルロッタ 一六歳 内戦 〇四

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 ——王都を出立した第一王子派諸侯軍は集結と行軍を繰り返しながらインテリペリ辺境伯領の外まで迫ってきていた。

「うう……緊張するなあ……」
 従軍士官の一人であるティモシー・デカダンスは緊張した面持ちを隠しきれずにソワソワと周りの様子を見ていた。
 集まった諸侯軍の陣では数多くの兵士や下士官、そして騎士などがそれぞれ所属する貴族家の紋章をつけた衣服を身に纏っていて、それはまるで世界の全てがここに集まっているかのように感じていた、と後の記録では記されている。
 下士官とはいえ、彼は本来第一王子派貴族家の所属ではなく国軍に所属する兵士の一人である……彼はこの内戦において詳細な記録を認めており、後の世に「新時代の幕開け戦争」という名称の本を出版し、大人気歴史学者としての道を歩むこととなるのだが、それは別のお話。

「なんて数なんだ……あの騎兵隊はモーターヘッド公爵家か」
 ティモシーは各地に建てられた物見櫓の階段を登ると自分たちの陣容を興味深そうに眺めていく。
 諸侯軍は大きく三つの軍勢に分けられており、それぞれ所属する貴族家の紋章とは別に、腕に揃いの布を巻き付けて同じ軍団であることを認識している。
 第一軍がモーターヘッド公爵軍を中心とした一万の軍勢……モーターヘッド公爵軍は騎兵とそれを補佐する重装歩兵により構成された軍勢が今回参陣している。
 指揮官はモーターヘッド家次期当主と名高いラリー・モーターヘッドで彼自身も騎士号を得ており戦闘経験も豊富な騎士の一人である。

「こっちはスティールハート……珍しいな、彼らが参陣してくるなんて……」
 第二軍スティールハート侯爵軍……重武装の第一軍と違い、こちらは軽装歩兵や弓兵を中心とした構成になっており、どことなく兵士らしくない荒くれ者揃いの集団である。
 この軍団は二万人近い兵力を有しており最も勢力的には大きいものの、何らかの取り決めがあるのか軍全体の指揮権は持っていないのだ。
 指揮官はディマリオ・スティールハート、侯爵家の三男である彼が軍を指揮している。

「こっちはハルフォード家の聖女様が率いる神聖騎士団か……壮観だな」
 重装の騎士のみで構成されたハルフォード公爵家の神聖騎士団が第三軍として参陣しているが、その数がそれほど多くなくサポートするための傭兵部隊が一〇〇〇名程度参陣しており、諸侯軍の中では最も兵士が少ない軍団である。
 さらに彼らと共に黒ずくめの奇妙な一団がついてきているが、それについては誰も触れようともせず彼ら自身が人を別に分けているためその正体はわかっていない。
 指揮官は聖女ソフィーヤ・ハルフォード……彼女は行軍中も表立って姿を見せようとはしていないが、神聖騎士団員たちは彼女が乗っているという神輿へと一日に数回祈りを捧げているのを目撃されている。

 この三つの軍団による諸侯軍兵力総数は約三五〇〇〇名に達し、非戦闘員なども合わせると四万人近い集団が移動を行なっている。
 ただイングウェイ王国には魔導列車が敷設されていることから、補給路の面などでは第一王子派の負担はそれほど大きくない。
 ただこれだけの集団が行軍と休憩を繰り返すのだから、さまざまな問題が山積みとなっており、それらを解決しながらの行軍は思ったよりも兵士たちだけでなく、指揮官達にもそれ相応の負担を与えていた。
 ティモシーが壮観な眺めを楽しみながら、本陣の天幕へと戻ると中では各軍団指揮官達が軍議を行っているところだった。
「……インテリペリ辺境伯家を中心とした第二王子派はおそらくこの平原に陣を張って待ち構えるだろう」

「それは確かなのですか?」

「長年の勘だが、どちらにせよ彼らは攻勢に出るタイミングを図らなければならないだろう」
 ラリー・モーターヘッドが目の前の地図に記載されている少し広めの平原……地図上では平坦にしか見えないその場所を指さすと、周りで立っている聖女ソフィーヤ・ハルフォードとディマリオ・スティールハートへと視線を向ける。
 ソフィーヤは妖しく微笑むと黙って頷き、ディマリオは顎に手を当てて少し首を傾げた後、まあいいかとばかりに手振りで先に進めてくれと言わんばかりの姿勢を見せる。
 軍勢の差は歴然としており、確かに辺境伯軍は攻勢に出ることを躊躇うのは明白だった。
 道中妨害工作を仕掛けてくるかと思っていたが、彼らは領外には出てきておらず斥候がこちらを観察していた程度で攻撃などを仕掛けてくることすらなかった。
「逆に不思議ですわね? 私は軍学には疎いのですが、行軍中を狙うという戦術があると聞いております、不利であるなら尚更そういう行動をとるものではなくて?」

「余裕がないのではないかな、冬の間に彼らの領内で大暴走スタンピードが発生したと聞いている、鎮圧にもそれ相応の兵力を割かねばなるまいよ」

「攻撃を受けずに済んだのは良いが、緊張し続けた兵士達の弛緩がひどいぞ、第三軍以外は規律の乱れもひどいと聞く」

「特に第二軍……お前のところだろう? どうにかしろ」
 ラリーが鋭い視線をディマリオに向けると、やれやれと言わんばかりに戯けた仕草で肩をすくめるが、そもそも兵士とは言っても裏稼業の人間などを無理やり徴収して数を揃えたスティールハート軍には規律など存在しない。
 ディマリオ自身も盗賊組合シーブスギルドにも籍を持つ裏社会に精通した人間であり、この戦争時に辺境伯領の村々を襲い、金品の略奪をするためにここにきている。
 まともに戦うなどという気持ちは大して持っていないし、軍全体も細かなコントロールの効くような連中ではないのだ。
「うちの親父殿が急増で集めた軍隊でしてね、流石にまとめきれませんや」

「無責任な……」

「それでもディマリオ様のいうことであればお聞きになるのでしょう? 神の祝福のもとにそれを信じていますよ」
 ソフィーヤが優しく微笑むと、その神々しい笑みを見たディマリオはほんの少しだけ頬を上気されたのち慌てて頭を下げた。
 奇妙なほど彼女のいうことは聞きたくなる、彼女のことを信じて彼女自身に従いたくなるそんな不思議な強制力を感じるのだ。
 しかもそれには違和感など微塵も感じさせない、恐ろしいまでの抗い難い魅力のようなものが感じられた、とティモシーは後の手記でそう綴っている。
 まだ年若い彼女ではあるが、ディマリオと違いきちんと軍勢を纏めていることもあり、この諸侯軍の内部で治安維持なども担当している。
 最も大事の前の小事とばかりに罪に問われた兵士は存在しないのだが……。
「聖女様の御心のままに」

「いいえ、私ではなく女神様への祈りにしてください」

「……女神様の御心のままに」
 ディマリオの返答に満足そうに頷くとソフィーヤはそのまま踵を返して天幕を出ていく……たった一六歳の少女とは思えないほどの色香を感じさせる後ろ姿を見せつつ天幕から出ていく。
 その後ろ姿を見つめながらティモシーはどことなく不安感を感じさせる雰囲気を感じて、背筋が寒くなったような気がした……何だろう? どこかからじっと見つめられていたかのような視線を感じて彼はキョロキョロと辺りを見渡すが……いや誰もいない。
 気のせいだろう、そうに違いないと彼は頭を振ると、ソフィーヤが去った後の軍議が再開されたことに集中していく。
「……では第二軍と第一軍による共同作戦について話し合う、まずはこの……」



「……おかえりなさいませ」
 第三軍の天幕へと戻ったソフィーヤへと恭しく頭を下げる無骨な鎧姿の男性……歳の頃は四〇代だろうか? 厳しい面構えに歴戦の戦士であることを窺わせる威厳のようなものが備わった人物がそこには立っている。
 頭を下げ続ける男性を一瞥した後ソフィーヤは天幕の中央に置かれた豪華な装飾のついたソファへと腰を下ろすと、すぐに修道服姿の年若い少年が天幕の中へと一度頭を下げてから入ってくる。
 そして少し怯えた表情を浮かべながらも、急いで彼女の前にあるテーブルへと美しい銀のゴブレットを置くと、そこへ赤い飲み物を注いでいく。
 男性はゆっくりと顔を上げると、ソフィーヤが飲み物が注がれたゴブレットを手に取り一口口に含むのを待ってから口を開いた。
「軍議は如何だったでしょうか?」

「変わらないわ、あのアホが碌に軍を纏めないからこちらが苦労しているというのに……」

「数を減らすわけにもいかず、不問……とはいえ長く続くと士気にも影響いたしますな」
 男性の名前はディル・アトキンス……第三軍を実質的に指揮している神聖騎士であり、ハルフォード公爵家に長年忠誠を誓っている忠実な部下でもある。
 聖女とはいえソフィーヤは戦術などに乏しく戦闘指揮となると手に余ることが多い……神聖騎士達はその忠誠心を発揮して死に物狂いで戦うだろうが、それでも実戦経験に長けた副官が必要、ということでディルが起用されている。
 ディルの言葉にはあっ……と大きくため息をついたソフィーヤ、そして傍に立っていた少年は驚きで身を震わせる。
「ったく、こっちが優しくしていたらあの調子よ……ともかく功績を上げて帰らないことには聖女としての面目も立たないし……戦闘はお前に任せますよ」

「おまかせを、お館様にもその旨命令されておりますので」

「ま、いくらインテリペリ辺境伯家が強いとはいえ、これだけの数の差なら神聖騎士達が前に出ることもないでしょう」

「通常五倍の兵力差であれば降伏を選びますがな……さすがは武門というべきでしょうか」

「……戦場にはシャルロッタも出てくるかしらね……」
 ソフィーヤの記憶の中にあるシャルロッタ・インテリペリ……銀色の髪に緑の瞳であること以外はあまり思い出せない、いつからこうだったか分からないが、ずっと記憶の中にある彼女はまるで落書きのように黒く塗りつぶされた不気味な怪物の姿をとっている。
 昔はこうではなかったと思うが……と考えた瞬間、頭の中に鋭く光る赤い眼光が見えた気がしてすぐに
 どちらにせよ自分にとってはクリストフェルを助け出す良いチャンスなのだ……聖女の愛に許され心を入れ替える王子、そして彼は聖女へと愛を誓う。

「……早くお会いしたいですわね、クリストフェル様……ソフィーヤが必ず悪魔の元から救い出してあげますわ……」
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