わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二七八話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇八

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「……始まったわね、こっちも動かないとダメか……」

「……どうなりますかね」
 気勢を上げる鬨の声が聞こえ、わたくしは戦場で戦いが開始されたことを理解した。
 まあ、衝突は予想されていたし戦いになったとしても第二王子派が負けるというのは考えられない……負けないための算段は立てていることだし、クリスやお父様達がなんとかするだろうとは思っている。
 隣を歩いているユルも少し不安そうな表情でわたくしを見上げていたので、その頭をそっと撫でてやる……毛並みの良いガルムの触り心地は良くそれだけでも少しだけホッとするような気がする。
「……大丈夫、色々準備はしてきたしなんとかなると思うの」

「そうですか? 歴史の書物を読み聞かせていただくと戦いは数だ、という話でしたが」

「……そうねえ、昔の話だけど数十万の兵に攻められた国が、数千の兵のみで立ち向かった例もあるわよ」
 もう記憶もあやふやだけど……前々世の歴史にそんな戦いがあった気がする、数百だっけな……どちらにせよ、少数の兵で上手く立ち回って戦況を覆した例は枚挙にいとまが無いはずだ。
 そこまで考えてわたくしが例えに出した戦いは最終的に劣勢の兵が全滅する話だったことを思い出して、ちょっとこれは違うか、と考え直す。
 それに数の上で考えれば野戦陣に篭って戦う第二王子派は籠城戦みたいなものだと思うしさ……クラカト丘陵は天然の要害でもあるわけで……そこを力攻めってのは流石に第一王子派もやらないのではないか、と思う……多分。
 わたくしはこの世界の戦術とかには疎いし、前世の世界でも基本は力押ししかしなかったから……もしかしたら有効な戦術などを作ってる人がいるかもしれないけどね。
「そうですか……まあ辺境伯のような人物もいることですし、おそらく大丈夫なのでしょうが」

「まあこの王国でお父様に勝てる人がいるとしたら数人なんじゃないかしら」
 クレメント・インテリペリ辺境伯の戦闘指揮官としての才能は素晴らしく、誰もが称賛する人物でもあるのだ。
 まあ、そんなこんなでわたくしは戦場から少し離れた森の中を歩いている……別動隊として動いているものの今の所こちらにはなんの気配もなく肩透かしを食らっている。
 もし第一王子派を勝たせたいと訓戒者プリーチャー達が望むのであれば、最適なタイミングでの第二王子派への攻撃があると思ったんだけどな。
 だが……次の瞬間ゾワッとした感覚に見舞われ、わたくしは自分の予想が正しかったことを認識した。
「……ごきげんよう皆様、ピクニックには少し物騒な場所ですわよ?」

「……どうやら予想は同じということか?」

「さあ? わたくし散歩を楽しんでいただけですの」
 皮肉混じりの挨拶に少し苛立つような表情を浮かべた訓戒者プリーチャー使役する者コザティブの三叉に別れた細い頭についた瞳がギョロギョロとわたくしを見つめている。
 相変わらずキモい外見だが、こいつの実力は底しれないものがあるのはわかっている、というか訓戒者プリーチャーは全て準魔王級の実力があると思って間違いないだろう。
 そして彼の背後に控えている黒衣の男達……こいつらからはおよそ人間らしい気配が感じられない、なんというか、虫みたいな感覚に近いというか、わたくしからするとよほど使役する者コザティブより不快な感覚だ。
「どうせここを抜けて第二王子派の軍へと襲撃をかけるつもりだったでしょうけど、残念ね?」

「いやいや、ワシらも散歩をしているだけじゃからな、気のすることはあるまいて」
 使役する者コザティブはスッと自然な動きで軽く手を振るが、その瞬間わたくしの背後から黒衣の男、確か混沌の戦士ケイオスウォリアーと呼ばれる怪物だが、それがまるで地面から湧き出すかのように出現すると黒い刀身の小剣ショートソードを突き立ててきた。
 ガンッ! という鈍い音を立ててわたくしが展開している防御結界に衝突すると威力に耐えきれなかったのか小剣ショートソードが砕け散る。
 それと同時にユルがその戦士の首元へと鋭い牙を突き立て、頭ごと引きちぎると赤黒い血液を吹き出しながら混沌の戦士ケイオスウォリアーが地面へと、どおと倒れ伏した。
「……奇襲ねえ、野蛮だわ」

「これで終わればよかったのだがな」

「残念……終わらないのよね」
 次の瞬間わたくしは抜く手も見せずに虚空より引き抜いた不滅イモータルを振るうと、別の場所から湧き出ようとした混沌の戦士ケイオスウォリアーを二体一瞬で切り伏せる。
 地面に半分だけ姿を現していた彼らは呻き声一つあげずに、そのままの格好で絶命していく……切って死ぬくらいだから命はある、ということは一応生物の範疇に収まっているということだろうか?
 それを見ていた使役する者コザティブはふん、と機嫌が悪そうに息を吐くと再び指をパチンと鳴らすが、次の瞬間わたくしの周囲全てに混沌の戦士ケイオスウォリアーが音もなく現れ剣を突き立ててきた。
 だがそのほぼ同時に繰り出された攻撃すら、わたくしの防御結界に穴を開けることは叶わず……甲高い音を立ててまるで空中に静止したような状態で止まっている。
「……馬鹿の一つ覚えみたいに、同じことやっても無駄よ」

「……これで死ぬとは思わないが、それにしてもあの赤竜と同じく面倒な結界だな」

「リヒコドラクが? ああ、参考にして展開したのね……やるじゃない」
 散々目の前で展開したのだからそりゃ覚えるわな……やること自体は単純で難しい技術だとは思わないし、実際にやるとなると精緻なコントロールが必要なので相当に疲れるとは思うけど。
 だが付け焼き刃に近いリヒコドラクのものよりもわたくしの防御結界はしなやかで恐ろしく重厚なものに感じるだろう。
 わたくしはそのまま不滅イモータルを振るうと、空中に静止したままの混沌の戦士ケイオスウォリアーを一体残らず切り伏せる。
 ドシャドシャドシャと鈍い音を立てて肉片が地面に落ちていくが、周囲に刺激臭を伴った黒い瘴気が立ち上ったのを見て、ユルが思わず毛を逆立てて少し離れた場所へと飛び退った。
「ど、毒です……! 息を止めないと!」

「知ってる、でもこれくらいじゃ影響ないわよ?」

「それはシャルだけです!」
 こともなげにそう言い放つわたくしを見て、使役する者コザティブの少し小さすぎる口の端が歪む……こんなもん効果ないってわかってるくせに、ちゃんとやってくるあたりはマメな相手だ。
 防御結界にまとわりつくような瘴気は、触れるたびにバチバチと音を立てて侵食していこうとするものの、それ以上はわたくしに触れることなくせめぎ合う。
 わたくしは軽く指を鳴らして無詠唱での旋風ワールウィンドで一気に瘴気を散らしていくと、それに触れた近くの木々が一瞬にして腐っていくのが見えた。
 かなり強い毒だな、こんなの浴びでもしたらまあ、肉体は腐って溶解するんだろうけど……それでもわたくしの修復能力であればなんとかなるかもな。
 そんなわたくしの様子を見ていた使役する者コザティブはその奇妙に細くて大きな手をパキパキと鳴らしながら、話しかけてきた。
「……やはり有象無象では話にならんな……第二王子の首を取りに行く前に、辺境の翡翠姫アルキオネ……お前の命をもらうとしようか」



「……放てッ!」
 ウゴリーノ・インテリペリの号令と共に前進してくる重装歩兵へと弓兵隊の矢が放たれていく……凄まじい数の矢を見た第一王子派の兵士たちは手に持った大きな円形の盾ラウンドシールドを頭上にかざすことで矢を防ごうとした。
 次々と降り注ぐ矢の雨に思わず舌打ちをする兵士もいたが、中には運悪く盾を貫いた矢の一撃で悲鳴をあげて地面へと倒れるものが現れた。
 そしてその兵士に追撃の矢が降り注ぎ……あっという間にハリネズミのように矢が突き刺さると、悲鳴をあげる間もなく動かぬ骸へと成り果てる。
「くそ……思ったより矢の威力が強いぞ!」

「援護を頼む!」
 第一王子派の兵士たちの悲鳴に、少し離れた場所にいた魔法兵団から援護の魔法が飛ぶ……矢を直接防ぐものよりも風を動かして命中しにくくするというのがこの世界でのお作法であり、詠唱とともに巻き起こった旋風ワールウィンドにより第二王子派軍より放たれた矢はその方向を変えて兵士ではなく地面へと次々と突き刺さっていく。
 それを見た重装歩兵は立ち上がると再び隊列を組み直して丘陵を登り始める……丘陵の上にある敵陣地は多くの柵で守られており、それを排除しないことには神聖騎士団による突撃が行えないからだ。
 イングウェイ王国の歴史上、神聖騎士団による騎馬突撃は圧倒的な攻撃力を有していることが知られている。
 特に防御魔法や女神の奇跡を纏った神聖騎士団による突撃は、並の軍隊では一瞬で崩壊するほどの破壊力を有しており、他国からしてもこの騎士団は恐怖の的になっている。
 ここ最近はお飾りの騎士団と揶揄されるくらい実戦には投入されていない彼らではあるが、訓練は欠かしておらずその攻撃力は健在だった。
「まずは丘陵に籠る連中の盾を引き剥がすんだ、それで俺たちが勝てる!」

「矢は気にするな! 味方の魔法師団が風を操ってくれるぞ!」

「お、おい……! なんだあれは……」
 第一王子派の兵士たちはそれを聞いて前進を再開する……運悪く放たれた矢を受けて倒れるものもいるが、なんとか丘陵の中腹まで登った彼らの前に、突然轟音を上げながら複数の岩石が転がってくるのが見えた。
 轟音と共に迫る岩石は次第に加速し、盾で防ごうとした兵士ごと巻き込み血飛沫を撒き散らしながら次々と兵士を鏖殺していく……悲鳴と飛び散る肉片に恐慌状態となった第一王子派の足が止まってしまった。
 そこへ槍を構えた第二王子派の重装歩兵隊が一気に前進すると、動きの止まった彼らを分断し各個撃破していく……それはある意味一方的な攻撃であり戦闘とは呼べないものだった。
 それを見ていたリヴォルバー男爵は苦々しい顔を浮かべたまま、腰に下げていた剣を引き抜き振り翳すと大声で怒鳴りつけた。

「せめて人間らしく殺してやれ……深追いはするなよ! 行けっ!」
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