わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二七九話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇九

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「まずは最初の攻撃は防いだということかな?」

「あんな大きな岩、どこから持ってきたんです?」
 インテリペリ辺境伯家の長男であるウォルフガング・インテリペリが軽く呆れたように、隣に立っていたクリストフェルへと話しかけた。
 先ほどの戦闘に使われた岩……人間の腰程度の大きさであるその岩をあれだけのまとまった数、クラカト丘陵に押し上げるのは普通の兵士では恐ろしいまでの時間がかかる。
 第二王子派の兵士のほとんどが防衛のための陣地構築に駆り出されていた中、あれだけの数の岩を丘陵へと押し上げたのは他でもない辺境の翡翠姫アルキオネことシャルロッタ・インテリペリその人だ。
 他の兵士が驚きを隠せない顔を浮かべている間、彼女はまるでこともなげに岩を空中に持ち上げると、陣地へと運んでいた。
「近くだとは言ってたがどこだろうな……最も近い岩場でも数キロは離れているだろうし」

「まあ、聞いても教えはしないだろうが……おい、岩石はもうないのか?」

「はいっ! 先ほどので全てです」
 シャルロッタが先の展開を予想していたのかどうかはわからないが、第一陣として攻め込んできていた歩兵に対して強力な威力を発揮した岩石は先ほどの攻撃で全て落としてしまった。
 時間がないこともあって複数回行えるだけの量を彼女自身も用意できていなかったことを多少なりとも気にしていたが、敵がそれを知ることはないため一定の抑止効果は生まれていると考えて良いだろう。
 その証拠に重装歩兵が後退した後は、数回少数の部隊による散発的な攻撃に終始しているのだから……最初の攻撃のあとリヴォルヴァー男爵の部隊による突撃も相当な効果を生んでいた。
 対して第二王子派も無理な攻勢に出ることはなく、陣内に止まっての戦いを継続している。
「無理に柵の外に出るなよ? こちらの数は少ないのだから……」

「危ないっ!」
 クリストフェルが不意にウォルフガングの肩を強く引っ張る……ほぼ同時にそれまで彼がいた場所をどこから飛んできたのか鋭い軌道で飛んできた矢が通過し、近くにいた兵士の頭に突き刺さる。
 血飛沫を上げて地面へと倒れる兵士を横目に、土まみれになったウォルフガングはホッと息を吐いて心配そうな顔の王子へと軽く頭を下げた。
 先ほどから繰り返し似たような形でピンポイントでの狙撃が増えている……特に第二王子派軍の指揮官を狙った攻撃が頻発しており、貴族の中にも死傷者が出ている始末だ。
「……危なかった……殿下、感謝します」

「しかし、こんなに的確な射撃ができるものがいるとは……」

「彼は助かりそうか?」
 ウォルフガングの言葉に地面へと倒れた兵士の同僚が悲しそうな顔で首を横に振ったことで、ウォルフガングも少し表情を曇らせながら「そうか……」とだけ呟いた。
 可能な限り狙撃を行っている敵弓兵を陣地から出て狩りたいとは考えてはいるが、今部隊を率いて前に出ることは自殺行為に近い。
 第二王子派がこのように消極的にも見える防御戦術を取っているのは、ひとえに第一王子派に所属している神聖騎士団の突撃を防ぐためだ。
 魔法で身体を強化し破城槌のような突撃を得意とする神聖騎士を相手に正面から野戦で戦えるほど第二王子派の兵士は強力ではない。
 歴戦のインテリペリ辺境伯軍とはいえ正面からの戦闘では神聖騎士団の突撃には敵わないことは理解している……それ故に今は丘陵に篭って戦いを継続するしかないのだ。
「もどかしいが、神聖騎士団の突撃を受けるわけにはいくまい……すまんな、女神のもとで美味い食事を楽しんでくれ……」

「……前も向きましょう……王位を手に入れた後、功労者には手厚い庇護を与えるつもりです」
 クリストフェルはゆっくりと立ち上がると、腰に差していた蜻蛉ドラゴンフライを引き抜く……だが美しい黄金の髪を持つ彼の姿は戦場の混乱になっても目立つらしく、間髪入れずに空を割くような鋭い音と共に数発の矢が彼へと迫った。
 しかし、クリストフェルはまるで慌てずに飛来した矢を空中で切り裂き叩き落としていく……神業といっても良いその太刀筋に第二王子派の兵士たちが歓声を上げた。
 そして彼の目には切り裂いた矢に微量ながら魔力がこびり付いていることに気がつき、放ったはずの弓兵の位置を探ろうとじっと目を凝らす。
 だがその位置は思っていたよりも遠く、なんらかの魔法の力で射程を伸ばしているのだということだけがわかった。
「……遠いな……これでは……」

「……殿下っ!」
 マリアンの悲鳴に近い声とともにクリストフェルに向かって複数の矢が迫るが、抜く手も見せずに奮った彼の剣が次々と飛来する矢を叩き落としていく。
 高速で飛来する矢を叩き落とすという技術自体は熟練の戦士であれば可能ではあるが、それは単体で飛翔する通常の矢であればこそだ。
 己の技を過信し、王の御前で無理をしてハリネズミになった愚かな騎士の物語がこの国では御伽噺として伝わっているが、それくらい複数の矢を叩き落とすという行為は危険極まりないのだ。
「マリアン、君に当たるといけないから頭を下げろ」

「ですが殿下が危険です!」

「大丈夫だよ、から」
 魔力の籠った矢を感知し叩き落とす……以前の彼であれば不可能だと思っていたかもしれないが、今のクリストフェルには魔力の軌道が見えている。
 さらに射程を無理に伸ばしたことで尾を引くように魔力が流れる様はまるで流星のようにすら見えるため、彼は内心大衆向けの劇でも見ているかのような気分にさせられている。
 しかしその合間にも敵歩兵の一部隊が丘陵を駆け上がってくるのに気がつくと、剣を振り翳して一気に丘陵を駆け降りて行った。
「……防御を固めろ! あっちは僕がやる!」

「で、殿下!? お、お待ちを!」
 ヴィクターとマリアンが共に飛び出そうとするがそこへ撃ち放たれた矢が地面へと次々と刺さったことで、完全に分断されてしまう……だが飛び出したクリストフェルは恐ろしい速度で丘陵を駆け降りると、まさか第二王子自ら突撃してくるなど想像もしていなかったかのように、顔をこわばらせる歩兵隊に向かって切り掛かっていった。
 彼らの得物は長槍スピア円形盾ラウンドシールドであり、本来であれば戦列を組んでこそ威力を発揮する武器だ。
「で、殿……いや反逆者!?」

「反逆者ね……そう呼べって言われてるのかい?」

「あ、構……は、速い?!」
 クリストフェルは先頭で武器を構えていた兵士へと切り掛かると一撃で長槍スピアを両断し、盾を蹴り飛ばして体勢を崩するとそのまま次の兵士の武器を剣の腹で叩いて地面へと叩き落とした。
 驚きの表情を浮かべる兵士の頬に拳を叩き込むと、ポカンと口をひらく別の兵士に肩ごと体を叩きつけ、大きく跳ね飛ばした。
 シャルロッタとの訓練の最中に本来自国民である敵兵と戦うことに悩みを抱いていた彼に、愛する婚約者はこともなげに「なら武器を壊せば良いのでは?」と笑顔で答えたことがある。
「……全く、僕の婚約者ってやつは……」

「こ、こいつ……! 反撃しろっ!」
 一際目立つ鳥の羽をつけた兜を被った男……この部隊の指揮官が命令を下したのを見てクリストフェルは地面を蹴り飛ばす……まさに神速と言っても過言ではない速度で距離を詰めた彼は、指揮官が武器を構える前に腹部に掌底を叩きつけた。
 ドゴン! という鈍い音と共に指揮官の体が宙に浮く……勇者として覚醒しつつある彼の身体能力は恐ろしく強靭なものとなっており、掌底の一撃で人間を悶絶させることなど楽々やってのけるようになっていた。
 気を失ったまま地面に叩きつけられた指揮官はそのまま丘陵を転がり落ちていくが、それを見た兵士たちは目の前の王子が噂とは違う本物の戦士であることに恐怖を覚えた。
「ば、化け物……!」

「退け、追いかけはしないから」

「ひ、ひいいっ!」
 恐慌状態に陥った兵士たちは慌てて丘陵を駆け降りていくが……ただ一人その場から逃げ出そうとしない男がいることに気がつき、クリストフェルはゆっくりとそいつへと向き直る。
 不気味な雰囲気……奇妙なことにその男は武器を所持しておらず、ニタニタとした笑みを浮かべたままゆっくりと歩き出す。
 まるで水を入れた袋が膨らむかのように、彼の体は歪な形に歪んで膨らむとメリメリとという音を立てて真っ二つに引き裂かれ、吹き出す血液の中から出鱈目な配置の瞳や口を持つ不気味な生物の姿が現れた。
 混沌の戦士ケイオスウォリアーと呼ばれる混沌に汚染された生物が、奇妙な声をあげてクリストフェルへと襲いかかってきた。
「キシャアアアアアッ!」

「……兵士の中に潜んでいるのか?!」
 クリストフェルの前に現れた混沌の戦士ケイオスウォリアーはおおよそ人間の形をしているのは上半身のみで、下半身は奇妙に細長い尾のような器官によって構成されていた。
 手に持ったドス黒くねじれた刀身を持つ石造りの剣を無造作に突き出すが、それを名剣蜻蛉ドラゴンフライによって受け流したクリストフェルは、返す刀で体を回転させながら相手を一撃で両断してのけた。
 鈍い手応えと共に赤黒い血液を吹き出しながら地面へと叩きつけられた混沌の戦士ケイオスウォリアーは何度か痙攣した後動かなくなるものの、不快な臭気をあげながらまるで溶けるように肉体を消失させていく。
「……こいつはあの時シャルと戦ってた敵か? 僕が前に出るのを見越して潜ませたってことか……」

「殿下! 早く陣にお戻りを!」

「あ、ああ……」
 マリアンの悲痛な声に一度混沌の戦士ケイオスウォリアーが溶けていった地面を振り返ったクリストフェルだが、すぐに思考を切り替えるように首をふると丘陵を駆け上がっていった。
 見れば他の場所にも同時に攻撃があったようで、悲鳴と武器が衝突する音などで混乱が広がっている……唯一の救いといえばあの奇妙な怪物は他には出現していないようで、いきなり戦線が崩壊するような事態にはなっていないことだろうか。
 クリストフェルはそのまま陣へと駆け込むと、すぐに劣勢であろう場所へと駆け出す……何があろうとも、この戦いで負けるわけにはいかない。

「……イングウェイ王国そして僕を助けんとする救国の勇士達よ! クリストフェル・マルムスティーンが共にあるぞッ! 戦えッ!」
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