わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
351 / 430

(幕間) 隷属 〇一

しおりを挟む
「ウハウハですわ~、これは儲かってしまいますわねえ……はっはっは」

「……うわ、悪い顔している……」
 わたくしの前に積み上げられた金色のコイン、これは賭場でしか使われない特殊なチップで市場では一才価値の無いイミテーションである。
 美しい金色に染められているだけで実際の金は使われていないと聞いているが、それでも大量のチップを前に微笑むわたくしを見上げて幻獣ガルム族のユルは呆れたような顔をしている。
 今わたくしとユルがいるのはインテリペリ辺境伯領の中で唯一海に面した港町プロディジーで営業している賭場の中だ。
 この賭場では様々な賭け事が行われていて、中でもわたくしのお気に入りになっているのはウルフレースと呼ばれる狼を走らせて順位を競う貴族向けの賭け事である。
 もちろん裕福な貴族向けということもあり、身元がわからないように仮面をつけるなどのドレスコードがあったりして、偽名を使って参加する必要があるのだ。

 一応王国内では似たような賭場は各地に設置されており、大半が盗賊組合シーブスギルドによる管轄で揉め事によっては彼らが出張ってきたりもするな。
 賭け事で失敗して事業をたたむ商人とか、遺産を食い潰して破産する貴族なんてのもいるんだけど、それはどこの世界でも大して変わらない人の営みのようなものだ。
 実際に辺境伯家配下の貴族でも時折こういうギャンブルで身を持ち崩して借金を申し入れてくるものなどもいるらしいし、お父様は何人かにお金を貸したこともあるらしい。
 で、なんでこんな場所にいるかというと……実はわたくし前々世では競馬を観戦するのが趣味の一つだったため、この手のレースには強い興味を持っていた。
「……馬を走らせるのもなかなか楽しいですけど、狼が走るのはまた違った迫力がありますわねえ」

「馬を走らせるレース……確かに軍馬などは迫力があるでしょうが」

「他の世界だと専用に育成した馬を使うのよ……地域によっては犬を走らせるレースなんかもあるわよ」

「犬……確かに犬種によっては我と同じように速度が出せるでしょうが……」
 好きだとはいえ実は競馬でお金をかけることには興味が湧かず、走る馬を眺めるのが好きというちょっと変わった楽しみ方をしていたのは事実だが、現在では結構な額を突っ込むようになった。
 というのも転生して貴族の令嬢であるわたくしにとって今ウルフレースで使っているお金など大した額ではないからだ。
 それだけ辺境伯家、そしてマーサの運用で莫大なものになったお小遣いが有り余っているということなんだけど。
 インテリペリ辺境伯家に連なる貴族の令嬢から「面白いものがあるんですわよ」と言われて興味半分で賭けてみたところ見事に大当たり……そこから脚繁く通うようになったというわけだ。
 まあ、わたくしの場合レースに出てる狼自体の体調や能力を魔力を使って調べて賭けてるので、基本的に最も強く、足の速そうな個体を選んでベットしているだけなんだけど。
「……シャルティア様、お飲み物はいかがですかな?」

「いただくわ、お酒以外でよろしくね」

「……かしこまりました」
 ウェイター……と言ってもおそらく盗賊組合シーブスギルド所属で裏稼業の人間なんだろうけど、一応きちんとした服装の男性がわたくしのオーダーに従って一礼するとその場を離れる。
 シャルティア……というのはこの賭場で使っているわたくしの偽名で、シャルロッタと名乗るわけにも行かないので咄嗟につけた名前なんだけど、まあ頭文字が似てるので反応しやすいし今では慣れたものになったなと思う。
 次のレースに出場する狼がパドックを歩き始める……全ての狼には魔力で強化した首輪がついており、レース場を飛び出して逃げないような特殊な隷属の魔力が込められている。
 その首輪を見て、わたくしの隣で座っていたユルが少し嫌そうな表情を浮かべてため息をついた。
「……嫌な首輪ですな」

「隷属の魔力よね……まあ狼は本来野生の生き物だから……」
 この場所で走らせているのはいわゆるムーアウルフと呼ばれる中型の種類で、灰色がかった毛皮が特徴的な野生の狼だとされている。
 ムーアウルフは非常に足が速く長時間獲物を狩り立てる体力を持っており、冒険者が荒野で遭難すると一番厄介な野生生物になり得る存在だ。
 だが子狼の時に捕獲して調教をするとある程度人間の言うことを聞くようになるため、平原の部族などでは飼い慣らテイムして狩りに使ったりするらしい。
 だが本質的には野生の獣であり、結構好戦的な性格をしているため飼い慣らしテイムしたはずのムーアウルフが襲ってきたりもするとかで、扱いには注意が必要だとされている。
 こんな場所でムーアウルフが暴れ出すと厄介なため、隷属の首輪サーバントと呼ばれる魔力を込めた首輪をしているのだ。
「……本来であれば荒野を駆ける事に喜びを見出す種族なのでしょうが……」

「この賭場にいるムーアウルフは子狼時代から飼い慣らされているそうよ、だから荒野に戻しても生きているけるかわからないわね」

「複雑な気持ちです……」

「首輪がないと人間が襲われる……そうなると人を襲ったと言うことで駆除されるわ」

「……そうですね……」
 ユルが言いたいことはわかる……本来であれば平原で自由気ままに生活できていたはずのムーアウルフがこんな場所で貴族相手の見せ物として扱われ、反抗できないように首輪をつけられて窮屈な暮らしをしている。
 それでも子狼時代からこう言った場所で育てられたムーアウルフが荒野に戻しても生きていける保証などなく、一生をこのレース場と飼育場所のみで生活しなければいけないのだ。
 それでも賞金を多く稼いだムーアウルフは一部の好事家によって高値で引き取られ余生を過ごすこともあるらしく、そこまで過ごせればなんとかなるのかもしれない。
 次のレースに出てくるムーアウルフのリストと果実を絞った飲み物がテーブルに置かれたのを見て、わたくしは稼いできたチップの一部を持ってきてくれたウェイターの前に置く。
 そのチップを恭しく手に取ると再び頭を下げたウェイターは静かにその場を離れるが、これはこの賭場でのルールみたいなもので、彼らはこのチップを換金して給料の一部にしているのだとか。
 もちろん客によっては渡さないものもいるけど、そういう客はいい扱いを受けないと言うこともあってわたくしはそのルールを忠実に守っている。
「……そのうちユルのお嫁さんになりそうなムーアウルフでも引き取る?」

「……我はそういうのではないので」
 むすっとした顔になったユルをチラリと見てからレースリストへと視線を動かすが……次のレースに出るリストに珍しいものを見つけてわたくしは思わずリストを二度見した。
 通常のムーアウルフは灰色がかった毛皮なのが特徴なのだが、そこに書かれている色は黒……突然変異か何かだろうか?
 そうこうしていくうちにパドックへとムーアウルフの一団が入場してくる……灰色の毛並みの中に一際体格の良い黒い個体が見えた気がしてわたくしは目を凝らす。
 ぼんやりと光る隷属の首輪サーバントの魔力とは別に、黒い毛皮の個体は一際強く赤い魔力が宿っているように見える。
「……バカな……!」

「……嘘でしょ……」
 わたくしとユルはほぼ同時に立ち上がるとその黒い個体……とは言っても他のムーアウルフと比べると、ほんの少し大きいだけなんだけどその姿へと目を奪われる。
 黒い毛皮に筋肉質の肉体……瞳は赤く爛々と輝いており、とてもではないけどムーアウルフの姿には見えない姿、そして秘められた魔力が示すのは炎の魔力。
 間違いないあれは……幻獣ガルムだ! 思わず絶句したわたくしを心配そうな顔でユルが見上げているが、わたくしは唖然とした気持ちでそのガルムがスタート地点へと歩いていくのを見ていた。
 レース場に立つガルムはムーアウルフよりも体格は良く、一際目立つ風貌をしており実際に他の参加者の目を引いている。
「……隷属の首輪サーバントで行動を制限されているとはいえ、ガルムが易々と捕ま……」

「……なんです? その憐れむような目は」
 そういやユルも初めて会った時はふつーに捕まってたなと思い出し、思わず傍にいる彼をじっと見てしまうが、その視線に気がついたのかユルはなんだよ、とばかりにわたくしを睨み返した。
 幻獣ガルムは人に捕まる習性でもあるのだろうか? と少し残念な気持ちになるのだけど……どちらにせよ、あのガルムが暴れ出したら周囲一帯が火の海になるぞ。
 わたくしは近くにいるウェイターを呼ぶためにベルを軽く鳴らすと、その音を聞きつけた別のウェイターがすぐさまそばへとやってきた。
「……どうされました? ミス……シャルティア?」

「ちょっと聞きたいのだけど、あの黒いムーアウルフ何方の所有なのかしら?」

「ああ、あの……アーテルのことでございますか?」

「アーテル? ああ、黒いからか……そうそのアーテルは誰が所有しているの?」

「申し訳ありません、所有者についてはこの場ではお応えしかねます」
 この賭場にいるムーアウルフにはパトロンがついており、そのパトロンが所有者として登録されている……もちろん偽名なんだけど。
 で、パトロンは飼育のための資金を提供して賭場で走らせるための準備を担う……賭場での報酬は一部がパトロンへと還元されるらしい。
 一応インテリペリ辺境伯家にもそう言うお誘いが来るのだけど、家の方針でそこには出資をしておらず直接的に実家がこのムーアウルフの飼育に携わったことはないのだ。
 パトロンさえわかればあの幻獣ガルムを解放できるかもな……わたくしはそう考えると、ウェイターへとそっと微笑みお礼を言う事にした。

「……あまりに見事なムーアウルフでしたので思わず尋ねてしまいましたわ、もし所有されている方が興味をお持ちなら、シャルティアが話をしたがってたとお伝えくださいましね」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...