わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第三一六話 シャルロッタ 一六歳 地下水路 〇六

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「言いたいこと好き放題に言いやがって……」

 軽く舌打ちをしつつわたくしは構えを変えると、一気に魔力を集中させる……どちらにせよ周りの損害なんか気にしたところでトランプでいうところのジョーカーを引かされるのはわたくし以外にいない。
 名無しネームレスは混沌の眷属であるため、狭間を漂う「無」に落とされたところでどうでもいい話だろう、どうせ強い意志や確固たる自我があるとは思えないし。
 結果的に星幽迷宮アストラルメイズ自体を崩壊させて仕舞えば、ここを維持しているであろう、どこかに配置されているコアすらも一気に破壊できるかもしれないしね。
 ならやるべきはここを完膚なきまでに破壊してでも……目の前にいる怪物を殲滅するのみ。
「……やってやんよ! 後悔すんなよ?!」

「クヒハアッ! 後悔トハ……わかリマセんねぇッ!」
 わたくしと名無しネームレスがその膨大な魔力を同時に解放していく……単なる魔力のぶつかりあいではあるが、それでも周囲の迷宮ダンジョンを構成している壁や床がビリビリと震える。
 どうせやるなら全てを破壊するくらい……徹底的に相手を消し飛ばしてしまう魔法が良いだろう、わたくしは記憶の中にある神滅魔法を確認していく。
 元々神滅魔法は神を殺すための魔法……レーヴェンティオラに存在する賢者たちは、何度もその頂へと挑戦を行なっていた。
 神にも様々な神格がおり、人間などにまるで興味を示さないものから積極的に生活にまで干渉しようとするものまで存在する。

 人間の生活へと積極的に干渉……神とは自らが司る能力、権能に従ってそれを為そうとするわけだが混沌神群に象徴される「人にとって邪悪である神」は生命や魂を堕落させることを目的に干渉を行う。
 人間にとって有益な権能を持つ神格は善神……良き神として記憶され崇められるが、そういった神は本来人への干渉を嫌う傾向にある。
 いくら祈りを捧げても御利益がない、なんてボヤく人もいるけどそりゃそうだ……理性的な神ほど自らが与える奇跡の価値が大きすぎることを理解しているからであり、そうホイホイと力を授けるなんてことはしない。
 そういった本当の御利益を得ることができるのは、神にとって相応しい人物だと示したものだけ……英雄や勇者と呼ばれる存在がそれにあたる。

 話を戻すと邪神による干渉を良しとしなかった魔法使いたちはその知識の全てを総動員して一つの魔法体系理論を作り上げていった。
 人間が扱う魔法の系統は光、影、炎、風、水、森、生命、神聖、死霊となっており、獣人族や竜族などの魔物が使う系統が獣、そして混沌や悪魔の使う系統が混沌と定義されていた。
 マルヴァースでは少し系統にちょっと変化があるようだが、まあそこはレーヴェンティオラの知識で考えよう。
 ここに新しい魔法体系である神滅を加えようとした……もちろんこれには裏があって、良き神と呼ばれる存在は自ら積極的に干渉しないといっても信徒がむざむざ殺されるなんてことを見ていられなかったようで、陰ながら助力や助言を与えたようだ。
 そして長い時間と幾つもの実験の果て神滅魔法の理論は完成した……ただこの魔法体系には問題が多かった。

『消費する魔力が大きすぎてそもそも発動することができなかった』

 そもそも神を殺すなんて大それた魔法を行使するのに必要な魔力は膨大であり、人間が扱える魔力には限界があって……行使しようとしても発動しなかったりしたのだ。
 恐ろしく魔力だけを消費するけど効果が全然出ない……欠陥品とも言える魔法体系はそのうち歴史の闇へと放り込まれ忘れられていった。
 だけどそれは神滅魔法を行使できるだけの魔力を持った規格外の存在がいれば事足りる話であった……魔王との戦いに赴いたレーヴェンティオラの勇者ラインがそんな古びた書物を竜の巣から手に入れたのは偶然だったかもしれない。
 わたくしはそこから多くの知識を学び取り、当代随一と言われた魔法使いたちの力を借りつつ神滅魔法という新しい魔法体系の完成にこぎつけたのだ。
「神滅魔法……獄炎の裁きファイアパワーッ!」

「混沌魔法……漆黒の降雨ブラックレイン
 わたくしの手から放たれた渦巻く火球……それは小型の太陽にすら匹敵する恐るべき高熱と紅焔が吹き出しつつ周囲の地形を焼き焦がしていく。
 そして再び名無しネームレスの周囲に放たれた漆黒の雨はその領域同士の威力を競うように押し合い始める……だが、地形すらも瞬時に消滅させる獄炎の裁きファイアパワーの膨大な熱量は星幽迷宮アストラルメイズを構成する魔力すらも焼却し、全てを破壊しながら一気に漆黒の降雨ブラックレインの領域を侵食していった。
 あまりの破壊力に名無しネームレスの表情が大きく歪む……混沌魔法は非常に強力であり、彼にとってこの漆黒の降雨ブラックレインは一撃必殺の絶対的な魔法であったはずだ。
「な、ナゼ……ッ! 漆黒の降雨ブラックレインガおシ負ケるなど……!!」

「神を殺すために作られた魔法……神滅魔法はその威力を支えるために人間では扱えないレベルの魔力を必要としているわ」

「くひ……ッ! ば、バカな……!」

「この魔法を行使できる存在は一部に限られる……そうそう、わたくし前世では世界を救った勇者様なの……だからお前のような三下もいいところのクソザコに負ける道理がないのですわ」
 必死に魔力を放出して領域を拡大しようとする名無しネームレスだが、漆黒の降雨ブラックレインの領域に吹き荒れる黒い雨は、獄炎の裁きファイアパワーの莫大な熱量に音を立てて蒸発を始め、その領域を一気に狭めていく。
 魔法同士の押し合いで一方的に押し負けた魔法はあるタイミングで消滅する……それがわかっているからこそ名無しネームレスは必死に魔力を放出して領域を消滅させないようにしているが、その肉体から白い煙……つまり獄炎の裁きファイアパワーの持つ太陽に等しい恐るべき熱が彼の体を焼き始めているのがわかる。
「バカなばかナ! 私ハ混沌ノちかラを……!」

「これから全部わたくしがぶっ飛ばして見せますわ……お前らの飼い主も、神も全部ッ! 神滅魔法……獄炎の裁きファイアパワーッ!」
 わたくしはそのまま二発目の獄炎の裁きファイアパワーを発動させる……二個目の恐るべき熱量を持った火球が出現すると、先ほど放った一回目の獄炎の裁きファイアパワーを取り込むように巨大化し、それまでの倍以上の大きさへと膨張するとともに、名無しネームレスの領域を一気に崩壊させる。
 悲鳴をあげる間もなく名無しネームレスの肉体が恐るべき高温で瞬時に焼き尽くされ、灰となって崩壊するが、それと同時に放出された魔力により星幽迷宮アストラルメイズを構成していた仮初の壁や地面が一気に崩壊していく。

「はっはーっ! 完全勝利ッ!」
 いきなりステンドグラスが崩壊していくかのように、甲高い破裂音を上げながら神滅魔法によって全体の枠組みが崩壊した迷宮ダンジョンが崩れていく。
 すでに三回……一回目は剣戦闘術ソードアーツの行使により、二回目は聖なる七海セヴンシーズオブライの絶対的な質量により……そして三回目は獄炎の裁きファイアパワーの連打により迷宮ダンジョン自体を構成する魔力が飽和し、一時的ではあるものの全てが崩壊しているのだ。
 まるで漆黒の空間に投げ出されるような感覚と共に、地下水路に擬態化していた迷宮ダンジョンが暗闇へと落ちていくのが見える。
 魔法陣を展開してわたくしはその漆黒の空間に浮かぶが、はるか下……おそらく地下水路の中心部に位置する場所に何かが見えた気がした。
「……あそこか?」

 そこには虹色に光る何かが映っている……その光には見るものに不安や不快感を感じさせる不思議な力が宿っているように思える。
 崩壊していく迷宮ダンジョンの中にありながら、その虹色の光が包み込む空間だけは漆黒の空間に浮かび上がるようにその位置を保っている。
 そうかあれは多面結晶体トラペゾヘドロン……迷宮ダンジョンの最奥に配置される歪な形をした結晶をそう称しているが、莫大な魔力を内封しておりこれを破壊することで迷宮ダンジョン自体が完全に消滅するという文字通り核となる存在である。
 この地下水路を元通りに戻すにはあれを破壊してしまえば……わたくしはゆっくりとその多面結晶体トラペゾヘドロンを目指して空間を移動していく。
「……おっと……」

「ギャオオオアアアアアッ!」
 わたくしが空間内で立ち止まると同時に上方向から巨大な何かが落下し、わたくしのすぐそばを通ってそのまま漆黒の空間を落ちていく。
 八つの頭を持つ巨大な蛇……ヒュドラと呼ばれる凶暴な魔物だが、全長六メートル近い大型の個体が複数、悲鳴とも吠え声とも覚束ない声を上げながら永遠の闇へと落下していった。
 迷宮ダンジョンが完全に崩壊しているため、地面も一瞬で消え去っているのだろう……出現したはずの魔物がそのまま何もない空間を落ちていく、という光景はある意味初めて見た。
 いやこんな光景一生見ることはないだろう……足元のはるか先には渦巻く巨大な暗闇が広がっており、そこへ落ちてしまったらいくらわたくしでも無事では済まないだろう。
 薄寒くなる気分を感じつつ、わたくしは虹色の光へと向かう……ほんの少しの時間を経てその巨大な多面結晶体トラペゾヘドロンが置かれた場所へと辿り着いた。
 それはまるで夜の空に浮かぶ小さな庭園のようにすら思える空間だった……中央に歪んだ形をした多面結晶体トラペゾヘドロンが浮かび、虹色の光を放っている。
 そしてそこには一人の人物が立っていた……フードを被ったその人物はわたくしを見ると口元を歪めて笑い、そして……懐かしい声でわたくしへと語りかけてきた。

「……お久しぶり……王都からいなくなっちゃったシャルロッタ・インテリペリ……でも私は忘れなかったよ、シャル」
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