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(幕間) 赤竜の王国 〇二
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——両軍の衝突は当初は小競り合いの形で突出した部隊同士によって開始された。
ホロバイネン率いる反乱軍とマカパイン三世の国王軍が衝突を開始したのは、両軍が布陣してから数日経過した正午すぎである。
反乱軍の先鋒として先行していたバルサゴス連隊と、国王軍の先遣部隊であるディセクション男爵軍が予期せぬ遭遇を果たしたところから始まった。
双方本隊は陣形を整えている最中に起きた遭遇戦であり、衝突が開始されたと理解した国王軍は陣形を整え直すと一斉に前進を開始している。
バルサゴス連隊は軽装歩兵を中心とした構成により機動力と、投げ槍を中心とした武装により戦線の維持を目的とした部隊であり、敵を視認した後に素早く隊列を整えると、同様に彼らを視認し隊列を整えて迫ってきたディセクション男爵軍と衝突した。
「迎え撃てええッ!」
「突撃せよッ!」
ディセクション男爵軍も同様に軽装歩兵を中心とした部隊ではあるが、双方の運用には大きな差異が生じていた。
バルサゴス連隊は散発的に投げ槍を投擲するとゆっくりと相手を引き摺り込むかのように後退するが、それを弱腰と誤認したディセクション男爵は負傷者の後送を一部の兵に任せて勢いに任せて突出を図った。
だが、軽装歩兵部隊は元々防御よりも機動力を重視した運用により能力を発揮するものであり、勢い余って突出した男爵軍を、反乱軍は本隊付近に配置していたクロスボウ部隊の攻撃範囲内に捉えることに成功した。
「……さっき移動させた連中にいきなり仕事ができてしまった……」
「……まさか軽装歩兵中心の部隊が突出するとはなあ……」
ティーチとリーヒはお互い顔を見合わせるが、好機を逃す暇はないと考えたのかティーチはそのままクロスボウ部隊へと攻撃を命じる。
ティーチの命令に従って、勢いよく突出したディセクション男爵軍が凄まじい威力のクロスボウの集中砲火に晒されあっという間にその数を減らしていく。
男爵軍はいきなりの射撃に大混乱に陥ると指揮官自ら絶叫しながら必死にその場から逃走を開始していくが、逃げ出したと見るや先ほどまで追いかけられていたはずのバルサゴス連隊が男爵軍の逃走経路へと大きく迂回して側面を突き、容赦ない投げ槍による攻撃が開始される。
「あーあ、こりゃひどい……」
「全部殺すなよ、ある程度攻撃したらすぐに戻ってこい……すぐに本隊が出てくるぞ」
ティーチは冷静に戦場を見渡しながら命令を伝えていくが、それよりも早くディセクション男爵を討ち取ったとの方向が入ると、彼は少し驚いたように隣に立っていたリーヒに視線を向けるが、彼女はじっと戦場を見守るだけで彼には目を合わせようとしない。
国王軍は重装歩兵を横一戦に展開すると、騎兵部隊を左右に展開してゆっくりとした前進を開始している。
やれやれ……と頭を掻いたティーチは作戦の第二段階を実行するべく、伝令へと再度の陣形変更を伝えていく……王国軍本隊は重装歩兵を中心とした戦列を組んで襲いかかってくると彼は長年の戦場経験から理解しており、それに対抗するべく大規模な包囲殲滅作戦を実行しようとしていた。
彼の命令に従って中央の陣形が少し変化した横陣へと移動を始め、それと合わせて騎兵部隊が陣の左右へと分かれていく。
「……正面決戦か? 随分と豪気な……」
「いや、普通に正面からぶつかったら俺たちに勝ち目はないよ……」
今上空でもしシャルロッタ・インテリペリが二つの陣を見ていれば、国王軍の歩兵部隊がいわゆる横陣を敷いているのに対して、反乱軍はいくつかの部隊を三角形のような陣形に敷き直しているということに気がついたかもしれない。
歩兵の質では明らかに国王軍にアドバンテージがあるのだが、反乱軍にはそういったものがないわけではない。
マカパイン王国は元々遊牧民がまとまって一つの王国を成したという特殊な生い立ちがあり、王国の民はあまねく騎乗技術に優れているという特徴を持っている。
兵士としてはあまり優秀ではなかったティーチですら、実は乗馬の技術だけを考えると令嬢として育てられたシャルロッタや、騎士の訓練を受けているクリストフェルですら足元にも及ばないレベルの達人である。
急造とはいえ達人レベルの技術を持った兵士達は、ティーチの命令に従って急造の騎兵部隊へと再編成されていたのだが、国王軍は諜報活動に重きを置かなかったため、自らが率いてきた数よりも反乱軍の騎兵部隊が思ったよりも多かった、という事実をこの後思い知らされることになる。
「正面の敵戦力を中央の本体で受け止める……当然重装歩兵中心の国王軍には押される……だから一度に当たる部隊を少数に再編した」
「ああ、それで横一列ではなく奇妙な塊になってるのか……」
「そうだ、本隊はゆっくりと交代しつつ相手を受け止めるが……こちらの騎兵部隊は左右に展開したまま一気に敵騎兵部隊を押し返す」
「急造の騎兵部隊だぞ? 押し返せるか?」
「数の差で押し切る……元々こっちの騎兵部隊に選抜したのは馬の扱いが上手な連中だし、役どころはわかっていると思う」
ティーチがリーヒへとそう説明を始めると、正面に展開した第一陣が国王軍との交戦に入るが彼の読み通り国王軍と戦闘を開始しているのは最も先頭の部隊のみで、それ以外はまだ接敵していない。
だが騎兵部隊は違う……左右に展開した反乱軍の騎兵部隊は一気に戦場をまっすぐに駆けると、怒涛の勢いで国王軍の騎兵部隊へと襲いかかった。
最初にティーチが反旗を翻した場所が幸運にも馬の生産地であったことと、外征を一時的に諦めた国王軍の兵種転換により重装歩兵を中心とした部隊編成へと切り替わったことで、乗馬の生産がダブついていたことも彼には幸運だった。
「イングウェイ王国に勝つには旧来の軽装歩兵中心の戦術じゃなくて、重装歩兵による戦いに切り替えようとしてたんだよね、我が国」
「……そりゃなんでだ?」
「マカパイン王国は軽装歩兵による機動力が武器なんだけど、イングウェイ王国は魔法使い含めた火力が圧倒的なんだ……それに対抗するために歩兵の質を上げようとしてたんだよね、で出した答えが重装化」
「機動力を捨ててがっぷり四つに構えようと……なるほどなあ……」
「完全に転換が終わってたら俺たちに勝ち目はなかったと思う……でも今は過渡期だからね、重装歩兵も戦術が定まっていないし……」
ゆっくりと陣を後退させているため、傍目で見ると反乱軍主力はまるで押し返されるように次第に後退を始めていく。
だが国王軍の歩兵の戦列が前進するのと交互して、双方の騎兵部隊による衝突は反乱軍の数により、一瞬で勝敗がついてしまい、国王軍の騎兵部隊は我先にと逃げ出していく。
ティーチはある程度戦場の様子を見ながら左右に展開した部隊が、無事に敵軍を蹴散らしたのを手に握っていた望遠鏡を見て判断したのか、将軍達へと命令を下した。
「さ、次の陣形だ……敵を半包囲するように左右の歩兵部隊を前進させろ、騎兵部隊がそのうち戻ってくる……仕上げだな」
「フハハハッ! 反乱軍め、後退するばかりではないか……!」
トニー・シュラプネル・マカパイン三世は、前進を続ける国王軍の先鋒を眺めながら黄金の輿の上で機嫌良く笑っている。
彼の周りには数人の美女が薄い衣を身に纏って彼へとしなだれかかっており、周りの兵士達は戦場でありながら女性を連れ込んでいる主の行動に内心苦々しい思いを感じていた。
だが、彼の近くで馬に乗ったまま戦場の様子を見ていた初老の男性……神経質そうな外見、灰色の髪を短く刈り上げたその姿は、歴戦の戦士と言ってもおかしくない人物だが、その彼が不思議そうな表情で刻々と動いている戦場を見て眉を顰めた。
スピードワゴン公爵……マカパイン王国において絶大な権勢を振るった大貴族であり、国王へ悪魔の有効活用について上奏した張本人でもある。
「……おかしいですな陛下……ホロバイネンの軍が自ら後退しているように思えます」
「なんだと? それは誠か?」
「ええ、それと我が軍の騎兵部隊が逃……いや転進しているのが気になります」
「騎兵部隊の指揮官は後で首を刎ねよ、弱者は要らぬ」
「ええ、それはもちろん……ですが、敵騎兵部隊の突破を許したとなると背後から敵に襲われる危険がございます故……ここは一度軍を後退させるのはいかがでしょうか?」
「……可能ならな、勢いに乗って進んでいる軍を引かせるのは難しいぞ」
「そこで切り札を使います、でませいッ!」
スピードワゴン公爵はそう話つつ、そばに控えている黒いローブの人物へと目配せを送る……身長は二メートルを超えているだろうか? あまりに巨大な体のため、周りの兵士たちも気味悪がって距離を離しているのだが、そんな周りの様子などはどこ吹く風か、その人物は公爵の合図に気がついたのかゆっくりと頭を下げると、身を包んでいたローブを破り捨てた。
その姿は異様だった……顔は大きな二つの顎が伸び、大きな複眼と合わさって巨大なカミキリムシの頭部を思わせる頭を持っている。
上半身は甲冑を着た騎士のように大きく、外皮は黒くヌメッとした光沢を放ち、まるでバッタの腹部を思わせるような長い腹部が地面へと伸びている。
しかしその腕と足は鎧のような外皮に包まれているものの、人間のそれに近く手にはおどろおどろしい幾つもの刃が添えつけられた巨大な大剣を持っている。
「公爵……ご命令を」
「敵軍を蹴散らせ、一匹残らずだ」
「御意、この闘争の悪魔パルクトスは公爵の命令に従う」
まるで感情を感じさせない声で反応すると、パルクトスはゆっくりとぎこちない動きながら敵軍に向かって歩き始める……それはまるで人工的に作られたゴーレムのようにも感じられたが、兵士達はその進路を塞がないように慌てて道を開けていく。
パルクトス……それはイングウェイ王国に潜む訓戒者より受け取った悪魔であり、王宮にはそれ以外に数体の悪魔が保管されている。
マカパイン三世は重量感を感じさせるように歩いていくパルクトスを眺めながら口元を抑えて笑い始める……これで決着がつくと言わんばかりの顔でつぶやいた。
「……覚悟せよ竜殺し……悪魔は神話にも登場する圧倒的な戦力だ……軍同士の戦いなどとは違う虐殺劇を見せてやる」
ホロバイネン率いる反乱軍とマカパイン三世の国王軍が衝突を開始したのは、両軍が布陣してから数日経過した正午すぎである。
反乱軍の先鋒として先行していたバルサゴス連隊と、国王軍の先遣部隊であるディセクション男爵軍が予期せぬ遭遇を果たしたところから始まった。
双方本隊は陣形を整えている最中に起きた遭遇戦であり、衝突が開始されたと理解した国王軍は陣形を整え直すと一斉に前進を開始している。
バルサゴス連隊は軽装歩兵を中心とした構成により機動力と、投げ槍を中心とした武装により戦線の維持を目的とした部隊であり、敵を視認した後に素早く隊列を整えると、同様に彼らを視認し隊列を整えて迫ってきたディセクション男爵軍と衝突した。
「迎え撃てええッ!」
「突撃せよッ!」
ディセクション男爵軍も同様に軽装歩兵を中心とした部隊ではあるが、双方の運用には大きな差異が生じていた。
バルサゴス連隊は散発的に投げ槍を投擲するとゆっくりと相手を引き摺り込むかのように後退するが、それを弱腰と誤認したディセクション男爵は負傷者の後送を一部の兵に任せて勢いに任せて突出を図った。
だが、軽装歩兵部隊は元々防御よりも機動力を重視した運用により能力を発揮するものであり、勢い余って突出した男爵軍を、反乱軍は本隊付近に配置していたクロスボウ部隊の攻撃範囲内に捉えることに成功した。
「……さっき移動させた連中にいきなり仕事ができてしまった……」
「……まさか軽装歩兵中心の部隊が突出するとはなあ……」
ティーチとリーヒはお互い顔を見合わせるが、好機を逃す暇はないと考えたのかティーチはそのままクロスボウ部隊へと攻撃を命じる。
ティーチの命令に従って、勢いよく突出したディセクション男爵軍が凄まじい威力のクロスボウの集中砲火に晒されあっという間にその数を減らしていく。
男爵軍はいきなりの射撃に大混乱に陥ると指揮官自ら絶叫しながら必死にその場から逃走を開始していくが、逃げ出したと見るや先ほどまで追いかけられていたはずのバルサゴス連隊が男爵軍の逃走経路へと大きく迂回して側面を突き、容赦ない投げ槍による攻撃が開始される。
「あーあ、こりゃひどい……」
「全部殺すなよ、ある程度攻撃したらすぐに戻ってこい……すぐに本隊が出てくるぞ」
ティーチは冷静に戦場を見渡しながら命令を伝えていくが、それよりも早くディセクション男爵を討ち取ったとの方向が入ると、彼は少し驚いたように隣に立っていたリーヒに視線を向けるが、彼女はじっと戦場を見守るだけで彼には目を合わせようとしない。
国王軍は重装歩兵を横一戦に展開すると、騎兵部隊を左右に展開してゆっくりとした前進を開始している。
やれやれ……と頭を掻いたティーチは作戦の第二段階を実行するべく、伝令へと再度の陣形変更を伝えていく……王国軍本隊は重装歩兵を中心とした戦列を組んで襲いかかってくると彼は長年の戦場経験から理解しており、それに対抗するべく大規模な包囲殲滅作戦を実行しようとしていた。
彼の命令に従って中央の陣形が少し変化した横陣へと移動を始め、それと合わせて騎兵部隊が陣の左右へと分かれていく。
「……正面決戦か? 随分と豪気な……」
「いや、普通に正面からぶつかったら俺たちに勝ち目はないよ……」
今上空でもしシャルロッタ・インテリペリが二つの陣を見ていれば、国王軍の歩兵部隊がいわゆる横陣を敷いているのに対して、反乱軍はいくつかの部隊を三角形のような陣形に敷き直しているということに気がついたかもしれない。
歩兵の質では明らかに国王軍にアドバンテージがあるのだが、反乱軍にはそういったものがないわけではない。
マカパイン王国は元々遊牧民がまとまって一つの王国を成したという特殊な生い立ちがあり、王国の民はあまねく騎乗技術に優れているという特徴を持っている。
兵士としてはあまり優秀ではなかったティーチですら、実は乗馬の技術だけを考えると令嬢として育てられたシャルロッタや、騎士の訓練を受けているクリストフェルですら足元にも及ばないレベルの達人である。
急造とはいえ達人レベルの技術を持った兵士達は、ティーチの命令に従って急造の騎兵部隊へと再編成されていたのだが、国王軍は諜報活動に重きを置かなかったため、自らが率いてきた数よりも反乱軍の騎兵部隊が思ったよりも多かった、という事実をこの後思い知らされることになる。
「正面の敵戦力を中央の本体で受け止める……当然重装歩兵中心の国王軍には押される……だから一度に当たる部隊を少数に再編した」
「ああ、それで横一列ではなく奇妙な塊になってるのか……」
「そうだ、本隊はゆっくりと交代しつつ相手を受け止めるが……こちらの騎兵部隊は左右に展開したまま一気に敵騎兵部隊を押し返す」
「急造の騎兵部隊だぞ? 押し返せるか?」
「数の差で押し切る……元々こっちの騎兵部隊に選抜したのは馬の扱いが上手な連中だし、役どころはわかっていると思う」
ティーチがリーヒへとそう説明を始めると、正面に展開した第一陣が国王軍との交戦に入るが彼の読み通り国王軍と戦闘を開始しているのは最も先頭の部隊のみで、それ以外はまだ接敵していない。
だが騎兵部隊は違う……左右に展開した反乱軍の騎兵部隊は一気に戦場をまっすぐに駆けると、怒涛の勢いで国王軍の騎兵部隊へと襲いかかった。
最初にティーチが反旗を翻した場所が幸運にも馬の生産地であったことと、外征を一時的に諦めた国王軍の兵種転換により重装歩兵を中心とした部隊編成へと切り替わったことで、乗馬の生産がダブついていたことも彼には幸運だった。
「イングウェイ王国に勝つには旧来の軽装歩兵中心の戦術じゃなくて、重装歩兵による戦いに切り替えようとしてたんだよね、我が国」
「……そりゃなんでだ?」
「マカパイン王国は軽装歩兵による機動力が武器なんだけど、イングウェイ王国は魔法使い含めた火力が圧倒的なんだ……それに対抗するために歩兵の質を上げようとしてたんだよね、で出した答えが重装化」
「機動力を捨ててがっぷり四つに構えようと……なるほどなあ……」
「完全に転換が終わってたら俺たちに勝ち目はなかったと思う……でも今は過渡期だからね、重装歩兵も戦術が定まっていないし……」
ゆっくりと陣を後退させているため、傍目で見ると反乱軍主力はまるで押し返されるように次第に後退を始めていく。
だが国王軍の歩兵の戦列が前進するのと交互して、双方の騎兵部隊による衝突は反乱軍の数により、一瞬で勝敗がついてしまい、国王軍の騎兵部隊は我先にと逃げ出していく。
ティーチはある程度戦場の様子を見ながら左右に展開した部隊が、無事に敵軍を蹴散らしたのを手に握っていた望遠鏡を見て判断したのか、将軍達へと命令を下した。
「さ、次の陣形だ……敵を半包囲するように左右の歩兵部隊を前進させろ、騎兵部隊がそのうち戻ってくる……仕上げだな」
「フハハハッ! 反乱軍め、後退するばかりではないか……!」
トニー・シュラプネル・マカパイン三世は、前進を続ける国王軍の先鋒を眺めながら黄金の輿の上で機嫌良く笑っている。
彼の周りには数人の美女が薄い衣を身に纏って彼へとしなだれかかっており、周りの兵士達は戦場でありながら女性を連れ込んでいる主の行動に内心苦々しい思いを感じていた。
だが、彼の近くで馬に乗ったまま戦場の様子を見ていた初老の男性……神経質そうな外見、灰色の髪を短く刈り上げたその姿は、歴戦の戦士と言ってもおかしくない人物だが、その彼が不思議そうな表情で刻々と動いている戦場を見て眉を顰めた。
スピードワゴン公爵……マカパイン王国において絶大な権勢を振るった大貴族であり、国王へ悪魔の有効活用について上奏した張本人でもある。
「……おかしいですな陛下……ホロバイネンの軍が自ら後退しているように思えます」
「なんだと? それは誠か?」
「ええ、それと我が軍の騎兵部隊が逃……いや転進しているのが気になります」
「騎兵部隊の指揮官は後で首を刎ねよ、弱者は要らぬ」
「ええ、それはもちろん……ですが、敵騎兵部隊の突破を許したとなると背後から敵に襲われる危険がございます故……ここは一度軍を後退させるのはいかがでしょうか?」
「……可能ならな、勢いに乗って進んでいる軍を引かせるのは難しいぞ」
「そこで切り札を使います、でませいッ!」
スピードワゴン公爵はそう話つつ、そばに控えている黒いローブの人物へと目配せを送る……身長は二メートルを超えているだろうか? あまりに巨大な体のため、周りの兵士たちも気味悪がって距離を離しているのだが、そんな周りの様子などはどこ吹く風か、その人物は公爵の合図に気がついたのかゆっくりと頭を下げると、身を包んでいたローブを破り捨てた。
その姿は異様だった……顔は大きな二つの顎が伸び、大きな複眼と合わさって巨大なカミキリムシの頭部を思わせる頭を持っている。
上半身は甲冑を着た騎士のように大きく、外皮は黒くヌメッとした光沢を放ち、まるでバッタの腹部を思わせるような長い腹部が地面へと伸びている。
しかしその腕と足は鎧のような外皮に包まれているものの、人間のそれに近く手にはおどろおどろしい幾つもの刃が添えつけられた巨大な大剣を持っている。
「公爵……ご命令を」
「敵軍を蹴散らせ、一匹残らずだ」
「御意、この闘争の悪魔パルクトスは公爵の命令に従う」
まるで感情を感じさせない声で反応すると、パルクトスはゆっくりとぎこちない動きながら敵軍に向かって歩き始める……それはまるで人工的に作られたゴーレムのようにも感じられたが、兵士達はその進路を塞がないように慌てて道を開けていく。
パルクトス……それはイングウェイ王国に潜む訓戒者より受け取った悪魔であり、王宮にはそれ以外に数体の悪魔が保管されている。
マカパイン三世は重量感を感じさせるように歩いていくパルクトスを眺めながら口元を抑えて笑い始める……これで決着がつくと言わんばかりの顔でつぶやいた。
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