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04.戸惑い
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どすどすと大股で歩きながら、ベルナルドは補佐役ジーノにあてがわれた部屋に向かう。
無言のまま、大きな音を立ててドアを開けると、寝台の上で絡まり合った男女の姿が見えた。
勢いよくやって来たはいいものの、ベルナルドは唖然として、その場に立ち尽くしてしまう。
むしろ寝台の男女のほうが冷静だった。
ジーノはやれやれといったように身を起こし、共にいた赤毛の女は脱ぎ捨ててあった服を手早く身にまとうと、平然と一礼してベルナルドの横を通りながら部屋を出て行く。
「えっと……その……」
「終わったところでしたし、構いませんよ。どうぞ」
動じることなく、ジーノはベルナルドに椅子をすすめる。
ベルナルドは気まずい思いを抱えながら大きな体を縮め、椅子に腰掛けた。
「……すまなかった。後から、何か謝罪の品でも用意しておこうか。先ほどの女性に渡してくれ」
「別にいりませんよ。さっきの女がどこの誰かもよく知りませんし」
いたたまれない思いでベルナルドは詫びるが、ジーノは服を身につけながら、しれっと答える。
「知らない?」
「宴に出席していたから、身分のある女なんじゃないですかね。まあ、そんなことはどうでもいいんです。それより、魔物狩りに行くような勢いで、いったいどうしたんですか?」
「……ああ……実は、世話役の娘をあてがわれた。部屋の寝台で、可愛らしい娘が待っていたんだ」
問いかけられ、ようやくベルナルドは気を取り直して話し始めた。
はあ、と気のない声をジーノが漏らす。
「それなのにどうして、こんなところに来たんですか。怯えられて、逃げてきましたか?」
「いや、むしろ逆だ。怯えるどころか、やたら熱っぽい目で見られた。いつも女から最初に向けられる、恐怖か嫌悪の目ではなかった」
ベルナルドが首を横に振って答えると、やる気のなかったジーノの瞳に、わずかな好奇の光が宿った。
「……それはそれは。よかったですね、マニアがいて。まあ、接待用の娼婦でしょうけれど、当たりじゃないですか」
「いや、それが娼婦ではなく、男女のことなど何も知らないような、初めての娘だったらしい。だから、これは夢だと思った」
「確かに、そりゃあ夢だと思いますね。でも、だったらますます、どうしてここに? よろしくやればよかったでしょう」
もっともな疑問をぶつけられ、ベルナルドはうな垂れる。
「……本当に、夢だと思ったんだ。夢ならば好き放題やってやると押し倒し、途中まではよかったんだが……痛がったところではっとした。これは、夢ではなく現実なのではないか、と。自分の頬を叩いてみたんだが、痛い。夢じゃなかったと気がつき、逃げ出してきた」
「怯えたのは女じゃなく、あなたですか。どうしようもありませんね」
心底あきれ返った眼差しを向け、ジーノは盛大なため息を吐き出して嘆く。
「……仕方がないだろう。女が怯えもせずに俺を受け入れてくれるなんて、夢でしかありえん」
「はいはい、深呼吸したら部屋にお戻りください。こんな機会、滅多にありませんよ」
決まりが悪そうに視線をそらしながら、ベルナルドは言い訳を口にするが、ジーノは取り合わない。
立ち上がれ、と手振りで示してくる。
「……今さら、戻れん」
「いやいや、その女だって困るでしょう。娼婦ではなかったにせよ、ここの領主が用意した世話役の女なんだから、役目を果たせないのは向こうだって迷惑ですよ」
「だからといって今さら……」
「いい年した大男がもじもじしたって、可愛くも何ともないですよ。むしろ、気持ち悪いです。さっさと戻りやがってください」
気後れして口ごもるベルナルドをイライラした様子で眺め、ジーノはきつい口調で吐き捨てる。
それでもベルナルドは、立ち上がることができない。
今さら戻ったところで、どういう顔をしてよいのかわからない。さらに、これまでが何かの間違いで、戻ったら正気づいたアンジェリアに怯えられるのではないかという、後ろ向きすぎる怯えまでわきあがってくる。
「どうして、そんなに戻りたくないんですか。世話役の女が気に入らなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。可憐で清楚な娘で、聖域に咲く一輪の白い花のようだった。……だからこそ、俺なんかが触れたら壊れてしまいそうで恐ろしい」
夢だと思っていたからこそ、途中まで行為ができたのだ。現実だと知り、正気に戻った今では、もう触れるのが恐ろしい。
実際に、痛がらせてしまったのだ。あのまま続ければ、さらなる苦痛を与えてしまうだろう。それは己の身が傷つくよりも、ずっと恐ろしいことだった。
向かってくる魔物が相手だというのならば、いくらでも勇敢に戦える。だが、ベルナルドの片手であっさりと命を摘み取れるほどの、かよわい娘にどう接していいものか、わからない。
ベルナルドには悪い噂が多々あり、その中には女をいたぶるのが好きだというものもあるが、とんでもない間違いである。本当のベルナルドは、外見だけが凶悪な、臆病で情けない男なのだ。
「無理だ、もう無理だ。何とでも罵れ。だから、頼む。おまえ、俺は急用ができたと彼女に伝えてきてくれ」
「……ほんっとうに、ヘタレもいいところですね、あなたは」
無言のまま、大きな音を立ててドアを開けると、寝台の上で絡まり合った男女の姿が見えた。
勢いよくやって来たはいいものの、ベルナルドは唖然として、その場に立ち尽くしてしまう。
むしろ寝台の男女のほうが冷静だった。
ジーノはやれやれといったように身を起こし、共にいた赤毛の女は脱ぎ捨ててあった服を手早く身にまとうと、平然と一礼してベルナルドの横を通りながら部屋を出て行く。
「えっと……その……」
「終わったところでしたし、構いませんよ。どうぞ」
動じることなく、ジーノはベルナルドに椅子をすすめる。
ベルナルドは気まずい思いを抱えながら大きな体を縮め、椅子に腰掛けた。
「……すまなかった。後から、何か謝罪の品でも用意しておこうか。先ほどの女性に渡してくれ」
「別にいりませんよ。さっきの女がどこの誰かもよく知りませんし」
いたたまれない思いでベルナルドは詫びるが、ジーノは服を身につけながら、しれっと答える。
「知らない?」
「宴に出席していたから、身分のある女なんじゃないですかね。まあ、そんなことはどうでもいいんです。それより、魔物狩りに行くような勢いで、いったいどうしたんですか?」
「……ああ……実は、世話役の娘をあてがわれた。部屋の寝台で、可愛らしい娘が待っていたんだ」
問いかけられ、ようやくベルナルドは気を取り直して話し始めた。
はあ、と気のない声をジーノが漏らす。
「それなのにどうして、こんなところに来たんですか。怯えられて、逃げてきましたか?」
「いや、むしろ逆だ。怯えるどころか、やたら熱っぽい目で見られた。いつも女から最初に向けられる、恐怖か嫌悪の目ではなかった」
ベルナルドが首を横に振って答えると、やる気のなかったジーノの瞳に、わずかな好奇の光が宿った。
「……それはそれは。よかったですね、マニアがいて。まあ、接待用の娼婦でしょうけれど、当たりじゃないですか」
「いや、それが娼婦ではなく、男女のことなど何も知らないような、初めての娘だったらしい。だから、これは夢だと思った」
「確かに、そりゃあ夢だと思いますね。でも、だったらますます、どうしてここに? よろしくやればよかったでしょう」
もっともな疑問をぶつけられ、ベルナルドはうな垂れる。
「……本当に、夢だと思ったんだ。夢ならば好き放題やってやると押し倒し、途中まではよかったんだが……痛がったところではっとした。これは、夢ではなく現実なのではないか、と。自分の頬を叩いてみたんだが、痛い。夢じゃなかったと気がつき、逃げ出してきた」
「怯えたのは女じゃなく、あなたですか。どうしようもありませんね」
心底あきれ返った眼差しを向け、ジーノは盛大なため息を吐き出して嘆く。
「……仕方がないだろう。女が怯えもせずに俺を受け入れてくれるなんて、夢でしかありえん」
「はいはい、深呼吸したら部屋にお戻りください。こんな機会、滅多にありませんよ」
決まりが悪そうに視線をそらしながら、ベルナルドは言い訳を口にするが、ジーノは取り合わない。
立ち上がれ、と手振りで示してくる。
「……今さら、戻れん」
「いやいや、その女だって困るでしょう。娼婦ではなかったにせよ、ここの領主が用意した世話役の女なんだから、役目を果たせないのは向こうだって迷惑ですよ」
「だからといって今さら……」
「いい年した大男がもじもじしたって、可愛くも何ともないですよ。むしろ、気持ち悪いです。さっさと戻りやがってください」
気後れして口ごもるベルナルドをイライラした様子で眺め、ジーノはきつい口調で吐き捨てる。
それでもベルナルドは、立ち上がることができない。
今さら戻ったところで、どういう顔をしてよいのかわからない。さらに、これまでが何かの間違いで、戻ったら正気づいたアンジェリアに怯えられるのではないかという、後ろ向きすぎる怯えまでわきあがってくる。
「どうして、そんなに戻りたくないんですか。世話役の女が気に入らなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。可憐で清楚な娘で、聖域に咲く一輪の白い花のようだった。……だからこそ、俺なんかが触れたら壊れてしまいそうで恐ろしい」
夢だと思っていたからこそ、途中まで行為ができたのだ。現実だと知り、正気に戻った今では、もう触れるのが恐ろしい。
実際に、痛がらせてしまったのだ。あのまま続ければ、さらなる苦痛を与えてしまうだろう。それは己の身が傷つくよりも、ずっと恐ろしいことだった。
向かってくる魔物が相手だというのならば、いくらでも勇敢に戦える。だが、ベルナルドの片手であっさりと命を摘み取れるほどの、かよわい娘にどう接していいものか、わからない。
ベルナルドには悪い噂が多々あり、その中には女をいたぶるのが好きだというものもあるが、とんでもない間違いである。本当のベルナルドは、外見だけが凶悪な、臆病で情けない男なのだ。
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