黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん

文字の大きさ
29 / 29

29.旅立ち

しおりを挟む
 とうとう、ベルナルドたちが王都に戻る日がやって来た。
 結界の補修は無事に終わり、仮にこのまま放っておいたとしても、それなりの年月保つことができるだろう。
 職務をまっとうしての、晴れやかな帰還である。
 かつては、この日が来ることを恐れていたアンジェリアだったが、今はもう違う。
 アンジェリアもベルナルドと共に王都に行くことになり、アンジェリアにとっても晴れやかな旅立ちの日なのだ。

「カプリス様……今まで、お世話になりました」
「アンジェリア……元気で、体に気をつけるのですよ。どうか、幸せに……」

 涙ながらに、アンジェリアはカプリスと別れの挨拶を交わす。
 幼い頃からずっと共に過ごしてきたカプリスは、アンジェリアにとっては祖母のような存在だ。
 カプリスにとっても、可愛い孫娘を嫁に出すような気分なのだろう。

「カプリス神官も、気が変わったらいつでも王都に来てくれ」

 ベルナルドが、アンジェリアに寄り添いながら、カプリスに声をかける。
 最初は、カプリスも共に王都で暮らさないかと持ちかけたのだ。だが、カプリスは王都よりも、慣れたこの地でひっそりと暮らしたいと答えた。

「はい、ありがとうございます。どうか、アンジェリアのことをよろしくお願いいたします」
「ああ、アンジェリアは幸せにする。結界の様子を見がてら、ときどきはアンジェリアと共にこの地にやって来るから、息災でいてくれ」
「はい、私はずっとこの神殿にいて、お待ちしております。これからも、この神殿は変わらないでしょう」
「……次に来たとき、現在は神殿長となっている領主が、どうなっているかはわからないがな」

 ぼそりとベルナルドが呟いた言葉に、カプリスは怪訝そうな顔をする。しかし、何かを言うことはなかった。
 アンジェリアはベルナルドから、領主が無条件で神殿長になるという習慣を変えようとしているのだと聞いていた。法力の有無だけではなく、やる気もないような輩に結界を任せてはおけない、とのことだ。
 特に、領主の息子であるエジリオは、次期神殿長などと言っていたが、その座から降りてもらうと、ベルナルドは断言していた。

 ビビアーナは、あれからアンジェリアと顔を合わせることはなかった。
 結界が崩壊しかけた日、神殿に戻ろうとするアンジェリアに、ごめんなさいと言ったきりだった。
 聞くところによると、法力をコントロールできるよう訓練をしているそうだ。結界を崩壊させかけたことが、よほどこたえたらしい。
 ビビアーナにはおぞましい要求をされ、恐ろしい思いをしたが、それでも落ち込んでいる姿を見ると、アンジェリアは責める気になれず、ベルナルドにも何も言わなかった。
 良い方向に進んでくれるよう、アンジェリアは祈るだけだ。

「さて、そろそろ行くか。……俺の両親も、いつ帰ってくるんだとうるさいしな」

 ベルナルドは苦笑しながら呟く。
 補佐役であるジーノは、根回しとしてアンジェリアのことをしたためた手紙を、ベルナルドの両親に送ったらしい。
 すると、即座にベルナルドの両親から、法力で連絡が入ったのだ。
 遠隔地への念話は、かなりの法力と緻密なコントロールが必要とされるため、緊急時以外には滅多に使われることがない。だが、これぞ緊急事態だといわんばかりに、両親は念話をベルナルドに送ってきた。

『おまえの補佐役から、おまえが花嫁を見つけたとの手紙が来た。それは本当に人間かと思ったが、おまえのことを慕ってくれている、気立ての良いお嬢さんだというではないか。これは夢か? 本当なのか? どうなんだ?』

 混乱と興奮の伺える調子で父から問いかけられ、頭痛を覚えながら、ベルナルドは本当だと答えた。

『おまえのことを慕ってくれているなんて……そんな奇特な娘さんがいるとは思わなかったわ。それだけでも信じられないのに、法力まで強いそうね。とうとう、妄想を具現化する能力に目覚めたとしか思えないような存在、絶対に逃がすのではありませんよ。何があっても繋ぎ止めなさい』

 実の息子に対して何という言い草だと思いながらも、母の言葉に対して、ベルナルドは素直にはいと頷いた。
 何はともあれ、ベルナルドの両親もアンジェリアを歓迎してくれているようだ。

 これから、アンジェリアには新しい道が待っている。
 平民の上に身寄りの無いアンジェリアが、名門貴族の妻となるのだ。さらに、王都の大神殿で、上級神官を目指して法力の訓練を行うことにもなる。
 今までとはまったく違う、華々しい道だが、それゆえにやっかみや嫌がらせもあるだろう。
 未知の世界に足を踏み出すことへの戸惑いや恐れも、アンジェリアの心にはある。
 だが、これからはベルナルドと共に歩んでいくのだと思えば、足を踏み出せる。いっときだけの儚い夢が、ずっと続く現実となったのだ。
 夜だけではなく、昼もベルナルドの隣に立てる。ベルナルドが進めようとしている神殿の改革にも、訓練を積んでいけば力になれるのだ。

「さあ、行こう」

 ベルナルドが差し出した手を、アンジェリアはきゅっと握って頷く。
 未来へと向かい、共に一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

柴田 沙夢
2018.02.28 柴田 沙夢

完結お疲れ様でした。
収まるべくして、結ばれてた2人にホッとしてますー

神官様のご両親の言い分が笑えて仕方ないですがw
これからの困難もやっかみも、ご両親と一緒に立ち向かえそうですね。

無能領主のその後が気になったり。。。

2018.03.01 苺野 あん

コメントありがとうございます!
どうにか完結して、二人も無事に結ばれました。

両親もやっと嫁が来たとはしゃいでいるので、
これから何かあっても力になってくれるでしょう。

無能領主はこのままだと失脚することになりそうです。

解除
流し読み
2018.02.25 流し読み

優秀な部下を持って幸せね、と思いつつ、領主の養女はなんだかめんどくさい+危険な香りがするから取り止めで正解かも…

2018.02.25 苺野 あん

コメントありがとうございます!
領主と縁戚になると、ベルナルドの足枷にもなるので諸刃の刃でした。
取りやめることができて、部下も内心ほっとしています。

解除
ぽるくす
2018.02.24 ぽるくす

ようし!
んじゃ結界張れない無能領主はポイだ!

2018.02.25 苺野 あん

コメントありがとうございます!
領主はポイしたいですね!
そのほうが領民も幸せになれそうです。

解除

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。 ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。 ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

魔力を高める上で最も原始的で効果的な方法とその副作用

井中かわず
恋愛
キンドル魔法学園で常にトップの成績を納めるヴィオラ・ルーベンスは近頃伸び悩んでいた。 そんなある日、彼女の父は教師のヨズキに娘の魔力を高めるように依頼する。 魔力を高める上で最も原始的で効果的な方法、それは性的欲求を触発し満たすこと。 完結済み、毎日0時に2話更新予定 全15話

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。